182. 記憶(5)
海龍は乗っ取ったエフェルガンの体の回りに風が渦巻いて、ローズたちの周りにばらまかれた毒と煙を吸い込んで窓の外へ出した。
彼は手を敵に向けて構えていると、一瞬で人が蒸発して灰になってしまった。なんと恐ろしい技だ。間違いなく、海龍はそれをためらいなく使うのでしょう。
「ダメ!」
ローズが飛び出て、海龍になったエフェルガンの手をつかんだ。飛ぶことを念じて、目線はロアに合わせている。
「離せ、ローズ!」
「いいえ、離しません!」
「なぜ邪魔をする?!」
「その技をここで使わさないわ!」
ローズと海龍がもみ合っている最中に、敵は後ろから襲ってくる。
「ローズ様!」
ハインズが大きな声を出して、注意した。しかしハインズもまた今襲われている。
「死ねええええ!」
一人の暗殺者が彼女に向かって後ろから剣を振り下ろす。
「邪魔をするな!」
「今取り込み中なの!邪魔しないで!」
ローズと海龍が同時に相手に向かって攻撃した。ローズの防衛用の蔓が発動して、相手を牽制したら、海龍はもう一本の手から魔法を放った。相手は一瞬で蒸発してしまった。
「だから、その技はここで使わないで!」
「なぜだ?!」
「だってここにハインズもエファインも皆がいるんだから、間違って当たっていたら死んじゃう!」
「我はそのような間抜けではない!」
「間抜けではなくても、それがこの狭い空間でやっちゃダメなの!」
「わがままな娘!」
「海龍に言われたくない!」
「だって、敵がまだたくさんいるんだろう?!」
「そうなんだけど、間違って味方に当たったら、どうするの?!」
と、その時、また敵が襲ってきた。
「死ね!」
二人が喧嘩している間に、敵が横から襲ってきている。
「うるさい!」
「黙れ!」
バーン!
海龍の攻撃でその敵も蒸発した。
「なんて言えば分かるの?!」
「だからなんだ?!」
「それがダメだって!」
「我の戦いに口を出すんでない!」
「海龍の分からず屋!」
「ローズのわがまま!」
「海龍のバカ!」
「バカとは?!」
「バカはバカだ!」
「我に向かってなんていう口の利き方だ?!」
「私があなたに似ての娘だからだ!」
「だからといって、我に向かってまたバカを言ったな!」
二人は激しく口論している。
「うおおおおお!」
また敵が後ろから切りかかってきた。
「もう邪魔をしないで!」
「滅びろ!」
頭に来たローズと海流がためらいなく敵を鞭で叩いてから、海龍はエフェルガンの剣を使って切り捨てた。
「剣を使えば良いわけ?!」
「そうよ!」
「いちいち切り捨てるのが面倒だ!」
「面倒ならエフェルガンにやらせば良いんじゃない」
「我も戦いたい!」
「なんなら普通に戦えば良いんじゃない!」
「だからさっきからローズに邪魔されてできなかっただろうが!」
「だって、その技を使うからダメなんだから!」
「その方が早い!」
「私の護衛官に当たったらどうするのよ!」
「当たらないよ。我はそなたよりも腕が良いから!」
「言ったのね?!」
「事実を言ったまでだ」
「私のことを何も知らないくせに、勝手なことを言わないで下さい」
「ローズの戦い方がへったくそなんだから」
「誰のせいですべてが忘れてしまったのか、分かってるの?!」
「我がやった。何が悪い?!」
「反省しなさいよ、バカ海龍!」
「我に向かってまたバカと言ったな!」
「ああ、言ったよ。何回も言うよ!バカバカのバカ海龍!」
「おのれぇ!」
「何を!」
二人はまた激しく喧嘩した。
「うるせぇぇぇぇ!」
また敵が大声出してかかってきたが、今度は激怒した海龍が相手の剣を手でつかんだ。そしてパッキンと潰して、粉々にした。
「あなたが黙って寝なさい!」
ローズは相手の顔に蹴ると、相手は倒れた。
「あ~!エフェルガンの素手で剣を潰さないでくださいよ。怪我したらどうする?!」
「ごちゃごちゃと言わない!」
「人の体を勝手に使わないでくださいよ!」
「この鳥の子は我の息子になったんだから、自由に使わせてもらう!」
「それが迷惑だというのよ!どうして分からないの?!」
「そんないちいちと我に口出しをするな!」
「あなたが身勝手すぎるからだ!」
「我はそなたを愛しているからだ。我の娘がそなた一人だけだから・・」
ロアは怒りを静めて、ローズを見つめている。エフェルガンの護衛官達が回りで戦闘しているけれど、なぜか近くに寄らなかった。
「我はもうそなたを失いたくない」
「私も海龍が愛しいと思っている。大切な身内で・・私にとって、とても大切な存在なの」
「この鳥の子とどちらが大切?」
「そう聞かれると困るんだけど。エフェルガンは私の夫で、私の片割れなの。どれほど大切か、すべて忘れているから、分からないけど、とても大切な人だと感じているの」
「我はこの鳥の子に嫉妬している」
「でも彼は海龍を受け入れてくれているんだから・・海龍も彼のことを大切にしないとダメだよ」
「分かった。・・悪かったよ」
「海龍のことをバカだと言って、ごめんなさい」
海龍は武器を持たない手でローズを抱きしめた。
「あのぉ・・」
ふっとみたら、一人の敵が蔓に縛られたまま近くにいて、小さな声で言った。
「おまえは邪魔をするな!」
ロアの目から光りが現れて蔓に縛られた敵が一瞬でぐったりした。
「何をしたの?」
「さぁ・・な」
「変な技を使わないでくださいよ」
「分かったよ」
「海龍がもっと自由に移動できるなら良いのに」
「我は海の者だ。陸では自由に行動できない。これは仕方がないことだ」
「分かってる。だったらエフェルガンのことももっと大切にして下さい」
「分かった。では彼に返すから、敵の全滅を彼に任せたぞ」
「はい。見守って下さい」
海龍は目を閉じて、そして再び目蓋が開くと、再びオレンジ色の瞳に戻った。
「ずいぶんと派手な親子喧嘩をしたな」
エフェルガンは苦笑いしながらローズを見つめている。周りの護衛官達が部屋の中に入り、敵の全滅にかかっている。衛兵も入り、ハインズとエファインに部屋の外へ運んで行った。
「ごめんなさい・・どうみてもあなたに向かって大声を出してしまったみたいですけどね」
「構わん。僕には経験したことがないことだ。意外と、結構面白かった」
エフェルガンは苦笑いながら言った。
「本当にごめんなさい。手は大丈夫ですか?」
「怪我はない。大丈夫だ」
「ロアが勝手なことをしてしまって・・ごめんなさい」
「もう謝らないで。それよりもローズは大丈夫か?」
「はい。でもハインズとエファインが毒に当たったかもしれない」
「二人とも無事のようだ」
「そうですか」
エフェルガンは周囲をみながら敵を確認した。部屋の中に入った者はほとんど倒されていた。外にいる敵も多分全員倒されたのでしょう。外は静かになった。
「しかし、ジャタユ王子の屋敷が滅茶苦茶になってしまった。お詫びをしなければならないな」
「はい。ごめんなさい・・面倒をかけてしまうことになった」
「もう謝らないでと言ったよ?ローズは僕の妃だから、守って当然なことだ」
「ありがとう」
しばらくしたら、リンカもファリズも外側から駆けつけてきた。帰って来たジャタユとミライヤもそのありさまをみてショックを隠せなかった。破壊された壁や窓、そして庭に転がった人の頭の数々と遺体など、恐ろしい風景になった。美しい南国風の屋敷の一部ががれきになってしまった。
「すまん、ジャタユ。僕たちがここに来たばかりで、貴殿が巻き込まれてしまった。屋敷の修復費用が僕が負担します」
エフェルガンが頭をさげて謝罪した。ジャタユはごちゃごちゃになった自分の屋敷をみて、苦笑いした。
「仕方がない。弁償も要らない。元と言えば、ローズをエフェルガン救出の作戦のために参加させた俺が悪かった。そのため彼女の正体が知られてしまって、賞金首になったわけだ」
「すべて僕のために起きた出来事だったのか・・」
エフェルガンが思わず言って、ことの重さを知った。数年前のことだと彼が思ったけれど、人々の記憶の中でことの流れがまだ鮮明だ。
「細かい報告はロッコ殿から聞いたよ。一応、この国にいた賞金首の手先は捕らえられて処刑したけど、まだいたとは・・」
「僕にも、その細かい情報を教えて下さいませんか?これからローズを守るためにも必要な情報だと思う」
「構わん。あとで連れていてあげる・・が、その前に、ローズの護衛官は無事だったか?負傷したと聞いたが・・」
ジャタユは心配そうな様子で聞いた。
「ああ、彼らは少し毒を吸い込んだだけで、もう回復した。元から体が丈夫な二人だから問題ない」
「なら良かった。今夜は別の部屋で休むが良い。奥の屋敷なら警備がしやすいと思うが、庭から遠いからローズが少し退屈するだろう」
「問題ないと思う。感謝する」
エフェルガンは頭を下げて、感謝した。
「あふあふ」
エフェルガンが窒息しそうになったローズをみて心配したけれど、ジャタユは笑った。
「ミライヤ、あんなに強く抱きしめられたら、ローズの顔がそなたの胸に埋まって、窒息するぞ。どうだ?俺がローズの代わりにやろうか?」
「あ、ごめんごめん。でも無事で良かった。ジャタユ、人の前でそのような野望を言わないの」
ジャタユは笑った。やっと解放されたローズをみて、エフェルガンの顔が安堵した顔になった。
「よりによって、このジャタユの屋敷を襲ったとはな・・ずいぶんとなめられたもんだな」
「僕の城も数百人の暗殺者と飛行船付きで攻められたな」
「ほう。その城はどうなった?」
エフェルガンは苦笑いして、ヒスイ城を思い出した。
「半壊した。今修復工事中だ」
「大変だね」
「大変だったよ。それに当時、僕が留守だった。ファリズ兄上とリンカのおかげで、なんとか被害が少なくて済んだ。でもこれでモルグは本気でローズを手に入れたがっていることが分かって、正直に言うと、怖い。だから一刻も早くローズの記憶を取り戻したい」
「記憶が戻らなければ、どうなる?」
「世界が滅びてしまうかもしれない」
「なぜ?」
「海龍が・・ローズの父上の一人が、ローズのためならためらいなく、世界を滅ぼすのだろう」
「それは避けたいな」
「同感です」
ジャタユもエフェルガンもうなずいた。やはり彼らにとって、海龍の怒りが恐ろしい。
「まぁ、今夜ゆっくりと休むと良い。明日皆の意見や提案を聞いて、方法を考えよう」
「はい。では、おやすみなさい」
エフェルガンはジャタユに頭を下げてから、ローズを抱きかかえて、護衛官達とともに案内された部屋へ向かう。
翌朝。
また寝坊してしまったローズが食堂へ行くと珍しくジャタユとエフェルガンがいる。ミライヤはファリズとリンカと出かけている、とジャタユは教えた。
「今日は暇つぶしにお礼参りに行こうか?」
朝餉を平らげたローズに向かって言った。
「ジャタユ、そんな軽々しく言っても良いのか?」
「構わん。ここはスズキノヤマと違って、はっきりとした国だ。そいつらは豪快な訪問をしてくれたんだから、御礼をきっちりと言わないとな」
「黒幕は分かったのか?」
「ばっちり!自白した奴がいてな、貴殿に倒されてからずっとうなされて泣き叫んで、終いにすべてすらすらと喋った」
あの時の暗殺者なのか、とローズは思った。海龍が目から怪しげな光をしてぐったりになってしまった奴だ。
「ほう。賞金首ハンターってそんなに口が軽いものか?」
エフェルガンはハーブティーを使用人にまた入れてもらうように頼みながら尋ねた。
「珍しいと思うけどな」
「罠じゃないんだろうか?」
「例え罠としても突っ込んで行きたい。俺が今腹が立って、腹が立って・・」
「好き合うよ。元々これは僕が原因だったから」
「良いぜ、未来の従兄弟」
ジャタユはそう言いながらハーブティーと揚げた果物を口に入れた。エフェルガンも一切れ食べた。
「もう従兄弟だけにしよう、ジャタユ。未来じゃなくても良い気がする」
「ミライヤがうんと一言を言ってくれればば、今でもそう言いたい」
「ローズも最初はそうだったな・・ずっと断り続けていた。なんとか婚姻まで辿り着いたが、まだ正式な結婚として発表されていない」
ジャタユは最後の一皿をきれいに食べたローズをみて笑った。
「今聞いても分からないな」
「できるなら求婚したころの困難の数々を忘れても良いんだが・・記憶が戻ると、また思い出してしまうんだな・・」
エフェルガンはまたハーブティーを飲んでいる。
「そこまで大変だったんだ」
「大変というレベルじゃなかった。暗殺や内戦や謀叛の真っ最中だったからな。そのどさくさの中で書類だけで婚姻を済ませて、少し落ち着いてから近くの神殿で式をあげるだけだった。正式な披露宴もやってない、当時その場にいた従者達と少し豪華な食事会だけだったな」
「へぇ。スズキノヤマは水面では安定している国だとみえるが、実際は権力争いがかなり激しいと暗部からの情報で聞いている。ローズがスズキノヤマに留学に行くと聞いたとき、心配だった」
「あの時だったんだろう・・ここを通った時ローズが貴殿を呼び出した時」
「んだね。ローズはかわいい未来の従兄弟だからな。てっきりと柳とどこかに旅でもしているかと思ったが、まさかスズキノヤマへ留学なんて、思ってもしなかった」
「柳か・・」
エフェルガンはお茶を飲みながら、彼のことを思った。
「知っているのか?ローズの兄貴だぜ」
「思い人でもあった。血のつながりがない兄弟によくある話だ」
「知っているのか」
ジャタユはエフェルガンを見ている。
「ああ、ローズがすべて話してくれた。だから僕は自分の立場が分かって求婚し続けることができた」
「そうか」
「ロッコ殿もローズに求婚するつもりで仕事を受け取ったが・・ローズは先に僕の妃になったな」
「これからも大変だな。ロッコ殿にどう説明するんだ?」
「ロッコ殿には話がついたんだ。ローズが幸せなら良いってさ。不幸なら僕を殺しに来るけど」
「あの御仁はすごいからな。ここで殺し屋を追って、何カ所か潰した、と暗部が報告してくれた。全部ローズと関係した者ばかりでな・・賞金首の闇事務所まできれいに潰してくれた、一人でね。あのあとは別の国へ行ったけどな・・今どこにいるか分からない」
ジャタユがそう言いながら揚げものを口に入れた。
「そうだったのか」
「その時の情報はあとで見せるよ。同盟国の条約にはないが、ローズを守るためなら、家族の視点でする」
「感謝する」
エフェルガンは頭をさげた。ジャタユはデザートを食べ尽くしたローズをみて笑った。
「ローズ、食べ終わったら、戦闘支度してな。これからその喰った食事の分でいっぱい暴れてもらうぞ」
「はい」
ローズがうなずいて答えると、エフェルガンは彼女をみつめながら微笑んだ。
「その役目は僕がやる。ローズの分もきっちりとやるから」
「楽しみだね」
二人の男が笑い交わしながら手にした飲み物を飲み干した。ローズは彼らを見て思った。これから、大変そうな予感がした、と。




