17. アルハトロス王国 再会
「わーい! エスコドリアだ!」
ローズは嬉しそうに、船の上ではしゃいでいる。彼女はモイが作ったフリルフリルのドレスに身を包んで、渡る船のデッキの上で走り回っている。自分で言うのが恥ずかしいけれど、子どもっぽい。
「こら、ローズ!あまり走ると、転んでしまうから、気をつけろよ」
ダルガは父親らしい口調で注意した。ローズたち3人は、エスコドリアでは仲良しの親子を演じることで、怪しまれずに楽に行動できる、と考えている。
エスコドリアは、この辺りではとても大きな町で、人が多いけれど、治安が悪い。何かの身分があると分かれば、誘拐などの犯罪に巻き込まれる可能性がある。だったら普通の傭兵の子どもとして演じれば、誰もその強そうな父親と関わりたくないのは人の心理である。
船関係の人々は相変わらずダルガを英雄として、丁寧に接触してくれた。3人分の運賃を払おうとしたら、断られてしまった。ちなみに湖を渡る間は、ローズたちは一番見晴らしの良い船の上にある部屋に案内された。この部屋から、デッキに出られるのだ。とても気持ちの良い風が吹いている。
エコリアの湖はとても広くて、エスコドリアの港まで渡るのに数時間かかるぐらいの広さである。
「船はとても良いですね」
「はい。モイさんは、こいう船は今回で2回目ですか?」
ダルガとモイが船を楽しんでいながら、会話している。
「はい。ずっと里にいたから、このようなところに行くこともなかったのです。今回は2回目です。遠出はエスコドリアが初めてで、里とはとても違う雰囲気の地域なんですね」
モイがにっこりと微笑みながら言うと、ダルガが笑顔でうなずいた。
「そうですか。今度機会があれば、また別の地域に足を伸ばしましょう。面白いところがいっぱいあるし、私が案内しますよ」
ダルガとモイの会話を盗み聴きしているローズが、思わずニヤ~と笑ってしまった。デートの誘いかな?ふふふ、とローズはさりげなく顔を見せた。
「あ、もちろん3人で、親子でね」
ローズのにやけた顔に気づいたダルガは慌てて言葉を足した。いつもの癖で、頭を指でぼりぼりとかいた。
「はい!ぜひ!」
何のことか気づいていなかったモイが嬉しそうに答えた。最近、この二人はとても良い感じで、会話をしたりして、まるで家族のような感じだ。ローズが寝台に入って、すぐに眠らない時があるから、この二人の会話は聞こえて来る時もある。彼らはローズの部屋の前にある空間をリビングとして使う。リビングには絨毯が敷いてあるので、食事も、勉強も、このリビングでしている。ダルガの鎧や武器の手入れも、毎日そのリビングでするし、モイもローズとダルガの衣服の補修などをそのリビングでする。要するに、そのリビングは我が家の活動の中心だ。本当にほのぼのとした日々を満喫するローズたちである。ちなみに黒猫のリンカはいつもミライヤの屋敷にいる。
「お茶にしましょう!」
モイはローズを呼んで、デッキに用意されているベンチに座っている。彼女が持っている魔法瓶に小さなコップ3つをカバンの中から出して、花の茶を注いだ。ちなみにこの魔法瓶もミライヤが発明したもので、魔力でお茶が温かいまま数時間保つ仕組みになっている。前世の記憶によると、これは魔法瓶だと言うらしいけれど、現世と違って前世の方がまったく魔力を使わない製品だった。
「やはりモイさんの花のお茶の味が美味しいね」
「ありがとうございます」
「そんな敬語みたいな言葉遣いを止めて下さいな、モイさん。夫婦なんだから、普通の言葉で良いかと」
「あ、はい。ごめんなさい、あなた」
今度はお茶を噴いてしまったダルガである。
「ごほごほ」
「お父さん、大丈夫ですか?お母さんの一言で照れてしまうなんて・・」
半分呆れたローズはお茶を味わいながら、一言突っ込んだ。夫婦の普通の会話を要求しながら、「あなた」と言われるだけで咳き込んでしまうほどの変な人だ。
「いや、大丈夫だ。ははは、ちょっと風に当たっただけだ」
ダルガの顔は真っ赤になって、以外とかわいい。モイは何も言わずに、笑っただけだった。そして自分のハンカチを出してダルガに渡した。誰が見ても、普通の家族のやりとりのようだ。幸せって、こんなところにあるかもしれない、とローズは勝手に思った。
船はやっとエスコドリアの港に着いた。船の関係者に礼をして、船を下りた。港に着くと、ところどころに挨拶をした人もいたぐらいに有名になったダルガである。
雷鳥の襲来事件以来、勇敢に戦ったダルガと謎の女性が話題になったけれど、謎の女性の正体が未だに不明なので、忘れ去られている。ダルガの正体は食堂の店主と船の関係者からばれてしまった。彼は勇敢な傭兵で、妻と子どもとともに湖の向こう側の村はずれに住んでいるという話になっている。
「食事の前にまず行きたいところがある」
ダルガはローズを腕に載せて、賑やかな町へ歩き出した。向かった先は町工場が多くある通りで、一つの工房の前に止まった。防具専門工房だそうだ。工房の前にいくつかの鎧や肩当てなど置かれている。
「おや? ダルガさんじゃないですか?」
工房の中から一人の中年男性が現れた。ひげが鼻の下にびっしりと伸びていて、頭に水牛の角があって、体がとても強そうだ。
「やぁ、親方。久しいな」
「だね。何年ぶりか。おや?今日は家族連れ?」
「はい。娘のローズと妻のモイだ」
ダルガがローズたちを紹介した。
「こちらは私がお世話になったベルグ親方だ」
「こんにちは」
ダルガがその職人を紹介すると、ローズは挨拶した。えらいね、とベルグが言って、ローズの頭をなでた。そして彼が中へ案内してくれた。
「今日は何か?」
ベルグはダルガを尋ねた。
「防具を作って欲しい」
ダルガの言葉に眉を上げたベルグ親方だ。
「その防具はまだ良いと思うが、悪いところでもあるか?」
「いや、私のじゃないんだ。娘のローズの体に合わせて、丈夫で軽い防具が欲しい」
「この娘さんの?」
「はい。まぁ、私の子だから、それなりに武術の稽古もし始めたんだ。なので、念のために、防具が必要だと思ってな」
「へぇ、さすがダルガさん。やはり武人の子は武人だな。奥さんは大変ね」
モイは微笑んだだけで、何も言わなかった。実際に彼女がローズたちはどのような稽古しているのも、まったく知らされてないからだ。もし知ったら、気を失うかもしれないからだ。
「分かりました。では、お嬢さん、ちょっとこちらに。体の寸歩を計るよ」
ローズがうなずいて、彼の前に立った。
「いやぁ、小さいね。お父さんがこんなに大きいのに。ふむふむ、まぁ、しばらくしたら、きっと大きくなるよ」
彼が細かくローズの体型や寸法を計りながら、話をかけてくれている。
「魔法のエンチャントができる材質が欲しい。後、かわいい薔薇の花の飾りでもしてくれたら、嬉しいな。ははは」
「ダルガさんの意外な親バカぶりは、きっと話題になるよ」
ベルグ親方が笑いながら注文書に書き加えた。
「しかし、魔法エンチャントの材質になると、ちょっと値が張ることになるが・・」
「構わない。とにかく丈夫で軽い。成長したらまた作り直しに行くから、とにかく今の体に合う作りが欲しい。何しろ、大事な女の子の体だからな」
ダルガがそう言いながら、ローズを見つめている。
「大事だと思うなら、剣を持たさないのが、普通だが?」
「いや、逆だ。大事だと思うから、身を守る術を教えているんだ。まぁ、これしかできない親だから、精一杯の愛情表現と思えば良いかな。ははは」
「さすがだ。分かりました。では、材料選びをしよう。そして、どんな防具が必要か、決めようか」
親方がダルガと工房の作業場に入り、さらに詳しい内容の話をする。ローズとモイがおとなしく座って待っている。しばらくしたらローズが立ち上がって、工房の外で飾られている鎧がとてもぴかぴかで、なんとなくもっと見ようと思って、工房の外に出た。本当にきれいに作られた防具であった。この通りは、防具や身の回りの装備品の他に、武器や道具、飾り物や日常道具までたくさんと並んでいる。また工房の近くで、衣服を作っている職人もいる。丈夫そうなズボンやシャツもたくさん作られている。外でうろうろしているローズを見て、モイが心配して工房の外に出た。
「危ないから、あまりうろうろしないで」
モイに注意されたけれど、遅かった。ローズが転んで、知らない人の足にぶつかった。
「あ!」
「大丈夫か?」
なんかどこかで聞いたことがある声だった。まさかねぇ・・、こんなところで・・。ローズは瞬いて、相手の顔を見ている。
「ローズ?!」
「兄さん?!」
まさか?、とローズが驚いた顔で彼を見ている。ローズがあまりにも驚いたため、固まってしまった。
「柳様?」
モイも驚いて、ローズの目の前にいる人を確かめながら、声をかけた。
「モイ?なんで二人ともここにいるんだ?」
彼も驚いて、声をかけた。
「柳・・兄さん?本当に?」
「はい」
「わ! 柳兄さんだ!」
ローズがあまりの嬉しさに思わず叫んだ。
「ローズ!ローズだね?」
「はい。兄さん」
「良かった。ローズだ!」
柳は地面に転んだローズを両手で上げて高く持ち上げた。やはり柳だったのだ。その緑色の目、その麦色の肌、相変わらず適当にしばった長い黒髪は、間違いなくローズが知っている柳だった。ただ体が前よりも、ずっと高く、強そうな感じになった。なんかすごく格好良い!、と彼女が思った。
「ローズ!会いたかったよ。元気してるか?」
「うん。元気だよ。兄さんは?」
「ああ、元気だよ」
柳が嬉しそうに彼女を見て、また強く抱いた。この匂いは懐かしい、とローズは彼の匂いを感じた。間違いなく、柳の匂いだ。ローズも両手で首の回りに手を伸ばし、顔を埋めた。嬉しい過ぎて、どうしたら良いか分からない。
「会いたかったよ、ローズ」
「うん、私も会いたかった」
「ローズ、本当にローズだね」
ローズと柳がしばらく無言になった。再会の喜びをかみしめている。
「柳さん? なんでここに?」
注文終わったダルガがローズたちが工房の中にいないことに気づいて、駆けつけて来た。
「あ、ダルガさん、お久しぶりです。仕事で来たが、ちょうど仕事終えたばかりなので、服を買おうと思って、ここに来たんだ」
柳はローズを腕に載せて、ダルガとモイの近くにまで歩いた。
「もう里を離れても良いレベルになったか。おめでとう!」
ダルガが言うと、柳がうなずいた。
「ありがとう。やっとレベル5になった。経験を積むために、ダルガさんを真似て、今は護衛家業しているんだ。まだまだひよこだけどね」
柳はそう言いながら、うなずいた。
「ははは、なるほど。柳さんは私の後輩になったんだね」
「はい。ご指導よろしくお願いします、先輩」
二人が愉快に笑った。ローズは柳のシャツがとてもぼろぼろしていることを見て、布切れと遊んでいる。
「そうだ。良い服を売っているお店を知りませんか?ダルガさん」
柳に聞かれると、ダルガは周りを見て、あるお店に案内して、全員でその店を向かうことになった。二人の話はほとんど里の話や仕事関係の話だった。ローズは柳の腕の上に抱っこされながら、両手を柳の首に回し、髪の毛や肩当てを触ったり、顔を肩に置いたりしている。
ローズは嬉しすぎて、どうしたら良いか、分からない。そんな様子をモイがずっと見て、ローズはたまに視線を感じた。けれども、ローズは何も言わなかった。モイも一言も言わなかった。
お店の前にして、柳がローズを下ろして、モイに預けた。どうやら冒険者や武人、旅人の用品店のようだ。丈夫な服や靴、ベルトなど数たくさん売られている。柳は数着の服を試して、一番気に入った服を選んだ。とても格好良かった。すらりと高い身長の柳にはシンプルな長い革製のジャケットだ。長さは膝の辺りまでだった。そしてジャケットの下には布のシャツと革製のズボンで、着心地を確かめる。
ローズが、その服が格好良いと言うと、柳は迷わずその服一式を買った。値段が高かったのに、全然気にせずそれにした。外した防具を装着して、ベルトと剣や短剣を身につけて、はき慣れた革靴を再び付けた。そして2-3枚のシンプルな中シャツを買って、カバンに入れた。ぼろぼろになった服をポケットの中身を確認した後、お店の方に処分してもらった。
ダルガも新しい革製のズボンを2着買った。なんと、尻尾用の穴まで施されている。シャツも数枚買ってきた。ほとんど全部、同じ色だった。シャツは淡い黄色いとズボンは赤みのある茶色だった。多分その色が好きなんだ、とローズは思った。
柳の買い物が終えると、ダルガはローズの足に合わせて革製の靴を買った。子どもでも、旅をするとやはり丈夫な革製の靴が必要だ、とダルガは言った。移動手段があまり発達してない世界だから、旅はかなりハードなことだった。
モイのために、ダルガは丈夫な買い物用のカバンを買った。モイはどれにするか、と迷ったあげく花柄の青いカバンを選んだ。彼女がとても嬉しそうだった。支払った後、彼が荷物した物をカバンの中に入れた。ローズを再び柳の腕に載せて、二人がお店から出た。
「次は?」
「武器屋です」
「その剣の手入れに?」
柳が聞いたら、ダルガは首を振った。
「いいえ、ローズの武器を買いに行くと思います」
ダルガは慌てて柳に事情を説明した。呼び捨てで敬意に欠けているのではなく、わざとやっていることだと、小さな声で説明した。安全のために今は家族ごっこ中だと説明を聞いた柳は思わず笑った。
「なるほど」
柳がうなずいた。
「ローズはどんな武器が欲しい?」
「普通の剣か短剣が欲しいね。村で売っている子供用の剣は、とてももろくて、エンチャントすると壊れてしまったんだ」
ダルガはそう答えて、うなずいた。
「子どもはエンチャント使わないからな。かと言って、大人用の剣はローズには大きすぎる」
柳がそう言いながら、ローズを下ろして、自分のベルトからいつも身につけた短剣を外し、ローズの腰に付けた。
「これはローズにあげる。サイズがちょうど良いと思う。エンチャントしても壊れない、とても丈夫な短剣だ」
「でも、これは父上から頂いた短剣でしょう?こんな大事な短剣は私に・・」
「かまわんさ。俺の代わりにローズを守ってくれる武器になると思えば、父上だって文句を言わない」
柳が微笑んで、ローズの髪の毛をなでた。
「ありがとう、兄さん」
「どういたしまして」
柳はにっこりと笑った。
「お、その胸にあるブローチは、俺が送ったものだね」
「うん。キラキラと光ってきれいです」
「とても似合う。今度、欅に会ったら、とてもきれいで、似合ってると伝えるよ」
「うん。欅兄さんに会ったら、私からの御礼も伝えてね」
「ああ、あいつもローズのことが心配してると言ってたし。俺も、そうだ。ロッコがローズに会いに行った時に修業中らしくて会えなかったと聞いたから、気になったんだ。でも、その後ローズからの手紙が来て、安心した」
柳は微笑みながら言った。
「うん。ロッコさんにもせっかく会いに来てくれたのに、会えなくてごめんなさいと伝えて」
「ああ、会えたらね。あいつも今忙しいからな。なかなか会えない。俺も当分里に帰らないし、仕事で色々な町へ回るつもりだ」
柳が再びローズを腕に載せて、うなずいた。
「お兄さんにも簡単に会えなくなるんだ。どこにいるか分からないと、手紙を送れないし、寂しくなる」
「大丈夫。俺の方から手紙を出そう。ミライヤ先生のところに送れば必ず届くからだ。色々な町の話を書こう、約束する」
「うん」
思わずまた柳を抱いてしまった。なんか切ない、とローズは思った。
ぐ~~~~~~~~~~
突然その恥ずかしい音がした。お腹が空いたのだ。ダルガは笑って、食事を提案した。
そう、約束の鹿肉のシチューのお店へ!
ローズは柳に抱きかかえられたまま、あのシチューのお店に向かった。途中で、怪しまれないように、今度はダルガに抱きかかえてもらった。家族ごっこスタート!
「いらっしゃいませ!お!ダルガの旦那だ!かわいい娘さんも一緒なんだ。奥さんもどうぞ、こんにちは。あれ、この若いお兄さんは?」
陽気な店員さんはローズたちを中へ案内して、椅子を整えてくれた。でもやはりお子様椅子が嫌いだ・・、かと言って普通の椅子だと机が届かない。柳はそれを気づいて、自分のカバンを椅子に置いて、ローズをその上に座らせた。
「これなら快適に食べられるね」
「ありがとう」
柳がローズの前に座って、その隣にダルガが座る。ローズの隣にモイが座る。
「この人は私の後輩で。身内同然の者だ。同じ護衛家業で、たまたま職人街で会ったんだ。再びここに来たら、よろしく頼む」
ダルガがお店の人に柳を紹介した。
「柳です。よろしくお願いします」
「はい。任せて下さい。ダルガの旦那の身内なら安くしてあげますよ。旦那はこの町の英雄だからだ」
お店の人は嬉しそうに言った。
「いやいや、大したことなどしてないよ」
「またまた、ご謙遜を・・。旦那のおかげで何十人の人が命拾いしたんだよ。あの凶暴な雷鳥を4羽もバシンバシンと倒したなんて、普通の人じゃできないよ」
「ははは」
ぼりぼりと頭をかいているダルガはそろそろ助けが必要だというサインかもしれない。最近なんとなく分かった気がする、その癖の意味を・・、とローズは思った。
「お父さん、お腹が空いた!」
ローズの言葉を聞いた店員は早速注文書を用意して注文を伺う。
「じゃ、何にしましょうか?」
「鹿肉のシチュー!」
ローズが迷わずそれを注文した。迷いもなく!ものすごく食べたかったからだ、と彼女はにっこりと大きな笑みを見せた。
「それは美味しいの?」
柳がローズに聞くと、店員は自慢の料理だと言った。
「じゃ、私もそれを下さい」
柳が言ったら、ダルガも同じ料理を頼んだ。モイは別の料理頼んだが、小さな器で少しシチューの味を試したい、と頼んだ。どうやらモイはたくさんと肉を食べられないようだ。
「今日は私のおごりだから遠慮なく食べて下さい」
ダルガはそう言ったら、柳が笑った。
「そんなことを言ったら破算するよ」
「それはどうして?」
「ローズは俺よりも大食いだからだ」
むむむむ・・。なんか嫌な予感だ、とローズは柳を見ている。
「本当か?」
「いや・・あの・・というか・・うむ」
「ははは。大丈夫だ。山猫人族の子は、皆、大食いだから大丈夫だ。遠慮無く、満足になるまで食べてよし。柳さんも、モイも、気が済むまでいろいろな料理も頼んで良いよ」
なんていう豪快なお父さんだ、とローズは瞬きながらダルガを見ている。ダルガは出された飲み物を口にすると、その時、モイの一言で咳き込んでしまった。
「私は・・大食い・・じゃありませんよ、あ・な・た」
「ごほごほごほ」
咳き込んでしまったダルガの慌てぶりを見た柳が思わず笑ってしまった。ああ、こんなに笑った柳を見るのは初めてだ。涙が出るほど、笑いだして、そんな顔なんだ、とローズが柳を見つめている。
モイは自分のハンカチを差し出して、ダルガの手を拭いた。照れながら、ダルガはそのハンカチを取って、顔や、手を拭いた。ローズもモイを真似して、自分のハンカチを柳に差し出した。
「涙を拭くためです」
「ありがとう、ローズ。いや、こんなに笑ったのは、多分生まれて初めてかもしれない」
柳が涙を拭いて、うなずいた。
「いやいや、恥ずかしいところを見せてしまいました」
ダルガが言うと、モイは何も言わずに笑っただけだった。
「あ、モイさ・・ううん・・モイ、このハンカチをしばらく借りる」
「はい」
モイはにっこりて返事をした。
しばらくして、料理を運んできた店員達が来た。会話のやりとりを見て、思わず笑ってしまった店員もいたと聞かされた。町の英雄ダルガは妻に負けた瞬間だ、という新たな噂になるでしょう。
一番早く食事が終わった柳は、注文した飲み物を飲みながら、ずっとローズを見つめた。変なもの顔に付いたかと気にしてしまったため、目の前にあるナプキンで口を拭いた。
「もう食べ終わったの?」
「ううん、まだ食べる」
「そうか。いきなり口を拭いたからてっきりと食べ終わったかと。そんなに残して珍しいなと思った」
「だって、さっきからずっと見られたから、なんか変なものが付いているかなと思ってしまった」
ローズが文句を言うと、柳は笑った。
「俺はご飯を食べるローズを見るのが好きさ。なんか、とても美味しそうに・・」
「だってこれは美味しいもん。苦労してやっと食べられる料理だ」
「苦労って、何をしたの?」
「修業」
「魔法か?」
「それもあるけど・・」
「ごほん!」
ダルガは咳き込んだ。モイにばれたらまずいという合図だ。ローズはそれを理解した。
「技の使い方とか、エネルギーの取り入れ方など」
ローズはうそを言ってないけど、本当のことも言ってない。けれど、柳はそれに気づいた。
「明日の修業を見ても良い?」
「ミライヤ先生に聞かないと分からない」
「じゃ、ミライヤ先生に聞いてみよう。今夜の宿も先生のところでお願いするかな。おみやげも持って行かないとね」
「今夜、泊まりに来るの?」
「ああ、先生が良ければ。それに話たいこともあるからな。ちょっと大事なことだけどね。ダルガさんは、後で同席して欲しい」
柳はそう言いながら、また飲み物を飲んだ。
「それは、さっきぼろぼろになった服と関係があるかな?」
「ああ。良く気づいたね」
「なんとなくだがな」
「さすがレベル8だ。俺はまだまだひよこだから、破れている服を見るだけで何があったかと検討は付かないが、ダルガさんはすぐに見抜いた。貴重な教えありがとうございます」
「なんの。これも役目だから。これから身に付けば良いんだ」
「そうだね。肝に銘じます」
美味しい食事を終えたローズたちは、モイが行きたがる布屋に行った。彼女は結構長い布とたくさんの糸を買った。ローズの運動着を作るためだと言った。またミライヤのために、美味しい葡萄酒と美味しい味が付いた肉の塊を買って、四人で船で湖を渡る。