18. ダルガ ストーリー: 恋
「ローズ様のご様子が変ですね。柳さんに会ってから」
ダルガがモイに小さな声で言うと、モイはうなずいた。
「はい、ずっと無口で柳様にべったりとしています」
「あの二人は以前もそんな感じですか?」
「以前はここまでではありませんでしたが、とても仲が良い兄弟です。お互い様の思う心は侍女達の間にも美しい兄弟愛だと話題になりました。やはり別れの日から二人の間に心の中に変化があったのではないでしょうか」
「やはり別れて寂しいとお互いが思っているかもしれませんね」
「彼らの絆は多分私たちの想像に越えたことだと思います。なんか、無言でただ外を眺めて座っているだけで、たくさんのことを語り合っているように見えますが・・」
「モイさんにも、それが見えたのですね」
「ダルガさんもそう見えましたか」
「はい、何となくだがな。ただ無言で語り合うというのがなんだかとても切なく思います。せっかく会えたのに、船を乗ってから一言も喋らずに」
「私もそう思います。何か元気づける方法がないでしょうか?」
「分からない。私には経験のないことだから、分からない。が、できるだけ気遣いながら見守ろうと思います」
「はい」
柳がローズと一番前にある席に座って、ダルガとモイはずっと後ろの方に座っている。なんとなくだが、その二人の近くに近づきにくい雰囲気になっている。半年ぐらい別れていた兄弟は偶然にエスコドリアの町で出会った。二人は兄弟だと言っても、血のつながりがまったくない、と聞かされた。しかし、その絆はとても強く、本物の兄弟のように見える。
ダルガたちが里を離れる前に、確かに柳はレベル3だった。1ヶ月半ぐらいミライヤのところで修業にいたら、柳からの贈り物や手紙が届いた。それで知ったのは、柳がレベル4になったことだ。しかも巨大雷鳥まで倒したという話になると、かなりの成長ぶりだと思った。そして、今、目の前で現れた柳はレベル5だ。
普通は、武人レベルというのは早く上がらない。1つのレベルを上げるのに、かなりの努力が必要だ。ダルガ自身が今レベル8だ。彼はここまで上り詰めたのに数十年の時間がかかった。仕事、修業、経験、そして知識、すべて身につけた。苦労を重ね、やっと手に入れた今の自分である。ダルガはリンカのような天才ではないから、地道に努力しかできなかった。けれど、それはそれで良い、と彼が思う。自分が頑張ったのだから、今の自分がいる。
しかし柳の場合、異常だ。天才でも、ここまで早くレベル5になる者は、誰一人もいなかった。柳の手紙で出ていたロッコという青年は、おそらく元からレベル5の暗部であり、柳を監視するためにわざとレベル3の武人を演じていたのだろう。もう監視の対象として難しいと判断されて、任務から解かれて、再びレベル5に戻されただけだ、とダルガが思う。柳はたった数ヶ月で、どうやってここまで登り着いたのか、気になるところだ。
「お茶はいかがですか?」
隣に座っているモイからお茶が入っている小さなコップに渡された。
「頂きます」
「はい」
ダルガはこのお茶が好きだ。花のお茶というもので、ほのかな甘みがあって、とてもほっとする味だ。草花の精霊であるモイは作ってくれるんだ。可能ならば、ずっとこのお茶を飲みたいと思う。
製品化にすれば、どの町に行っても飲めるからだ。まだ残りが半年ぐらいもあるから、毎日この美味しいお茶が飲めるだけでも、考えると幸せな感じがする。
「ありがとう、モイさん」
モイはただにっこりして微笑んでいる。ローズの侍女として、ダルガたちとともに行動してくれる彼女がとても献身的な人だ。まるで母親のように、と勝手に考えてしまうダルガだった。けれども、ダルガは実の母親の愛など、一度も感じたことがなかった。幼いころ捨てられて、死にそうで道ばたで転がっていたところで、当時ダルゴダスに拾われて、屋敷に連れて来られた。その屋敷で、食べ物や住む場所を与えられて、武人への教育までしてもらった。あれから、ダルガはダルゴダスがどこに行っても、戦場だろうが、異世界だろうが、どこへでも付いて行くと決めた。まさか、本当に異世界までに来てしまった、とダルガは考えたことがなかった。
しかし、ダルガは異世界にいても、何をやるのか、別に決まった訳でもなかった。どう生きたいか、自由を与えてもらったから、とりあえず世界を見て回るために護衛や傭兵の仕事に就いた。そこそこの収入が入って、一人でも生きていける。しかしこれでもまだ半人前だ、と毎回ダルゴダスに言われてしまった。もしかすると、これはリンカが言っていた「依頼者以外の守るべきもの」がいないからだ、ということかもしれない。ずっと仕事に集中している生活ばかりして、そのことすら考えたこともなかった。異性がかわいいな、きれいだな、べっぴんさんだな、とたまに見て思うのだけれど、それ以上の感情が芽生えなかった。この任務を受けるまで。
「もうそろそろ村の岸壁に着きそうですね」
モイの声でダルガの考えことが中断された。
「そうですね。では、柳さんに声をかけます。モイさんは荷物の確認をして下さい。後で私が運びます」
「はい」
ダルガは席を出て、前に座っている柳さんとローズ様に声をかけた。
ダルガはなぜこの二人を呼ぶのに「さん」と「様」で区別するかというと、ローズはダルガの依頼者の立場にあるからだ。柳さんは以前から屋敷を出て、武人になり、今はダルガの後輩になったため、「さん」で良いと彼が思う。本人もそれで良いとしている。しかしローズは違う。ダルガの任務はローズを守りし、武術の教官など含まれている。だから優先度がローズが一番上となっている。そのために「様」という言葉を使った。
船が岸壁に着いた。そろそろ日が暮れてしまい、周りが暗くなってきた。港に止めた馬車に、買って来た荷物を積み込んで、ダルガたちは屋敷に向かった。ダルガは馬車を運転し、隣に柳が座っている。ローズとモイさんは馬車の中にある座席に座っている。
「柳さん、聞いても良いですか?」
ダルガが柳に声をかけた。
「はい、何でしょう?」
「どうやって半年でレベル3からレベル5まで早くできたのですか?」
どうしても気になって仕方がない。
「ああ。ひたずら狩りをし続けていただけだったよ」
「狩り?」
「はい。獰猛クラスの獣や鳥、片っ端から毎日狩りをしたら、上のレベルの担当者から、上層部に連絡が入ったらしい。そのような強い者はレベル4だとおかしい、と。平均メンバーレベル6のチームですら倒せなかった巨大雷鳥や巨大火熊などを一人で倒してしまった俺に、化け物レベルだという者もいて、いざこざが絶えなかった。上のレベルの連中に、なん度も襲われたさ。まぁ、返り討ちにしたがな」
「へぇ」
「だから嫉妬や恨みによる事件を減らすためにも、見合うレベルまで上げておく必要があるという声が多数上がったらしい。レベル5以上の武人ならそのぐらいの能力を持ってもおかしくない、と。結果、俺は自由を手に入れた」
柳はそう言いながら、前を見ている。
「すごいな。その背景は、やはりローズ様?」
「ああ。俺にも分からないぐらい、なぜそこまで頑張って、里を出てローズに会いに行きたいのか。ただ会いたいだけかな・・」
「だからわざと、エスコドリアまで仕事したんだな」
ダルガはそう言いながら馬を操縦している。
「ははは、やはりすごいな、ダルガさん。お見通しか」
「役目柄の分析だ」
「なるほど」
「では、今やっと会えたところで、どうと感じるんですか?」
「言葉にもならないぐらいの幸せ、・・かな?俺は今までずっと一人で、いろいろなことを耐えていた。小さい頃から、領主の息子という立場にもあって、他人の目を気にしていた。ずっと隠した鬼神の血を、初めて人の前で鬼神になって、その日から化け物呼ばわりして、一緒にペアを組んでくれる子なんて一人もいなかった。たまに上位チームから声がかかって、一緒に狩りや見はり、討伐まで参加したが、やはり能力の違いで、いろいろと合わない者もいた」
「なるほど」
「その生活の中で、俺を見て、鬼神になっても恐れをしなかったのはローズだけだった。何事もなく、ありのままの俺を受け入れてくれた。俺はローズの近くにいるだけで、なぜか安らぎを感じる。今まで感じたことのない、この感情はどう伝えれば良いのか分からないが・・」
柳はありのままで言った。
「なるほど。きっと柳さんはローズ様への思う心は、強さに繋がっていると思います。その気持ちは、今後はどうの方向に繋がって行くかが、分かりませんが・・。大切にすべきかと。微力ながら、私はローズ様のお力になるように、頑張りたいと思います」
ダルガが微笑みながら言った。けれど、ダルガは柳とローズの間に芽生えている気持ちに気にしている。
「ありがとう、ダルガさん」
柳は頭を下げた。
「魔法の修業や体力改善訓練ならともかく、あの訓練だけはローズの相手にしては、俺や父上ですら無理だと分かっている」
柳が小さな声で言った。ダルガはとぼけながら、首を傾げた。
「何がですか?」
「近接戦闘訓練だろう?」
柳が小さな声で言うと、ダルガは苦笑いながらうなずいた。
「気づかれましたか?」
「ああ」
武人である柳は近接戦闘訓練とはどのような訓練なのか、十二分も理解している。痛みを知り、痛みを耐え、目の前にいる相手をどのように倒すかと行動しながら、自分にかかって来た痛みと向き合う訓練でもある。
「後ろにいるモイさんに聞かれないようにしているんです。モイさんはローズ様への思う心はまるで母親のようだから」
「ダルガさんもローズの父親のようだ。感謝している」
柳が言うと、ダルガが笑った。
「なんの。これも役目ですから」
馬車はミライヤの屋敷内に入った。モイとローズを馬車から降ろしてから、買って来た荷物を離れの部屋に運んだ。そして馬車を馬小屋において、休ませた。
モイはローズのお風呂のお世話する間に、ダルガと柳はミライヤの本屋敷に向かった。ローズによる壊された屋敷の壁や屋根の修復は先月あたりから終わったから、気づかれる心配はなさそうだ。
ミライヤに挨拶を終えたダルガたちは本題の話にかかる。リンカはミライヤ様の隣に猫の姿で座っている。
柳はカバンの中から何かを取り出した。どうやら数枚の紙切れのようだ。彼はその紙をミライヤに渡し、護衛の仕事で商人の荷物を襲った盗賊の一人が持っていた、と言った。見たことがない術の魔法陣のような感じだ、と柳が思って、ミライヤに相談した訳だ。
「これは雷鳥を呼び出すための術だわ」
ミライヤは迷わず答えた。
「しかもこれは魔法を使わなくてもできる召喚術だ、魔石さえあればねぇ」
「魔石って、石に魔力を封じて、この術の上に使えば発動するという装置なのか?」
柳が聞くと、ミライヤがうなずいた。
「そうだよ。まぁ、モルグ人の魔石は悪質だけど、強力です。自然界にできている一般的な魔石はそこまで魔力がありませんね。で、この術はかなりの魔力が必要となりますね」
ダルガが言うと、ミライヤもうなずいた。
「ということは、モルグ人はこの件に何かの関わりがある、ということでしょうか?」
柳が聞くと、全員だんまりした。ダルガはモルグ人との戦争の悲惨さをみた。男、女、大人、子ども、年寄り、病人、あたり構わず、たくさんの人々が犠牲になった。龍神の召喚によって、主とともにこの世界に降り立った場所は戦場そのものだった。一緒に来た犠牲になった仲間もいた。しかし、やはりダルゴダスは強かった。老将軍とはいえ、その力が勝るものがないぐらい強かった。あっという間に状態が逆転した。モルグ人は撤退し、平和条約を提案した。冗談のような話だと思ったが、当時国王を失ったばかりの状態で、この国はどうしてもわずかな平和でも必要だった。立ち直るために仮染めの平和条約でも必要だった。しかし、次の王はまだ決まらないまま、年月が経った。王は龍神様が選ぶため、誰も口を出す人がいないが、いいかげんに選んで欲しい、とダルガは心の中で叫んでいる。
そしてこの件について本当に関わりがあるのなら再びモルグ人との戦争が起きる可能性が出て来る。
「その可能性があるが、今の時点ではなんとも言えないわ。リンカちゃん、ダルゴダス様と暗部に報告した方が良いかも」
「分かった」
リンカがうなずいた。
「この術式の紙をもらうね、柳さん。ちょっと詳しく調べる必要があるわ」
「はい。そのためにミライヤ先生のところに来たわけですから」
「あら、これがなくても、あなたは来るでしょう?ローズちゃんのために」
ミライヤは笑いながら、柳を鋭く見ている。
「そうですね」
「否定はしないんですね。かわいくない」
「せめて素直だ、と褒めて下さい」
柳の答えにミライヤが笑った。
「さて、そろそろ夕餉の時間だ。先にお風呂でも入ってね。この肉は私が調理するわ。後で皆で食べよう」
「え?!」
ミライヤの言葉を聞いたリンカが直ちに人の姿に変わった。
「私は調理する。ミライヤには絶対調理させないからね」
「あら、リンカちゃん、優しい♪」
「いや、まだ、死にたくないからだ」
どういうことだ、とダルガがあの二人のやりとりを見て、考えてしまった。ミライヤが調理した料理を食べると死ぬって・・。
とりあえずお風呂に入るように、とダルガは柳に勧めている。ローズとモイはきっともう入り終わったのだろう。
離れの屋敷に戻ると、もうすでにお風呂に入り終わった二人がいて、お茶を飲んでいる。柳にお風呂を先にさせてから、ダルガが最後の順番にした。
終えると、4人で再びミライヤところに行って賑やかな夕餉を楽しんだ。
夕餉の後、離れの屋敷に戻ったダルガたちは、とりあえず寝る場所を決めようとしたけれど、柳はリビングの絨毯の上で良いと言った。2泊ぐらい泊まる予定で、それを聞いたローズが大喜びだった。
「ちょっとさきほど使った食器を洗いに水場まで行ってきます」
モイは袖を腕のあたりまでめくって、離れの屋敷を出た。さすがにもう暗いので、ダルガもモイと一緒に行くことになった。それに、兄弟水入らずの時間を作ってあげても良いんじゃないかなと思ったことでもあるからだ。
洗い物終えて、部屋に戻ったら、なんとあの二人は絨毯の上にもうぐっすりと眠ってしまった。柳は疲れがたまっていたのか、と思うほどぐっすりと横になった。そしてその隣にローズもぐっすりと寝ている。ローズは自分で枕と毛布運んで来たようだ。その二人の手は顔の前ににぎり合っている。二人は向かい合って、とても幸せな寝顔している。
ダルガは外に出て、離れ屋敷の前にあるベンチに座った。しばらくしてから、モイも出て、ダルガの隣に座った。静かに声をかけた。
「さっきお風呂の時にローズが泣いていました」
「どうかしたのか?」
「ご自分の心に、混乱している・・、と思います」
「どういうこと?」
「柳様への気持ちが高まって、どうしたら良いか分からないと言いました。心の中から、何かに押さえきれないほどの気持ちがあって、ずっとそばにいたい、という気持ちだと」
モイが正直に言うと、ダルガが不安になった。
「モイさんはなんと?」
「私はそれは愛だ、と答えた。すると、ローズ様が、その気持ちは兄弟への愛だ、と理解してくれました。長く離れていた兄弟だからこそ、今まで我慢して来た気持ちが湧いてきた、と私は言いました」
「そうですか」
ダルガがほっとした様子でうなずいた。
「でも・・」
モイがしばらく言葉を考えている。
「でも?」
「私は思ったのですが、これは愛以上に、恋かと・・」
「恋か」
「とても切なく思っています」
確かに、切ない、とダルガは思った。例え血のつながりがまったくなくても、戸籍上に兄弟である以上、これ以上の男女関係はできないものである。それに、ローズはその小さな姿だから、なおさら無理に近い話である。あの小さな体の中におそらく柳と同じぐらいの女性の魂や精神が入っているのだろう。その思考や振る舞いは、若い女性にしか思えない。おそらローズに対するく柳の感情も「恋」である。
愛や恋のことがあまりよく分からないダルガでも分かる。この切なさが・・、心のどこかに締め付けられるような気持ちが、理解できる、とダルガは思った。
「リビングで寝ているあの二人はどうしましょう?」
「二人っきりにしてはいけないでしょう?ならば、お父さんの私は同じリビングで寝るしかありませんね」
「なるほど。ではお母さんの私も娘の隣で寝るしかありませんね」
モイの言葉に驚いた。モイは立ち上がって、枕と毛布を用意する、と言って中に入った。灯りを消して先に寝るようにと、ダルガがモイに言った。
しばらく外でいろいろと考えながらいると、猫の姿でリンカが現れた。リンカが離れの部屋に入って、しばらくしてから外を出た。
「あれは?」
「見ての通り、雑魚寝ですよ」
「・・・」
「どうです?一緒に皆で雑魚寝しますか?」
「遠慮する。誰かが追加で雑魚寝しそうな人がいるのだから」
ふん!と鼻音をならし、すたすたと歩き出したリンカであった。
ダルガは離れ屋敷の中に入って、絨毯の上にモイが置いた枕の上に頭をおいた。一瞬で見えたモイの寝顔が頭から離れなかった。
「やはり、調子が狂うな・・」