20. アルハトロス王国 悪者退治
ローズが今、湖を渡るための船の上にいる。柳とダルガと一緒にエスコドリアに行くためだ。
柳が次の護衛の仕事のためにエスコドリアの港で待ち合わせをするそうだ。そして、ローズたちはベルグ親方の防具工房へ、ローズの防具を受け取りに行く予定になっている。
ローズたちはエスコドリアでは親子として知られているのだ。この家族ごっこはローズを守るためだやっていることだ。エスコドリアの町は治安が悪いため、どうしてもこのような家族ごっこの必要がある。でも今回は、お母さん役のモイはお留守番中だ。彼女はローズの運動着を作っている最中だったから、留守番する、と誘いに断った。
柳はローズを抱きかかえて、湖から見える景色を見ている。朝の美しい空に涼しい風、穏やかな波で船がゆっくりとエスコドリアの港へ向かっている。ローズと柳に気遣っているかのような、ダルガは離れたところで船の関係者と世間話をして、お茶をご馳走をしてもらいながら、楽しく会話をしている。ダルガは港で襲ってきた雷鳥を退治した勇者だから、船関係者達の誰もが親しく接触してくれる。
ローズがただ柳の心臓の音を聞きながら、湖を見ている。柳も彼女をしっかりと抱いている。血の繋がりがまったくない兄弟なのに、柳はローズにとても優しくしている。柳の温もりがあと数時間で感じられなくなると思うと、ローズはとても寂しく思っている。しばらくの別れに、今は1秒でも長く味わいたいと思う。
「ローズ、寒くないか?」
「ううん、寒くない。お兄さんは寒い?」
「いや。大丈夫だ」
柳が首を振った。ローズが少し頭を動かして上を見ている。
「ローズ、俺はローズと別れて間もないころだったなんだけど・・」
「うん」
「俺はローズの存在を感じた」
柳がやっと気になったことを口にした。
「うん」
「ローズは俺の名前を呼んだ。夢でも幻覚でもないと思うが・・、不思議な体験した」
あの時か、とローズが思い出した。ミライヤはそれが覚醒だと言った。夢の中のような、あの不思議な空間に、必死に柳を呼んだ記憶が残っている。あの光に溢れている世界で、自分のことが分からなくなってしまった。不安になって、唯一答えてくれたのは柳だった。そのおかげで、自分を取り戻すことができた。
「うん。あれは覚醒の時だった」
「そうか、覚醒の時だったか」
「お兄さんはそういう体験はある?」
「ない。だが、ローズならあり得る。魔力が高い人はやはりそれなりの特別な体験をすると聞いた」
柳はそう言いながら、海を見つめている。
「でも、あの時は怖かった。自分が誰だか分からず、ひたずらに叫んで、助けを求めていたことを、今でも覚えているよ」
「同時にその時にローズの存在を気づいたのは、俺だったか」
柳が腕にいるローズを見て、微笑んだ。
「うん。お兄さんは私の名前を呼んだから、私は自分が誰だか、気づいた」
「そうか。なら良かった。ローズも俺の名前を呼んだ。しかし、一瞬で消えたから心配になった。何があったか、と」
「心配をかけてごめんね」
「いや、問題ない。ローズのためなら俺は、なんだってするさ。俺には・・」
柳はしばらく黙っていて、息をゆっくりと吸ってから、言葉を言う。
「俺にはローズが必要だ」
ローズが瞬いている。自分がその言葉を受けて、何をしたら良いのか、分からない。返事する言葉が見つからない。ただ黙って柳の心臓の音を聞くだけだ。柳の温もりを、柳の匂いを、柳の声を、そして柳の気持ちを・・。ローズはどう答えれば良いのか、分からない。
「ローズが必要だから、これからのためにも、俺は前に歩こうと決めた。誰よりもローズのそばでいられるように、ローズの笑顔を見るためにも、そしてローズと一緒に笑うためにも、俺はもっと強くならないといけない、そう理解しているんだ」
柳はローズを強く抱いた。小さなローズは彼を見て、うなずいた。
「うん」
「ローズが俺の心の支えになっているから、俺もいつかローズの心の支えになりたい」
「兄さんはもうすでに私の心の支えになっている」
「そうか。ありがとう。それを聞いて、安心した」
柳が微笑んでいる。この小さな彼女を守りたい、と彼が思った。
「柳兄さん・・」
「ん?」
「私は兄さんのペアになりたい」
「仕事のペアか?」
「うん。二人で冒険して、護衛家業でも良い。世界を歩き回りたい。一緒に猛獣でも倒したい」
「それを聞いて嬉しいな。俺のペアになってくれる人は、誰一人もいなかったからな。ローズは初めてだ。よし、分かった。今度会う時にペアになろう。俺よりもローズが強くなりそうだから、負けてられないな」
柳は笑った。
「兄さんは強いから、大丈夫だよ」
「そうは言ってられないさ。ローズの師匠はあのダルガさんだよ?レベル8の優しい鬼教官だろう?あの人は、めちゃくちゃ強いさ。今の俺なんて、あの人の前ではただのひよこだ。その強い人の弟子だから、ローズもきっと強くなる」
くっしゅん!と、どこからか人がくしゃみの音が聞こえた。ローズは思わず笑った。
「魔法の師匠もあのミライヤ先生だから、ローズが半年後になると、もう俺を越える魔法戦士になるんじゃないかな」
「これからの修業が大変そうだけどね」
ローズが苦笑いした。
「大丈夫。きっと大丈夫だよ」
柳は強くローズを抱いた。そして優しい言葉でローズに言った。
「お互い、頑張ろう。会える日まで、頑張ろう。離れていても、俺たちは心の中で、繋がっているから、絶対に大丈夫だ」
柳の言葉を聞いたローズがうなずいた。彼女の目から涙が流れている。
「うん」
「だから、もう泣かないで。俺も辛くなるから」
「はい」
柳がローズの涙を拭いた。言葉にならないこの気持ちだ、とローズが必死に気持ちを抑えている。船がエスコドリアに到着するまで、景色を見ながら、二人が無言で互いの温もりを感じた。
船がエスコドリアに到着すると、ローズが柳と別れた。すでに港で待ち合わせていた商人達とその荷物の馬車が集まって来た。これからエコリア地方の東にあるスズイール地方のモーレという町に行くそうだ。仕事を頑張って、柳!、とローズは必死に手を振った。
ダルガはローズを腕の上に載せて、防具工房に向かった。途中、ローズの顔に残った涙の後に気づいて、心配になった。広場にある水場でハンカチを濡らして、彼女の顔を優しく拭いた。でも、それはモイのハンカチだ。まだ持ったままだったのか、とローズが思わず笑った。
ダルガがローズを元気づけようと、近くにある飴屋に飴玉一粒を買った。彼が本当に優しい人だ、とローズが思った。飴を口に含みながら、ベルグ親方の工房に向かい歩きながら、ダルガはいろいろなエスコドリアの美味しい食べ物の話をした。なんと鹿肉のシチュー以外にも、美味しい料理がたくさんあると聞いて、元気が出て来た。多分元気というよりも、食欲の方が正しいかもしれない。
ローズたちがベルグ親方の工房に着いて、早速防具の試着と調整をした。胸のプレート、肩と手の防具、手の甲と肘を守る防具、お腹と腰を守る防具、ベルトには武器を固定するための場所がある。また膝と足を守る防具までセットで作ってくれた。至る所できれいな薔薇の花の模様が付けられている。防具の色は銀色のような明るい色で、丈夫で軽い。それだけではなく、エンチャント可能だ、という優れている金属でできているそうだ。ベルグ親方の話によると、これは現在世界でも最上級の金属だそうだ。
それが、娘のためにこの最上級の防具一式を迷いもなく注文した勇者ダルガは、町の噂になっている、と親方が言った。その噂の出所があなただろうが!、とローズが呆れた様子で思った。
ローズがすべての防具を身につけて、重さが感じないぐらい、本当に軽い防具だ。昨日の夜、柳とダルガの防具を触ってみたけれど、重かった。ローズは、あの二人があんなに重い防具を身につけても、良くあんなに素早い動きができるのか、と感心した。
しばらくしたら、外で騒がしい音がした。人々が集まっていて、ローズも防具を身につけたまま、外に走り出した。ベルグ親方の工房の前に、一人の女性が数人の怖い悪者の者たちに囲まれている。女性の顔から血が流れて、あの者たちから暴行を受けているのようだ。
けれども、誰も彼女を助けない。よく見ると、あの悪そうな者たちは武器を持っているからだ。一般の人はやはり怖いでしょう。女性はおびえて、あまりの恐怖に助けを呼ぶことすらできない。
「ねぇ、そこの悪そうなお兄さんたち、何してるの?」
ローズが声を聞くと、人々が彼女に視線を移した。止めなさい、と言った人もいたけれど、遅かった。
「何だ?」
悪者の一人がローズに視線を移した。けれど、彼女はその場から逃げ出すことなく、立っている。犯罪を黙認すると犯罪をする人と同じぐらいの罪だ、と昔教えられたような気がした、とローズは思った。
「何だ、このガキ?」
その怖い男性の一人はゆっくりと近づいている。彼の武器が棒で、びゅんびゅんと手で回している。
「顔も悪いお兄さん達は、何をしてるの?」
生意気な娘だ、とその悪者が思った。けれど、自分の後ろは、もっと怖いお父さんがいるから怖い者がなし!、とローズは思った。
彼らはあの女性から、敵をローズに移した。けれど、ダルガはベルグ親方の工房の前に何もしなかった。彼は笑っただけだった。
「こういう遊びなんだよ、お嬢ちゃん!」
いきなりその鉄棒で殴りにかかる者がいた。当然、この状況では、防衛用の蔓が自動的に発動した。
騒ぎに気づいた人たちが集まって、悲鳴を出す者もいた。小さな子どもが、大の男達に襲われている、と人々が心配そうな声を出した。
「何だそれ?」
悪者の一人が鉄棒を防いだ蔓を見て、驚いた。彼が再び構えた。
「ローズ、気をつけろ!ここは町工場が多い地域だから範囲魔法攻撃はダメだ。爆発するからな!」
「え?はい!」
「そうだ、蔓をしまえ、戦いにくいんだろう?」
遠くからダルガの声が聞こえた。指示が出た。了解!
「はい!」
ローズはにょきにょきとした蔓をしまって、素早くバリアーを自分にかけた。敵の位置を確認した。ヒ、フ、ミ、と合計5人の悪者だ。先ほど暴行を受けた女性は、もうどこかに逃げたようだ。ならば、遠慮なくお仕置きができる。
「このっ!」
そう言いながら、一人の悪者がローズに向かって、拳で攻撃した。なんだ、とローズは彼の攻撃を見て、思った。ダルガよりも全然比べものにならないぐらい遅い!
その攻撃を楽に交わした。次から次へ、彼の拳が来た。ローズが体を低くして、敵がバランスを失った時に、魔力で込められた彼女の小さな拳を、彼のお腹に直撃した。
0距離の雷パンチだ!
それは、雷の魔法を直接相手の体内に入れる技である。
「ライトニング・パンチ!」
ローズの言葉とともに、あの悪者の口から煙りを出した。
「ぐは!」
彼がそのまま、後ろに倒れて、口に泡が見えた。一名処理!、と彼女がにやっと笑った。
残りの4人は、仲間が倒されたことに、怒りを露わにした。今度は二人かがりで、一人がナイフを出した。武器を持つ相手になると、危険だと思う。けれど、当たらなければ、何の問題がない。赤い服の悪者は、ナイフを振り回して、ローズを狙っている。もう一人が彼女の後ろに回っている。蔓が無い今、後ろは視界外となった。気配を感じて、攻撃を回避できないと、こちらの身が危ない、と思った瞬間、前からあの赤い服の悪者が突っ込んで来た。小手の性能を試すチャンスだ、と思って右手を出して、ナイフの攻撃を小手で受け止めた。
う!
結構衝撃があるんだ、とローズは思った。その手を素早く引いて、ローズは素早く体を低くして、後ろに回った髪の毛がボサボサの悪者に、足を攻撃しよう、と試みた。けれど、距離があって、無理だった。彼女はそのまま地面に大地の魔法をかけた。
「大地の壁!」
昨日柳が見せたあの踏み台になる魔法だった。魔力を調整すれば、大地から突然現れた盛り土になる。しかし、ローズが出したあの盛り土はあまり良くないところに現れたようだ。なんとあのボサボサ頭の悪者の足の間に現れて、股間を直撃した!
チーン!
あまりの痛さに、彼が地面に転がってしまった。足を狙ったはずなんだけど、と彼女が思った。でも、結果オーライだ!二名、処理!
ナイフを持った人は再びナイフを振り回して、いきなり刺すようにと素早く動いた。ローズはそのナイフの攻撃を、再び手で受け止めて、手を強く下へ押すと、ナイフが手から外れた。そのナイフを後ろへ蹴って、彼女が素早く動き、攻撃しようとした。けれど、またもや彼が後ろに下がったため、距離が離れてしまった。彼女が一旦と後ろに下がり、距離を取った。残りの二人はその赤い服の者の近くに合流して、落ちた武器を拾って、彼に渡した。よって、その三人の悪者どもが武器を持っている。小さな子どもに負けて、やはり悔しいのか、とローズが思う。
柳が教えたあの技をやって見るか、とローズが思った。鉄棒も大きいから、今は近寄らない方が良いかもしれないからだ。
急にローズが地面に両手を置いた。彼女がその蔓を相手に届くようにと念じた。
「バインド・ローズ!」
地面から凄まじい音とともに三本の黒い枝がズズズと生えて、素早い早さで三人の悪者を襲い縛りついた!当然のことだけれど、ローズは「薔薇の木」だから、トゲがある。痛いでしょう、と彼女が顔で痛そうで縛られた相手を見た。彼らの体から赤い血がにじみ出ている。痛さと苦しさのあまりに三人とも気を失った。
これで5人とも処理した!
何だか楽に終わったかと思ったら、見物人の中から一人の大男が現れた。ローズが彼を見て、明らかに彼が友好的ではなさそうだ。彼が怖そうな顔に、眼帯をして、耳は犬っぽいで、灰色の尻尾があって、金属の棒を持っている。彼はあの悪者の仲間か?、とローズは直ちに構えている。
「よぉ、お嬢さん。誰だか知らないけど、良くも俺様のかわいい子分たちをひどい目にしたね。死んでもらうよ」
彼がそう言いながら、その棒を彼女にかざした。いきなり殺す宣言か、とローズが思った。
ここで死ぬ暇なんてないんだよ、とローズが訳が分からないことを考えてしまった。ローズは首を振って、集中した。
「ローズ!バリアー忘れずにな!勝ったら、美味しい猪の丸焼きをおごってやるぞ!」
「はいっ!!」
そんなかけ声を聞いた途端、彼女の目の色が変わった。なんかやる気が一気に出た、と彼女は舌で口を舐めた。
「頑張れ!」
見物人達の応援が聞こえて来た。さすが治安が悪い町だ。こんな小娘が大男に殴られそうになるのに、皆が見ている。しかも、駆け引きまで発展している。
けれど、それはどうでも良い、と彼女が思った。大事なのは、美味しい猪の丸焼きのために、頑張ることだ!。
「自然よ、ローズが命じる:我に力を与えたまえ!」
すべての属性を持っているローズは、契約の言葉は自然界のすべての力を使えるのだ。
先ほどの三人縛った枝を解くと、三人とも崩れ落ちた。そしてローズの右手の平から一本の鞭が現れた。トゲがびっしりと漆黒の鞭が現れた。
パン!
乾いた音が響いた。
相手の大男はいきなり突っ込んで来た。右手の鞭で応戦!あの人は、素早くローズの鞭を回避して、高くジャンプした。すると、棒を振り回し、頭を狙って、たたき付けた。一瞬の判断でなんとか回避したけれど、危機一髪だった。あと数秒で動きが遅かったら、頭にその棒が届くのでしょう、と彼女がひやっとした。
地面に深い穴ができたほどの衝撃が強い攻撃だった。ローズが後ろに下がって、距離を取った。その距離だと、あちらの方が有利だ。体が小さい彼女は、相手が持つ金属の棒が先に届くことになるでしょう。しかも、この素早さでは、近接戦闘にはかなり苦しいことになる。
さて、どうする、と彼女が思った。
けれど相手が考えるための時間をくれなかった。ローズが必死に相手の棒を回避しながら、鞭で所々と攻めてみたけれど、なかなか当たらなかった。ローズが体を回転しながら、後ろにまた下がった。バリアー!と自分にエンチャントした。
「大地の壁!」
地面に盛り土の魔法をいくつか作って、彼の動き範囲を減らしてみた。同時に、その上に走り登り、高くジャンプした。ローズは手に持った鞭を雷にエンチャントして、それを強く固めて、棒のようにした。
「ライトニング・スピア!」
雷の槍を鞭で素早く作った。そして強く狙って投げる!
「ライトニング!」
追加魔法上からぶっ放したて、逃がさない!、とローズが高い位置から相手に攻撃をした。
猪の丸焼きのために! 当たれぇぇぇぇっ!
そう思ったら、相手が逆に上にジャンプした。なんと、魔法攻撃が効かない相手だ!彼が鞭の槍を左手で一振りして、砕け散った。
まずい!、とローズが慌てて、蔓を発動させた。
彼の攻撃を蔓が受け止めた。けれど、落ちて来るローズが、足の踏み場が必要だ。
「ウィンド!」
風属性の風を下に向かって、反発したら、空気が上に逆にあがってクッションになった。なんとか無事着地した。
バリアー!、と彼女が再び自分にエンチャントした。
次の攻撃が来る!、と彼女が思った。逃げ回るだけだと、不利だ。その大きさで、彼が素早く動いている。なので、長時間で戦うと不利だ。どうしたら動きを鈍らせるのか、と彼女が必死に考えている。魔法防御が高い相手だと、遠距離から魔法の攻撃が効かない。ミライヤの言う通りだ。こういう相手だとかなりのピンチだ。
ローズが今までの鞭を消して、再び呼び出した。今回は重くした。相変わらずトゲがいっぱい出ている。そして、何よりも、魔力をたくさん使ってしまった。ローズが自然界からのエネルギーの補充しながら、相手を見つめている。
先の連続技で魔力をかなり消費した。自分でも分かるほどの体の異変だ。きつい、と彼女が思った。
相手が動き出した。彼の鉄棒とローズの鞭でぶつかった音がした。
そろそろ腕が疲れてきた。苦しい!、と彼女が思った。
そのとき、見物人の誰かが水をふっかけた。水が、地面に落ちて、濡れた地面となった。これだ!
「マッド!」
地面がドロドロとなった。発動条件は、土と水だから、この魔法が満たされた!
足下が突然ドロドロになって、あの大男がバランスを失った。ローズが素早く地面に手を当てた。
「バインド・ローズ!」
ズズズ、と地面の中から枝が生えて彼を縛った。今回は強めに縛る、とローズが念じた。
「ブラッディー・ローズ」
縛り着いた枝にあるトゲが急に鋭くなって、大きさも大きくなり、その大男の体に刺さって、食い込んだ。散った赤い薔薇の花びらのように、赤く飛び散った血が地面に落ちた。自分が出した技なのに、恐ろしく思った。
あの大男が大きな声を出しながら痛みを耐えた。必死に抵抗したけれど、ローズの枝の方が強かった。手に持った金属の棒が地面に落ちた。
勝負あり! ローズの勝ちだ!
動けば動くほど、トゲが肉に深く刺さって、痛みがましていく。それでもまだ動こうとしたから、どうするか、困った。
「お父さん、これ、どうしたら良いの?」
ローズがダルガを呼んだ。ダルガは人混みの中から顔を見せた。
「ふむ、どうしようかな。警備隊を呼んで、引き渡すしかないな」
彼がそう返事すると、誰かがダルガを見覚えがあった。あの英雄だ!
「お!あのちびはダルガさんの子どもだったんだ!」
「さすが勇者の子だ!」
「おお!」
「キャー!ダルガ様!私にもそういう子どもが欲しい!」
見物した人々が次々と大きな声で言った。意味不明の声援まで聞こえているけれど・・。
押しつけた人々からローズを守るために、ダルガは素早く彼女を抱っこして、その場を離れた。汚れたローズの顔にハンカチで拭いた。そしてベルグ親方の工房の近くまで移動した。心配したベルグ親方は彼女を見て、ほっとしたの顔を見せた。
「よくやった、ローズ。怪我はないか?痛むところはないか?」
ダルガがベルグ親方の家の水場を借りて、ローズの手と足をきれいにした。
「はい、大丈夫です。でも本当は怖かった」
「これから、そういう戦いは、毎日やるからね。覚悟して下さい」
ダルガが小さな声で、笑顔で、優しい口調で、頭をなでながら、ローズの耳元に言った。本当にこの人は優しい鬼教官だ、とローズは思った。
騒ぎに駆けつけた警備隊が到着して、あの六人を逮捕すると言った。ローズは傷だらけになったあの悪者のボスに縛りついた枝を解いた。警備隊の人は事情を確認して記録した。目撃者は数多く、非があの6人にあり、と目撃した人々は証言した。どうやら、あの6人はこのあたりをよく悪さをしている悪者だそうだ。
「ねぇ、お父さん」
「なんだい?」
「先の水はお父さんが投げたの?地面に」
「さて、なぁ。何のことでしょう?」
絶対この人がやったんだ、と彼女が思う。なぜなら、彼のシャツが少し濡れているからだ。けれど、ダルガは笑っただけだった。
「うーん、なんか疲れた・・」
ローズが極端の疲れに襲われて、ダルガの肩に頭を置いて、いつの間にかと眠ってしまった。
気が付いたら、時が数時間が経ったようだ。彼女は知らない部屋で布団の上に寝かされていた。隣でダルガは座って目を閉じている。防具が外されていた。
「お父さん・・」
ローズの声を聞いて、ダルガは目を開けた。ローズは起きあがって、布団に座った。
「もう大丈夫か? 気分はどう?」
ダルガは優しい声で声をかけた。ローズの頭に手を当てて、熱がないかと確認して、ホッとした。
「うん、大丈夫」
「それは良かった」
ダルガが微笑んだ。
「ここは?」
「ベルグ親方の工房の部屋だ。心配したから部屋を貸してもらったんだ」
「じゃ、御礼をしないと。えーと、私の防具は?」
「今親方が調整中だ。先の戦いで、調整が中断されて、まだ完璧ではないと言ってた。もう少しでできるかな?」
ぐ~~~~~~~~~~~
その恥ずかしい音がお腹から聞こえてきた。
「ははは、お腹が空いたんだ。約束通り、美味しい猪の丸焼きを食べに行こうか」
「はい!」
ローズがベルグ親方によって完璧に仕上がった防具を再び身につけた。部屋を貸してくれたことに、感謝の言葉を言ったら、親方はローズの頭をぽんぽんと叩いて、笑った。あの戦いで治安を脅かす悪者六人組はしばらく牢屋の中におとなしくなるだろうと言って、逆に御礼を言われた。悪者に襲われた先ほどの女性は、どうやらこの近くでお菓子職人をやっているそうだ。助けてもらった御礼として、たくさんのお菓子をローズ宛にベルグ工房に届けられた。どれもとても美味しそうだったけれど、後でモイと一緒に食べよう、とローズは思った。
またその騒ぎで、ベルグ工房にローズと同じような防具が欲しいという問い合わせがたくさん来ているそうだ。それで、工房の人たちは注文の受付に追われてしまった。大繁盛の御礼として、ローズの防具一式がすべて無料になった。おまけに、お手入れ道具一式ももらった。
ありがとう、ベルグ親方!とローズが嬉しそうに頭を下げた。
ダルガに猪の丸焼きをご馳走してもらって、お腹が空いたローズは、人々の視線に構わず、数頭の猪の丸焼きを注文して、美味しく食べた。あの大きな猪の丸焼きを食べ尽くした勇者ダルガ親子の二人組だ、という噂もまた広がるでしょう。
帰りに船に乗って、再び屋敷に戻った時は、もう日が沈んでしまった。ダルガはミライヤ先生にこの日で起きた出来事を報告した。今日はもう遅いから訓練はなしで、明日から訓練を始めると決定されたこと、とダルガがローズに告げた。
明日からまた頑張る、と彼女がそう言いながら、モイと一緒にお菓子を食べた。