189. ジャタユ ストーリー : 愛の形
「くたばれ! このくず!」
ジャタユがさっきまで戦った奴は宝石店を襲った強盗達だった。
ことの始まりは商店街にある宝石店が謎の武装集団に襲われて、金品が奪われたという情報があって、近くで食事中のジャタユが駆けつけたところで、警備隊がすでに現場にいて、その宝石店を囲んでいた。追いつめられた犯人は店の客の人質を取って立てこもっている、という。
ジャタユが現場の指揮をとって、警備隊の配置を指示した。ジャタユは裏の扉へ回って、窓の隙間から中を覗いてみると、一人の女性が数人の武装した犯人に囲まれていることが分かった。服装からみると、外国人の観光客のようだ、とジャタユは思った。
これはまずい。人質は外国人観光客だ、という報告が上がった。ドイパの治安が悪いという評判が流れてしまったら、観光地に訪れる観光客が不安になる。何してもその観光客を助けなければならない、とジャタユは思った。
ジャタユは力を集中して、警備隊に合図を出した。すると、警備隊が一斉に突入した。扉を破戒したら、中にいる犯人がびっくりして、人質に被害を加えようとしたけれど、なんと人質の女性の方が早く動いてしまって、犯人を一撃で倒してしまった。武器は葡萄酒の瓶で・・犯人の頭に命中した。なんていう勇敢な女性だ。
「きゃ~!怖いわ!助けて~!」
明らかに嘘だ、とジャタユは苦笑いした。棒読みのような口調で下手な芝居なんだけれど、興味深い人だ。なんていうか、・・彼女がめちゃ美人だ!、とジャタユは思った。
ジャタユは格好付けて、犯人らをぼこぼこにしてから倒れた犯人の近くで立っている人質の女性に近づけていくと、女性はいきなり抱きついた。
「助けて~」
すげー美人だ。なんていうか・・良い香りがした、とジャタユは思った。まじで、こんな美人を見たことがない。長い黒い髪に赤いきつね耳、ふっさふっさな赤い尻尾、・・何よりもその胸!、・・いやいや・・任務中に変なことを考えてはいけない。観光客に丁寧な対応をしなければいけない・・紳士的にな、とジャタユは必死に冷静にしようとした。
「大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」
彼は心を落ち着かせて、女性を外へ連れ出した。警備隊は中に入り、犯人を逮捕しに来た。
「ええ、助かったわ。ありがとう」
女性はにっこりと笑っている。
いや~ 俺は、今、恋に落ちてしまったかもしれない。まじで、天から降りてしまった天女じゃないか・・。これは一目惚れということなのか・・。ジャタユの心の中でぐちゃぐちゃと言葉が飛び交い、彼女を見つめている。
「念のためですが、身分証明書か旅の手形を見せて下さい」
ビシッとな・・やべー、俺ってこんなに落ち着かないことってありかよ、とジャタユはそう考えながら格好を付けて、女性に言った。
「はい、どうぞ」
女性は胸の谷間からカードを一枚を取り出した。
えーと・・ちょっと待って・・なんで胸の谷間からカードが出て来たの?というか、なんで胸の谷間にカードを入れているの・・?俺に渡されても・・生暖かい。良い香りがする・・、とジャタユは震えた手でそのカードを受け取った。
「えーと、ミライヤ・ダルゴダス。国籍アルハトロス、種族紅狐族、特徴鬼神」
「は~い」
「ん?待って・・ミライヤって・・?あの発明家のミライヤ?」
「たまにそう呼ばれてますけど~」
「あの魔法の大先生とかの・・ミライヤ?」
「たまにそう呼ばれてますけど~」
「あの魔法瓶を発明した人?」
「そうだけど?」
「まじで?」
「確かめてみる?」
「どうやって?」
「さっき犠牲になった葡萄酒の弁償をしてくれたら、教えて あ・げ・る・♪」
「ま・・待って・・今任務中だ。えーと、紅狐族は分かるけどさ、この特徴の鬼神っていうのは?」
「母上譲りの角が5本あるんでしょう?これは鬼神の特徴なんだって。伯父上には角がなかったのにねぇ~」
「ん?」
「だから、私の母上は鬼神なの」
「あの鬼神?」
「どの鬼神?」
「物語で出てきたあの鬼神?」
「その物語で出てきた鬼神の妹は、私の母なの」
「まじで・・」
「確かめてみる?」
「どうやって・・」
「葡萄酒を飲んでから考えるわ」
女性はジャタユを見ながら笑っている。
「いやいやいや・・えーと、・・そうだ・・次の質問に答えて下さい」
「は~い」
「この国に来た目的は?」
「葡萄酒を飲みに来た」
「え・・?それだけ?」
「うーん、あとは新商品の登録かな~」
「なるほど。ここでどこに滞在しているのか?」
「うーん・・どこだっけ・・?」
ミライヤはまた胸の谷間から鍵を取り出した。
「あ、この旅館だ」
女性はあの大きな胸の谷間から出てきた鍵を見せた。
まじで・・鍵になりたい。いやいやいや、落ち着いて・・何を考えているんだ、俺は・・、とジャタユは首を振って、冷静にしようとしている。
「分かった。最後の質問だ。なぜカードや鍵を胸の間に置いた?」
え・・? 自分は今何を聞いているんだ・・?しかし、ことを気づくには遅すぎた。言ってしまったからだ、とジャタユは自分の失態を罵った。
「だって、カバンだとどこかに忘れっちゃうから・・。財布をどこかに落としてしまう可能性だってあるでしょう? 胸の間に置いた方が安全で、忘れないわ」
意外と女性が怒らずに答えた。
「なるほど・・」
「ねぇ、もう良いかな~?葡萄酒を弁償する気がないなら、別に良いけど?」
あ・・もう今日の任務は良いかな。今で終わりにしよう。なんていい加減すぎだと護衛官に言われても構わない。目の前にいるこの美女が最優先だ、とジャタユは笑った。
「葡萄酒を飲みに行こうか?」
「私は最上級の葡萄酒じゃないと飲まないわよ?」
「この国の一番美味しい葡萄酒をご馳走してあげるぜ」
「嬉しいわ。で、あなたの名前は?」
「ジャタユだ」
「ふ~ん、警備隊の人?」
「そんな感じだ」
「葡萄酒一本って高いけど、お給料・・大丈夫?」
「大丈夫だ。任せろ!」
「わ~い!ありがとう、ジャタユ~♪」
ミライヤはジャタユに抱きついて、嬉しそうに笑った。
「で、聞いても良いかな?」
「な~に?」
「もうすでに酔っぱらってるの?」
「さ~ねぇ。お店の主人と軽く飲んできたので、まぁ、多少お酒が入ってるわ~」
ミライヤはうなずいた。
「店の人とは知り合いのか?」
「ええ、ドイパに行くと、必ずあの店で買い物するから」
「常連客なんだ」
「そう言われているけど、私は気に入ったものしか買わないわ~」
「あの店は結構高級だと聞いたけどさ、値段が高いんじゃねの?」
「そこそこかな~多分。比較したことがないわ。全部一点物ですから」
「すげ~」
「他人と同じ物を身に付けていてもねぇ~」
「そういうこだわりなんだ」
「ふふふ」
あれはジャタユとミライヤの初めての出会いだった。最初はただの酔っぱらい美人観光客だと思ったけれど、会話するたびにジャタユの好奇心が刺激されるほど、とても魅力的な女性だ。頭の良さ、勘の鋭さ、そして分析力の高さは、彼が今まで出会った女性の中で一番上だ。彼女がアルハトロスへ帰国した時、彼は数日間も食欲を失ったぐらい寂しさに襲われてしまった。
初めての出会いから数ヶ月間経つころ、やっと落ち着きを取り戻したジャタユのもとに手紙一通が届いた。送り主はミライヤだった。けれども、彼は一度も彼女に身分を明かしたことがなかったのに、手紙の封筒に書かれていたのが彼の本当の身分だった。ドイパ王国第二王子ジャタユ・・、と書かれている。なぜばれたかと色々考えながらしても思いつかないから、まず手紙を読むことにした。封筒とあけると、中身がとても短かった。
「来週あたりにドイパに着くと思う」
え・・、来週って・・?
ジャタユが日付を確認したら・・これは先週出した手紙だと分かった。ということは今日?!だと気づいた彼は急いで港へ行った。けれど、アルハトロスから来た船がもうとっくに着いて、誰もいなくなった。
焦った彼は護衛官達に手伝ってもらいながら港の至るところまで探したけれど、いなかった。アルハトロスからの次の船は来週なので、ミライヤはもうすでにドイパに到着したことになった。
結局一日中街に走り回って探し疲れた彼が諦めて、屋敷に戻った。しかし、屋敷の前に、使用人が困った顔で彼を待ちかまえている。
「やっとお帰りになりました」
「どうしたんだ」
「殿下を探しにきた女性がいらっしゃいました。異国からの姫君だとか・・」
「姫君?その人は今どこに?」
「ついさっき帰りました。ずっと殿下を待っていらっしゃいましたが、なかなか帰りませんでしたから・・」
「どこへ帰るか分かったのか?」
「葡萄酒を買って、旅館を探しに行く、と仰いました」
「なんだと?!」
ジャタユはまた焦った。姫と言われてもぴんと来ないけれど、異国の女性で葡萄酒との組み合わせはミライヤしかいない。
一日中をずっと走り回った疲れが一気に吹っ飛んで、まず葡萄酒を売っているお店へ・・、と言ってもこの町だけでも十数軒がある。片っ端から探すしかないと思って、まず近くの店から始めるとした。しかし、どこへ探してもいなかった。疲れたジャタユは誰もいない公園にいて休憩した。護衛官達も疲れた様子で駆けつけてきて、少し休憩することにした。
「ジャタユのバカ~~~~!」
どこかに聞こえた声に、彼の体に雷が落ちたかのような衝撃的だった。
ミライヤの声だ、とジャタユは周囲を見渡した。しかし探しても見つからない。まだ近くにいるのだ、と彼が分かっている。
耳を澄ませば、歌い声が聞こえていて・・上の方からだ。まさかと思って・・本当にいた。木の上にいた!
「ミライヤ!」
「お!ジャタユ、来たか!」
「探したよ!」
「ずっと待ってたよ!」
「すまん、行き違いだったんだ」
「もう・・葡萄酒を買って一緒に飲もうと思ったのに、全部飲んじゃったから、新しい葡萄酒を買いに行ったら、どうでも良くなってきた。もう~!」
「飲み過ぎだよ」
「知るもんか」
「おいで、俺の屋敷に行こう」
「あいよ~」
ジャタユは酔っぱらっている彼女を抱きかかえてそのまま屋敷まで飛んで帰った。数ヶ月間ぶりにあっていきなり抱きかかえてしまい、彼の理性が狂いそうになった。
「手紙届いた~?」
「届いたよ」
「おとなしく待てば良いのに~」
「待ってと書かれてなかったから、迎えに港まで行ってきたよ」
「あら」
「しかし、なぜ俺の身分が分かった?」
「そりゃ~分かったよ。だって小さい時に会ったんじゃないですか?」
「何の話だ?」
ジャタユは首を傾げた。
「忘れたの?宮殿で合ったんじゃ・・私がまだ小さかったけど、ジャタユもまだ小さかったよ」
「いつの話だ?」
「うーん、いつかな・・ずっと前のことだから、私がまだ五歳ぐらいだったから~」
「待って・・」
「待つ~」
「レネッタ王国・・」
「正解♪」
「まさか・・」
「そのまさか~」
「ミレーヌ・プラーニャ姫・・」
「あら、よく覚えていらっしゃる、ジャタユ・ジャヤ王子」
「え・・、まじで」
「確かめてみる~?」
「国籍はアルハトロスだろう?」
「母方の国籍はアルハトロスだから」
「レネッタの国籍は?」
「あるよ、使わないけど。今はアルハトロスのミライヤとして生きているんだ~」
「何があった?」
「ひ・み・つ」
あれから彼女はドイパにいる間、必ず彼の屋敷に泊まる。発明品の登録や商談で多忙な毎日だったが、彼にとって彼女が近くにいるだけでとても幸せなことだ。
貴族同士なので、ジャタユは彼女と結婚しても問題にならない。しかし何度も求婚したが、ずっと断られた。伝統的な夜這いで口説こうとしたら、彼女は謎の猫を連れて来た。あのリンカという猫娘だ。それでもジャタユは負けないつもりで頑張った。周囲に説明するのが面倒だから、ミライヤは自分の婚約者だと言ったらあっさりと納得された。
アルハトロスの都がモルグ王国に攻撃されたとき、ミライヤからの緊急手紙が来た。ジャタユは急いで駆けつけて行ったら、そこで凄まじい戦場になった。ミライヤとともにあの猫娘と従兄弟の二人とその回りの人や暗部もいた。従兄弟の一人は鬼神だから強かった。しかしもう一人の従兄弟がまだ小さな女の子だった。頭に花があって、かわいかった。しかし、彼女は違う能力を持っている。鬼神と違う何かの力で、敵の巨大な化け物が、あの二人の力によって倒されて、都を奪還することができた。
流れ流れに、彼らはドイパに来て、そしてあのオオラモルグ作戦まで巻き込まれてしまった。彼の配下のレイがミライヤの従兄弟であるローズという女の子に助けられた。宮殿で休ませたところで、神殿からの神託が出て、彼女は龍神様の娘だと分かった。よって、二人は血の繋がらない兄弟だった、と判明した。
だから妙に様子が違うんだと思った。まだ小さいのに、幼い子ではなかった。体が小さいだけで、中身は大人だ。ミライヤの従兄弟である鬼神の柳と恋していた。そして柳も彼女のことを愛していた。鈍い彼だって分かった。だが、兄弟である以上、彼らはどうしようもなかった。禁断な恋だった。
結局彼らの活躍によって、ドイパ国の同盟国であるスズキノヤマの依頼を全うすることができた。エフェルガンという皇子が、モルグ人にさらわれて魔石にされた、と大使が知らせに来て、助けを求めた。皇子を助けることができて、そのオオラモルグにある化け物も倒すこともできた。しかも、あの小娘が倒したのだ。まだ2歳の子が、あの巨大な化け物を倒した。オオラモルグの国王を倒したのもあの女の子だった。いったい、なぜそんなに強いのか、彼にとって謎ばかりだ。でもミライヤの従兄弟だから、強くてもおかしくない。
ジャタユはしばらく彼らと別れて、平凡な毎日を過ごした。しかし、ある日あの懐かしい声が聞こえた。ローズというミライヤの従兄弟がドイパ国の真上にいると言われ、急いで空中に飛んでいくと、なんとスズキノヤマの皇子がローズとともにいた。あの猫娘のリンカもいた。柳がいなかったけれど、ジャタユは事情が分からなかった。なので、彼はそのことについて何も聞かなかったことにした。留学することで、ローズが嬉しそうに伝えたけれど、ジャタユはローズの身内のつもりで彼女に頼ってくれと伝えた。あの大国は安定しているように見えるけれど、実は影で権力争いがとても激しい国でもある。暗部からの情報だから、信用できる、とジャタユは思った。
そしてしばらく時が経って、数ヶ月間前のことだった。エグバドールに攻撃されたとスズキノヤマからの連絡に、彼が驚いた。軍事的に弱いエグバドールは南半球で最強な国であるスズキノヤマを攻撃するなんてばかげているか、とジャタユが思った。暗部の報告はスズキノヤマの主張と同じだった。しかも大使まで首が刎ねられてしまった以上、武力による制圧しか道がなくなった。
そしてその戦いで、ローズと皇子もいた。なんと・・彼女はそのエフェルガン皇子と結婚したのだと伝えられた。彼女の首飾りは何よりの証拠だ。あれは皇太子妃の色と紋章だった。医療の首飾りは多分彼女が勉強していることだろうけれど、ジャタユにとって重要ではない。エフェルガンという人は皇太子で次期皇帝となる人で、ローズはその人の隣にいるとなると、ドイパにとって重要な繋がりとなる。ミライヤの従兄弟が、大国の皇太子妃になった。身内として良い関係でいれば、両国にとってとても良い未来となる。
しかし、エグバドールの次に、ソマールの戦いで思わぬ事態が発生した。モルグ軍の登場だった。モルグの攻撃によって、ソマールが滅んでしまった。しかも龍が出てきた。海龍だとローズが言った。ローズの力によって、飛行船を破壊することができたが、あの皇子・・護衛官二人を連れて、たった三人であの大部隊を倒した。ローズの力で多少支援があったのでしょうけれど、考えてみるととても無茶なことだった。
強い・・。
あれは龍の紋章を受けた人の力か、とジャタユは思った。ローズと出会ったことによって、その皇子がとても強くなった。恐ろしいほどの強さだった。
戦いが終わり、良かったとホッとしたところで、今度はローズが龍に連れ去られた。あの皇子がずっと彼女を捜し回り、結局ジャタユがドイパに帰還したまで、ローズの行方は不明のままだった。
あれから数週間が経って、スズキノヤマから緊急手紙が来た。ローズは無事に見つかったが、記憶喪失になってしまった。急いでローズがいるパララへ向かったけれど、そこに元気そうなローズがいた。しかし、彼女はジャタユのことが忘れてしまった。ジャタユはとても悲しかったけれど、あの皇子もとても辛そうな目をしている。
そりゃそうだ、とジャタユは思った。愛する人が自分の事を忘れてしまったのだから、慰めの言葉すら見つからなかった。だから、飛龍との面会のためにドイパへ行きたいと皇子の要望を快く受けた。
やはりドイパ国へ来ても不思議なことはローズの回りに起きた。飛龍といい、海龍といい、次々と現れた。ジャタユは信心深いではないけれど、あれほど龍が現れて、戦い方まで教えてもらったら、もう信じるしかなかった。
ローズは人の姿の女神で、龍神の娘だけれど、ミライヤの従兄弟だ。だから何しても、ジャタユはミライヤを妃にする必要がある。この繋がりを切るわけにはいかないからだ。
ミライヤと長い時間をかけて話し合った結果、ローズと同じく、書類だけでまず婚姻を結ぶことになった。あの皇子がどうやってローズを説得したか気になったけれど、ジャタユもミライヤを手に入れるまで大変だったから、きっとあの皇子も苦労したのだろう。
アルハトロスの女性は頭が良いから、権力や財宝だけで簡単に従わない。しかし、ジャタユはミライヤを妃にすることができたのだから、これからは大事だ。
「さっきから何を考えているの?」
ミライヤの声でジャタユが考えを中断した。ジャタユは彼女を見つめる。やはりきれいだ、と彼は思った。
「色々とさ。初めて出会った頃のことと、これからのことも考えている」
「そう?」
「君の従兄弟達みたいな夫婦も良いかなっと思ったりして」
「あの子達は大変よ」
「だな」
ミライヤはジャタユの隣に座った。良い香りがする。俺の妃だ・・、とジャタユは彼女を触れた。
「ジャタユ、明日あの子達はドイパ国を発つんだよね」
「んだね。トルバタ王国に訪問するって。公務だから伸ばすことができないんだって」
「寂しくなるねぇ」
「また会えるさ、近いし」
「そうねぇ」
ミライヤはジャタユの方に体を寄せてくれた。やはり良い香りだ、と彼が思った。
「ジャタユ」
「何?」
「私も明日ドイパ国を発つよ」
「なぜ急に・・?」
ジャタユの手の動きが止まった。
「本当のことを言うと、これはもう事前に計画したことなんだったから」
「なんで俺に相談しなかった?」
「相談できないわ。これは私の問題だから、私が解決しなければならないの」
「話が見えない」
ジャタユはミライヤを見つめている。
「本当は、あなたを巻き込みたくなかった。だからずっと求婚を断り続けていたの・・でも・・やはりあなたのことが愛しいから求婚を受けてしまったんだ」
「俺を何かに巻き込まれたんだ?」
「国際問題よ」
「頭が悪い俺が分かるように、簡単に説明してくれ」
ミライヤはジャタユを見つめている。その目がとても悲しい目をしている。
「明日、あの子達が発った後、私を迎えにくる者が現れるのです」
「迎えにって、どこへ?」
「レネッタへ行くの」
「里帰りか?」
「そんな感じですけど」
「俺も一緒に行こうか?ご両親との挨拶もしたい」
「あなたはダメ。私とともにレネッタへ行ってはいけないわ」
「なんで?レネッタとドイパは友好関係にあるんだぜ?」
「だからこそ、ダメなの」
「理解できない」
「ジャタユは私とともにレネッタへ行ったら、国際問題になるから、ダメなの。ドイパのために、我慢して、私の帰りを待つの」
「いつ帰る?」
「分からないわ」
「そんなの俺が納得すると思うか?」
「納得してもらわなくても良いわ。嫌なら私を離縁しても構わない、むしろその方がお互いのためよ」
「待って、俺たちは結婚したばかりだぜ?離縁って、どういう意味だ?」
「この国を守るためだよ・・。私はドイパが好きだから、守りたいと思ったから、こうするしかないの」
「何から守るんだ?ドイパの敵はモルグ王国だけだ」
「場合によってレネッタが敵になるかもしれない」
「そんな話は聞いてない!」
ジャタユは声を荒げている。
「まだ・・まだだから、・・でもその可能性が十分ある」
「ミライヤ、おまえは何を企んでいるんだ?レネッタに・・ただの里帰りじゃないよね?」
なんだか、そのような感じがした、とジャタユは思った。ミライヤはためらって、ため息をついて、ジャタユの手をにぎった。
「妹と母を迎えに行こうかなと思って」
「なら俺から正式に迎える準備もできる」
「ダメ」
「どうしてだ?」
「彼女達は今捕らわれ身になったからだ」
「何?!」
「本当は私も捕らわれる所だったが、母の力で私は逃げ出すことができて、アルハトロスの伯父上の所へ身を寄せていくことができた。体が弱い妹のために、母上はわざと残って、捕らわれる身となった」
「そんな・・」
聞いていない、そんな話なんて、初耳だ、とジャタユは耳を疑った。
「父上は・・」
「父上はどうした?」
「殺された」
「何?!」
ジャタユはミライヤを見つめている。これは大変なことだ、と彼は瞬いている。
「だから、仇を討つつもりで行くの」
「・・・なぜ?・・」
「権力争いだったわ」
「それは聞いてないぞ!」
「急な話でごめんね」
「俺は外交で何とかできないのか?」
「できないわ。母と妹は幽閉された場所は別次元で、最高機密になっているわ」
「別次元・・」
「そう。術を極めた今の私なら彼女達を解放することができる」
「でも・・でもおまえが行ったら・・」
「戦いになるのが確実よ」
ミライヤは小さな声で答えた。
「ミライヤ・・」
「だからドイパ国を巻き込みたくないの。戦火をここまで広めてはいけないから・・すべて私一人で背負うことで済むようにしたい」
「俺はどうなる?」
「ごめんなさい」
「俺は・・俺はおまえが好きなんだ!おまえを愛しいと思ったから、妃にしたいと思ったから、ずっとおまえのことを考えている」
「ごめんなさい」
「俺のことが愛しているって・・あれは嘘だったのか?」
「嘘じゃないわ」
「だったら、・・だったら行かないでくれ」
「無理よ。すべての準備が整えてしまったわ」
「準備って・・」
「同胞を集めたわ。私と同じ苦しみをした人たちよ。母国を変えるための力は、もう整えているわ」
「・・・」
「分かって欲しい。私は母と妹さえ無事に救出できれば、それで良いと思う。彼女達はアルハトロスに住まわせていれば、レネッタの手の者が手を引くと思う」
「アルハトロスに・・手を出さないという保証は?」
「ない。でもレネッタはアルハトロスと喧嘩をしたくないと思う。あれは龍神の国だから・・鬼神がいる国よ」
確かに、とジャタユは思った。アルハトロスに逃げたミライヤがこうやって無事でいられるのは鬼神の力があるからだ、と。
「俺にできることがないのか?」
「私の帰りを待つ」
「俺たちはまだ新婚旅行すらしてないぞ?」
「帰ってきたら、ずっとあなたのそばにいるわ」
「俺の子を身ごもったら、どうする?」
「素直に産みます」
「戦場でか?」
「はい」
「俺は「はい、そうですか」を言うと思うか?!」
「そう言ってくれると嬉しい」
「無理だぞ」
「それでも私が行くわ」
「おまえを閉じこめて、外に出さないという手もある」
「あの子達に怪しまれるよ・・明日笑顔で見送らなければならないから」
「俺は今の聞いて笑顔で居られるか?」
「外交仮面を身に付けて下さい」
「無理だ」
ジャタユはミライヤを見つめている。
「あの子達が悲しむことになる。彼らはものすごく大きなことを背負っているから、これ以上彼らの負担を増やしたくない」
「背負う・・」
「私達よりも若い子達よ。国を背負いながら、暗殺者や賞金首ハンター、そしてモルグ王国まで彼らを狙っている。政治的な問題も抱えている、文化の違い、そしてあの龍との関係まで背負っているんだよ?」
「それは分かっている・・だがな・・」
「笑顔で見送って、安心させないといけないの。ここには、あの子達の味方がいるんだ、と見せてあげないといけないのよ」
「・・・」
「分かって欲しい・・、だから正直に言ったの」
ミライヤはジャタユを見つめている。それは彼女の本音だった。
「やはり俺の妃はおまえ一人だけだ」
「離縁しても構いませんけど」
「離縁しねぇ・・するものか!俺は、俺はミライヤが好きなんだ。愛しているんだ・・」
「私もよ。だからお願い、理解して欲しい」
ジャタユは彼女を抱きしめた。辛い。こんなに辛い気持ちになったとは・・。
ジャタユがしばらく考え込んだ。
「分かった」
長い沈黙の後、その言葉が彼の口から出て来た。
「ありがとう」
「必ず帰って来い」
「もちろんよ」
「帰ったら式をあげよう」
「ええ」
「温泉旅行でもしよう」
「ステキね」
「子どもをいっぱい作ろう」
「はい」
「今夜は俺のことだけを考えてくれ」
「そうするわ」
「愛しているよ、ミライヤ」
ジャタユは涙を堪えて愛しい妻を抱きしめた。妻を戦場に送り出す夫は、正気だと思えない、と彼は思った。しかし、それは「今の彼」のことだ。
すべてを捨てても彼女とともに居たい、ともに行き、ともに戦い、ともに支え合い、ともに生きる、ともに死ぬ。エフェルガンとローズのような、ともに戦って、必死に支え合いの姿は今の彼にとって、理想だ。
けれど、それが叶わないなら、彼はここで彼女の無事を願い、待つしかできない。答えが出ないまま、ジャタユは愛しいミライヤを抱くことしかできなかった。頭がいっぱい、ごちゃごちゃになってしまった。もう考えるのをやめて、今目の前にいる彼女を精一杯愛することにした。
「エフェルガン、ローズ!元気でな!またいつでもドイパへ遊びに来な!」
「はい!ジャタユとミライヤもお幸せに!お元気で!今度はスズキノヤマへ来て下さい!」
「ったりまえだ。身内だから、ぶらりと現れるかもしれないぞ!」
「期待します!では!」
エフェルガンとローズは手を振って出発した。
猫娘とあの護衛官・・誰だっけ・・オレファ・・、そう、オレファと一緒にフクロウに乗っている、とジャタユは彼らを見て、笑った。相変わらず無愛想の顔だけれど、あの二人は、案外、良い関係を築くでしょう、とジャタユは思った。ミライヤの従兄弟のファリズも手を振って、大鳥に乗って、出発した。
しばらくして、ミライヤが着替えて、屋敷の中に入った。その時、空中で複数の飛ぶ集団が現れて、着陸した。彼らは紅狐族の者達だ。その中、一人の男性が現れて、ジャタユの前に敬礼した。
「隊長のラウル・ラウと申します。ミレーヌ姫殿下を迎えに参りました」
男は丁寧に用件を伝えた。すると、着替えたミライヤが現れて、鎧姿になった。とても美しく・・とても強く感じる。
「お待たせ。すぐに行くわ」
ミライヤはジャタユの前に立って、跪いた。
「数々の恩を頂いて、言葉にならないほど、とても感謝致します。行って参ります、あなた」
ジャタユの心は砕かれるほど痛い。彼の手から離れていくミライヤを見つめるしかできないのか、とジャタユは思った。しかし、愛しているからこそ、信じなければならない。何があっても、彼の妃はミライヤだからだ。
「征って来い!何があったら、俺に頼れ、ミライヤ!」
「はい」
「そして無事に帰って来い!」
「かしこまりました」
「敬語はいらん。俺はおまえと一つだ。あのローズとエフェルガンの言葉通り、一人が二人、二人で一人。・・俺たちはそんな感じで行こう」
「はい」
ミライヤは立ち上がって、そしてジャタユを抱きしめた。ジャタユも迷わず彼女に口づけをした。
「気をつけてな」
「はい」
ミライヤは迎えに来た集団のもとへ足を運んだ。
「征くよ!」
ミライヤがそう言って、出発した。ジャタユは凛としたミライヤの姿を見えなくなるまで見つめた。
征って来い、ミライヤ!俺はこれからまじめに国の治安を守らなければならないんだ。仕事、忙しいぞ!、とジャタユは目を擦って、もう何もない空を見つめている。




