23. アルハトロス王国 龍神の都奪還作戦(1)
「私を連れて行って下さい」
モイの一言で、全員びっくりした。何しろ、これから戦場へ行くのだから、当然、安全な所はない。
「仕方ない。良いでしょう。ただし、私の命令に従うよ、モイさん」
モイの言葉を聞いて、ミライヤが静かな口調で答えた。戦闘モードになると、人の口調って変わるものだ、とローズたちは驚いた。いつものと違って、ミライヤは上官らしく、とても凛々しい。
「はい!」
という訳で、ローズたちは5人でエスコドリアの港へ向かう船の上にいる。荷物はほとんど持って行かないようにしている。モイは、彼女の戦闘服である侍女服をしている。肩にカバンがぶら下がって、薬といくつかの道具が入っている。その他の荷物はほとんどミライヤの屋敷に置いた。
リンカは体にピタッとした黒い服を着て、黒い革靴を履いている。黒く長い毛がきれいに後ろで縛られて、唇は赤い口紅で塗られている。そして彼女は黒い軽装備を着て、その防具の背中の部分にはアルハトロスの紋章がきれいに刻まれている。防具の前には青竹の里の紋章がある。彼女の腕には剣のような武器があった。その色も黒い。黒く長い尻尾が足の間に時には動いたりしている。バランスの良い細い体に、背も高い。リンカの身長はミライヤより少し低いだ。しかし、リンカはやはりとても美しい女性である。女性であるローズですら、目が離せないぐらい、美しい人だ。なんとなく、なぜ日頃は猫として生活することを好むのか、分かる気がする。リンカは他人にじろじろと見られるのが嫌いだったのかもしれない。
逆にミライヤは明るい服装をしている。とても鮮やかな着物をしていて、髪の毛もちゃんときれいに束ねられている。肩当てと胸プレートの防具をしている。いくつかの宝石が防具に埋め込まれて、魔法の増幅用の魔石だ。手には長い杖のような物を持って、その杖にもきれいな魔石が複数飾られている。攻撃の効果を増幅する機能がある。ミライヤとリンカの見た目は、とても対象的だったけれど、この二人は昔からペアだ。
ダルガは相変わらずの格好だ。ローズも普段使っている運動着に防具セットと柳からの短剣を腰につけている。ローズのプレートの下に柳からのブローチが付けられている。何かのお守りにできれば良い、と彼女は思った。
「柳兄~~~さん!や~ほ~!」
船はエスコドリアに到着した。港で柳がもう待っている。ローズは柳を呼んで、船の上から飛び降りてしまった。それを見た柳は慌てて走って、ローズを船の下で受け止めた。
「ローズ、危ないよ!」
はしゃいでいた彼女を抱きしめて、柳はローズの頭を軽く叩いた。
「ごめん、つい・・」
ローズが謝ると、柳は笑った。
「元気そうだな」
「うん、兄さんも元気そうだね」
「まぁ、なんとか」
ローズが笑うと、柳も笑った。
「ふふふ」
隣で笑う声が聞こえた。ふっと見ると、二人の蛇人族らしき者がいる。男性の方は背が高くて、黒っぽい服装をしている。彼の体に緑の模様があってとても凛々しく、強そうだ。腰に剣がある。女性の方は白い色の肌をしていて、とても美しい白い鱗をしている。武器らしきものは、短剣しかなかった。けれど、腰に鏡のようなものがぶら下がっている。
「お兄さんのお友達?」
ローズが聞くと、その質問にどう答えるか、と柳は彼らを見て、困った顔をしている。
「申し遅れました。私は鈴、レベルは6です。こちらは私のペアの影丸さんで、レベル7です。よろしくお願いします」
鈴と名乗った女性が自己紹介した。ローズがうなずいた。
「ローズです。レベルは分からない。よろしくお願いします」
ローズがそう言いながら、自己紹介した。
「この二人は暗部だよ」
「あ、ロッコさんのお友達なんだ」
ローズが言うと、女性の方が一瞬驚いた。そして、彼女がうなずいた。
「そう・・ですね」
鈴さんはにっこりと笑いながら答えた。
「ローズさんは噂通り、小さくてかわいいですね」
「ありがとう」
鈴と仲良くなりそうな気がする、とローズは思った。とても凛とした姿も格好良くて、声もとてもきれいな人だ。
しばらくして、ミライヤ先生達が来た。柳はローズを下ろして、鈴らと同じくぴたっとと立っている。武人はそうやって待機しているのか、とローズは彼らを見ているだけだった。
ミライヤ全員を見て、指示を伝える。
「さて、全員集まったね。これから私たちはエコリア方面からの都奪還作戦を実行する。義勇軍と正規軍と連携を取り速やかに移動すること」
「はい」
柳兄、鈴と影丸は揃って返事をした。
「柳、鈴、影丸、ローズ。この四名はダルガ班とする。指示を従って行動するように」
「はい」
「ローズちゃんは武人ではないから、ちょっと大変だけど、うまく連携して欲しいね」
ミライヤはローズを見て、声をかけた。
「頑張ります」
ローズがうなずいた。
「すみません、その小さな子どもを、この作戦に参加するのですか?」
鈴が心配そうな顔している。
「ええ、そうです。ローズはあなたの守りとして働いてもらう」
「え?」
「見くびるなよ、鈴。小さくても、彼女は私の弟子だ。そして、彼女もダルガさんの弟子でもあって、優秀な魔法戦士だ。レベルは未鑑定だけど」
ミライヤがはっきりと言った。大変な役目になってしまった、と彼女は思った。
「分かりました。失礼しました」
鈴はしぶしぶとうなずいた。
「よろしい。では、続きます。私とリンカは敵を減らす。ダルガさんは鈴とローズを守って下さい。そして、ローズは柳と影丸を援護して、遠距離支援をする。鈴の指示に従い、向かって来た敵をすべて排除する。柳と影丸は宮殿の中に入り、できるだけ門を開けて、中に敵の数を減らす。敵の大将の首が取れたら望ましいが、無理をしないように」
ミライヤがそう言いながら、柳と影丸を見ている。
「二人だけにやらせることになるが、大変な仕事だ。勝負の早期解決は、あなた達の働き次第に決まる。私たちの役目は、敵の全滅だ」
ミライヤは大雑把に指示を出した。
「はい!」
全員が一斉に答えた。
「あの、どうやって、柳兄さんと影丸さんを遠距離支援や援護するんですか?」
ローズは手をあげて、質問した。
「彼らのことを考えて思えば良い、このヒールを柳に届け!とか、バリアーを影丸に届け!とか、それだけで良い。単純に思えば良い」
「やったことが無いけど、大丈夫ですか?」
「あなたの思いが必ず届く。あなたは金の能力の持ち主だからだ」
「分かりました。頑張ります」
ローズがうなずいて、指示を受け取った。
「えっ! 本当ですか、ミライヤ様?!金って?!」
鈴は思わずびっくり声を出した。
「ええ、本当よ。ローズはあなたと同じく、金の能力の持ち主だ。仲良く、力を合わせて下さいね」
「はい!」
ミライヤは微笑みながら答えた。
「さて、ダルガさん、どうぞ」
ミライヤはダルガさんを前にと合図した。
「えーと、隊長のダルガだ。これから私の指示にしたがって移動する」
ダルガはどうしたら良いか分からない顔しているローズを見て、ローズの目に合わせて体を低くした。
「ローズ様、これから軍事行動なので、私を隊長と呼んで下さい。またあなた様のお名前も、そのまま呼び捨てることになります。分かりますか?」
「はい」
「まだ一度も武人の戦闘訓練をしたこともないあなた様には、とても大変だと思うが、私の指示に従って役割を全うしてもらいます」
「はい」
「よろしい。普段通りと考えれば良いですよ。良いですね?」
ダルガは優しい声で話して、ローズの不安を理解している。ダルガは頭を軽くぽんぽんして、微笑んだ。
「はい」
ローズが答えると、ダルガは立ち上がって、ミライヤにうなずいた。
「ミライヤ様、どうぞ」
ダルガは後ろにさがった。ミライヤは再び前に出て、手を上にかざして、赤い光を出した。彼女が何をしているのでしょう、とローズは彼女をじーと見ている。
「ちょっと味方を呼んだの。もうすぐ来るわ」
ミライヤはローズの視線に気づいて、笑いながら言った。数分後、空から4羽の大きな鳥が現れた。雷鳥か?、とローズが思ったけれど、違った。雷鳥よりも明るい色をしていて、大きな鷹のような鳥だった。先頭にいる鳥は大きく、緑や赤い色鮮やかにしている。なんか奇妙な鳥だった。その鳥が港に着地したら、周りの人々はパニックになって逃げていた。とても大きな鳥だった、とローズは思った。
「久しぶりだな、ミライヤ」
その鳥が喋った。ローズがその鳥を見て、瞬いた。
「ええ、相変わらずだね、ジャタユ」
「ははは、元気かい。そこのかわいい黒猫も相変わらず俺が獲物だと目をしている」
ジャタユと呼ばれている鳥がミライヤとリンカを見て、話した。
「ははは、あとでまたゆっくりとあなたの口説きを聴くわ。今は時間がない。早速だが、都周辺まで運んで下さい」
「あいよ、乗りな、ミライヤ」
「感謝するわ」
ミライヤとリンカはジャタユと呼ばれた鳥の背中に乗った。リンカはミライヤの前に座った。
「ダルガさん、モイさんを医療チームが待機しているところに預けてから合流して下さい。モイさん、できること見つけて、やって下さい。くれぐれも気をつけなさい。残りの者は私と一緒に行動する」
「はい!」
ダルガはモイをジャタユの部下の背中に乗せて、そして彼がモイの後ろに座った。二人で先に飛び立った。モイがあまりの恐怖に目を閉じている。
ローズは柳に抱っこされて、モイのように前に座らされた。鈴と影丸も同じようにしている。そして、鳥たちは飛び立った。都はエコリアの北東辺りにあるので、到着するまで、しばらく空の旅になる。
「大丈夫か、ローズ?」
柳は声をかけてくれた。
「鳥を乗っていくことか、戦争の方のことか、どっち?」
「どれも」
「本当のことを言うと、どれも怖い」
ローズが正直に答えると、柳は微笑んだ。
「そうか。落ちないようにしっかり捕まって」
「うん」
「戦争は、俺だって怖い。いくら訓練を受けたとしたって、やはり殺し合いは、あまり良い気分じゃないんだ」
柳は優しく言った。
「うん」
「それに、本当は、俺はローズが戦場に行くのが反対だ。でも俺には反対する権限がない」
「うん」
「でも、今、やるべきことをしないと、もっとたくさん人が死ぬ。そんな世界になったら、俺とローズが、これから暮らす世の中が闇に包まれることになる。それがいやだと思う。まぁ、俺は武人だからこれは義務なんだ、でもローズは武人でもなんでもない」
「うん」
ローズがうなずいた。
「まさかローズと一緒に前線に行くなんて、想像もしなかった。俺は、なんでそうなってしまったか、今も戸惑っているんだ」
柳がやはりローズが戦場に行くことが納得しなかった。
「私はお兄さんをどうやって守れば良いか、まだ分からない。支援や援護はやったことがないんだ」
「俺はローズを信じる」
答えにならない、とローズが思った。
「うむ。お兄さん、死なないで」
「ローズこそ、死なないで」
「ダルガさんは守ってくれるから、多分大丈夫だけど・・」
「俺はローズが守ってくれるから、大丈夫だ」
「・・・」
「ローズはまだ目覚めてから1年もまだ経ってないのに、戦場に行くことになるなんて・・」
「私って、なぜこの世界に生まれてきたか、分からない。たまにそう考えてたりこともする」
「俺も分からない・・。ただ、俺は、ローズがここで生まれて来て、良かったと心から思う」
柳の言葉にローズが首を傾げている。
「どうして?」
「俺の心の穴を埋めてくれたから。俺にとって、ローズは俺のためにこの世界に来たんだ」
「う~ん、お兄さんって結構めちゃくちゃなことを言うのね」
ローズが苦笑いして、柳に言った。
「ははは、そうか。めちゃくちゃか。ローズのことになると、俺はめちゃくちゃになるかも知れない。いや、実際にそうなんだね。いやか?」
「ううん。お兄さんはそういう人だと認識している。だから心配なの」
「俺のことが心配してくれるのか?」
「当たり前でしょう?無茶のお兄さんを持つ妹の気持ちを、たまにお考え下さい。毎回の手紙に、いつも怖いことばかり書かれていたし」
「それは俺の台詞だ。屋敷を爆破したり、チンピラと喧嘩したり、この間も狼に食べられそうになったとか、とミライヤ先生から知ったよ。俺が手紙を読むたびに飯がのどに通れないほど、心配で、心配で・・」
「うう、心配をかけてごめんなさい。でもどうやって手紙を送るの?お兄さんはずっと動いているんでしょう?」
「まぁ、手紙と言ったら手紙なんだけどね、でもちょっと形が違う。あの人は魔法で俺に手紙を送れるんだよ。情報を送るご褒美ってことで、ローズのあれこれの話をいっぱい教えてもらった。本当に良い人だ」
柳は笑いながら言った。
「うむ、先生の手紙の内容的には困ったけどね。でもその魔法は便利だな。今度習わないと・・」
「そうだね。俺はローズのかわいい文字が読みたい」
「うむ、私は字が下手です」
「ははは。あ、そうだ。ローズ、この戦争が終わったら、どこかに行こうか。S級の猛獣でも一緒に狩りにでもしようか」
「うん」
ローズがうなずいた。S級の猛獣を狩るなんて、楽しみだ、と彼女が思った。
「そう言えば、ちょっと身長が伸びたね」
「うん、ちょっとだけどね」
「そのうち、モイと同じくなるかな」
「うむ、分からない」
「モイと同じ高さになると、腕に乗せなくなるな」
「そうだね。うむ、そうしたら、お兄さんの心臓の音が聞けなくなるか」
「俺の心臓の音なんて、いつでも、何時間でも、聞かせてやるさ。ローズがそう望むなら」
「うん。じゃ、やはり守らなきゃ。頑張るよ」
「ありがとう、ローズ」
柳が微笑んだ。やはり、ローズが愛しい、と彼が思った。
「そういえば、お兄さん、金の能力って何?」
「俺も分からない、ごめん、専門外だ」
「そうか」
「でも、俺がローズを思う心と同じく、ローズは俺のこと思えば、通じあうんじゃないかな」
「あの時のように」
「だね」
「なんとなく分かってきた」
「鈴さんを見れば分かると思う、あの人の能力がすごいと聞いたことある」
「うん」
「もうすぐ都が見えるはず」
「うん。お兄さん、無茶をしないでね」
「ああ」
「・・・」
「頑張って生きよう」
「うん」
ミライヤの合図でローズたちの会話が中断されて、終了した。ここからは命のやりとり場所となるからだ。
ローズたちは都を見下ろすことができる岡の上に着陸した。そこから見える都で、宮殿と龍神の神殿が展望できる場所でもあるのだ。所々に黒煙が上がっている。無数のモルグ人兵士や武器、そして正規軍の兵士の遺体があちらこちらに見える。とても怖い状況で一瞬で分かった。どうやら、この前の戦いで二名の将軍と多数の兵士が犠牲になった。残った将軍達とその兵士達は撤退し、義勇軍とともに、都奪還作戦の準備をしている。ちなみに、青竹の里からの戦力がもうすでに持ち場で待機している。やはり動きが速い。
けれど、どうやって連絡の取るんだ?この世界には電話も携帯も、インターネットもない、とローズは首を傾げながら思った。
ローズは都を見下ろして、龍神の神殿に不思議な結界に守られていることに気づいた。モルグ人の兵士がその神殿を囲んでいる様子が見える。改めて、ローズが自分の視力がすごさに感謝した。遠くまでよく見えるからだ。
しかし、疑問があった。モルグ人達がどこから来たんだ?どこからかが分からなければ、掃除してもまたどこからか現れることになると、切りがない。それに、どの地域よりも警備が厳しいところのはずなのも関わらず、敵が大量に来た。気づかれずに都に入れる自体は異常だ。
都がいる地域はほぼ国のど真ん中にある。七つの地方に囲まれて、モルグ王国と直接に接触している場所はない。モルグ王国から都まで必ずどこかを通らなければいけない。けれども、目撃者もいないということは真っ先に解決すべき問題である。
他の領からの侵入報告が無いから都への襲撃が成功した、と結びつけられる。裏切りがあったか、あるいは召喚魔術だ。しかし、その人数となると、召喚のためにどれほどの魔石が必要か想像が付かない。
ならば、その他の方法で来たかもしれない。
そして、もう一つの疑問があった。これほどの規模の襲撃なのに、逃げ回る人々が少ない。というか、難民と思われる者ですら数人程度にしか見あたらない。前世でよくテレビで見たニュースだと、町が空爆されたら、その町から逃げようとする人々が大勢いたのだ。命がらがらで、とにかく身の安全を確保したい、というのは当たり前の話だ。しかし、今回は違う。何かが変だ。
「何を考えているの、ローズ?」
柳は突然黙って考え込んだローズを見て、声をかけた。
「うむ。まず、敵はどこから来たか、都へどの辺りから現れたかが、疑問の一つです。召喚で来たというのを考えにくい」
ローズはそう言いながら、敵の動きを見ている。
「情報によると敵が上から降りてきたそうだ」
影丸は柳の隣に来た。その後ろに鈴がいる。
「上か。じゃ、乗り物でも乗って襲撃する可能性が大きいだね」
「どんな乗り物だ?空飛ぶ大きな鳥みたいなのか?観察されたという報告かなかったよ」
影丸の言葉に、ローズが首を傾げた。
「裏切りの可能性は?」
「ない」
「うむ」
ローズはまた空を見つめる。空に雲が多く、都の上に大きな雲があった。
「あの雲は雨雲ですか?」
「どうだろうな・・」
柳は空を見上げて、首を傾げている。
「あの雲を払えば、多分何かが分かる」
「その雲に何かが隠れているということですか?」
会話を聞いた鈴は問いかけた。
「その可能性がある。だって、モルグ人はそんなに魔法が得意ではない、とどこかの教科書で読んだことがあるからだ。ならば、魔法以外で、ここを攻めてくるしかない、と考えてもおかしくない」
「なるほど。ありうる」
影丸もうなずいた。
「それに、逃げている人々が少なすぎるんだ。これは二つめの疑問だ。全員殺された、あるいは・・」
「魔石にされたかと」
ミライヤもローズたちの会話に合流した。
「うん、その可能性が大きいです。おそらく逃げ出せないように、何かの見えない壁か、結界か、あるいは地面そのものが大きな魔法陣になったりして、分からない。考えすぎかもしれないが、作戦開始になったら考えずに突っ込むと、多分こちらの戦力が一気に減る気がする」
「どうしてそう思う?」
「だって、あのモルグ人の兵士達がこのように囲まれても、余裕を見せているんだもの。普通は緊張して、狙い撃つの準備をすると思うよ」
ローズがそう言いながら、モルグに占領された街を見つめている。確かに、とミライヤが思った。
「あ、でもこれは私の推理だから、あまり本気にしてはダメだよ。私は戦争に行ったことがないから、戦術なんて、何も知らない。えらそうに言って、ごめんなさい」
「いや、貴重な意見に参考になった。ありがとう、ローズ」
ダルガがいつの間に合流した。彼がモイを安全な所に預けたんだ、とローズが思った。
「上か。ちょっと行ってみるか?」
「了解」
ミライヤがリンカに言うと、リンカもうなずいた。二人は素早くジャタユの背中に乗って、出発した。
「鈴、とりあえず、各自待機させて、まだ動くな!、と」
「了解」
ダルガの命令で鈴がうなずいた。ジャタユがあの大きな雲をぐるっと回って、確認した。地上で、鈴は腰にある鏡をとって、地面に座った。すると術をかけて、鏡が浮いてちょうど目の前にモニターのように、いろいろなものが移ってきた。
「すべての正規軍、義勇軍、と青竹の里の者へ告げる。私は鈴、主であるダルゴダス様の勅命と龍神様の神託によりここに参上し、この都奪還作戦に指揮を取ります。私の指示にしたがって、行動するようにせよ」
凛とした声がどこからか頭に直接語られていた。これは「金」の能力なのか、とローズが瞬きせず見つめている。
「名前を呼ばれた者は返事をして下さい、リンクを行います」
鈴は次次と各部隊の隊長の名前を呼みあげる。
「・・、ローズ、・・」
「あ!はい!」
呼ばれて返事したところで、不思議な感覚になった。これは「リンク」というのか?なんと鏡で、ローズが見た物が映った。すごい!、と彼女が思った。鈴が次々と隊長達や特殊部隊やミライヤやリンカ、そして影丸と柳にリンクさせた。
全部読み上げた後、鈴は各自への待機命令を発した。上空からミライヤが風を起こし、大きな雲を吹き飛ばした。そこに現れたのは大きな飛行船五機だった。
(なにそれ?)
ミライヤが呟いた声が頭の中で聞こえている。
「飛行船だ」
ローズが返事すると、その会話が鈴の鏡で繋がっている。
「ローズ、飛行船って何?」
鈴は聞いた。
「空を飛ぶ乗り物です。動力は機械か魔法か、どれもありうるだけれど、このタイプだと大人数を余裕に運ぶことができる大きさです」
「なるほど、そうやって兵隊をこっそりと運んできて襲来したわけですね」
「はい。多分迎撃武器が装備されているから、お気を付けて下さい」
「了解。で、これってどうやって倒すの?」
「乗り物だから、魔法防御が高ければ、残す方法は物理攻撃しかないんだと思う。大体飛行船の弱点は、回るプロペラか、尾翼か、・・えーと、尻尾みたいな形している翼は分かりますか?」
「ぷろぺら?尻尾?」
鈴はまた聞いた。
「あのぐるぐると回る物です。あれはプロペラと言います」
「なるほど」
「尾翼は、一番後ろに、尖っている翼のことです。尻尾みたいでしょう?」
「ええ、分かった。ありがとう、ローズ」
ローズの答えを聞いたミライヤはしばらく考え込んでいる。
(撃ち落としてみて、ミライヤ)
リンカの声が聞こえた。
(あいよ。じゃ、反撃備えてジャタユ、リンカ。行くよ!)
ミライヤが呪文を唱えて、その飛行船の方に攻撃魔法を撃った。すると、その魔法攻撃を吸収して、いきなりすごいレーザービームのように反撃をした。
(おっとと!)
ジャタユがうまく避けたようだ。
「飛行船より上に飛んで!」
ローズが叫ぶと、ジャタユがそれを理解した。彼は飛行船もより高く飛んだ。
(魔法はダメなんだね)
(物理攻撃しかないんだけど、あの尻尾を切れば良いのね?ローズ)
リンカの問いかけに、ローズは「はい」と答えた。すると、リンカが飛び降りて、その飛行船の上に着地して、飛行船の尾翼に向かってすごいスピードで走っている。そして、素早い動きで尾翼を叩いて、斬った!
飛行船から爆発音がして赤い炎と黒煙が斬られた部分から出た。バランスを失った飛行船は地上に向かって落ちていく。リンカも踏み場を失い、落下した。けれど、ミライヤが素早くリンカの手をとって、素早く背中に乗せた。なんという鮮やかな連携だ。
(良し!この調子で全部落とそう!)
ミライヤが言った瞬間に、飛行船から反撃が出た。
迎撃体制だ。
(バリアー!)
ミライヤが呪文を唱えて、次々と攻撃を耐えている。
地上にいるローズたちがその飛行船の落ちて来た瞬間を目撃した。大きな爆発音とともに都のど真ん中に落ちてきた飛行船に驚いたモルグ人兵士達が走って避難した。巻き込まれた家々がその飛行船とともに炎に包まれて燃えている。
「柳、おまえの妹、すごいなぁ」
影丸は柳に言った。
「だろう?俺の自慢の妹だからな」
「この都奪還作戦終わったら、おまえ達兄弟を暗部に推薦するよ。妹さんを未鑑定でも特別に入れてやるからな」
「お断りします。これが終わったら、二人でSクラスの猛獣を狩る予定だからな」
「まぁ、ゆっくりと考えても良いさ」
「・・・」
「さて、そろそろ持ち場に移動しないとな」
「ああ」
柳たちが町に入る準備をしている。まだあそこに魔石を生成する魔法陣が至るところで、仕掛けられているのだ。まだ危ないよ、と思ったローズはいきなり柳の足をつかんだ。
「今、行っちゃ、ダメ」
「あの魔法陣か?」
「うん」
柳が跪いて、目線を合わせた。
「大丈夫だ、俺たちは、それを回避できるから」
それでも不安に思ってしまったローズが思わず泣き出してしまった。ダルガは動こうとしたが、鈴に止められた。影丸は柳の隣にいて、ローズの目線に合わせて、優しく髪をなでた。
「ローズさん、大丈夫だ。ローズさんのお兄さんも、私も、強いんだ。魔法陣破壊という技を持っているんだ。だから大丈夫だ」
影丸が言うと、柳もうなずいた。
「ああ、本当だよ。それに、これからローズが俺たちを援護してくれるから、絶対大丈夫だ」
「本当に?魔法陣はなんとかできるの?」
「ああ。俺たちを信じろ。俺たちもローズを信じる!」
ローズがなんとか自分の大きな不安が減った、と感じた。柳はローズの涙を手で拭いた。もう泣かないように、と彼が微笑みながら言った。
「影丸さん、私のペア、お兄さんをよろしくお願いします」
「任せろ!じゃ、ローズさん、俺のペアの鈴を守ってくれ。よろしくな!」
「うん」
影丸と柳はローズの前に拳を出した。ローズも自分の拳を出した。二人とローズの小さな拳をタッチした。
「俺たちはチームだ。よろしくな!」
「はい!」
ローズがうなずいた。
「行って来るよ、ローズ」
柳はローズの顔をなでて頭に口付けした。
「いってらっしゃい、兄さん」
ローズが涙を袖で拭きながら、柳に手を振った。柳は立ち上がって、うなずいた。
「さて、柳。さっさと掃除でもしようか」
「ああ」
殺気に満ちる二人の会話だった。影丸と柳が振り向いて、迷いのない足通りで都に向かった。彼らの戦争はもう始まっているのだ。