196. トルバタ王国 陰謀(6)
この島の領主は国賓であるローズたちと大使トリモの襲撃に関わっているというのか?
これは大問題だ。あの宰相はこのことを知っているのか?
ライラ姫の婚約者ということを明かした彼は、ライラ姫の死をどう思うのか?
彼は一連の事件について知らなかったのか・・あるいは知らなかったふりをしたのか?
謎が多い、とローズは思った。
「それで、気づかれずにここに連れて帰ったのか?」
エフェルガンはオレファに訊いた。
「はい。リンカのおかげで、誰も気づかれずに、トリモ殿の鎖を切ることができました。まだ足の鎖が残っているが、ここでなんとかなると判断して、そのまま連れて帰りました」
「良くやった。ご苦労。オレファとリンカは休んで、食事をしなさい」
エフェルガンはオレファ達に労い、微笑んだ。
「誰か、アッシュに食事を与えてくれ。今日はよく頑張ったからな」
「ワン!」
アッシュは尻尾を振って嬉しそうにエフェルガンの回りを歩いている。一人の兵士はアッシュに中庭まで連れて行った。
エフェルガンはローズの手を引いて、ガレーの所へ向かった。トリモはジャカトトの隣に寝かされていて、ガレーの診察を受けている。具合が悪いらしい。
「毒を飲まされてしまいましたね」
ガレーは真剣な顔をした。
「体の怪我は大した問題ではない。問題はこの毒、解毒を作らなければならない」
「できるのか?」
「できますが、時間がかかります。その解毒剤ができあがるまで、間に合うかどうか、トリモ殿の体力次第です」
「それはまずい」
「解毒はこの毒を盛った人からもらうか、作るか・・選択はその2つしかありません。このままほったらかしてしまうと、確実に死にます。死ぬ前に先に全身麻痺になってしまう、と思うが・・」
「今はどのぐらいの段階にいる?」
「麻痺の寸前です」
「それはまずい」
「全身麻痺になってしまったら、解毒を飲まされても、神経が戻らないので、一生寝たきりになります」
「解毒を作る場合、どのぐらい時間がかかる?」
「最低でも6時間がかかるでしょう。材料探しの時間を含めると、10時間ぐらいかと」
「明日の朝までに勝負か」
「さよう。今手元にある材料が八割ありますが、残りの二割、調達しなければなりません。この時刻で材料を売ってくれるお店などありません」
エフェルガンが考え込んだ。彼は即時に決断をしなければならない。
「エフェルガン、パララはここからどのぐらい時間がかかる?」
ローズはエフェルガンに聞いた。
「フクロウで12時間ぐらいだ。でもダルセッタならもっと早くできる」
「うん。パララなら夜でも売ってくれる店がある。私が買いに行きます」
「それならまとめてトリモをパララで治療した方が良いと思うが」
エフェルガンが言うと、ガレーは首を振った。
「あまり振動を与えてしまうと、毒の回りが早くなってしまう。絶対安静にしなければなりません」
ガレーが言うと、エフェルガンはまた考え込んでしまった。
「分かった。じゃ、ローズとハインズとエファインで行ってくれ。現金が必要ならガレンドラに言ってくれ」
エフェルガンが言うと、ローズはうなずいた。
「はい。ガレー、必要な材料を書いて下さい。調達します。毒の名前も書いて、解毒の在庫があるかもしれない」
「はい。今から書きます。またパララの医療施設の住所もお書きしますね。そこに毒の専門医がいます」
「お願いします」
ローズは直ちに出かける仕度をする。居間で一休みしたファリズを見つけて、事情を説明した。居間にエファインが現れた。
「ローズ様」
エファインが近づいて来た。手に包みを持っている。
「エファイン、これからパララに行くよ」
「はい、いつでも準備ができています」
「うん」
「ローズ様、これしかありませんが・・夕餉にどうぞ」
エファインは手に持った包みを差し出した。中身はパンと2切れのスモークされた肉だった。
「これは?」
「私の分の食事です」
「それは受け取ることができません。エファインはちゃんと食べないと、いざというときに力が出ない」
「頂いたパンを二つに切ったのです。私は半分食べました。十分おなかがいっぱいになったので、その半分はローズ様が良ければ・・」
「エファイン・・」
「すみません、これしかありませんでした。大変失礼なことであることを分かっておりますが、ローズ様が空腹であることを知ってしまった自分がどうしても落ち着きません」
「ありがとう。じゃ、ありがたく頂きます」
「どうぞ」
ローズは近くのソファに座り、エファインからもらったパンを食べ始めた。お粗末なものかもしれないが、エファインの貴重な夕餉を半分も分けてもらったから、とてもありがたく思った。エファインは厨房にいるハティに白湯をもらってきて、差し出した。
「ありがとう、エファイン。ご馳走様でした」
「いえ」
ローズは手を合わせて食事を終わらせた。
「じゃ、行きましょう」
「はい」
ローズはガレーのところに行って、買い物リストをもらった。またガレーからの紹介状をもらって、医療施設にその毒の専門医と相談するようにと言われた。ハインズも準備ができて、ダルセッタも鳥小屋から連れて来られた。
「ローズ、気をつけるんだよ」
エフェルガンは心配した顔で彼女を抱きしめてから、ダルセッタの背中に乗せた。後ろにハインズがいる。エファインはハインズの後ろに座る。
「うん。行って来ます」
ローズがエフェルガンににっこりと言ったら、エフェルガンは微笑んだ。
「ハインズ、エファイン、ローズを頼む」
「はっ!」
エフェルガンの指示に、2人とも力強く答えた。
「待った! パララまで送るぞ」
ファリズは外に出ていきなりダルセッタの前にあの輪っかを展開した。
「パララの弟の屋敷だ。帰りはダルセッタで頑張って帰って来い!」
「はい!ありがとう、兄さん!」
「さぁ!行け!」
ローズは輪っかをくぐって、一瞬でパララの屋敷の近くの海岸についた。突然現れた大きな鳥に衛兵とガレンドラが屋敷から出てきたが、ローズの顔を見た瞬間、笑顔になった。
「お帰りなさいませ、ローズ様」
「ただいま、ガレンドラ。毎回申し訳ないけど、今回も緊急の用件で来たんだ」
「なんなりとお申し付け下さいませ」
ハインズはローズを下ろして、ガレンドラに説明してくれた。またダルセッタのための餌も頼んだ。ガレンドラはうなずいて、使用人に色々と命じた。
ローズとハインズ達はパララの薬剤問屋へ向かって、ガレーが頼んだ薬を買いまとめた。本当はお店がとっくに閉まっていたが、政府のご用達で緊急な用件も対応している。またローズの首飾りを見る途端、とても丁寧な対応をした。荷物はすべてエフェルガンの屋敷まで即届けるようにお願いした。すべての費用はローズの手形で支払った。
薬の買い物ができた後、ガレーが言った医療施設に向かった。ここはほぼ無休だ。緊急に応じて、夜勤務と昼勤務の医療師がいる。早速ガレーの手紙を渡すと、担当医は急いで施設長の部屋に走って行った。
「皇太子妃殿下、どうぞこちらへ」
施設長が来て、ローズを中へ案内した。彼はローズの研修医の首飾りを見て、うなずいた。
「薬の方はどうなっていますか?」
施設長は尋ねると、ローズがガレーが持った材料とさっき薬剤問屋で買った品のリストを述べた。
「なるほど。それにしても、薬にお詳しいですね、妃殿下」
「薬剤を勉強しましたの。今最後の課題の自由研究のみになっています」
「それは素晴らしい。なら話が早い。専門用語を使っても問題がありませんね」
施設長がうなずきながら資料を取ってきた。
「ガレー殿が言った毒が大変たちが悪い毒ですってね・・じわじわと内臓や神経を破壊してしまうのです」
「はい」
「ですが、決して治せないというものではない。ただ、大体後遺症が残ってしまいます」
「なんとかできないのでしょうか?」
「毒を体内からすべて出れば、大体後遺症がなくなります。が、期限がすぎると、毒が体内に残ってしまいます。その期限は毒が体内に入ってから1日の間のみとなっております」
「厳しい・・」
ローズは静かに言った。トリモはもう一日を超えてしまったのだ。
「解毒はこれから作るのですか?」
「はい」
「解毒ができるまで、回復魔法をずっとかけておけば、進行が遅くなります」
「分かった」
「念のため、こちらから医療師一人を派遣します。彼は毒に詳しいので、ガレー殿の力になれるでしょう」
「ありがとうございます」
「あと数本の毒消しの薬を彼に持たせます」
施設長は一人の医療師を呼んだ。名前はペテロマンダ、中年ぐらいの年齢にみえる。薬の準備や道具など急いで準備してもらった。
「殿下、首飾りにこちらの印を差し上げましょう」
施設長は微笑みながらローズの研修医の首飾りに日付を書き印を付けた。これはすべて埋まると最終試験に挑むことができる。
「ありがとう。ここで何の手伝いをしていないのに・・」
「患者のためにわざわざこの時刻に来たので、十分ですよ」
しばらくしたら、ペテロマンダが現れた。手に医療カバンを持っている。
「では、ペテロマンダ先生を借ります。後日ちゃんと返します」
「患者が元気になるまで構いません。人命第一ですから」
「ありがとうございます」
ローズたちは施設をあとにして、エフェルガンの屋敷に戻った。屋敷に戻ると薬の材料や食料などきれいにまとめられた。ガレンドラはハインズに携帯食品が入っているカバンを渡した。使用人にダルセッタの鞍の回りに薬の荷物や食料をしっかりと固定した。これから急いでトルバタのティーラ島へ向かわなければならない。
「ガレンドラ、ありがとう。また今度、ゆっくりとパララで過ごします」
「いつでもどうぞ、ローズ様」
「では、行ってきます!」
「行っていらっしゃいませ!」
ガレンドラは手を振ってローズたちを見送った。
「ダルセッタに、速度増加エンチャント!」
ダルセッタに支援魔法をかけると、彼女はものすごい早さで飛んでしまった。ローズはちょっと怖いけれど、時間がないため、急がないといけない。荷物はちゃんと固定されているかと心配したけれど、エファインが確認したところで、その心配は要らないようだ。ガレンドラの部下たちはしっかりと固定したおかげで、この早さでもなんとか大丈夫そうだ。ローズはハインズがくれた携帯食品一袋を食べながら、夜空の旅を楽しむことにした。
「ペテロマンダ先生、このような空中旅は初めて?」
ローズが訊くと、ペテロマンダは返事せず目をつむっている。彼はゆっくりとうなずいただけだった。
「しばらく我慢して下さいね、先生。すぐ到着しますから。普通12時間かかるらしいけど、ダルセッタの支援付きの速度ならあっという間に着きます」
ペテロマンダはゆっくりとうなずいただけだった。ハインズの顔に大きな笑顔が表れた。多分彼はペテロマンダの表情を見て、面白かった、と思っているでしょう。
途中でトルバタ軍が現れて追跡したけれど、止まる余裕がなかったので、無視してそのまま突破した。神々の鳥であるガルーダのダルセッタはとても早い。多分、ダルセッタと同じ早さの鳥がいないでしょう。謎の多いこの鳥はどうやって生まれたか、ガレーの父上であるエテロしか知らない・・が、そのエテロも死んでしまったため、ダルセッタについて誰も知る人がいなくなってしまった。ちなみにダルセッタと言う名前は、ガレーの亡き妹の名前だった。
「見えてきた!」
ハインズがダルセッタの操縦を巧みにしてエフェルガン達がいる宿舎に向かう。まだ朝日も出ていない暗い朝だ。半日かかる距離はたった数時間で行けた。宿舎が見えると、複数の兵士やエフェルガン達が見えてきた。彼らは手を振って、合図を送った。ハインズはダルセッタを着陸させた。無事エフェルガンの元へ帰ってきた。
「ただいま戻りました!」
ハインズの声でエフェルガンは嬉しそうに飛んできて、ローズを迎えにきた。
ローズがハインズ達に降ろしてもらった。けれども、まだ震えているペテロマンダ先生に地面に着いた途端、恐怖のあまり、尻餅した。彼は恥ずかしそうにエファインの手を取って、立ち上がった。ペテロマンダはエフェルガンに挨拶した。兵士らは荷物を下ろしに来て中へ運んでくれた。
少し落ち着いて来たペテロマンダは早速ガレーがいる部屋に向かった。どうやら、彼はガレーの知り合いのようで、久しぶりの再会に喜び合うまもなく、患者の状態の話になった。その間、ローズは薬剤の準備をした。しまったと道具を持っていくのが忘れた・・と思ったら、リンカが部屋に入ってきた。
「はい、ローズの試験管道具よ」
「お!なんで?」
「ファリズがタマラに行ってフォレットに聞いた。フォレットはローズの道具を引っ越した時に荷物とともに持ってきたから良かった。じゃないとヒスイ城まで取りに行かないといけないからね」
「すごい!ありがとう!」
「ローズが出発してから、ガレー殿が道具がどうのこうのと言ったから、ファリズが動いた。案外とても心配性な人だね」
リンカは微笑みながら言った。
「お兄さんは今どこ?」
「狩り中」
「狩り?」
「ええ。食料が足りないと知ったからよ。ローズがエファインのパンの半分食べたのをみて、やりきれない気持ちになったらしい」
「うむ。心配をかけてしまったみたいだ」
「大丈夫よ」
「うん。ありがとう。あとで御礼を言うわ」
ローズは早速準備にかかる。薬のレシピは医療施設からもらったから、後ガレー達に指示をもらうだけで、すぐに作れるようにする。ペテロマンダとガレーの診察が始まって、トリモの具合を細かく調べている。血液検査など行い、それに合わせて薬を調合する。ペテロマンダがレシピを出すと、ローズは直ちに作り始めた。ガレーはその間トリモに回復魔法を送っている。ペテロマンダは隣にいるジャカトトにも診察した。幸いジャカトトは毒を盛られていなかったようだ。傷の具合をみて、ペテロマンダはジャカトトの怪我に持ってきた薬を塗って、清潔な布で巻いた。
あれから数時間が経った。太陽がとっくに現れて地上を照らしている。ガレーは少し仮眠していて、その間ペテロマンダはトリモに回復魔法をした。
「できた」
やっと解毒剤ができた。ローズの声を聞いたガレーがぱっと起きて、近くに来た。ペテロマンダも来て、できあがり薬を見て微笑んだ。
「上出来です、妃殿下」
「良かった」
ペテロマンダはローズを褒めると、彼女が嬉しそうに笑った。やった~♪、と。
ペテロマンダはカバンから注射器を出して、できた薬を早速中先に入れた。その薬をトリモに注射した。
「ガレー殿、薬を注射したので、回復魔法をかけて下さい」
ペテロマンダは薬をおいて、ガレーに指示した。ガレーはトリモに回復魔法をかけていたら、ペテロマンダも別の方向から回復魔法をかけた。実に鮮やかな連携だ。そうやって、体内に気を回し、回復を早める効果と同時に、解毒を素早く体内に入り、毒と合体するのだ。
「先生、私が手伝えることがありますか?」
ローズがペテロマンダの近くに行って、尋ねた。
「妃殿下は回復魔法ができますか?」
「できます」
「ならトリモ殿にかけて下さい」
「毒を体の外に出すこともできますけど」
「それは高位医療魔法ですが・・できるのですか?」
「できます」
「本当ですか、ガレー殿?」
ペテロマンダがガレーに聞くと、ガレーはうなずいた。
「ローズ様はそれだけではなく、血液再生や内臓部位の再生魔法もできます」
「なんと・・」
「救急医療だけでもったいないと思いますよね」
「そうですね。ぜひ従来型の医療師の資格を取って下さい」
「ははは。エフェルガン殿下はお許しになれば良いのですが・・」
二人でまた勝手に話し合っている。
「あの・・」
ローズがまた声をかけると、ペテロマンダは微笑んだ。
「では、あと一時間したらまた来て下さい。妃殿下はお先に朝餉を召し上がって下さい」
「分かった。じゃ、一時間ぐらいですね」
ローズは治療の部屋を後にして、ずっと待機したハインズとエファインと一緒に食堂へ向かった。実にいうと眠い。けれど、トリモの命が優先しなければならない。
「殿下はもう朝餉食べたかな?」
ローズがそう尋ねながら食堂の椅子に座ると、ハティは白湯を差し出した。
「殿下は先ほどお食事をなさいました」
「ケルゼックとオレファとリンカも?」
「はい。全員食べました。ハインズ殿とエファイン殿も済ましましたよ」
「じゃ、医療師二人の分だけでもあとで届けてやって下さい」
「かしこまりました」
ハティは台所まかない兵士らが運んできた料理を確認して安全宣言してくれた。
「ハティ、こんなに肉がふんだんに使って・・食料は足りているの?」
ローズは一欠片の肉を口に入れた。美味しい・・これは・・三つ目猿の肉だ。
「はい、今朝方ファリズ様は大量の肉を持ってきて下さいました。ダルセッタとアッシュの餌にもそうですが、その大量の肉にリンカさんは塩焼きや腸詰めにしてくれました。これなら数日間の食料が足りるのでしょう」
「良かった。あとで兄さんに御礼を言わないといけないわ」
「殿下は今朝ファリズ様に御礼の気持ちを伝えたそうですよ」
「そうか。教えてくれてありがとう、ハティ」
ハティは頭をさげて、退室した。ローズはさっさと食べて、そして急いで朝風呂に入って着替えた。エフェルガンはいない、多分どこかにいるのでしょう。
仕度を終わらせて再び医療室に足を運んだ。部屋に入ると、ジャカトトは座ってお粥を食べている。
「おはよう、ジャカトト。具合はどう?」
ローズはジャカトトに近づいて、声をかけた。ジャカトトは丁寧に頭をさげて、挨拶した。
「もう大丈夫ですよ、ローズ様。先生方のおかげで、こうやって、自分でお食事もできるようになりました」
「良かった!ゆっくりと食べてね!薬を準備するね」
ローズはガレーが準備した薬を取って、ジャカトトの近くにある机の上においた。ジャカトトは残りのお粥を食べて、薬を取り、飲み干した。
「急がなくても良いよ。ゆっくりして」
ジャカトトの前から空になった食器を取り、机に置いた。カルテに書いて、脈と熱を測って、すべて記録した。
「はい、ジャカトト、飴玉一個あげるわ」
ジャカトトの手の平に飴玉一粒を置いた。これはガレンドラがくれた飴玉だ。パララの有名なブランドの飴だそうだ。
「ローズ様・・これは」
「薬は苦いから、お口直し。これで少し気分が良くなるでしょう」
ローズがそう言うと、ジャカトトは苦笑いした。隣にいるガレーとペテロマンダも笑った。
「まぁ、ジャカトト、せっかくの飴玉だ。ありがたく口に入れて味わいなさい」
ペテロマンダが笑いながら言った。ジャカトトがその飴玉を口に入れて微笑んだ。
「美味しいです。懐かしい味ですね」
「パララの飴玉です」
「通りで・・」
「ジャカトトはパララ出身なの?」
「いいえ、生まれはダナですが、母はパララ出身で、母がパララの実家へ里帰りすると、この飴玉をいつも土産に買ってきてくれたのです」
「そうなんだ。良い思い出があって、良かった」
「はい」
「お母様は今もお元気ですか?」
「はい。ダナの田舎で父上とともに薬草を作っています」
「まさかメラープ村じゃないんでしょうね?」
「そのメラープ村にいますが・・何か?」
「うむ・・火山が噴火した後、色々と大変だったわ。火山灰が大量に降って掃除するのが大変でした。殿下とともに農具できれいにしたよ」
「あ、そうだったんですか!両親の代わり、大変お世話になり、御礼を申し上げます」
「どういたしまして」
ローズが笑いながら言った。すると、ガレーが近くに来て、ジャカトトの目や傷を確認して、回復魔法を与えた。
「ローズ様、トリモ殿の毒をそろそろ体内から外へ押し出さなければなりません」
「分かった」
「食料を用意させましょう。外にエファイン殿がいますかな?」
「います」
ローズが答えながら、トリモの近くに来た。
「毒はどこから出せば良い?口?あるいは傷口を作る?」
「口からで良いかと」
「分かった。じゃ、毒の逃げ場を用意しなければいけないわ」
トリモの体を横に傾くように動かした。ペテロマンダは手伝って、トリモの口にタオルを置いた。ガレーは外にいる兵士にタオルを持ってくるように命じた。
「いにしえの聖なる神、聖龍の名の元に、ローズが命じる:我に力を与えたまえ!」
ぶわーっと力がみなぎって、ローズの体が光り出して、額に力が集まっていることを感じる。
「その紋章が・・」
今まで気づかなかったペテロマンダ先生が驚いた。ジャカトトもじっと見つめている。
「龍神様の紋章ですよ」
ガレーはそう言いながらジャカトトの包帯を直して、ジャカトトを寝かしてから、再び毛布をかけた。
「龍神様の・・」
「そうですよ。ローズ様はこの世界でたった一人の龍神の姫君ですよ」
「これは・・なんと・・」
ペテロマンダは震えてしまった。ガレーが余計なことをいうから、とローズは苦笑いした。
「ガレー、良いのよ。私はあまり恐れられると困るから」
「ははは、ローズ様は優しいから、トルバタの連中になめられてしまいました」
「うーむ・・」
「彼らはローズ様の正体を知ってしまったら、あんな失礼なことなど口にすることがありません」
「彼はただのバカだから、気にしなくても良いのよ。今それを考えないで、先にトリモを治そう」
「はい」
「ガレーとペテロマンダ先生はお食事をして下さい。冷めてしまうよ」
ガレーは笑って机の上に用意された食事を食べ始めた。ペテロマンダも恐る恐るとガレーの隣に座って、一緒に食事することになった。
ローズはトリモの背中から魔法をかける。確かに体内にある毒は解毒剤とうまく合体して無毒化に進んでいる。しかし、これらの老廃物を体の外へ出さないといけない。血液の一滴一滴の中からそして内臓に付着した毒をすべて押し出す作業にかかる。しかし、これは莫大な魔力を消費する作業でもある。そのためにガレーはエファインに食事の準備をさせたわけだ。ローズが食事をすることで、魔力が回復するからだ。
トリモの口から少しずつ黒い液体が出てきた。あまり見た目が良くない・・というか、かなりぐろい。食欲をなくすほどの匂いもする。ジャカトトは見てられないらしく別の方向をみて、寝たふりしている。
食事終えたペテロマンダ先生は近づいてトリモの口を拭いて、新しいタオルに交換した。さすが医療師、患者の前となると、いくら怪しいローズをみてもまったく震えてない。彼は丁寧にトリモの口を拭いて、次々とタオルを交換している。ガレーは足の方から回復魔法をかけている。
そんな匂いの中でローズが平気に食べ物を食べながら作業を続けている。
「食べながら治療とは・・」
ペテロマンダは不思議な目で見ている。
「魔力を補充しなければならないの(モグモグ)」
「ローズ様、はしたないですよ。食べ終わらせてから喋って下さい」
ガレーは優しい口調で注意した。そうやってエフェルガンをしつけているのだ。
「ふあい」
ローズが急いで口の中にある物を飲み込んだ。エファインがくれた白湯を飲んで食事を終わらせた。多少の魔力が回復できて、再び毒を押し出した。
「普通の医療師だと、ここまで一気に作業ができません。この作業は最低でも五人の医療師必要です」
「普通に医療師がいるなら、任せるけどね。今は私達三人しかいないから、力を合わせてがんばるしかない」
「そうですね」
「大丈夫。殿下の願いを必ず叶える。トリモを元気に戻してみせる」
ローズが言うと、ペテロマンダはうなずいた。
「殿下はとても幸運のお方です」
ペテロマンダが言うと、ガレーはうなずいた。その通り、と彼は言った。
しばらくして彼らも無言で作業し続けている。時に汚れたタオルを持って、兵士らに新しいタオルを要求する。毒に汚染されたタオルをすべて燃やすようにと命じた。兵士らは近くの市場へ行って市場の中にあるタオルを買い占めた。
あれから数時間経った。昼餉は届けられたが、ローズはほとんどエファインが差し出した携帯食やサンドイッチしか食べられなかった。ガレーとペテロマンダ先生は交代しながら食事をした。
「これで全部出したはずです」
数時間かかった作業が終わって、最後に回復魔法をかけてから祈りをささげた。
「聖なる神よ。この者に完全なる回復をお与え下さい」
ローズはトリモの額に口づけをして祈った。
ローズは気を静めた瞬間、体が重く感じて、ふら~としてしまった。エファインはローズを支えて、近くのソファを運んだ。ガレーはローズに回復魔法をかけてから、あの苦い回復剤を飲ました。
「ガレー、やはりこれはまずい」
「お薬ですから・・」
「もうちょっと美味しくして下さい」
「ハチミツがあるのですが、なめますか?」
「あれが甘すぎます」
「困りましたね・・では飴玉をなめましょう」
「うむ」
「今度、美味しいものを作ってさしあげます」
「うん」
ガレーとローズの会話を聞いて、ペテロマンダは笑った。彼は今、トリモに毛布をかけている。
「これでトリモ殿は大丈夫だ。明日の朝は回復するでしょう」
ペテロマンダはローズの隣に座り、回復魔法をかけている。
「ありがとう、ペテロマンダ先生」
「いえいえ」
ローズは少し眠くなってしまって、ソファの背もたれに寄りかかると気持ちがよくて、そのまま眠ってしまった。彼女が目を覚ました時は、自分の部屋にいた。近くにエフェルガンがいて何かを書いている。
「うーむ」
ローズは起きて、寝台の上に座ると、エフェルガンが振り向いた。
「起きたか」
ローズが座ると、エフェルガンは微笑んで、そばに来て口づけした。
「どのぐらい寝てしまった?」
「2-3時間ぐらいだったかな」
「そうか。良かった、数日間かとひやっとしたの」
「そんなことになったら僕はまた悲しむ」
「ごめんなさい、心配をかけてしまった」
「大丈夫だ。それに昨日からずっと寝ないでトリモの看病してくれた。ありがとう、ローズ」
「いいえ。すべてあなたのためですもの」
「ローズ・・」
エフェルガンは抱きしめた。そして口づけした。
ぐ~~~~~~~~~~
恥ずかしい音がおなかから出てきた。
「おなかが空いただろう。食事の準備をさせよ」
「うん。・・えーと、エフェルガンは今何をしているの?」
「手紙を書いている」
「手紙?誰に?」
「父上だ」
「内容は?・・あ、ごめん。聞かない方が良いなら・・」
「構わん」
エフェルガンが立ちああって手紙を取って、ローズに渡した。きれいな字だと思って・・・内容を読んでみると・・
「え・・」
「もうこれしかない」
「どうしても・・ですか?」
「ああ。これ以上もう彼らに容赦など与えることができない」
「戦になる・・」
「トルバタ国王が亡きこの国はスズキノヤマにとって、敵になる可能性が大きい」
「国王が・・死んだ?」
「死んだよ。今日の夕方・・僕はこの目で、彼の死を見たからだ」




