192. トルバタ王国 陰謀(2)
「襲われた?」
ローズはまた耳を疑って、エフェルガンを見つめている。
「そうだ。今朝方、姫の寝室に入った侍女は怪我した姫を見つけたことで騒ぎが起きた」
「あら、具合はどう?」
「軽傷だったそうだが、問題はそこじゃないんだ」
ローズが首を傾げた。また何か、と彼女がエフェルガンを凝視した。
「どういうこと?」
「姫はトリモに襲撃されたと証言した」
「え?なんで?トリモは昨夜あなたを探しにここから出たよ?首都へ外交の交渉で私達を助けるために出かけたよ?」
「僕の所に来なかった」
「あれ?じゃ、どこに?」
「さぁ・・彼の二人の護衛官もいなかった。彼らのフクロウもいなかった」
「おかしいよ」
ローズはエフェルガンを見つめている。
「だな・・。現状はスズキノヤマにとって良くない流れになってしまった」
「うーむ、それにトリモは姫を襲う理由がない」
「ローズの命令だ、と姫は思ったそうだ」
「なんでそんなに私を悪くしようとしたいんだ。私はトルバタに悪いことを何一つもやってないよ」
「僕も不思議に思う・・。なんだかこの訪問は何かの罠だと感じた」
恐らく罠でしょう、とローズは思った。この流れがどう思ってもおかしい、と。
「昨夜私はずっとここにいて、ガレーとハインズ達と一緒にいた。この部屋で寝ていたときに、多分外でハインズ達がいたと思うけど・・」
「果たして警備隊長がそれを信じてくれるかどうか」
「あるいはこれがあなたに対する圧力をかけるための口実になるかもしれない」
「縁談を応じるようにか・・」
「国際問題に発展する前に、両国のためにも縁談を応じていれば、問題ないという流れになる可能性がある」
「それは避けたい事態だ。僕はローズの他に別の女性を妃にするつもりがない。側室も要らない」
「だけどトルバタはあなたと縁談を結びたいとしたらどうする?」
「父上と結婚すれば良いのに」
「若いの方が良いと思ってるのでしょう」
ローズは呆れた表情で彼を見ている。
「なら数々の僕の兄弟の中から好きなだけ選んで、結婚すれば良い」
「皇太子はあなたしかいないから」
「いやな流れだ」
部屋の扉を叩く音がして、ガレーとハティは入ってきた。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
ガレーが挨拶してくれた。そしてハティが持ってきたハーブ茶を差し出した。美味しい、とローズはそれを受け取って、飲んだ。
「おはよう、ガレー。よく眠りました」
「それは良かった」
ガレーは空になったカップを受け取り、ハティに渡した。そして脈と熱を測った。
「今日は大丈夫ですね」
「はい、ありがとう、ガレー」
「いえいえ。私は皇帝陛下から特別命令を頂いて、これから殿下とローズ様の健康管理を担当することになりました」
「そうなんだ。じゃ、ずっとそばにいてくれるの?」
「はい。当然のことですが、私は今でも陛下の暗部頭として勤めております。そんな感じですが、どうぞよろしくお願い致します」
「ありがとう、ガレー」
ガレーは微笑んだ。そしてハティに退室の合図を出した。ハティは頭をさげて、退室した。
「それで殿下、トリモのことですが・・」
ガレーはハティが部屋を出たことを確認してからエフェルガンに言った。
「ああ、どうなってる?」
「彼はこの島から出た形跡がありません」
「まだこの島のどこかに居るというのか?」
「はい。本当に彼が犯人なのか、あるいは捕らわれて犯人にされたのかまだ分かりませんが・・」
「フクロウもなくなったということは?」
「確かに昨夜彼の護衛官の一人はフクロウを取りに行ったが、彼らは飛び立ったという目撃情報が一人もいませんでした」
「どうしても彼を見つけたい」
エフェルガンは立ち上がって、窓の外を見つめる。
「私が探します」
「アッシュでか?」
「それもできるけれど、探知魔法もできます。鏡もあるから、鏡で探すこともできます」
「そうだな。前にガレーを探す時のと同じだったな」
エフェルガンが言うと、ガレーは苦笑いした。
「あの時の話はもうお忘れなさいませ。あれは私の中で一番の失態でしたから」
「嫌な記憶をわざと掘り出すつもりじゃなかったんだ。許せ、ガレー」
「いえいえ」
ガレーは微笑んでいる。
「では鏡と灯りを用意します。朝餉が終わってからやりましょう」
「はい」
ガレーは頭をさげて退室した。
「兄上もかなり機嫌が悪い。だが、こういう陰謀には先に暴れてしまう方が負けだ、と彼も知っている。だから今彼が様子見して、ポポと一緒にいてもらいます」
「そうなんだ・・心配をかけてしまった」
「そうだな。僕もしっかりしないといけない。同盟を潰してはいけないと調整しながらトルバタの言い分を、どうやって対応するかこれから考えなければならない」
「はい」
「じゃ、朝支度をして朝餉にしようか。ずっと外にいたから、僕もおなかが空いた」
「はい!」
二人は朝支度をしてから朝餉をした。ファリズ達はもうすでに食べた、とハティは言った。朝餉を美味しく食べ終えると、ハインズはエファイン達が用意した灯りと鏡の部屋に案内した。
気を静めて、祈りをささげると、一気に集中した。鏡にトリモの行方を捜してみたが、なかなか繋がらない。
「うむ・・遠くにいるか、気を失ったか、死んだか・・どれかになってしまうんだ」
「死んだら困るな。戦争になるからだ」
エフェルガンが言うと、ガレーもうなずいた。大使に対する攻撃は、戦争理由として認められるからだ。
「もう少し探す。彼の護衛官の名前はなんていうんだ?」
「ジャカトトとアミールホタ」
ガレーは答えた。
「分かった。あの二人にも集中するね」
「頼む」
エフェルガンは近くで座って静かに待っている。私は再び集中してトリモの護衛官の2人の行方を捜す。しばらくしていたら何らかな反応があった。ジャカトトからだ。
「ジャカトト・・ジャカトトですよね?ジャカトトなら返事をして下さい」
(は・・い)
繋がった。鏡で手が映った。彼の目を通して鏡で見せることができるのだ。
「大丈夫ですか?」
(・・・い・・え・・)
「怪我をしているのか?」
(・・は・・)
かなり弱まっている。直ちに回復魔法をしないといけない。
「ジャカトトにヒール!」
(あ・・)
鏡で手が動いている。けれど、まだ弱い。
「術がかかっているの、ジャカトト?」
(はい・・)
「少し辛抱して下さい。今から解放するね」
ローズは集中して第三の目を発動した。
「いにしえの聖なる神、聖龍の名の元に、ローズが命じる:我に力を与えたまえ!」
聖属性の発動条件が整えた。
「聖なる光で、汚れ無き体に戻れ、ジャカトト!ピュリファイ!」
ジャカトトの手が動けるようになった。術が解けた。
「ジャカトト、大丈夫ですか?」
(はい・・ありがとうございます。えーと・・どなたですか?)
「ローズです。ここにエフェルガン殿下もいるけれど、あなたの状況を説明して下さい」
(あ、ははっ!自分は昨夜トリモ大使の護衛に努めていて、鳥小屋からフクロウを出して待機したところで突然襲われて・・気づいたらここにいます)
「人に襲われたということですか?」
(いいえ、分かりません。申し訳ありません、良く分からないのです。いきなり気が遠くなり、頭に衝撃があって、痛いと思った瞬間に気を失った、・・と思います)
「分かった。あなたは今どこにいるか分かりますか?」
(洞窟のような感じの場所です。鎖に繋がれて、動けません)
「少し目を貸して下さい。周囲を見て回って欲しいんだ。できる範囲で良いからね」
(はい。こんな感じでしょうか?)
鏡で洞窟の周辺が見える。
「ローズ様、あの奥にあるものをもっと見たいのですが」
ガレーは鏡に指で示した。エフェルガンも興味深く鏡を見ている。
「ジャカトト、動きを止めて下さい」
(はい)
「今見ている方向に、もっと奥にあるものを見ることができますか?」
(やってみます)
ジャカトトは奥へ見ようとした。しかし調子が悪いのか、視点が定まらなかった。
「仕方がないですな」
ガレーは言った。
「ジャカトト、もう良いですよ。回りに他の人が居なさそうですね」
(はい、申し訳ありません。トリモ様もアミールホタ殿も見あたりません)
「アミールホタはあなたとともに行動したのですか?」
(いいえ、アミールホタ殿はトリモ様とともに、殿下を探しに行ったのです)
「分かった。しばらく辛抱して下さい。必ず助けに行きます。何かあったら、私に連絡して下さい。必ず守ります」
(了解しました。ローズ様、殿下、ありがとうございます)
ジャカトトからの情報が大変貴重だった。
「殿下、アッシュでジャカトトの救出に向かわせて下さい」
ガレーが言うと、エフェルガンはうなずいた。
「誰か、ジャカトトとアミールホタとトリモの個人的な品を持ってきてくれ。あと兄上もこちらに来るように、と」
エフェルガンが言うと、ハインズが急いで動いて、外に出た。しばらくしたらハインズとモカベは部屋に入ってその三人の持ち物を持ってきた。ファリズも部屋に入って、鏡をみて、エフェルガンの説明を受けた。
「なるほど。今回は大使が行方不明になってしまったのか?」
「はい、兄上。このままではスズキノヤマの大使が襲撃犯人になってしまいます。私はアッシュでジャカトトを探します。兄上はケルゼックとともに首都へ行ってこのことをトルバタの国王陛下へご報告願います。私の手紙も渡して欲しい」
「大使を探すのではなく?」
「大使は私達が頑張って探します。兄上は首都へ直接国王に会って、手紙を渡して欲しい」
「なぜ俺が?」
「兄上はアルハトロスの者で、中立の立場にあるからです。それにトルバタ側は兄上に対して身勝手なことができるとは思えない・・」
「見た目がこんなに怖いからか?ははは」
ファリズは苦笑いした。エフェルガンもうなずいて、彼を見ている。
「ローズのためでもあります。スズキノヤマのローズ皇太子妃の兄上は、あの伝説の鬼神の一人だと見せておけば、ローズに対する無礼がなくなるでしょう」
「なるほど」
「それにトルバタ側はどういうつもりでローズを必要以上に悪者にしようとしたから、気になります。かといって、これ以上彼らをほったらかしてしまうと死人が増えてしまいます。また戦争になってしまったら、民が苦しんでしまう」
「なるほど。分かった。引き受けるぜ、弟!」
「ありがとうございます、兄上」
エフェルガンは嬉しそうにファリズを見て、うなずいた。彼は近くの机で手紙を書き始めた。その間ケルゼックとファリズが身支度することになった。フォレットが作ってくれた服装はファリズにとても似合う。上品な色合いの服装に装身具も揃えられている。ベルトはもちろんだけれど、腕輪や首飾りまで用意されている。
すごく格好良い!、とローズはニコニコした顔でファリズを見ている。
「慣れない服装にちょっと着心地悪いな」
ファリズがぶつぶつと言いながらベルトに自分の戦斧を付けた。手伝っているガレーは微笑みながらファリズの肩掛け布をかけた。
「ファリズ殿、こうやってすると動きやすいですよ」
ガレーは肩かけ布をベルトで固定した。
「お、本当だ。ありがとう、ガレー殿」
「いえいえ」
「この首飾りは他の人とは違う色だが、どういう意味だ?」
ファリズは自分の首飾りを見ながら、ガレーのと比較している。
「この色は貴族の色で、この模様は将軍の位を意味するのです」
「俺は貴族じゃないぞ。将軍でもない」
「ローズ様の兄君ですから、それなりの身分を見せないと、不自然になります。また斧を持って歩いているから、将軍なみの強さを示す意味でもあります」
「それで良いのか?」
「良いとも。この首飾りは皇帝陛下から賜ったものですから、ぜひお使い下さいませ」
「そうか」
「はい。南半球の国々では首飾りは身分を表す術の一つですから、共通の意味を持っている。どの国へ行っても、通じます」
「なるほど。弟と妹のが似てるから、あれは皇太子夫婦の首飾り。ガレー殿は?」
「これは医療師の身分です」
「なるほど。ローズは似たような色の首飾りを持っている。でも赤い線がある」
「赤い線は救急医療師です。黒い線があるから研修医となります」
「ふむふむ。護衛官も違う色だな。ふーむ・・覚えないといかんな」
「ゆっくりと覚えていればそんなに難しいことではありません。はい、すべて整えました」
「感謝する」
ファリズは身支度終えると同時に、ケルゼックは部屋に入り、待機した。エフェルガンも手紙を書き終わって、封印してから、ファリズに渡した。
「兄上、お願いします。ケルゼック、兄上の補佐を頼む」
エフェルガンが言うとファリズはうなずいた。手紙を大切にベルトのポーチに入れた。
「行って来るぜ、弟!」
「殿下、行って参ります」
ケルゼックはエフェルガンに一礼してから、ファリズと一緒に部屋の外に出た。
「さて、アッシュ。トリモ達を探そう。ローズ、僕と繋いでくれ。ジャカトトからの新しい情報が入ったらすぐに知らせてくれ」
「はい」
「ガレーとハインズとエファインはここで待機してくれ。ローズを頼む」
エフェルガンが指示を出すと、ガレー達は力強く答えてくれた。
「モカベ、すべての荷物の確認と警備をおまえに任せた。スズキノヤマにとって大切な財宝だから、しっかりと守れ!」
「はっ!」
モカベも力強く答えた。彼はもう二度と同じ失態をしないでしょう、とエフェルガンが思った。
「ローズ、リンカを借りていく」
「はい」
エフェルガンは優しく口づけをしてから、アッシュと共に外に出た。モカベもエフェルガンの後ろを付いて行った。外でリンカの声も聞こえて、彼らは捜索の準備にかかるでしょう。
「エフェルガンにリンク開始!返事をして下さい」
(ああ、聞こえた)
エファインが持ってきた別の鏡でエフェルガンの目に映った光景は鏡に映った。
「では、捜索開始!」




