166. スズキノヤマ帝国 エグバドール奪還戦争(5)
「トダ! しっかりして!」
直ちにトダの出血を止めるための処置をしなければならない。念のため、ローズは直ちにガレーにリンクで連絡して、傷口をなんとか閉じないといけない、と思っていた。そして彼女もジャタユ王子とエフェルガンにも連絡した。
「ねぇ、医療棟に患者も医療師もいるんだよね?」
「います」
「状況が分かる人がいますか?」
「これから確認します」
ローズがハインズに聞くと、彼は答えた。数人の兵士に命じて状況確認に急いでいる。
「ローズ様!」
ガレーの声が聞こえた。ガレーは医療カバンをもって走ってきた。
「トダが・・!今、血を止める作業にかかります!」
「見せて下さい!」
ガレーはトダの背中やおなかにできた傷をみて険しい顔をした。
「内臓がやられています。長く持たないかもしれません」
「諦めちゃダメです!トダは私の勉強友達だから、死なせない!」
ローズは一気に気を集中して第三の目を発動した。一方、騎士団の者と陸軍が現場である医療棟の方に駆けつけて行った。
「ガレー、傷口の処置はあなたに任せた。私は内臓の再現と血液の補充に集中する」
「はい!」
ガレーは消毒液と針と糸を取り出した。てきぱきとトダの傷口を縫いつけている。
「エファイン、食料調達お願いします!」
「はっ!」
エファインは台所まかないの所へ走って行った。リンカは近くに来たけれど、何も言わなかった。ファリズは念のため、魔石を袋に戻して、近くにいる子どもたちと救出された人々を倉庫の中で保護した。
「妹、安心してその医療師の手当をするが良い。俺がここを守るから、任せろ」
「はい!」
ファリズは倉庫の上に登って周囲を確認する。一方、ローズは傷ついたトダの内臓を確認したところ、状況は極めて良くない。内出血がひどい。
「ヒール!」
とりあえず回復魔法をかけた。そして傷ついた内臓に細胞の再生を試みている。
ミリ単位の細胞を再生するには至難の業だ。とても集中しなければならない。そしてとても魔力がかかる技でもある。
「パトリア!」
「はい!」
「トダの体が冷えないように火属性の気を回して!優しく回してね!」
「はい!」
護衛官パトリアが急いで駆けつけて、トダの足に手をかざしてゆっくりと気を回している。
「自分は回復魔法ができます。手伝うことがありますか?」
一人の若い兵士が現れて、救急医療師の首飾りをしている。
「ありがたい。ならトダの足に魔法をかけて、パトリアはその回復魔法に気を乗せるように調整してください」
「はっ!」
二人はトダの足に魔法を乗せて体内に回すようにしている。傷口を縫い終わったガレーは彼らの魔法を調整して、心臓に回している。ドックンドックンとトダの心臓の脈が分かる。回復魔法がちゃんと体に行き渡っているのだ。
「あなたの名前は?」
ガレーはその若い兵士に声をかけた。
「自分はジャトラと言います。所属部隊は物資調達部隊です」
「物資調達に救急医療が必要か?」
「分かりません。これは自分の個人的な夢なので、実費で勉強しています」
「なるほど。良い心得だ」
「ありがとうございます!一所懸命頑張ります!」
ジャトラという兵士が一所懸命トダに回復魔法を送っている。ローズはそろそろ魔力がきつくなって、エファインに食料を要求した。彼女はエファインがくれたソーセージを口にくわえながら、作業をし続けている。リンカはエファインの隣にきて、パンにソースを塗って、ハムやベーコンを挟んで、持ってきたお皿においた。ありがたい、とローズは思った。片手でリンカが作ったパンとサンドイッチを食べて、魔力を補充しながら、治療している。
「暴れた奴を抑えたよ!」
一人の兵士が駆けつけて知らせに来た。そして数人の兵士が怪我人を連れてきた。さっき助けた人たちと医療師2名だ。かなり怪我がひどい。
「ガレー、彼らの手当をして・・私はトダに集中します」
「ですが・・」
「大丈夫・・トダは強い護衛官だから、体が丈夫です」
「分かりました」
ガレーは怪我人達の手当に場所を移動した。トダの細胞再生に頑張っているけれど、血がなかなか止まらない。みるみる内にトダの顔色がとても白くなってきている。脈も弱まってしまう。どうしたら良いんだ・・。
(完全なる回復の祈りを・・)
また頭の中で声が聞こえた。
「ん?」
ローズは周りを見て、キョロキョロした。
「どうしましたか?」
ローズの様子に気づいて、エファインは声をかけた。
「声を聞こえた?」
「何も?」
多分聖龍様の声でしょう、とローズは何をするべきか分かった。
「開!神体!」
ぶわーっと一瞬でローズの体が光り出して、変身した。これは本当の彼女の姿だ。ジャトラという兵士や近くにいる兵士達がびっくりして腰を抜かした。
「ローズ様・・」
エファインが文句を言おうとしたが、ローズは首を振った。ファリズは倉庫の上から降りてきた。
「いにしえの聖なる神、聖龍の名の元に、ローズが命じる:我に力を与えたまえ!」
ローズはトダの体に手を当てた。本当だ・・貫通した。この体は生身の体ではないから、このような体内にでも入れる。そしてトダの傷ついた内臓を手に当てた。
「細胞再生!」
すーーーーと、内臓が再生されていることが手の感触で分かる。とても早い・・しかも魔力に溢れていて、きつくない。まったく苦しくない、と。
「血液再生!」
もう一本の手も体内に入れて、トダの心臓をやさしくマッサージしながら血液再生に試みている。この体だからか、まったく疲れを感じなかった。
「聖なる神よ。この者に完全なる回復をお与え下さい」
祈りをささげて、トダの頭に口付けをした。なぜこうしたか、ローズ自身は分からない。なぜか、とても自然で・・彼女はそれを知っているかのような・・どこかに・・遙か遠い・・いにしえの記憶だったかもしれない。
内臓が回復したから、残りはおなかの傷だ。ガレーが縫ったけれど、その傷口からまだ血が出ている。さーーーと触ると血が止まった。背中の傷は大した怪我じゃなかったから問題ないと思う。
次は怪我した医療師だ。彼らもかなり状態が悪い、とローズは思った。治療中にやられたらしく、後ろからの傷口がかなり深く入った。生きているけれど、恐らくこのままだと死ぬ。なぜなら、心臓に穴が開いているからだ。トダと同様に内臓の再生と血液再生を行った。そして祈りをささげて彼らにも口付けをした。
ローズは怪我をした人々にも回復を与えた。倉庫に隠れていた子どもたちと救出された人々がなぜか周りに跪き、平伏してから祈っている。なんだか変な感じがしたけれど、今はそれがどうでも良いことだ、とローズは思った。
ここでの治療が終わり、ローズが医療棟に移動した。というか、体がとても軽く感じて、気持ちが良かった。周りにハインズとエファインとファリズも付いてけれどが、誰一人も言葉を掛ける人がいない。
現場となっている医療棟は悲惨だ。医療師も研修医も患者も遺体となって重なった。犯人とされているドイパ国の兵士の遺体もあった。でも何か変で、とても気になった。
「ローズ!」
エフェルガンが戻ってきて駆けつけてきた。後ろにジャタユ王子もみえてきた。
「ローズ・・ちゃん?」
ジャタユが初めて見たローズの本当の姿に戸惑っている。
「おかえりなさい」
ローズが言うと、誰も答えなかった。エフェルガンは悲惨な状態を目の当たりにして言葉を失っている。
「これはどういうことだ?」
エフェルガンは息絶えたドイパ軍兵士をみて、ジャタユ王子に問いかけた。ジャタユ王子も困った顔した。確かに死んだ兵士は紛れもないドイパ国の兵士である。だからと言って、なぜ突然暴れて殺戮したかという理由も分からない。
「触らないで・・とても邪悪な気配がしたの」
ローズはエフェルガンの隣に来た。遺体を確認して、分かった。この兵士は何らかの術にかかったのだ。
「この兵士は昨日からさっきまでどんな仕事をしたのか?分かる人はいますか?」
ローズが訊くと、一人の兵士は現れた。身につけている首飾りから隊長クラスだと思う。隊長はこの兵士に子どもたちの世話と怪我人の世話をさせたという。
「子どもたち・・」
確かずっと引っかかった。町の住民はほとんど魔石とされたが、十数人の子どもたちは鎖に繋がれて袋に入れられた。奴隷として売られるなら、個別コンポのような感じが必要なかった、とローズは思った。鎖で繋がれていたから逃げられないはずだ。運びやすいという理由もあるだろうけど、自分の足で歩かされることだって可能だった。
ということは、子どもたちの間に術師が紛れ込んでいると言うことなのか?もしその可能性はないとしたら、ではこの兵士がどこで術にかかったのか?
この医療棟に運ばれた人々はほとんど意識不明や心肺停止状態の者ばかりだったから犯人の可能性がゼロに近い。
「ローズ! どこへ?」
ローズは再び倉庫に戻った。ガレー達がまだ怪我人の手当をしている。トダはまだ意識が戻っていないけれど、もう心配がないでしょう。倉庫の中に入ると、やはり嫌な気配がした。数人の町の人は武器を手にしている。
「マルチロック!バインド・ローズ!」
ズズズズ
倉庫の床から茨の蔓が武器を持った町の人々を縛った。この様子は・・あのガリカの町の時にそっくりだ。幻術を使う人がいるのか・・この中に。
「探知魔法発動!」
周囲に魔法をかけた。隠れている者がいないかと調べるための術だ。ドイパ国の暗部に教えてもらって、とても役に立つ魔法だ。
「その魔石で何をしようとするんだ?」
ローズが一人の少女に声をかけた。彼女は魔石で遊んでいる・・かのように見える。でも術を唱える最中でもあるから注意しなければならない。エフェルガンとジャタユ王子が倉庫の中に駆けつけてきた。
少女は魔石を両手でもって、早口で呪文を唱えた。魔石が粉々に破壊されてしまった。そしてジャタユ王子とエフェルガンに向かって何かの魔法を放った!
「バリアー・シールド」
ローズの魔法の盾で攻撃が弾かれた。失敗したと分かったから、少女はひとつかみの魔石を手にして壁を破壊して逃げた!
「逃がさん!」
ファリズもエフェルガンもジャタユ王子も倉庫の外に出て行くと、少女は空を飛んでいる。鎖の一部だと思ったものは飛ぶための装置だったのだ。装置に魔石がはめてある。使い慣れている様子からみるとモルグ人かとローズは思った。けれど、肌の色からみると精霊系の種族だ。
「もう悪さをやめて」
ローズが彼女の前に飛んで声をかけた。
「悪さをしたのがそっちでしょう?」
少女は怒った顔でローズを睨みつけた。
「どういうことですか?」
「やっと私達モルグが生きていける国ができたんだ。なのに、あなたたちが私たちの夢を壊しに来た」
「この国はエグバドールという国だよ」
「いいえ!ここはモルグの国、モルグエリア国よ!」
「それはあなたたちが勝手に付けた名前でしょう?」
ローズが言うと、少女は首を振った。
「国をとったなんだから、どんな名前でもこっちのかってでしょう?」
「ならばその言葉を返し、私達がこの国をとったから、元の名前に戻したとしたら、あなたはどうしますか?」
「戦う!」
「なぜ?」
「生きるためよ!モルグの血があるからといって、あれこれ何もできない。スズキノヤマから追われて、エグバドールでも他の種族と同様な生活ができなかった。ドイパ国に移住したいのに審査が厳しいし、やはり離島で厳しい生活を強いられている・・結局私達がどこへいても生活ができない!」
「あなたはモルグ人だと見えないわ」
「お父さんはモルグよ。殺されたけど、スズキノヤマの兵士に」
「事情が分かるけど、それでもあなたたちがやったことに賛成できないわ。他の種族を魔石にすることってとても悪いことよ」
「何が悪い?私達を奴隷として使ったのだから、今度は私達が彼らを使う番だよ」
少女が言うと、ローズは戸惑った。けれど、その後、ローズは首を振った。
「そのような術で、無差別に人を危めてしまうことは許されないことよ」
「あなたこそ、そんな怪しい術をして私をどうにかしようとしたら大間違いよ。もう昨夜のうちに術をばらまいたのよ」
「それは困りましたね」
少女は構えていて、そして次の瞬間・・。
「ふざけるな!」
突然大きな声が聞こえて、びっくりした。ジャタユ王子が高速でその少女を攻撃して首の後ろを手で叩いた。少女は意識失いぐったりとしている。
「ジャタユ王子、その少女の取り調べは幻術に強い暗部にして下さい。術が使えるから極めて危険よ」
「分かったよ。はぁ・・俺が今めちゃくちゃ機嫌が悪いんだけど・・大きな声出してごめんな」
「ううん。これから術を破壊しなければならないんだ。次はどの兵士が暴れてしまうか分からないから」
「そんなのできるのか?」
「できるよ」
「ローズさん、すごいな」
「ちゃん付けでも構いませんよ。私達は将来の従兄弟ですから」
ローズが微笑みながら言うと、ジャタユが笑った。
「その姿をみてローズちゃんと呼ぶのがちょっと違和感がある」
「かわいくないからかな」
「いんや、美人だからだ。おっと、ミライヤに言わないでね。怒られるから」
「じゃ、口止め料として、ドイパ国の料理たくさんとご馳走して下さいね」
「了解した」
ジャタユ王子はその少女を地上へ連れて行った。エフェルガンは隣に来てくれた。
「トダは助かるよ」
ローズは先に声をかけた。
「感謝する・・が、やはりその姿のローズを見ると、僕の気持ちが落ち着かない」
「仕方がなかった。彼らを救うにはこの姿でしかなかったんだ」
「頼む・・もうその姿にならないでくれ」
エフェルガンが辛そうな目で見つめている。目の前に美しい女神姿よりもちびで得体の知れない体の方が彼にとってすべてだからだ。
「できるだけ・・そうします」
ローズはなぜか彼に約束が言えなかった。エフェルガンの顔を見て、とても悲しい目をしている。彼が分かっているのだ、いつか彼女が肉体を捨ててこの体になることを・・。
ローズは地上を見つめている。あの少女が言った術のことを・・昨夜ばらまいたと彼女が言った。ということは、このエスタバールの町全体になることだ。町全体を浄化をしなければならない。また術にかかっている人々もすべて正常に戻さないとならない。
雨雲を呼び寄せて、重なり、重くした。雨雲が段々黒くなり、ぽつんぽつんと雨が降り始めた。
「ホリー・レイン」
聖なる雨が地上を浄化して、再びパチパチと所々術が破壊された音がした。
「聖なる光で、エスタバールにいるすべての者に、汚れ無き体に戻れ!ピュリファイ!」
ローズは祈りの歌を歌い雨とともに踊って、浄化の光を雨粒に乗せた。なぜこのようなことをしたのか、ローズ自身も分からない。ただ本能に従い、やっただけかもしれない。エフェルガンの悲しい表情と、地上に無言でその二人を見つめているファリズに気づいたけれど、ローズは気にせずしばらく降り注いでいる浄化の雨の中、空中で祈りの歌を歌いながら舞いをささげた。




