22. ダルガ ストーリー: 本音
「アルハトロス首都、龍神の都は襲撃された!」
ミライヤがそう言った。この衝撃的な情報に思わず、ダルガたちが思わずびっくりした。
「なっ!」
「本当ですか?」
ローズもダルガもびっくりした。
「本当だ。空中で突然モルグ人兵士が現れて、そのまま都が奇襲されてしまったんだ。あっという間に、それが最悪の状況になって、都が落ちた」
ミライヤはリビングの絨毯の上に腰を下ろし、座った。ダルガたちも先生の前で座ることにした。
「5人の将軍らは?」
ダルガが聞いた。
「今撤退して、戦力を整えてる最中だ。第三将軍と第五将軍は先日の戦いで命を落としたそうだ」
「そんな・・」
「というわけで、明日都奪還作戦に、私たちは加わることになる。柳さんは明日エスコドリアの港にて合流するという連絡が来た。ローズちゃんは柳さんと一緒にダルガさんのチームに入る」
ミライヤはそう言いながらローズを見ている。
「武人でも何でもないあなたはお気の毒だけど、卒業試験として、その奪還作戦を参加することした、そう心得よ」
「はい」
ローズはうなずいた。この小さな子どもを戦争に出すのか、とダルガは信じられない目で見てしまった。
「ダルガさんは隊長で、私とリンカは別行動で動く」
「はい!了解しました」
これは命令だ。明日から戦闘準備に行かなければいけない。モイを残して・・。
そうだ、あの蛇のことが・・、とダルガがポケットから何かを出した。
「ミライヤ様、昨日モイさんを襲った蛇のことです」
「なんでしょう?」
「このような術紙が見つかったが、蛇そのものがいませんでした」
ダルガは術紙らしき物を出した。ミライヤはそれを受け取って、じっくりと見つめた。
「これはモルグ人が使った術紙だ。しかもかなりの悪質な物だわ」
「どういうことですか?」
「これはおそらくこの前の襲撃に使われた術紙だと思う。風に飛ばされてここまで飛んできたんだね。魔力がある者のお近くにその者の魔力を取って、発動するようにと仕組まれている。猛毒が体内に入ったら、術が解けて、蛇が消えるという仕組みだ。これで都が落ちたのも、おかしくないだわ。良く教えてくれた。対策を考えるわ」
「はい」
そうか、そうなんだ、ダルガが思った。それで疑問が解けた。蛇に噛まれたのに、蛇そのものがなかったことに、おかしいと彼が思った。瞬間的に、ダルガがものすごく怒りを覚える。
モイを苦しめたモルグ人にお返しをしないと彼の怒りがおさまらない。
「あの・・」
ローズが小さな声で尋ねた。
「はい?」
ミライヤはローズを見て、うなずいた。
「なんでリンカも戦場に行くんですか?」
「あれ?ローズちゃんは知らないの?」
「何がですか?」
ローズは困った顔して、首を傾げた。
「彼女の前では、私はいつも猫の姿で、知らないのも当たり前だ。ごめんね」
リンカは人の姿に変わり、それを見たローズは、思わず口が開いてしまった。ローズが相当びっくりしたのだろう、とダルガは苦笑いした。
「これは私の本当の姿だけど、猫として生活した方が楽だから猫になってるだけ」
「そう、リンカさんはとても美しいから、周りがその美しさに見とれて仕事が進まない、とダルゴダス様から聞いたことあります」
ダルガが言い加えて言うと、リンカは「ふん!」と鼻で息を吐き出した。もう猫になりきっているのだ、とミライヤは笑った。
「さて、今夜の夕餉は私が作る。明日は一番早い船に出るから、今日は早めに休みなさい」
リンカが言うと、ダルガが手を上げた。
「モイさんはどうしますか?」
「明日村人に頼んで、留守の間になんとか生活できるようにしますわ」
ミライヤはダルガの問いかけに答えた。そうか、それなら安心だ、とダルガは思った。
「はい、分かりました」
「では、また後で食事を届けに来るよ」
「あ、取りに行きます」
「あ、そう?じゃ、またあとで取りに来て」
ダルガがうなずいた。ミライヤとリンカは立ち上がって、離れの屋敷を後にした。
その夜、ダルガ達はリンカが作ってくれた食事を食べて、荷物の整理をした。戦争に行くのだから、余計な物をおいて、身につける物だけを持って行く、とダルガはローズに教えた。
こんな小さな子を戦争に連れて、戦士として出す、というミライヤの考えは理解しがたいのだけれど、今は余裕がないのも事実だ。早く奪還しなければ混乱が広がり、統一された反撃ができなくなる。恐らくダルゴダスも動いたのだろう、とダルガは思った。
そういえば、夕餉の時からモイが元気がない。出された食事を食べずに、ずっと寝込んでしまった。時には泣き声も聞こえたりしたが、まだ痛むのか。困った、ダルガが難しい顔をした。
武器や防具の手入れして、いつの間にかモイのことが気にしなくなってしまった。しかし、ローズはダルガをずっと見ている。
「どうしたんですか?」
「ちょっと話がある」
「はい、なんでしょう?」
「ここじゃ、まずい。ちょっと外に行きましょう」
そう言いながら、ローズはダルガの手を取って、外へ行った。外はもう真っ暗だ。それでもローズは離れ屋敷からもっと距離を取るように歩いている。
「どうしたのですか、ローズ様」
「ダルガさん、モイのことはどう思ってる?」
いきなりの質問に、ダルガが戸惑ってしまった。
「どう・・って?」
「好きか、嫌いか、特にないか・・、どっち?」
どう答えれば良いんだ。ダルガが困った顔をして、頭をぼりぼりと掻いた。
「それは、モイさん・・今泣いていることとは関係あるのですか?」
「うん」
「教えてくれませんか?」
まずことが分からないと、どう答えれば良いか分からない。彼女は地面にしゃがんで、小さな声で答える。
「モイは、昔、戦争で婚約者を失ったの」
「そうなんですか」
知らなかった。あの笑顔の裏にあんな悲しい過去があったとは・・、とダルガが思った。
「だから戦争になると、昔の記憶が、その悲しい記憶が蘇ってしまう、と思う。おそらく私たちの会話が聞こえて、とても悲しくなってしまったと思う」
「そうなんですか」
「だから・・」
「はい」
「モイの心を救えるのはダルガさんだけなの」
「どうして・・、私ですか?」
ローズはため息ついた。なんか、立場的に自分が責められているような気がする、とダルガは思った。
「鈍い男だね」
ローズはダルガを見て、呆れた顔した。
「それはどいうことですか?」
なんだかむかつく、とダルガは思った。けれど、それが事実かもしれない。
「なんで気づかないの?毎日一緒にいて、どうしてそこまで気づかないの?」
「何が・・ですか?」
「モイはダルガさんのことが好きだと、子どもの私でも分かるよ。でも言えなかった。立場的にもあるけど、でも・・」
「私にはそういう体験がないから、良く分かりません」
「ダルガさんだって、モイのことが好きだと誰が見ても気づくぐらい、ばればれだった。モイだってそれを気づいたが、口に出せないのも分かる」
ローズの言葉を聞くと、ダルガが驚いた。
「うむ、モイさんのことは好きだと思えば好きかもしれない。でも、一時的な感情だったかもしれない」
「このまま戦争に行ったら、モイが壊れてしまう。私とダルガさんを戦場に送るなんて、モイには荷が重すぎる。不安と過去に挟まれてしまったら、もう今までのモイでなくなる」
何者だ、この子。なんでそんなことまでが言える、とダルガが彼女を見つめている。
「私には分かるんだ、ダルガさん」
「なぜ」
「なぜと言われても、困るんだけど。でもお互いに思う気持ちがあって、本音で語りあって、その思いを互いに通じて応えられたら、どんなに幸せかと思う」
ローズは立ち上がって、暗い空を見上げた。
「私と柳兄さんと違って、ダルガさんとモイさんはお互いの心を通して応えることができる」
しばらくして、彼女が涙を堪えながらお声で静かに言った。
「私が思う心と、柳兄さんの思う心は、互いに知った。知ったけれど、応えられない。私たちは兄弟だから、血がまったく繋がりがなくても、兄弟である以上、何もできない。許されないことも痛いほど分かる。だから、兄弟として、お互いの思う心を通して、死ぬまで、兄弟を演じることをすると決めた。そばにいて欲しくて、愛しいと思っても、何もできないんだ。私たちは一所懸命、我慢して自制してる。お兄さんも、私も、それが分かっている。だって私たちは心で繋がっているからだ。初めて会ってから、お互い必要としていることも理解している。でも、いつも別の方向を考えるようにした。自制をするために」
そうなんだ、とダルガはことを理解した。ローズと柳はもうここまで男女としての認識しあっているのか。
「それに私の体が小さいし、最初からは諦めたんだ。でも兄さんは、それでも、私を必要だと言ってくれた。私もお兄さんを心の支えとしているんだから、お兄さんの存在は私にとっても必要だ。でも、どう答えれば良いか、分からない。だから精一杯、前に向かって歩き続けて、頑張るしかないんだ」
涙を抑えきれないローズを見て、ダルガは言葉が出ない。こんな正直な本音を言われるのが初めてだ。小さな子、いや、小さな女性だ。ローズは小さいだけだ、と彼が思った。
「モイはダルガさんが好きだ。ダルガさんもモイが好きだ。それだけで十分だ。話し合って、安心させてやってくれれば良い」
ローズは涙を拭いて、ダルガに向かって、言った。
「はい」
「うん」
「ローズ様、一つ聞いても良いですか?」
「はい」
「あなたはいったい何者ですか?」
「私はただの庭人形で生まれた子だ。それ以上でも、それ以下でもない」
ダルガは体を低くして、視線を会わせる。夜が真っ暗なのに、そのかすかな星の光で、涙が溢れる目が見える。切ない、実に切ない、とダルガは思った。
「無礼をお許し下さい」
ダルガはローズを抱きしめた。
「ローズ、私にとって、あなたは私の大切な、かわいい娘だ。庭人形でも、ダルゴダス様の子でも、なんでもなく、私の娘だ。だから、好きな人とともに歩みたいなら、私は咎めない。ダルガの娘として、自由にすれば良い」
ダルガはかすれた声で、優しく言った。
「うん、ありがとう」
「こちらこそ、ありがとう、ローズ様。気分が晴れました。この気持ちはモイさんに伝えるよ」
「うん。私はしばらくここにいる。終わったら、言ってね」
「はい」
ローズは庭にあるベンチに座る。どこから来たか分からない黒猫のリンカは何も言わずに、ローズの隣に座った。そしてローズはリンカを抱いて、泣いた。
「リンカさん・・」
ダルガがモイの部屋の扉をノックして、入った。モイはまだ寝ていない。彼女が寝台に座って泣いている。ダルガが気持ちを整理しながら、言葉を選んで、頭の中に正直いってぐちゃぐちゃだ。
「モイさん、ちょっと良いですか?」
「はい」
「座っても良いですか?」
「はい」
ダルガは寝台に座って、モイの顔見つめる。きれいだ、でもその目が悲しいと、見るだけでも分かる。
「まだ傷が痛むんですか?」
「あ、いや、もう大丈夫です。助けていただいて、ありがとうございました」
「なんの」
ダルガは自分の心臓がものすごくドクンドクンとなっているのが分かるぐらい、緊張をしている。戦闘で命のやりとりのような、一人の女性の前で言葉を言うだけで、こんなに神経を使うものかと自分でも驚いてしまった。
「モイさん、私は・・私は、モイさんのことが好きだ」
穏やかに・・穏やかに・・、とダルガは自分に聞かせている。
「え?」
「愛か、恋か、分からないが、私にとって、モイさんは大切な女性で、私の思いを遂げたい相手だ、と心から思います」
「ダルガさん・・」
ダルガはモイの手をとった。ありのままの思いを告げる、と彼がモイの目を見つめている。
「モイさん、この任務が終わったら、私とともに時を過ごして欲しい。ゆっくりでも良いから、ともに歩んで、ともに笑って、ともに幸せを感じたい」
「でも・・、私はもう、もう若くないです。若く見えるだけです」
「私ももう若くないですよ。だから若くない者同士、支え合っても良いんじゃないかな」
「こんな私でもですか?」
「こんな捨て猫の私だったが、目の前にいる宝石は大変美しいであることは知っています」
「ダルガさん」
「だから信じて欲しい。明日は出陣しなければいけないが、心配は要らない。私は強いんだ。自分で言うのが変だけど、愛しいと思う人を残して、死にません。ローズ様も、柳様も、ミライヤ様も、もちろんリンカさんだって強いだ。だから皆で無事で帰ってくると信じて下さい」
ダルガが微笑みながら言った。
「はい」
「都を取り戻さなければ、戦火が広がってしまいます。そうなると、犠牲になる者が大勢となってしまいます。だから直ちに、行動しなければいけないんです。武人でもないローズ様まで出陣することになるぐらい、大変危険な状態です。分かってくれますか?」
「はい、でも・・」
「信じて下さい」
ダルガはモイの手を口に当てた。
「ダルガさん」
「はい」
「抱いても・・良いですか?」
「モイさんには許可が要りません」
モイの顔にかすかな笑顔が表れてた。
「ダルガさんにも許可が要りません」
「ありがとう、モイさん」
ダルガはモイを抱きしめた。何とも言えないこの気持ちは、ローズと柳と同じく感じている愛情なのか、恋なのか、よく分からない。
けれど、確かな気持ちはある。今、彼の胸で泣いているこの人を、全身全霊で守りたいという気持ちが生まれた瞬間だった。