187. 記憶(10)
ジャタユの屋敷での襲撃から数日間が経った。
あの小さな島に潜んでいた暗殺者集団や賞金首ハンター達の掃除は海龍とエフェルガン達の活躍によって、思った以上に早く終わった。やはり神が戦い相手になってしまうと、滅びる道しか残らないようだ、と誰もが思った。
エフェルガンやジャタユはそれを十分理解しているようで、海龍に関する情報を最重要機密事項になった。その場を目撃した兵士らと村人には他言無用の指示が下された。彼らも分かっている。海龍が怒ったら、島や国だけではなく、世界そのものが滅ぼされてしまうからだ。実績がある海龍だから、なおさらだ。数々の物語や神話に出ているぐらいだから、海に囲まれている島国の民として、海龍を恐れているのも自然なことだ。
ジャタユはエフェルガンとともにドイパ国の国王との会談で海龍神殿の建設の企画を急いでいる。数々の資料を中央図書室から運ばれてきて、古い文献が読めるローズとミライヤは朝から晩まで資料室で翻訳に勤めていた。その間エフェルガンとジャタユは魔法の練習をしたりしている。ちなみに犬という狼は、ただいま調教中だ。動物の調教師が毎日犬を調教している。元々野生の巨大狼だからそう簡単に人と生活できないと思ったけれど、犬は頭が良いからすぐに慣れて、色々なことができるようになった。ちなみに、好物の餌は肉だ。毎日ダルセッタと仲良く並んで肉を食べている。
ハードな翻訳の仕事が終わって、数日間が経った。いよいよローズの記憶を取り戻す時が来た。この数日間の間、毎晩エフェルガン達が知恵を絞って色々な方法を考えていた。なぜならキジャンという謎の動物がいるムンジャガン島からペルタ神殿までの距離はかなり遠い。オオワシ種族であるジャタユ達が全力で飛んでも数時間もかかるほどの距離だ。フクロウで行くとしたら二日かかるかもしれない、とエフェルガンが言った。ダルセッタで行けばすぐにできるが、ダルセッタ以外の飛ぶものはほとんど追いつけることができないため、安全を考えると、かなりリスクが高い。そのことについて彼らはいくつか議論しながら、最善策を考えている。
「緊張している?」
エフェルガンはジャタユの屋敷を出発してから、ずっと静かにしているローズに気遣って、聞いた。彼の片手はしっかりとローズの体を支えている。
「はい。少し怖いと思います」
「どうして怖い?」
「記憶が戻ったら、この数日間の記憶が消えてしまうんじゃないかなと思うと・・なんだか複雑に思って・・」
「古い文字が読める人がいなくなると大変だけど、僕は前のローズが戻って欲しい」
「うーむ」
「僕のことを忘れてしまったローズを見るたびに・・心が引き裂かれたような痛みになってしまうからだ」
「ごめんなさい」
「ローズのせいじゃないと分かってはいるが、やはり悲しい。今のローズは、ローズであって、ローズでないからだ」
「私であって、私でない・・」
「でも、僕は今のローズでも愛しているよ。ずっと記憶をなくしてしまったとしたら、ローズの里へ行き、ローズの父上にお詫びをして、罰を受ける覚悟でいる。僕は生涯ローズに人生をささげるつもりだから、何があっても、どんなことになっても、必ずローズを幸せにする」
「エフェルガン・・」
ローズはエフェルガンを見つめている。
「記憶はまた新しい記憶にすれば良いかな・・と思ったことは何度もある」
「でもそれは以前の私ではない」
「ああ、そうだな。たくさんの繋がりが切れてしまうからだ」
「繋がり・・」
「ローズがこの世界で目覚めてから得た繋がりが多い。ローズのご両親、教育係、師匠、友達、思い人、愛する人、そして僕のことも含めて・・色々な繋がりがある。ローズのために命を落としてしまった者も・・」
「命を落としてしまった・・闇龍以外にもいるの?」
ローズの言葉を聞いたエフェルガンは、その聞き慣れない言葉に首を傾げた。
「闇龍・・?」
「はい、私を守るために闇龍が死んでしまったの」
「それは初耳だ」
「闇龍は私と歌いたいと言って、仲良くしてくれたんだ。人の姿で現れて、いつも隠れて会いに来てくれた。お話を良くしてくれて、とても親密にしてくれた」
「その闇龍はなぜ死んだ?」
「雄どもに襲われてしまったの。その時、助けにきてくれたのは闇龍だったんだ。彼は私を守り、部屋に閉じこめたけど、あとから来た海龍が加勢してくれたが、雄どもの一人はどういうわけか、神殺しの武器を持って、闇龍を後ろから刺してしまったの」
「壮絶な戦いだったのだろう」
「はい。悲しんで怒った私は、この世界を捨てて、別の世界に行ってしまった。それで、海龍が怒って世界を滅ぼしたの」
「そうだったのか。古文献に出ていた話しはただの神話だと思ったが事実だったのか」
「多少・・この間翻訳した古文献には、事実が混ざっているの」
「そうか」
「海龍はあれから寝て、起きて、世界を滅ぼして、繰り返したんだ。すべて私のせいだ」
ローズがうつむいて言うと、エフェルガンは彼女をまっすぐに見つめている。
「僕は神々のことを理解するつもりだけど、やはり難しいと思うことも多々ある。ただの人である僕は、神の考えたことなんて思いつかないこともある」
「まったく違う存在だから」
「今のローズは神の記憶だから、人の考えたことが理解できないこともあるんだろう」
「少しね・・」
「人は・・、人は欲望に満ちる醜い生きものだけど・・愛に溢れる生きものでもあると理解して欲しい」
エフェルガンはローズの目を見つめながら、静かに言った。
「神々は人を愛していながら、人と深く関係を築かないことを選ぶ。人に情を持ってしまうと、滅ぼす決断になると心が揺れてしまうんだ」
「なぜ滅ぼすことにこだわるんだ?」
「定期的に、すべてを真っ新にする必要があるからだ。文明が高ければ高いほど、人は自分が神だと成り上がり、身勝手なことをする。龍神様が定めたこの世界の禁断の事柄をやぶることもする」
「禁断の事柄・・?」
「世界の管理者である龍を殺し、自分を新たな神となる。死者を復活し、生き返すこと。他人の魂の生まれ変わる輪を阻み、自分の利益にすること・・まだいくつかあるけれど、禁句なのであなたには言えない。ごめんなさい」
「なるほど。分かった。すると、闇龍様が殺されたことによって、海龍様が世界を滅ぼした決断は理解できる。他の龍が文句を言っても、龍神様の方針に沿ってのことだから、問題がなかった」
「はい」
ローズはうなずいた。
「また人の文明の高さをみて、滅びを適度に与えたら、人々は以前の生活に戻るために、再びやり直さなければならない。それが時間がかかることだ」
「そうですね」
「神々はいったい何を望んでこの世界を作ったんだ?」
「安らぎ、そして歌」
「歌?」
「龍は歌が好きなんだ。歌で世界を作り、世界を管理して、世界を滅ぼす・・すべて歌で行うんだ」
「ぐるぐると回ることも・・」
「あれは踊りなの」
「踊り・・?」
エフェルガンは首を傾げた。
「この世界を作る前に龍神様は宇宙で一人で彷徨い、一人で舞い、一人で歌った。それはある日、とても寂しく感じてしまった。龍神様は力を集めて、この世界を作ったが、体が大きかったから入れなかったため小さくして数体に分けたんだ」
「ああ、それなら聖龍様が見せてくれた。パララ神殿でこの世界の誕生をね」
「はい。龍達は色々な生きものを作って賑やかな世界にしようとしたが、雄ばかりで、増えるどころか、減っていく方向に向かった。そこで雌と作る必要がある。龍たちの願いを込めた踊りで私が誕生したのです」
「龍達の娘・・これも聖龍様が見せてくれた」
エフェルガンはうなずいた。
「私は龍達とともに歌い、踊り、生きものを作り、世界を賑やかにするのが仕事でした」
「あの日までか」
「はい。海龍と喧嘩して、自分の神殿に閉じこもらなければ、闇龍が死なずに済んだ。闇龍が死んだことによって、龍達が悲しみに落ちて、そのトドメに私がどこかに消えてしまったことで、海龍がとても悲しんでしまった」
ローズはうつむきながら言った。すべて、自分が悪い、と。
「もう昔のことなんだから、そこまで深く考えなくても良いと思うが・・」
「まだつい最近という感覚なんです」
「もう数億年前の話しだ。今のローズは最近の5年間の記憶の方が大切だと思う」
「そうですね」
エフェルガンの言う通りかもしれない、とローズは思った。この5年間得た記憶が今のローズにとってとても大事なことだ。
「ローズ」
「はい」
「僕は毎日ローズとともに歌いたい・・ともに踊りたい」
「はい」
「僕は、心からローズを愛しているんだ」
「はい」
「それだけは分かって欲しい」
「はい」
エフェルガンはぎゅっとローズを自分に寄せた。
「元のローズに戻って、笑顔いっぱいの毎日を過ごしたい。ローズの笑い声が聞きたい・・ローズの素直な顔がみたい・・」
「はい」
「だから、必ずローズの記憶を取り戻す」
「はい」
エフェルガンはそれ以上何も言わなかった。しかし、ローズは分かる。彼は心の中で泣いている。彼の波動がとても正直だからだ。
「もうすぐペルタ神殿だ!」
ミライヤを乗せたジャタユが近くに来た。ペルタはジャタユの屋敷から四時間ぐらいかかる距離だった。移動速度が遅いポポはジャタユの屋敷にお留守番中になった。ファリズはジャタユの配下とともに移動することになった。
ペルタ神殿は海のど真ん中にある小さな無人島にある。いつから建てられていたか、知る人がいない、謎の神殿である、と昨夜ジャタユがローズたちに言った。その神殿には空中に向かう階段と魔法陣があり、飛龍の加護を持っている人や司祭のみその魔法陣を乗ることができるという。
ペルタの島が見えた。本当に海に囲まれてぽっつんとある小さな島だ。ローズ達はその島へ向かって降下した。ダルセッタはすーときれいに旋回して止まる場所を定めた。
降りると、リンカは持って来た弁当を全員に配った。早めに昼餉をしてから、聖水を汲むのだ。でないと時間が経ちすぎて、効果が消えてしまう。一時間以内に、キジャンという謎の動物の魔眼をペルタの聖水で溶かさなければならない。誰も見たことがないキジャンとは、どんな動物なのも分からない。
食事が終わって、エフェルガンは気持ちを落ち着かせてから、一人で魔法陣に向かって歩いた。すると、魔法陣が発動して、エフェルガンは空中に浮いている神殿へ飛ばされた。
「エフェルガン、大丈夫?」
ローズはエフェルガンと交信して、聞いた。
(ああ、大丈夫だ。今神殿に入るところだ)
エフェルガンは返事した。
(汲み終わった。今からそちらへ戻る)
エフェルガンが言うと、ファリズは構えて術を唱え始めた。すると何らかの輪っかのような空間が現れた。あの時と同じだ。パララへ向かった時にファリズが一瞬で移動ができる魔法を唱えてくれたおかげで移動時間が短縮できた。
エフェルガンは急いでダルセッタの背中に乗って、急いでファリズがあけた空間へ突入した。空間の中に移動すると、そこは見たことがない島だ。山々に囲まれているが、誰もいない・・何もない。生きもの一つも見えていない。木々も草も・・ない。本当にここにその動物がいるのか?
エフェルガンはローズに瓶を託した。そして、飛龍からもらった縄を手にして、集中した。ミライヤやリンカが動き出した。何らかの呪文を唱え周囲を見渡す。エフェルガンも、ミライヤも、リンカも、全員第三の目を発動している。ジャタユはローズの隣に座って、状況を見守ることにした。まともに魔法ができない彼はここに来ても何の役にも立たない、と苦笑いながら言った。ファリズは干し肉を口にくわえながら鳥たちの近くに座る。ダルセッタがその肉をねだって、ファリズはポケットから一切れを取り、ダルセッタに与えた。本当に、優しい人だ、とローズは思った。
時間が流れて、まだキジャンという動物が現れない。確かに何か気配がするけれど、目に見えない。そして風のような素早く動きをして、エフェルガン達がかなり苦戦している。
「もうそろそろ一時間か・・」
ジャタユが呟いた。
「分かるの?」
「計算しているからだ。俺はこの捕獲に役立たずだから、時の計算ぐらいすれば、助けになるのだろう」
「ありがとう」
ローズがいうと、ジャタユは微笑んだ。
「身内だから心配するな」
「身内・・」
「そうだな、身内だ」
それ以上彼は多く語らない。エフェルガン達を気にしているか彼は黙って山々を見つめている。
「捕まえた!」
エフェルガンの声が聞こえた。リンカはエフェルガンの位置へ素早く駆けつけて行った。
ローズはエフェルガンの目を借りてキジャンの姿を見たが、それはとても奇妙な生きものだった。鹿のような生きもので、角が三本ある。目も三つある。その真ん中の目は魔眼だ、とミライヤは言った。早速鹿を殺し、魔眼を取り出したリンカ達である。エフェルガンはそれを持って、ローズの所に来て、その魔眼を瓶に入れた。しかし、何も起こらなかった。どうやら、時間が一時間を越えてしまったのだ。聖水も魔眼もすべてダメになってしまったから、やり直しことになる。
「先に魔眼を取ってから、急いでペルタ神殿に行けば良い」
ファリズが言うと、エフェルガンはうなずいた。かなり疲れているようだ。死んだキジャンは食べられるかどうか分からないから、ファリズの判断に任せることになった。野生で生きてきた彼は食べられるものをすぐに分かるからだ。
「この島は次元がごちゃまぜだわ」
ミライヤは白湯を飲みながらジャタユの隣に座った。
「ごちゃまぜって?」
ジャタユが聞くと、ミライヤはまた白湯を飲んだ。
「言葉通り、別の場所と繋がっている。どこか分からないが。そこに行ったり来たりできるのはそのキジャンという生きものだ。飛龍様がくれた縄を触れると体が現れて捕まえることができるけど、そこまでは難しい。なかなかいないし・・」
「かなり厳しいな」
「ええ。やはり先に魔眼を手に入れてから聖水を汲むべきだわ」
「そうだな。魔眼を手に入れたら、またペルタへ行こう」
「ええ、そうするわ」
ミライヤはコップをジャタユに渡して、再び立ち上がってきた。
「エフェルガン、リンカ! もう一回やるよ!」
ミライヤは二人に呼びかけて、再び構えた。また呪文を唱えて、広い範囲でキジャンの存在を探し出す。そしてしばらく彼らは集中してから、動き出した。
かなり走り回ったにもかかわらず、結局遅くまでキジャンを捕まえることができない。日が暗くなってしまい、今夜はここに野宿することにするとジャタユが言った。念のために持ってきた食料で、リンカはそれを調理した。ちなみにキジャンの肉は、ダルセッタが全部食べてしまった。
シンプルな夕餉を食べたあと、ミライヤが少し休憩すると言った。かなりの魔力と体力を使ったそうで、リンカも疲れて寝てしまった。
エフェルガンは何も言わないで、ローズの隣に座って、肩に手をかけた。自分の翼でローズを覆い、無言で山を見つめている。
「僕はこれから一人でキジャンを探しに行く」
エフェルガンは小さな声で言った。
「危ないじゃ・・」
「大丈夫だ」
「疲れていないの?」
「疲れているよ。とても・・」
「少し休んだ方が良いよ」
「キジャンは夜になると動きが鈍くなるかもしれない。それをかけてみようと思っている」
「でも・・危ないよ」
「こつが分かってきた。ローズはハインズ達と一緒にいて、寝ているミライヤとリンカを邪魔しないようにしてね」
「でも・・」
「大丈夫だ。僕は頑張るから・・ローズは女神らしく、祈って。キジャンがたくさん現れるように、と」
エフェルガンは微笑みながら言った。祈るか・・キジャンに効果があるのか、とローズは考え込んだ。
「ハインズ、ローズを頼む」
エフェルガンは近くに立っているハインズに声をかけた。
「はっ!」
ハインズはうなずいて、エファインとともにローズの近くに来た。
「ケルゼック、オレファ、行くぞ」
エフェルガンが指示すると、彼の護衛官達が近づいて、ともに暗闇の中に入った。
エフェルガンが言ったような、女神らしく祈るってどんなことかなと考え込んでしまった。ローズにとって、祈るとは歌しかない。願いを込めて歌にすれば良いのかと迷っている。色々な生きものを龍達とともに作った記憶があるけれど、キジャンほいほいはしたことがない。しかし、試さないと分からないからまず歌ってみることにした。
ローズは歌い始めた。歌うと、なんだか心が落ち着いてきた、と彼女は思った。頭の中にあのキジャンの姿を思い出して、想像してみる。段々と気持ちが良くなり、体全体が光り出した。けれど、なぜか歌をやめたくない。目を閉じて、たくさんのキジャンを想像して、歌う。そして気づいたらローズは空を飛んでいて、歌とともに踊りし始めた。なぜ踊るか分からないけれど、体が勝手に動き出している。ハインズとエファインは自分の翼を羽ばたき、彼女の近くまで来たけれど、無言だ。ローズも気にせず歌って、キジャンをたくさん来て欲しいと願っている。すると、空に大きな龍が現れてきた。
飛龍だ。
飛龍はぐるぐるとローズの回りにきて、リズムに合わせてともに踊っている。とても嬉しく思って、思わず笑顔がこぼれてしまう。
『愛しい~愛しい飛龍~』
『愛しい~愛しい娘~』
『ともに歌う~ともに踊る~』
飛龍がぐるぐるとローズの回りに飛んできて、巻き付いた。いにしえからの歌を歌い、ともに時を過ごす喜びを表している。
『キジャンよ~キジャンよ~現れ~現れ~』
ローズがそう歌い出すと、飛龍はぐるぐると回っている。
『現れ~現れ~』
飛龍の声が聞こえている。
すると、島全体が光り出している。ところどころと、不思議な光が現れた。ローズは上から下へ見ると、今まで見えなかった自然がきれいに見ることができた。木々も草も花も・・そしてキジャンも・・、目眼でそのまま見えるキジャンの姿がたくさんいる。しばらくして下で騒がしい物音がした。
「捕まえた!」
エフェルガンの声でリンカ達が起きていたか、駆けつけて行った。
『飛龍~キジャンが捕まえたようだ~』
『もう行くのかい?』
『はい~』
『また歌おう』
『はい、また歌いたい~愛しい飛龍と歌いたい~』
『愛しい娘とまた歌いたい~』
『ありがとう、飛龍~』
ローズはその大きな龍を抱きしめた。
『その鳥の子の所へ行くが良い』
『はい』
『愛しい~愛しい娘~』
『愛しい~愛しい飛龍~』
飛龍はまたぐるっとローズの体を巻き付いて、まぶしい光とともに消えた。島全体の光も消えて、再び何もない島へ戻った。
「ローズ様、殿下のもとへ帰りましょう」
ハインズが手を伸ばして、ローズに戻るようにと誘ってくれた。ローズはハインズの手を取って、微笑んだ。
「意味が分からないが、きれいな歌でしたよ。今度俺にもその歌を教えて下さい」
「ハインズも歌う?」
「殿下が構わなければ、ともに歌いたいですね」
「はい」
ハインズはローズの体を支えながら、降りてきて、エフェルガンが待っている場所へ向かった。
「おかえり、ローズ。ちゃんと取ってきたよ」
「はい」
「じゃ、これからペルタへ行こう。瓶は持っている?」
「はい、ここに」
ローズは自分の腰に付けた空き瓶を見せた。エフェルガンは微笑んで、ローズの体を支えてダルセッタの背中に乗った。
「ペルタへ行くぞ!」
ファリズの声が聞こえた。またその魔法が現れて、ダルセッタはその中に突っ込んでいった。一瞬でペルタへ到着した。
ペルタに到着すると、急いで瓶を持って再び神殿に入って、聖水を汲みに行った。しばらくして戻ったら、リンカが持っている魔眼をその瓶の中に入れた。そして不思議なことにとてもキラキラと光っている。
「これを飲むの?」
ローズが戸惑いながら、瓶をエフェルガンから受け取った。
「飲んでくれ」
「この数日間・・忘れてしまうかもしれない・・歌も文字も・・」
「歌は・・歌はまた神殿関係者に聞けば良い。文字はミライヤに聞けば良い」
「はい」
「元のローズに戻ってくれ・・僕たちのために・・頼む」
エフェルガンはローズの目線に会わせてしゃがんでお願いした。彼のオレンジ色の瞳が希望に満ちている。
「はい」
ローズは目を閉じて、その瓶の中身を飲み込んだ。すべての海龍の毒が消えるように・・記憶が戻るようにと願いながら飲み込んだ。味が分からない。けれども、飲んだ瞬間、すべてがとても明るく、まぶしく感じる。その暖かい光の中に吸い込まれるような感覚になり、ローズはエフェルガンに身を任せた。
すべてが見えている・・今までのことが・・はっきりと見えている。電車を待っていた自分と、その隣にカバンを置いて去った男性がいて・・そして転がる自分がいた。ゆらゆらと飛んできた気分になって、どこかへ彷徨った。しばらくすると、大きな人が自分を捕まえて、愛しそうに頭をなでて・・。
「薔薇・・そなたは薔薇・ダルゴダスだ。わしの娘だ」




