19. アルハトロス王国 戦闘訓練
「おはよう、お兄さん」
ローズは小さな声で隣で寝ている柳を起こした。そういえば、柳の寝顔を見るのが初めてだ、とローズは思った。彼がとても穏やかな顔で寝ていて、気持ち良さそうに、・・。
「おはよう、ローズ」
柳は小さな声で返事をした。緑色の瞳を隠す目蓋が少しずつ開いた。柳のさわやかの笑顔が見えた。
「目が覚めたら、目の前に、ローズが見えた」
柳は眠そうな顔でローズの顔を指でなぞった。
「今日は良い一日になりそうだ」
「うん」
ローズが微笑んで、柳の顔を見つめている。隣に寝ていたモイも起きた、かわいい寝癖がついている。そして柳の隣に寝ているダルガも起きて、手を上に高くしてあくびをした。
「おはよう、モイ。ダルガさんもおはよう!」
「おはようございます。ごめんなさい、寝坊をしてしまいました。お湯を持ってきます」
モイは慌てて自分の枕と毛布を片づけて、着替えるために急いで自分の部屋に入った。
「おはよう、皆。さぁ、ローズ様、早く仕度をなさって下さい。牛乳を買いに行くぞ!」
ダルガは自分のまくらと毛布も片づいて自分の部屋に入った。ローズも慌てて毛布をたたもうとしたら、苦戦してしまった。毛布が大きいから、なかなかたためなかった。柳に手伝ってもらって、毛布を部屋に片づけた。しばらくすると、モイはお湯とタオルを持ってローズの部屋に入った。
相変わらず朝の仕度は慌ただしい。運動着に着替えて部屋を出たら、もうすでに顔を洗って仕度が終わったダルガと柳がいた。片手に花のお茶が入っているコップを持って、飲んでいる。靴までもう入っていると見ると、本当にこの人たちは仕事が早い、とローズは思った。さすが上位の武人達だ。
「ローズ様、はい、お茶です」
「ありがとう」
モイが差し出したお茶を飲んだ。そして靴を履いて、村の牛乳売り場へ走る。
いつもダルガと2人で走るけれど、今日は3人で走ることになった。とても気分が良い!、とローズは気合いが入っている。
「ローズは足が速くなったね。俺たちの走るスピードに追いつくようになってきたんだ」
柳っはそう言いながらローズを見て、笑った。
「毎日、ダルガ教官のおかげだ」
ローズが笑いながら答えると、ダルガは照れて笑った。
「ははは、ローズ様自身ががんばっているから体力も力も速度も上がったんですよ」
「えらいね」
柳がうなずいた。本当に頑張っている、と柳は関心した。
「はい、良く頑張っていますよ。厳しくした甲斐がありました」
「ダルガさんはそんなに厳しいのか、ローズ?」
ダルガの言葉に、柳がローズに尋ねた。
「優しい鬼教官だよ」
「それ、厳しいのか、厳しくないのか、答えになってないぞ」
ローズが笑いながら答えると、柳は呆れた顔で突っ込んだ。
「ははは」
変な会話しながら、村まで牛乳を買いに行って、再び屋敷まで戻る。この登り道は本当にきつかった。けれど、最近、息を切らずに走れるようになった。しかもダルガと良い勝負になって来た。そして、牛乳もこぼさずに、と。
「スピードといい、体力といい、本当に成長したんだね。俺が知った昔のローズとはずいぶんと違った」
「これからの訓練を見れば、柳さんはもっとびっくりするのだろう。ローズ様はもう上位魔法の訓練を始めているんですよ。戦いの腕もすごく上がって、下手なレベル3か4の者よりも、ずっと強い、と私が感じています」
ダルガが微笑みながら言った。本当に素晴らしい教え子だ、とダルガは言った。
「そんなに上達してるのか?」
「ええ。才能というか、天才というか、一言で表しきれないほどの才能に溢れている。やはり龍神様の加護がある方だとつくづく思います」
「そうなんだ」
ダルガがそう言うと、柳がローズを見て、微笑んだ。
「ダルガさんは褒めすぎです」
二人を走り抜いたローズが言った。屋敷が見えたから、もうすぐ朝ご飯だ、と彼女が笑いながら走った。
「ははは」
二人の笑い声が聞こえてきた時には、ローズが1着で屋敷内に入った。
4人で簡単な朝ご飯を食べた後、訓練所に向かった。ミライヤとリンカも一緒に行くことになった。まだ眠そうなミライヤはなん度もあくびをしながら、馬車に揺られて、黒猫のリンカを抱いて座っている。訓練所に到着すると、ミライヤの表情が変わった。普段見せている顔から、かなりシリアスな顔になった。黒猫のリンカはミライヤの隣で歩いている。
中央にある広場に、ミライヤは、一つの魔法を発動し、訓練所の全体的を隠すような空高くまで隙間なく囲んでいる。外から中の様子が見えなくするためだ、と彼女が言った。ついでに言うと、中からも出られなくするためでもある、と。
「これから出すものを見せるわ。構えて準備しなさい」
ミライヤはそう言いながら、一枚の紙をポケットから出した。
「出でよう!雷鳥!」
突然空にどこから来たか分からない雷鳥が現れた。大きさが普通の雷鳥だった。
「柳さん、あれをさくっと倒してちょうだい。できれば遠距離、近距離、鞭攻撃重視でして下さい。とどめは任せるわ。ローズちゃん、ちゃんと見なさいね」
「はい」
柳は雷鳥がいる辺りを見てから、左手で土を少し取って、そして1本の鞭を発動した。鞭は右手に持って操る。最初はとても禍々しい力を感じた。けれど、その力が上々に弱まっている。どうやら力を調整しているようだ。彼はローズに雷鳥との戦い方が分かるように、と見せるつもりでしょう。
パン!
鞭の乾いた音が響く。重たそうな鞭がしなやかに動かした。そして彼がすごいスピードで走り出して、大地の魔法を発動した。土を投げると、次々と踏み台になる土が盛り上がってきた。そしてその盛り上がった土で次の踏み台として使って雷鳥を目指す。一番高い踏み場に到着した時に、雷鳥が彼を攻撃を仕掛けている。
雷鳥がすごい早さで狙って来た。けれど、右手にある鞭が真っ先に動き、雷鳥の頭に当たった。雷鳥が驚いて、空で羽ばたきながら大きな鳴き声をした。すると、雷鳥が体制を整えて、再び攻撃しようとした。柳は左手で2本の指でエンチャント魔法を唱えて、鞭が赤く燃えている。火属性の鞭を作ったんだ。そしてその鞭で再びその雷鳥に狙い打った。
雷鳥が自分にかかった火を消そうと、上昇して行った。そして羽ばたきながら、体制を整えて反撃に出ようとした。
雷が落ちる!
そう思った瞬間、柳が空中で大地の魔法を発動した。左手でにぎっていた土の残留で、大地の魔法の条件として、空に舞いて、その土粒だけで空中で大地の魔法ができたのだ。それで再びその盛り上がった土を踏み台にして雷鳥が届くまでの高さに飛び込んで足の踏み場にした。
素早い動きで、鞭で雷鳥の首を狙って、鞭がぐるっとその雷鳥の首周りを縛ってから、その鞭をひっぱりながら、雷鳥の背中に飛び込んだ。
あの時のようだ、とローズが息を呑んだ。
彼女が初めて柳の戦闘を見た時、柳が雷鳥の背中に乗った。昔はそれで短剣で仕留めたが、今が違う。左腰にある剣を左手でとって、そして凄まじい力で雷鳥の首を刺した。地上にいるローズたちでさえその力を感じていたぐらい。とても強くて恐ろしい。
絶命した雷鳥が重力に従い、落ちて来る。柳は剣を抜いて、右手で鞭を雷鳥の首から外した。そして、その鞭で近くの木に引っ掛けて、雷鳥の背中から飛び込んだ。雷鳥が地面に落ちたと同時に、柳が鮮やかに軽く着地した。
「ほーーー」
ローズが興奮した。彼女にとって、雷鳥が大変危険で怖いけれど、柳の戦いを見て、とてもすごい、と彼女が感じた。
その戦いで、彼がかなり手加減をしているようだけれど、迫力があった戦いだった。特にとどめの瞬間だ。あの剣で、力いっぱいと確実に仕留められた瞬間、体中に寒気が走るぐらいの強さを感じた。
すごい!お兄さんはすごい!、とローズは興奮しながら拍手した。
「これで良かったか?」
柳はミライヤに声をかけた。
「ええ、上出来よ、ご苦労。これでローズちゃんは高いところにある敵を鞭で、どうやって戦うか分かると思う。そうでしょう、ローズちゃん」
「はい!」
ローズがうなずいた。
「魔法だけで攻撃するなら、ここからでも届くけど、魔法がうまく発動しない時にはどうしても普通の武器で戦わないといけない時があるんだ」
「そんな時もあるんだ」
「あるよ。魔法を封じられている時や、相手の魔法防御が高かった時もね。あと女性のあの日かな・・。魔法がうまくできないんだね」
「あの日?」
まさか、毎月のあの日かな?、とローズは首を傾げた。
「まぁ、あとでモイさんに説明してもらいましょう」
ミライヤが微笑んだ。さすがに男性の前ではそれを説明するのがちょっと恥ずかしいかもしれない。
「はい。その意味が分かりました」
ローズが手を上げて、答えた。
「あら、そう? なら、良かった」
ミライヤがローズを見て、笑った。やはりこの小さな子供は、実は「大人」だった、とミライヤは確信した。
「それにしても、柳さんの剣は重たそうですね」
ローズの隣で立っているダルガは柳に声をかけた。
「ああ、これはほとんどとどめ用の剣だから重くしてもらった。一撃で倒せるように、刺す先端が鋭くしてもらった」
そう言いながら、柳が血にかかった剣を振って、血をきれいにした。
「見せてもらっても良いですか?」
「どうぞ」
柳が自分の剣をダルガに渡した。ダルガはふむふむと言いながら、柳の剣を眺めてから、その剣を返した。
「刺すにも、切るにも、優れている剣だった。さすが名人の剣だね」
「俺の力に合わせてもらって、使いやすいんだ」
「ありがとう」
「はい」
柳はその剣をダルガから受け取って、鞘に入れた。
「さて、話はここからだ」
改めてミライヤはシリアスな顔に戻った。
「これは大量に作られている召喚術の紙だった。見ての通り、魔力さえあれば、誰も雷鳥を、どこでも、召喚できる仕組みになっている。大変危険なものだわ」
ミライヤがそう言うと、柳とダルガの顔が険しくなった。
「それはまずいのでは・・」
「その通りダルガさん。非常にまずい状況になっている。この紙数枚だけででも、あのクラスの雷鳥も、それ以上のクラスの雷鳥も召喚ができる。小さな集落だとあっというまに壊滅に追い込まれるでしょうね」
「・・・」
話が急にシリアスになったような、とローズがミライヤを見つめている。
「今、この国にどのぐらいこのような術紙が入っているかが分からない。でも着々と計画的に入っている、と思われる。そこでだ、柳さん、お願いがある」
「はい」
「仕事でいろいろな町や集落を訪れたら、目を光らせてほしい。これは暗部の仕事と被るかもしれないけど、これが大事だ。その地方に雷鳥や普段いない獣の襲来の情報を集めてちょうだい。定期的に私のところに情報送って下さい」
「はい」
「目立たないように聞き込んで下さいね、おそらく各地に敵の工作員がいると思ってもおかしくない」
「はい」
「手紙の運賃代は一番早いものにしなさい、高くても、着払いでも構わないわ。どうせあなたがローズちゃんに手紙を送るでしょう」
ミライヤが言うと、柳がうなずいた。
「そうだね。了解した」
「よろしい。ダルガさん、ローズちゃんの防具がいつできる?」
「明日。明日エスコドリアに行って受け取る予定です」
「よろしい。防具を受け取ってから、ローズちゃんに雷鳥やいろいろな危険クラスの動物と戦闘訓練を行う」
「はい」
「どうしても命が危険でなければ、手出しは無用で、その判断はダルガさんに任せる」
「はい」
ミライヤがダルガにそう命じると、柳が不安そうな顔をした。
「大丈夫なのか、そんな危険な訓練をローズに?」
「これも必要なんだ。心配する理由も分かる。けど、私の読みでは、遅かれ、早かれ、ローズちゃんが狙われる可能性が高い、と思うわ」
「どういう意味だ?」
「この術式では、魔力が高い者を襲え、と組み込まれている。先ほど使った術式は、私が改ざんしたから、私を襲わなかった」
ミライヤがそう言いながら、ローズを見ている。
「ダルガさんや私たちが近くにいるなら、ローズちゃんが安全でいられる。けれど、どうしても一人になってしまった時には、身を守る術が無ければ、どんな結末になるかが想像できるんでしょうね」
ごっくり、とローズは息を呑んで、とても怖くなってしまった。
「だから上位戦闘術、魔法や武器の使い方、その流れまで、修業期間が終了までに、マスターしてもらうわよ。でないと、私がダルゴダス様にぶちぶちと文句を言われるわ。よろしくね、ダルガさん」
「はい」
ミライヤがダルガに言うと、ダルガがうなずいた。彼の責任が重大だ。
「ローズちゃんも頑張ってね。高い魔力を持って生まれて来たあなたにとって、お気の毒だと思うけど、これも天が定めた道かもしれないわ」
「はい」
ローズがうなずいた。
「大丈夫だよ、ローズ様。私は必ずきっちりと教えますから」
「うう、はい」
別の意味で、ダルガが怖い。多分、あの猛獣よりも、怖い、とローズは思った。
「さて、とりあえず、私はここまでだ。屋敷に帰るわ。そろそろ馬車をモイさんに返さないと、今夜の夕餉が危ない」
確かに、とダルガはうなずいた。魔法を解除したミライヤがリンカと一緒に、馬車に向かって歩いた。
「あ、そうそう、柳さん。鞭って魔力によって形や性能が変えられるんだよね?」
ミライヤが振り向いて、柳に言った。
「はい、できるよ」
「ならば、それをローズに教えてやって下さい」
「はい」
「あ、もう一つ言い忘れるところだったわ。その雷鳥の残骸が食べたいなら適当に焼いても良いよ。使い道がないならそのまま放置で良いわ。明日には消えるから」
ミライヤがそう言いながら馬車を乗った。そして彼女が手を振って、帰った。見送ったローズたちは地面に転がっている雷鳥をみて、顔を見あわせた。
「誰か食べる?」
ローズが聞いたら、二人の男が首を振って、揃って言った。
「あれはまずい」
「要らない」
食べたことがあるんだ・・・。まぁ、放置決定だ、とローズが笑いながら言った。
次の練習はお昼までに、ローズがハードな組み手訓練と近接戦闘術を励んでいた。心配そうな柳の顔が浮かんだが、ダルガは構わずローズをなん度も蹴り飛ばした。それでも頑張って立ち直ったローズを見て、柳が時に応援をした。
訓練が終わって、昼餉の時間になって、ローズは回復をしながら、いろいろな話を聞けた。多くな魔法師はこのような訓練を行わないらしい、と柳が言った。けれど、ローズがミライヤの言っていることは正しい、と思う。ミライヤもこのような戦闘もできるのだ、と考えたら、改めてすごい人だとローズが思う。
「ミライヤ先生はレベルSの魔法師だよ、国最強と言われても過言ではない。ちなみに武術はレベル10もある。彼女は間違いなく、実力者だ」
柳はローズたちと一緒にお弁当を食べながら教えてくれた。
「そんなにすごい人なんだ?お兄さんは詳しいね」
「詳しいも何も、小さい時から良く屋敷に泊まりに来たんだよ、あの先生は」
「そうなんだ。お兄さんに魔法を教えに?」
「まさか。俺はあの人がくれた本で一人で頑張ったさ」
「意外・・」
「今のローズにも同じだろう?基本だけ教えた。後は、自分で頑張れ!、と」
「うん」
「まぁ、そんな人だからな」
「先生は父上か母上に親しい人なの?」
「まぁね。父上の妹の子なんだから、立場から見ると、俺の従兄弟だね」
一瞬でローズとダルガが凍った。世の中に知らない方が幸せだということがあるのだ、とローズは彼らの繋がりが分かった気がした。
「でも、あちらの方が年上だし、頭が良いし、魔力が半端無い強いし、何よりも、そういう天才はとても希な存在だから、味方になってくれると、ありがたい存在だよ」
柳は笑いながら、ローズに言った。
「確かに・・」
「それに先生と呼ばれることが好きなんでね、格好良いってさ。俺が小さい時に、彼女がいつも強制的に先生と呼べ、と要求して来たんだ。何も教えてないくせに、なんで先生と呼ばなきゃいけないんだ、と文句を言ったら、その次に会った時、戦闘に便利な魔法の本をくれたさ。それをあげたから先生と呼びなさいってさ」
やはり変わった人だ、とローズが呆れた顔で柳を見つめている。でも、だからこそ頼りになるでもある、と。
ご飯を食べ終わったところで、柳に鞭の形態を教えてもらった。ローズの鞭がトゲがびっしりと見ると、とても興味深いと柳が言った。武器職人が作った普通の鞭と違って、この鞭は自分の体内にあるものだから魔力で結成されている武器である。木の精霊である母が、子どもたちにくれた最強の武器である。
ローズの場合、体内に薔薇の種が入っているため、形態も薔薇の木のようなトゲがびっしりとした鞭になった。そこで、色や形など、自分でも色々とに変えられることが分かった。認識すると手の平からすぐに出すことができる。そしてこの鞭は自分の手にとてもフィットで、とても使いやすい。ついでに意外な使い方も教えてもらった。
地面に手を当てて、認識すると、なんと数メートルの距離で、地面の下から鞭や枝や蔓が現れた。それで、地面の上にいる敵なら縛り付けることができる、と柳は言った。距離を取ることで魔法や遠距離攻撃が楽に使える。
鞭と同様に、枝や蔓にも力の加減やしんなりさ、トゲの具合や数まで設定できる。当然なとこに、魔力もたくさん消費する、と柳が言った。
魔力を管理しながら、技の特徴を一つずつ熟知しなければいけない。それはローズにとって、一つの課題でもある。答えは「慣れる」しかない。
また柳も守りの蔓の使い道も細かく教えた。柳の頭周辺に合計4つの緑色の光の玉がいつも浮いている。ローズの場合、色がピンクだ。これは自己防衛のために、母であるフレイが付けてきた物だ。物理攻撃を受けた時に、いつも自動的に出てしまう。けれど、近接戦闘訓練や組み手訓練の時に、意志を念じれば、出なくなる。でも突然と襲われたら、自動的ににょきにょきと出る。360度からの攻撃が防ぐことができるほどの優れている性能を持っている。しかし、これも魔力に依存しているため、どうしても魔力がたくさん必要としている戦いになる時に、防御を切って攻める方に切り替える、と柳が言った。さすが実戦に慣れている人の意見がとても貴重だ、とローズはうなずいた。ダルガも興味深く聞いている。
鞭の練習が終わると、先ほど柳が見せてくれた踏み台を作る魔法の練習をした。意外と、これは難しい。柳が簡単に使ったと見えたが、スピードもそうだけど、空間の認識が必要とされている。それどころか、空中になると大地の魔法は非常に扱いにくいことが分かった。土粒一つずつを認識しながら魔力を流し込み、空中での踏み台を作るなんて至難の業だ。敵の動きを確認しながら、攻撃をかわしながら、同時に魔法の発動する。その魔法の発動条件となった土粒を認識して、位置や高さを確認しながら、移動することなどと流れて行われる。これらの作業が難しい。鮮やかな流れを見せた柳の能力はやはり高い、とローズが感じた。
「もっと練習すればできるようになるさ。頑張れ、ローズ」
「はい」
「こういう状況だと分かったから、俺も今よりももっと強くならないとダメだと思ってる」
「そうですね。私ももっと強くしないといけないわ」
柳と同じ認識になった。いつ戦争が起きても、おかしくない状況になっているんだ。モルグ人はどのように動くか、まだ見当も付かないが、召喚魔法による襲撃がこれから増えるでしょう、と。
「ダルガさん、改めて、ローズをよろしくお願いします!」
柳は頭を下げた。深く、心からそう願っているように見える。ローズも柳を真似して、ダルガに向かって頭を下げた。
「任せて下さい。二人とも、頭を上げて下さい」
ダルガがうなずいて、言った。
「ローズは小さいけど、とても強い子だ、と今日で分かった。俺は安心して仕事や情報収集に出かけられるんだ。今度会う時に、ローズの成長ぶりが楽しみだ」
「はい。そしてどのぐらい身長が伸びるのも気になりますね。ははは」
ダルガの言葉に思わず柳が笑った。
「そういえば、少し高くなったね。ちゃんと牛乳を毎日飲むんだよ」
「はい、ずっと小さいと不便だもの。自分の頭すら洗えないこの不便さがたまらない」
ローズが文句を言うと、ダルガが笑った。
「そうですね。毎日モイさんにやってもらってるんですからな」
ダルガが言うと、柳が首を傾げた。
「蔓を操作してやってみたら?」
「え?そんなのできるの?」
「できるよ。俺なんて背中がかゆい時に、蔓を使って掻いたりして・・」
「え?」
「こうやって・・」
柳が器用に一本の蔓を念じて、操作するのを見せた。背中を掻くための蔓を器用に使っている。
「本当だ・・」
「欅なんて、細かい仕事になると、その大きな体じゃ難しいよ。その時に、彼が蔓を使って、作業をしてるんだよ」
まじか・・、とローズは口が開いたほどの驚きだった。木の精霊の子ども達は、意外と自分の蔓と良い付き合いをしている、と彼女は思った。
「後で練習します。ありがとう、兄さん。でも、もうしばらくモイに甘えてもらおうかな。一緒にお風呂に入ると、いろいろな話をしてくれるから、楽しいんだ。裸の付き合いって感じかな」
「うらやましい」
ローズが言うと、ダルガは思わず本音を言ってしまった。そして、自分の言葉に気づいたダルガの顔はいきなり赤くなってしまった。いったい何を想像してるんだこの人、とローズたちは思わず笑った。
「ごほん!さて、屋敷まで走ろう!モイさんのお手製夕餉が待っているんだ!」
ダルガが叫ぶと、ローズと柳は手を上げた。
「競走だ!」
「負けないぞ、ローズ!」
ローズたちは笑いながら走って帰った。
お風呂に入って、美味しい夕餉を食べて、柳に読み書きを教えてもらおう、と。そして、今夜も皆で雑魚寝するんだ!、とローズは思って、嬉しそうに笑った。




