184. 記憶(7)
空中でダルセッタと雷鳥が喧嘩している間、エフェルガンは武器を抜いて雷鳥の背中に飛び込んだ。護衛官の二人は注意深く彼らの周囲で飛んでいて、加勢するタイミングを伺っている。
「オオオオオオオオオオオオオオオオ!」
エフェルガンは大きな声を叫びながら雷鳥の首を刺して、そしてその剣を抜いて、後ろから全力の一振りで雷鳥の首を刎ねた。胴体と首がバラバラに落ちて、複数の家が下敷きになったけれど、住民がもうすでに避難したためこれ以上の怪我人がいなさそうだ。
「ローズ、来い!早く海龍様を追わないと、世界が滅びる!」
エフェルガンはダルセッタの背中に乗って、急いでローズがいたところに向かい、手を伸ばした。
「はい!」
ローズは急いでエフェルガンの手をつかんで、ダルセッタの背中に乗った。
「ハインズとエファインも来い!」
エフェルガンに指示されたハインズとエファインも急いで走って、自分たちのフクロウに乗って、ローズたちの後ろを追った。世界が滅ぶって、大げさすぎる、とローズは思った。けれど、エフェルガンの目が真剣だ。
「いた! あそこだ。巨大狼の上に座っている」
ローズが岩の上に立っている大きな狼に示すと、エフェルガンは狼がいる岩へ向かった。途中、ジャタユが駆けつけてきた。
「エフェルガン、あれは誰だ?あの巨大狼に乗っている御仁は知り合いか?」
ジャタユはエフェルガンに訊いた。
「あれは海龍様のご本人だ」
「なんだと?!」
エフェルガンの答えに驚きを隠せないジャタユだった。彼は一度も海龍の人の姿をみたことがないから、興味津々だ。
「海龍様!」
エフェルガンはダルセッタを狼の隣に飛ばせた。狼はダルセッタに気にしているが、海龍は手をぽんぽんと狼の頭に叩くだけでおとなしくなった。ジャタユはエフェルガンの隣に飛んでいる。
「なんだ? 鳥の子よ」
海龍は機嫌悪そうに海岸を見つめている。
「もう、ここも私にお任せ下さい」
エフェルガンは心配した眼差しで海龍に言った。
「やだね~我は娘を殺そうとした者を許さない~」
「私も許しません。許しませんが、私たちが探し出すから、お任せ下さい」
「さっきからずっと探していたのではないか~見つかったか~?」
エフェルガンは首を振った。
「残念ながら、まだアジットの入口が見つかっていません」
「ほら~そなたがもたもたしていたから、我が娘がまた襲われてしまったのではないか~」
「申し訳ありません。ですが、ここの島にある洞窟が繋がっていて、現場を熟知した奴らが逃げ回っているのです」
「ふん!だから我は手伝おうと思った~」
「大丈夫です。我々がやりますので、海龍様は我々を見守って下さい」
「もう我慢できない~」
出た、わがままな海龍だ、とローズは苦笑いした。
「海龍~」
ローズが呼んだら、海龍は微笑んで手を伸ばした。
「おいで~ローズ」
ローズはエフェルガンの顔を見て確認する。エフェルガンはうなずいた。
「は~い」
海龍はローズの手を取って、つかんで、狼の上に乗せた。
「この犬、毛がふっさふっさ~」
「ふっさふっさ~」
ローズが言うと海龍も嬉しそうに答えた。
「ねぇ、海龍~」
「何~?」
「悪人捜しはエフェルガンに任せたら?」
「そなたまでその事をいう~」
「だって彼らの数の方が多いから、見つけやすいと思うわ」
「でも遅い~」
「仕方がないんだよ。だって慣れていないから、この地形を」
「ふ~ん」
海龍は周囲を見渡した。
「要するに、あの雄どもを洞窟から追い出せば良いということねぇ~」
海龍は狼を高い所へ走らせた。ローズは落ちないように狼の頭の毛をしっかりとにぎった。エフェルガン達は心配そうな目で見ている。
「海龍様、何をなさるおつもりですか?」
ジャタユは焦った顔で狼の近くまで飛んできた。
「掃除~」
海龍の返事に、ジャタユの顔が青くなってしまった。それを見た海龍は笑った。
「滅ぼさないから大丈夫だよ~」
「ですが・・」
「ローズの鳥の子より少し大きい鳥の子よ。そなたは心配性だな~」
「国を背負っている私が心配するのは当然ですが・・」
「国か~龍神も国を作った。我は国という狭いものになんて興味がない~ローズさえいれば十分だ~」
「ですから・・」
「まぁ~見ておくが良い!これはほんの一粒の海龍の力だ~」
海龍が笑って手を海にかざすと、さっきまで穏やかな海はいきなり高波になり、見る見るうちに波が海岸に押し寄せてくる。
「住民の避難を!」
ジャタユは近くにいる兵士に指示を出した。指示を受けた兵士が慌ただしく避難命令を村の方に伝えに行った。
「波よ~洞窟の中にいる雄どもをすべて追い出せ!」
海龍は巧みに波を洞窟の入口に寄せて洞窟の中に水で溢れさせた。波が退くと数々の賞金首ハンターと暗殺者らしきもの達が出ている。彼らは一所懸命波から逃れようとして自分たちの翼で空を飛んでいく。
「ほい~鳥の子たちよ~任せた~」
海龍がそういうと、エフェルガン達はうなずいて、戦闘準備をした。波にさらわれて出てきた者の数がかなり多い。いったいどのぐらいいるのか、とローズは彼らを見てびっくりした。
エフェルガンは剣を抜いて、敵を攻撃しに行った。ジャタユと兵士らも戦いに出て激しい斬り合いが起きている。
ハインズとエファインは狼の近くにフクロウを止めて、ローズを監視しながら周囲を見回っている。
「そこの鳥の子達~」
海龍はハインズとエファインに指さした。
「はい!」
ハインズが返事すると、海龍はこちらに来るようにと手で合図した。二人がローズがいる狼の上に行くと、海龍は狼にぽんぽんとして何を命令した。
「しばらくこの犬の上にいて、ローズを護衛せよ~」
「はっ!」
ハインズとエファインが前に出てローズが座っている狼の頭に近づいた。
「ローズ、その二人とここにいて~犬の背中にいると安心だ~」
海龍は命令した。
「海龍はどこに行くの?」
ローズが海龍に聞くと、彼は何も答えずに笑った。海龍はローズの手を取って、ハインズに渡した。
「頼んだよ~鳥の子」
「はい!」
ハインズは力強く答えた。彼はローズの体を抱えて、犬と呼ばれている巨大狼の背中に連れて行った。
「海龍!どこに行くの?」
ローズが大声で聞くと、海龍はまた笑った。
「鳥の子に戦い方を教えに行く~」
海龍は手の平から何かの光を出した。剣の形をしているが、剣ではない。光と水が混ざり、剣のような形になった。
海龍はゆっくりと敵がたくさん上がった所に歩いている。そう、彼は空中で歩いているのだ・・、とローズが信じられない様子で見つめている。青い光を纏い、とても冷たい気を放っている。
「すごい殺気だ」
ハインズはローズを犬の背中に座らせている。
海龍が歩いていることに気づいたエフェルガンは急いで海龍のそばに寄ろうとしたけれど、海龍が放った気に弾かれた。
「鳥の子よ~戦い方を教えるから、よ~く見るが良い。我の娘を守るために、我の技を身につけなさい~」
「海龍様!」
エフェルガンが大きな声で言うと、海龍は鋭い目でエフェルガンを見ている。なんか怖い、と誰もが思った。
「返事は?」
「・・・はい、お願いいたします」
「素直で良い~」
エフェルガンはおとなしく止まる。ジャタユも護衛官達も近づいてきた。敵がキョロキョロして、目の前にいた弱そうな青い髪の男に剣を向けている。
海龍は海水でできた剣を、続々と集まった敵に向けている。
「雄どもよ、我を攻撃するが良い。痛みなく滅びを与えよう」
「あたいは雄じゃねよ、このぼけ!」
海龍が言うと、一人の刺客風の女性は文句を言った。
「ほう~この時代に不良の雌がいるとは~我が娘の殻のかけらで生まれた雌が、こんなにも汚れてしまったとはねぇ~」
海龍が言うと、あの女刺客は怒り出した。武器を構えたけれど、海龍の左手の方が早い。その女刺客に指を指して、一瞬でその女刺客が蒸発そて灰になってしまった。服だけが残った。
「我は雌を相手にする気がない~殻のかけらはおとなしく元の姿に戻るが良い~」
海龍が言うと、その女刺客の仲間は一気に怒り出した。
「殺せ!殺せ!」
大きな声が聞こえて、彼らは海龍に向かって突撃するが、弾かれた。バリアーなのか?!
「鳥の子よ~これは正しい覇気の身につけ方だ~」
覇気・・。
記憶が吹っ飛んだローズでさえ、その言葉の意味を知っている。普通の覇気は敵側に広い範囲へ向けて放つものだけど、海龍の覇気はとても繊細で、そして自由自在に使える。纏うとバリアーのような感じになり、当たった敵はほとんど気を失っている。このコントロールのすごさはやはりレベルが高い神であるからか、恐ろしく感じる。
「ウオオオオオオオオオオオオオ!」
「殺せ! 殺すんだ!」
「死ねえええええええええ!」
「あいつの首を手に入れたものは長にする!」
様々な罵声とともに敵が一斉に海龍に向かって武器を振って、海龍の首を狙っている。しかし、海龍が動かずにいて、タイミングを計っているようだ。そして、凄まじい早さで敵に向かってあの水でできた剣を振り回しながら回転した。剣に当たった敵はほとんど蒸発して灰になった。
一人の敵は大きな武器を持って海龍に攻撃すると、水の剣に当たっても武器が無事だった。
「ほう~属性武器か~どれどれ~風か~」
海龍は笑いながら相手の武器を見ている。
「だが遅い~」
すると、海龍の足下に水が現れて、相手の足を捕らえた・・。
「滅びよ」
その男も一瞬で蒸発して、服や武器を残して灰になった。
「今何を・・」
ローズが呟くと、ハインズは額に汗を流しながら、海龍を見つめている。
「戦いながら、魔法を発動しつつ、覇気を調整している」
目が優秀なハインズは瞬きせず見つめている。
「すごい」
「はい・・生涯、このような戦いを見ることが、多分、これは最初で、最後だろう」
「海龍は毎回戦わないから。エフェルガンに任せると言ったし・・」
「その方が良い。毎回出てしまったら、世界が本当に滅んでしまう」
ハインズの言った通りだ、とローズはうなずいた。エファインは無言で海龍を見つめている。エフェルガン達も・・息を呑み、しっかりと見ている。
海龍は再び空中で歩いた。片手で襲ってくる敵を適当に相手にしてから、その水の剣をにぎり潰した。そして手の平の上に水玉が浮いている。攻撃をやめた海龍をみて、チャンスだと思ったのか、敵が一斉にまた攻撃する。海龍は周囲をみて、その手の平にある水の玉をにぎり潰した。
「滅びよ!」
玉が小さな水粒になり、凄まじい早さで周囲にすべての敵を貫いて蒸発させた。彼らは服装だけが残ってしまった。敵は・・一人も残らず、灰になってしまった。




