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人形姫ローズ  作者: ブリガンティア
スズキノヤマ編

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188/811

188. 記憶(11)

あれからどのぐらい経つのでしょうか?


ローズは流れに飲まれて、夢また夢に色々なことを見ている。父、母、柳・・愛しい柳の愛を失い、一人で頑張ってきた自分を見ている。そばにいるのは猫のリンカで、人のリンカである。たくさんの人々が彼女を支えている。ロッコも、ジャタユも、ミライヤも、モイも、ダルガも、ファリズも、フォレットも、ガレンドラも、そしてエフェルガンも・・。彼の愛がなければ、今の自分がいない、とローズが思った。勉強のことも、旅のことも、食事も、たくさんの人々との出会いで、今の彼女がいる。すべての繋がりが明らかになった。必死に彼女を守るハインズも、エファインも、ガレーも、トダも、ミルザも、ジャワラも、・・護衛官たちのことが浮かんだ。そして彼女のために、命を落としてしまった護衛官達の顔も浮かんだ。エフェルガンが言いかけた彼のことだ・・忘れてはならない。いつまでもこれらの人々のことを、忘れてはならない。


「エフェルガン・・」

「ローズ?」


声が聞こえている。そしてとても暖かい気持ちに包まれている。


「ローズ・・大丈夫?」

「ん・・」


また声が聞こえている。そして歌声が聞こえる。とても甘く切ない恋の歌だ。


「・・あなたが愛しい~♪・・」


ローズが目をあけると、目の前に歌っているエフェルガンがいる。


「おはよう」

「おはよう、エフェルガン」

「気分はどう?」

「おなかが空いた」


エフェルガンが笑った。そして優しく口づけした。


「食事を用意させよう」

「ありがとう」


エフェルガンは微笑んで、そして部屋の外にいる誰かに食事を頼んだ。しばらくして医療師が来た。ガレーではなかったけれど、服装から見るとドイパ国の人だと分かった。彼は丁寧に脈や熱を測って、そして厨房から食事を運んでくれた人に指示を与えた。毒味役のハティが食事を確認して、安全宣言をしてから、小さなテーブルで食事が並べられて、エフェルガンはローズの隣に座り、食事を手伝っている。医療師は回復薬っぽい薬を机に置いて、少し離れた所に立っている。


食事の途中でミライヤとジャタユとリンカが部屋に入ってきた。ファリズも入ってきた。


「起きたか?」


「具合はどう?」


「ローズ、俺の事が分かるか?」


「大丈夫?」


一気にたくさんの質問が来た。


「えーと。ジャタユ王子、ミライヤ先生、リンカ、ファリズ兄さんだ」


ローズはゆっくりと返事すると、彼らの顔に笑顔が表れた。


「成功したんだ」


ジャタユが嬉しそうに言った。


「皆さんに助けられて、元通りになりました。ありがとうございます」


ローズは座りながら頭を下げるとミライヤが涙ながらぎゅっと抱きしめた。エフェルガンはローズの食事の台を取って、近くにある机に移動した。こぼれたら、大変だからだ。


「あふあふ・・」

「ミライヤ、ローズが窒息するぞ」


ミライヤの胸に顔が圧迫されてじたばたしたローズを見て、ジャタユは後ろから呆れた声で言った。


「あ、ごめんごめん。つい・・あまりにも嬉しくて、嬉しくて」


ミライヤがローズを解放すると、リンカとファリズも笑った。


「エフェルガン、良かったな」

「はい、おかげさまで・・大変感謝する」


ジャタユがエフェルガンに言うとエフェルガンが嬉しそうに答えた。


「まぁ、良かった。今夜はゆっくりと休みなさい」


ファリズはローズの頭をぽんぽんと叩いて、笑った。


「ありがとう、兄さん」


ファリズが笑って、部屋の外に出て行った。


「リンカ」

「何?」

「みゃ」

「みゃ」


ローズが言うと、リンカは笑って、かわいくない猫の鳴き声をした。


「今日はゆっくりと休んで。まだ無理してはダメよ」

「うん」


リンカも微笑んでから外に出て行った。


「俺たちもあまりこの二人の邪魔しちゃダメだね、ミライヤ」

「そうね」

「じゃ、ゆっくりしていて、エフェルガン。また明日。お休み」


ジャタユはミライヤの背中に手を回して、自分に寄せながら、エフェルガンに言った。


「はい、ありがとうございます。お休みなさい」

「お休みなさい」


エフェルガンが答えると、ジャタユとミライヤが笑顔で部屋を出て行った。


エフェルガンは再び食事の台を彼女の前に運んだ。中断された食事を再び開始された。シンプルな料理だけど、美味しく感じる。そして最後に回復薬を飲んだ。やはり苦い・・しかも甘い物がない。ガレー・・あなたが恋しいよ、とローズは涙ながら薬をゴックンと呑み込んだ。


「苦い・・」


ローズが舌を出して言うと、医療師が何も言わず苦笑いした。ハティと外で待機した使用人が食器を片づけて、部屋を出て行った。


「今は夜なんだ・・」


ローズが言うと、エフェルガンはうなずいた。


「夜中だよ」

「そうか・・だから皆が寝間着で来たんだね」

「そうだね」


エフェルガンはローズの隣に座って、手を回し、ぎゅっと自分に寄せた。


「ローズは二週間も寝ていたよ」

「二週間・・?」

「うなされたり、泣いたり、笑ったり、忙しい寝顔だったよ」

「そ、そう?」

「ああ、たくさん夢を見ているようで、邪魔しないことにした」

「ありがとう」


エフェルガンはローズの頭をなでながら、またあの歌を歌い始めた。


「きれいな歌だった」


ローズの言葉を聞いて、エフェルガンは微笑んだ。


「僕は海龍神殿を探したとき、ローズが歌ったこの歌を聞いた瞬間、とても嬉しかった。近くにいるということだな、と」

「なんで?私以外の人がこの歌を歌ったかもしれない」

「ありえない」

「ん?」

「この歌は僕がローズのために作った歌だ。ローズの前にしか歌わなかったから、この歌を知る人はローズ以外に誰もいない」

「そうなんだ」

「だからローズが僕の歌を歌ってくれた時、とても嬉しかった。通じたんだな・・、僕の気持ちが」

「意味があまりよく分からない言葉もいっぱいあるけど・・民族の言葉?」

「そうだね、地方の言葉だ。スズヤマ家が支配している領土の言葉なんだ」

「スズヤマ家が支配している領土?」

「そうだ。スズヤマ地方と言って、首都スズヤマがある地域だ」

「首都の名前はスズヤマなんだ。初めて知った」

「普段首都だけだと呼ばれているからね」

「うん」


エフェルガンがうなずいた。


「今までその首都は国の管轄だと思った?」

「うん」

「実は違うんだ。でも重なるとそうなるんだね。今の領主は父上なんだけどね」

「皇帝陛下は領主?」

「そうだ」

「そうだったんだ」

「僕はヒスイ城周辺が好きなんで、ずっとそこにいて住んでいた。父上はスズヤマ地方の北部周辺にあるヒスイ村など、僕に任せている。政治の絡みがないから僕にとって気が楽だ」

「そうですね。私もヒスイ城が好きです」

「工事が終わったら帰ろう」

「うん」

「フォレット達は今もうタマラへ移動したんだ。僕達がしばらくの外遊をして、国内の旅も少ししてから、タマラへ入る」

「うん」


ローズがうなずいた。タマラか、と彼女が少しため息ついた。


「もう大丈夫だよ。ガレー達がすべて整えてくれるから」

「整える・・?」

「ローズを狙っている貴族の掃除はガレーに任せている」

「・・・」

「だから僕たちがスズキノヤマに戻るとき、そのような輩は掃除されたのだろう」


掃除・・。暗部に掃除を任せているということは、暗殺という意味も含まれている。ガレーは皇帝の配下だから、当然その命令はエフェルガンからではなく、主である皇帝が命令を下したのでしょう。


「タマラでの仕事は大体ヒスイ城の工事が終わるぐらいまでだと父上から連絡を受けた。今新しい領主も検討しているところだ」

「そんなに時間がかかるんだ」

「かなりかかる。大掛かりな工事をしているからだ。さすがに数百年前の建物だから、あちらこちらで壊れている部分も多かった」

「そうか」


しかし、それ以上に、彼女が破壊した建物の方が致命的だったのでしょう、とローズは分かっている。


「ちゃんと寝室にお風呂も作ってやるから、楽しみにしていて」

「うん」


ローズはエフェルガンの心臓の音を聞きながらエフェルガンの手を触った。ごつごつと剣でできたまめがある手だ。たくさん苦労した手だ、と。


「エフェルガン、エグバドールとソマールはどうなった?」


ローズが聞くと、エフェルガンは彼女の小さな指と遊び始めた。


「もう話が付いたよ」

「付いたって?」

「エグバドールの北側はドイパ国がもらった。王妃は隠居して、田舎でゆっくりと暮らしてもらう。また王家を継ぐために、ソマール王に汚されていなかった一番下の姫君は皇帝と婚姻を結ぶことになった。子が生まれたら、その子は次期エグバドール王となる」

「子どもが生まれなかったら?」

「エグバドールはそのままスズキノヤマの一部となる」

「それは大変だ」

「理由はどうであって、モルグの攻撃拠点になった事実は変わらない。スズキノヤマにとって、エグバドールが戦争を持ちかけて攻撃して、大使も殺したので、このぐらいは優しい方だ」


エフェルガンは隠さず言った。


「ソマールはどうなった?」

「ソマールはそのままスズキノヤマの一部になった。南半球の国々にとって敵であるモルグと友好結んだこと時点で、近隣国に対する裏切り行為だ。まぁ、その友好国であるモルグに滅ぼされてしまったなんて・・なんとも言えない間抜けな国王だった」

「ほとんど滅んでしまったの?」

「ああ、きれいさっぱり。王家が一人も残っていなかった」

「そうだったんだ・・。その辺りに住んでいたモルグ人種はどうなった?」

「ジャタユ王子の圧力で、人道的な理由で皇帝は彼らの安否を保証している。でも彼らは別な島で暮らしてもらい、監視対象になる。本島に渡ってはいけないが、農業や漁業など普通の暮らしなら問題なくできる」

「そうなんだ」


ローズがうなずいた。


「あと何かまだ知りたいことがある?」

「うん。謀叛したゲメラの妻子はどうなった?」

「ゲメラの妻は処刑された。子どもは病死とされた」

「された?」

「まだ小さい子だったから、暗部に任せた、と陛下は言った」

「なら無事でいるんでしょう」

「分からん。僕たちは気にすることではないんだ。上が決めたことだから」

「うん」


エフェルガンはローズの手をなでながら指を遊んでいる。


「ローズ」

「ん?」

「この二週間、ずっと考えていたんだ」

「何を?」

「なぜ海龍様がローズの言葉に怒ってしまったかって」

「言葉?」

「僕の子・・子孫のこと」

「うーん、ただの嫉妬なんだと思うけど」

「違うんだ」

「違う?」


ローズがエフェルガンを見て、首を傾げた。


「神は食事もせず、異性と交わらない神聖な存在だよね。どうやってこの世界の生きものを作った?」

「歌と踊りで」

「そうだね。神だから、そういう存在だからできるんだ」

「うん」

「でもローズは違う。肉体を持っている」

「うん」

「人は子孫を作るには異性と交わらなければならない・・。そのために欲望がある・・性欲だ」

「うん」

「神の娘であるローズは元から女神で、肉体を持たない存在だった。しかし今のローズは人の姿をして、肉体を持っている・・当然欲望も持っている」

「欲望」

「食欲・・勉強する欲・・そして性欲もね」

「う、うん」


ローズの顔が赤くなって、うなずいた。


「性欲を持つ神はもう神ではなくなった。人だ」

「そうか」

「だから海龍が悲しんでこの肉体を破壊しようとして、元のローズに戻したいと思ったのだろう。彼が知っていた数億年前のローズの姿に戻したかった」

海龍(ロア)なりの愛情か」


ローズがそう言うと、エフェルガンはうなずいた。


「そうだ。だからきっと、海龍様は悲しみから癒えていなかった。僕はせっかく戻ってきたローズをものにしたからだ」

海龍(ロア)・・」

「龍達があんなにローズを愛しく思ってくれたことに嬉しいが・・なぜか僕が嫉妬してしまう」

「父上達だよ?」

「そうだな。ただ別の存在に見える」

「神だから・・?」

「そうだな・・」


エフェルガンはうなずいた。


「人は欲望に満ちる生きものだけど、愛に溢れる生きものでもある」

「覚えているんだ」

「うん、すべて・・この数日間の出来事も全部」

「良かった」


エフェルガンは灯りを消した、そしてローズを寝台に寝かした。彼は優しく口づけした。


「覚えているか?パララのアカディア神殿でローズがためらって体を清めるために、服を脱ぐか脱がないかって」

「うん」

「その時灯りを消したから服を脱いだよね」

「う、うん」

「当時のローズは、ローズであって、ローズでなかったから、僕のことなど忘れていたのだろう」

「たぶん・・」


エフェルガンは再び口づけした。そして彼女の寝間着の帯を解き始めた。


「僕は暗闇の中でも鮮明に見えるんだ。だから暗闇で服脱いでいたって、僕にとって、灯りがついている状態と変わらない」

「あ・・」


ローズは目を閉じた。薬の影響で少し眠たくなってきたけれど、エフェルガンの荒い呼吸に合わせて、熱い夜を過ごした。





翌日。


ローズがかなり寝坊してしまったけれど、ほかの彼らもゆっくりと午前中を過ごしていた。遅い朝餉を食べた後、ミライヤとリンカは買い物に誘った。当然エフェルガンも付いていく。ファリズは鳥たちと留守番すると言った。ドイパ国の鳥に興味があるから、ジャタユは特別にファリズに一日軍用大型ワシの育成所の見学を許可した。


しかし、そうなると、ファリズの体に別の鳥の匂いがするから、帰ってきたらまたポポに突かれてしまうのでしょう、とローズは思った。


狼の「犬」も一緒に行ってくれることになった。あまりにも優秀でこの短期間でほぼすべての調教レッスンがクリアしたそうだ。


「アッシュ!」


ローズは「犬」をみて新しい名前を付けた。


「アッシュ?」


エフェルガンは狼の頭をなでた。


「うん、灰または灰色という意味なんだ」

「そのままじゃ・・」

「うん。でもこの世界の言葉じゃないのだから、新鮮でしょう?」


ローズは笑いながら言った。


「そうだな」

「それに格好いい!」

「アッシュか。良いね。じゃ、君はこれからアッシュだな。よろしくな、アッシュ!」


エフェルガンは笑いながらアッシュを見ている。


「ワン!」


アッシュは尻尾を振って嬉しそうに吠えた。うっすらと青いオーラを帯びている犬なんて普通はいないでしょう。とても特殊な犬であることを一目でも分かる。


アッシュは犬というけれど、狼も犬科だから良しとする、とローズは思った。アッシュはとても凛々しくて格好良い。額にある海龍の紋章は格別な存在を表している。


ローズは馬車でゆっくりと町まで出て、数々の店に入った。水着もボールも釣り竿も本も帽子も、サンダルも、服までかなり買い物した。ここに来た時に、あまり荷物を持っていかなかったのに、帰るときの荷物を思うと大変なことになりそうだ。輸送で送ってもらおう。


昼餉はジャタユのおすすめの料理屋で食事してから、ローズたちはそのまま港へ向かった。第二王子の紋章がある船に乗って、懐かしく感じる。ローズはこの船を柳と一緒に乗った。その記憶が頭に浮かんだ。柳と初めてともに大きなたこを倒したことも含めてすべて思い出してしまった。


「船が好きか?」


エフェルガンは突然ローズのそばに来て訊いた。


「うん」

「好きならパララにも船一隻を置くか」

「高いでしょう?」

「大丈夫だ」

「でも使い道があまりないと無駄遣いになるよ」

「タマラで使えるようにしよう。近いからだ」

「なら良いけど」


ローズが海を見つめている。心のどこかで柳を思ってしまった。


「柳を思い出したのか?」


エフェルガンはいきなり柳のことを訊いた。ローズはどう答えるか、迷ってしまう。


「・・うん」

「ジャタユとミライヤからすべて聞いたよ」

「ごめんなさい」

「ちょっと嫉妬してしまったけど・・過去のことだから、良い思い出として心に置けば良いと思う」

「うん、そうする。ありがとう」

「今のローズは僕のものだ。ローズの隣に僕がいる」

「うん」

「ローズの心にも僕がいるように、頑張るからな」

「あなたはもうすでに私の心にいる。私の心はあなたのものです」

「それを聞いて安心した。ありがとう」


エフェルガンはローズの肩に手をかけた。体が大きな夫で、力強くローズのそばにいる。


しばらくの船旅を楽しんだあと、ジャタユの個人所有島へ到着した。懐かしい。白い砂浜に、きれいなビーチだ。リンカが嬉しそうに大きなボールをもって走って行った。エフェルガンはローズを抱きかかえて船から下りた。使用人達が急いでベンチやテーブルの設定をして、夕餉の食事の準備をしている。焼き魚だ、とジャタユは笑いながら言った。


ローズをベンチに休ませて、エフェルガンも着替えて、近くに座っている。本当にきれいな海だ。


「もうすぐ日が沈む」

「絵の道具を持って行けば、この美しい風景を描くことができるのにな」

「うん。残念」


二人の会話を聞いて、ジャタユは近くに座った。


「また今度ここに来ると良いよ。近いから、休暇して、ゆっくりと過ごせば良いぜ」


ジャタユが言うと、エフェルガンは笑った。


「ジャタユも、いつでもスズキノヤマへ来て下さい。パララの屋敷かヒスイ城もあるし、あと温泉も良いですよ。山の上にあってとても落ち着いた場所だ」

「そのうちぶらりと行くよ。ミライヤも温泉が好きさ」

「二人はもう・・?」


エフェルガンが言おうとしたが、止めた。


「君たちを見習って、(おおやけ)にしないという条件でミライヤが俺の求婚を受けてくれた。書類上、もう俺の妃だ」


ジャタユが嬉しそうに言った。


「おめでとうございます」

「ありがとう」


二人が揃っていうと、ジャタユが嬉しそうに答えた。


「リンカはどこで寝るの?」


ローズが聞くと、ジャタユは周囲をみている。


「俺たちと同じ屋敷にしようと思ったけど断られた。以前ローズが泊まった海岸の近くにある離れの部屋にするかなと思ったが、女人一人じゃ不安だけどな」

「リンカは大丈夫なんだけど」

「リンカに好きな男がいるか?」

「リンカが好きかどうか分からないけど、リンカのことが好きな人ならいる」

「ほう・・?あの猫に惚れた男がいるとは」


ジャタユは笑いながら言った。


「失礼ね、リンカはとてもきれいだよ。料理も上手で、優しいし、強いし」

「ははは、確かに。でも凶暴な猫でもあるからな」

「うむ、確かに」

「その男はリンカと同じ部屋に泊まらせたらどうなる?」

「うわ・・」


さすがにこれはローズの一存で決められない。エフェルガンの護衛官であるオレファを勝手に使ってはいけないからだ。


「良いだろう。なんとか二人のために助け船を出そう」


エフェルガンはにやっと笑った。


「オレファ!」


エフェルガンは少し離れたところで待機したオレファを呼んだ。


「お呼びですか、殿下」

「ああ。この島での護衛はケルゼックとハインズとエファインに任せるから、オレファはリンカの護衛に回れ」

「はい?」


オレファは耳を疑った。


「部屋の事情で、リンカは一人でその海岸の近くにある部屋で寝なければいけないことになった。女人一人で海の近くで寝かせるわけにはいかないだろう?だからオレファは一緒にその部屋を使うと良い」

「えっ・・」


オレファはかたまっている。


「リンカ! ちょっとおいで」


ローズが呼ぶと、リンカはボールを持ちながら来た。


「何?」

「今夜の部屋なんだけど、リンカはあの海岸の近くにある離れ屋敷を使うそうです」

「ええ。聞いた」

「護衛官の部屋の事情もあるから、オレファはリンカと同じ部屋を使うことになる。大丈夫?」

「ええ。構わないよ」


リンカはあっさりと答えた。


「ということで、オレファ、荷物はあとで使用人に運ばせるから、この島にいる間、リンカの護衛官になれ」


無茶ぶりの(あるじ)に向かってオレファの顔がとても複雑になった。困ったか、恥ずかしいか、照れているか、嬉しいか、・・ごちゃ混ぜだ。


「じゃ、よろしくね、オレファ」


リンカは再びボールを持って、海岸に走っていった。


「ということだ。頑張れよ、オレファ」


エフェルガンとジャタユはにやっと笑った。オレファは頭をぽりぽりしながら持ち場に戻ると、エフェルガンはケルゼックに来るようにと合図した。ケルゼックが来て、エフェルガンはさっきのことで説明した。ケルゼックの顔ににやっと笑顔が現れた。


ローズがなんだかわくわくになってしまった。ハインズもエファインもきっと悔しがっているのでしょう。彼らは恋人が欲しくて、毎回お見合いや合コンに参加していたけれど、なかなか実らない。ローズは彼らのために、いつか良い人が現れると良いな、と心から願っている。


楽しい夕餉のあと、ローズとエフェルガンは早めに休むことになった。まだ本調子ではないから、無理してはいけないとミライヤが言った。丘の上にある離れ屋敷へ向かって歩くと、この離れ屋敷周辺の庭園の美しさが分かる。暗い夜なのに、ところどころ灯りがついていて、美しい。建物の中もとても美しく上品だ。以前泊まった海岸の近くにある離れの部屋よりも大きく、とても快適だ。南国らしい装飾品が供えられて、センスの高さを物語っている。


「とても参考になるな」

「うん」

「これはドイパらしい建物で良いですね」

「今度スズキノヤマらしい建物を造らないとな」

「パララの屋敷の庭のどこかに?」

「別の土地を考えても良いけど、島でも・・」

「山の上も良いね・・温泉地とか」

「だな・・」

「休暇の目的で利用できる場所で、ちょうど良いの位置に、そして友人や親戚を招き入れることができる場所が良いな」

「そうだな。パララはちょっと小さい。客部屋も狭い」

「これから、少しずつ考えよう」

「そうだな。僕たちがまだ始めたばかりだ。これから、二人力合わせて楽しくやろう」

「うん」


エフェルガンは微笑んでローズを抱きしめた。ローズも彼を強く抱きしめた。もう女神という立場なんて要らない、とローズは人としてこれから生きていくことを決めた。


記憶が戻って良かったと心から喜びを感じる。同時に不安もある。これからが大変だ。里の父と国の女王との対面は留学期間が終わる来年あたりにしなければいけない。その間まで、しっかりと彼を支えながらたくさん学ばなければならない。皇太子妃として、学生として、妻として、そして人として・・やるべきことが多い。


暗殺者や賞金首ハンターやモルグ王国の手の者が相変わらず彼女を狙っている。だからこれからもっと強くならなければならない。


「もう考え込むな」


エフェルガンの一言でローズの考えが中断された。


「ありのまま、互いの愛を感じよう。今の幸せを大切にしよう」


エフェルガンの言葉を聞いて、ローズはうなずいた。今は、目の前にいる幸せを感じて、目を閉じた。


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