162. スズキノヤマ帝国 エグバドール奪還戦争(1)
ローズとエフェルガンはは今、上空にいる。
神々の鳥であるガルーダのダルセッタに乗っている二人は注目の的になった。なぜなあら、迫力が違うからだ!
しかも戦闘装備されているダルセッタはとても格好良い!しかし、本当にすごいのは三日間でダルセッタの装備を作り上げた職人達だ。彼らはすごすぎる、とローズは思った。背中にちゃんと快適な座る場所や操縦の紐も付けられていて、エフェルガンにとって操縦と戦闘に両方を快適に整えた。ダルセッタ自身も問題がなさそうだ。いやがったり、暴れたりもせず、とてもお利口な鳥だ。
この戦争で皇帝も参加している。けれど、前線にはいかない、と皇帝は言った。前線はエフェルガンに任せて、自分が司令室にいて、ローズがいる医療班のすぐ近くにいる予定だ。ちなみにガレーは、当然、皇帝のそばにいながら、医療師としての仕事もするそうだ。
皇帝が自ら戦場に出向くという話が明らかになった三日前、どこから情報が漏れているのか知らないけれど、数々の貴族達が参加すると表明した。恐らくアピールするチャンスを狙っている、とローズは思った。ダナの領主の座が開いているため、そんな豊かな土地の支配者になりたいという貴族がたくさんいる。皇帝の前で己の強さをアピールできれば、なおかつ功績が認められると、領主になれる可能性が出てくる、と彼らが考えているのでしょう。だから貴族らはぴかぴかな鎧姿で現れた。
当然の話なんだけど、数人の貴族が、女性であるローズとリンカを見て、けなすような視線で見る人もいる。なぜなら基本的に、スズキノヤマの女性は武器を持たないからだ。女性は戦場に行くことなんてありえない。この国では、女性が戦場に出ることが出過ぎた真似として見られてしまう。けれども、研修医の証しであるローズの首飾りを見ると、大体彼らは理解している。リンカは護衛官の服装で来たから、ローズの付き人であることもはっきりとしている。
この戦争で、ファリズとポポも参加している。彼は荷物や物資を運んでいるのだ。他国の問題はどうでも良いと言いながら、当日になって参加すると言ってびっくりした。その理由を尋ねたら、ローズを虐めたモルグ人にお礼参りがしたい、とファリズは答えた。当然赤いオーラで身を纏うファリズがとても目立つ。鬼神を初めて見た人が大体ぎょっとしている。恐らく本で描かれている鬼神の姿よりもずっと怖い、とローズは思った。大きな体で、黒っぽい肌に、赤い目と口から見えている牙で、かなり目立つ。顔そのものがとても美形だけれど・・、その赤いオーラのためハンサムな顔が怖い顔になってしまった。堂々たる振る舞いはやはり元大将軍であるからか、とても強そうな印象をもたらしている。背中にある大きな戦斧もその強い印象をより強くした。
ドイパ国からの戦力も上空で合流した。ジャタユ王子が相変わらず強そうだ。ガルーダに乗っているローズとエフェルガンを見ると、ジャタユ王子は隣に来て、挨拶した。彼は初めてガルーダを見たそうで、興奮していた。伝説にしか存在しない生きものだと思ったらしく、実際に目の前にいると分かって、じろじろとダルセッタを見ていた。
南の国々の連合や同盟の国々も次々と集まってきた。ベースキャンプとして選ばれたのはテメルド島で、エグバドール王国ともっとも近い島だ。でもやはりこの島にモルグ人の集落があった。民は政治と無関係と考えたいが、戦争になるとやはり彼らの立場が弱いのだ。無慈悲にも皇帝陛下は彼らを追い出そうとしたが、ドイパ国のジャタユ王子はモルグ人種の一般人なら、ドイパ国への入国を歓迎すると言って、兵士にモルグ人のための島への移動と誘導を命じた。エフェルガンはジャタユ王子の寛大な行いを見て、しばらく考え込んでいる。彼はきっと色々と違う視点からの考え方をもの当たりにして刺激を受けているのでしょう。
皇帝のためのテントができて、陛下はそのテントに入って、一休みをした。首都からテメルド島まで二日間以上かかったため、相当疲れたのでしょう。ファリズはポポに気遣って、餌と水を与えてからポポの隣で座って休んでいる。するとジャタユ王子はファリズの所にいって、会話し始めた。やはり未来の従兄弟だからか、両者は笑顔で会話している。すると、エフェルガンも彼らの会話に入り、三人の男性が兵士が持ってきた焼いた肉を食べながら楽しそうに会話している。家族だからだ、そんな感じがした、とローズは遠くから彼らを見ている。
ローズはガレーとトダ達とともに医療用のテントを準備してから、少し食事した。用意されたテントでリンカと一緒に少し仮眠した。念のため、護衛官らも近くで休んでいる。
近くのテントは貴族達のテントで、豪華なテントだ。良くそのようなものを持ってきた、とローズが思ったぐらい豪華だった。戦争に行くのと娯楽のキャンプに行くのと違う気がするけれど、彼らにとって何の問題のないことだ。大変なのは彼らの使用人と兵士達だ。さっきからばたばたと走って、うるさかった。それでもローズとリンカが仲良く眠っていた。休憩して数時間が経ったころ、事態が急変した。敵の飛行部隊から贈り物が届いた。それは在エグバドール国のスズキノヤマの大使の首とドイパ国の大使の首だった。皇帝陛下はそれらの首を兵士らに見せて、それらの首の上に酒を注いで、吠えた。これは怒りを露わにして、戦闘準備の気合の合図でもある。どうやら、これはこの辺りの国々の伝統だそうだ。
けれど、ローズは良く分からない。命を落としてしまった大使達が哀れだ、とローズは思った。しかし、彼らはその覚悟で国の代表になったのでしょう。当然在スズキノヤマのエグバドール大使も青い顔で陛下の前で跪いている。彼の扱いは、これから戦争の結果次第だ。
兵士達が慌ただしく戦闘準備をしている。エフェルガンもジャタユ王子もファリズも自分の持ち場にいて、確認する。ポポが疲れたため、ファリズがエフェルガンと一緒に、ダルセッタに乗せてもらうことになった。
「ローズ」
「はい」
「征ってくる」
「ご武運をお祈り致します、エフェルガン」
切ない夫婦の会話だ。夫を戦場に送り出す妻の気持ちはこんなにも不安で仕方がないことだと、この国に来てから理解するようになった。エフェルガンの口付けはとても切なく感じる。ファリズはローズの頭をぽんぽんとなでて、エフェルガンとともにダルセッタの背中に乗った。貴族達もそれぞれのフクロウに乗って、エフェルガンとともに出発した。
「ローズ、エフェルガンと連絡を取り、戦場の様子を余に報告するように、と伝えよ」
近くにいた皇帝がローズに向かって、言った。
「でも・・」
「命令だ」
「はい、父上」
ローズがガレーを見ると、ガレーがうなずいた。ローズは医療施設にいるのではなく、皇帝がいるテントに行くことになった。護衛官のハインズとエファイン、そしてリンカも、ともにテントに入って来た。護衛官ミルザとジャワラも皇帝の近衛達とともにテントの外で待機している。
ローズはエファインに鏡と灯り四本を用意するように頼んだ。念のため大きな鏡四個を持ってきて、正解だった。なんとなくその予感がして、準備した。
鏡や灯りは皇帝の椅子の前で設置した。基本的にローズも鏡を見るので、皇帝にローズの後ろ姿を見せるような姿勢になった。逆にハインズとエファインは陛下に向かって立っている。彼らはローズの背中を守っている姿勢をしている。リンカは食料を調達して、食料がカバンにいっぱい詰め込んで、持ってきた。
皇帝は何も言わず、すっとローズを見ている。軍事参謀や数人の年老いた貴族は皇帝とともに無言でローズたちを見ている。正直に言うと、とても居心地が悪い環境だ。
「始めます」
「ほむ」
ローズが言うと、皇帝はただその短い返事をした。
彼女は祈りを捧げ始めると、皇帝らが静かにその祈りが終わるまで座っている。やはり戦争になると神に勝利を祈ることがどこの時代もどの世界も同じだ、とローズは思った。そして祈りが終わるとすべての鏡が光り出した。ローズ自身も光り出した。
「エフェルガン、返事をして下さい」
ローズが交信を試みている。
(ローズ?! なぜ?医療班は?)
エフェルガンは文句を唱えている。
「父上のご命令です」
(父上にローズを勝手に使うなと言いなさい)
「そんなのが言えないよ」
(絶対に無茶しないでよ?!)
「うん。戦場の様子を報告せよと言われたよ」
(まだだ・・そのままで言え)
エフェルガンはすねている。後ろで鏡で様子を見ている皇帝陛下にもローズたちの会話が聞こえていて、数人のお年寄り貴族と顔合わせて笑い出した。
「聞こえとる。妃を甘えたいなら、帰ってきてからにせよ、とエフェルガンに伝えよ」
ここまで言われてしまったら、さすがに恥ずかしい。
「聞こえてるって。余計な事を言わなくて良いと・・」
ローズが赤い顔でいうと皇帝がまた笑い出した。
(分かったよ)
エフェルガンはかなりすねているのだ。きっと今口を尖らせているのでしょう。
「ファリズ、ジャタユ、返事をして下さい」
ローズが二人を呼んで、状況を確認している。
(おお!)
(この感覚は久しぶりだねぇ、ローズちゃん)
ファリズとジャタユが返事してくれた。
「うん。本当ですね、ジャタユ王子。オオラモルグ以来ですね。ちなみに今はどんな様子?」
(敵が一匹も見あたらない。もうそろそろかな)
「分かりました。何かあったら連絡して下さい」
(あいよ、ローズちゃん)
ジャタユからの交信はしばらく終わり。
「ファリズ、そちらの様子を教えて下さい」
(様子か・・このガルーダは最高だぜ)
「ポポが聞いたら悲しんでしまいますよ?」
(あ、すまん、それはなしで)
「あはは。そうですね。他には?」
(弟がかなり怒ってる。さっきからぶつぶつ文句を言ってるぞ)
「うむ」
(あと俺の目を借りるよりも、ガルーダの目を借りた方が良いぜ)
「できるの?」
(神の鳥だろう?)
「うむ、動物と交信したことがないから、分からないけど、試してみるね」
(おう)
かなり興味深いことだ。果たして、ダルセッタと交信できるのか、試すしかない。
「ダルセッタ、私が分かるかな?ローズだよ」
(キュルルルル)
繋がった・・。驚いた。
「ありがとう、ダルセッタ。周りの様子を見せてくれるかな?」
(キュルルルル)
鏡にダルセッタが見えるものが映し出された。何もなかったと思われるが、ダルセッタが何かを気づいた。
「エフェルガン」
(何?)
「あなたの右上に何か見える?」
(雲が多いから何も見えない)
「雲・・」
(どうした?)
「飛行船はいつも雲に隠れているから要注意よ」
(分かった)
エフェルガンは合図を送って、全員高く飛んでいく。そして、ダルセッタの上に立って、呪文を唱える。ジャタユ王子も構え始めた。
「エフェルガンに、ファリズに、ジャタユに、ダルセッタに、バリアー!攻撃力増加エンチャント!速度増加エンチャント!」
ローズがまとめて支援魔法を送った。鳥に支援が効くかどうか、分からない。
「ローズ」
リンカはサンドイッチを渡した。皇帝らが不思議に思われるでしょうけれど、ローズは気にしない。彼らはもう鏡に釘付けして、言葉すら言わなくなっている。驚いたというか、不思議な感覚で、まるで自分たちが戦場にいるかのような感覚になったのでしょう。
エフェルガンは風を起こし、雲をはらった。予想通り、そこに見えたのが飛行船だ。その数は・・。
「エフェルガン、数は大体いくつ?」
(見たところで、・・30ぐらいだと思う)
「なんとかなるか?」
(俺たちはなんとかできるが、ジャタユ王子は倒し方分かるか?)
「多分分かると思うよ。彼は対飛行船戦闘に経験があるからだ」
(じゃ、問題がないな)
「うん」
エフェルガンが空軍に合図送った。いよいよ飛行船を落とす作戦にすると思う。
(キュルルルル)
ダルセッタが何かに気づいた。
「エフェルガン、待って」
(どうした?)
「ダルセッタが何かに気づいたの。ちょっと確認するね」
(ああ、急いでくれ)
ダルセッタが見せたものがあるが、ローズの目はそこまで細かいものが分からない。鏡でみた映像をエフェルガンに転送する。念じるだけでこんなに便利に情報が送れるなんてインターネットよりも優れている。
「見えた?」
(ああ、何だろう)
「ジャタユ王子にも送るよ」
(頼む)
エフェルガンと同様、ジャタユ王子とファリズ兄さんにもその映像を送った。
(ローズちゃん、あれは魔法陣だよ)
ジャタユ王子から連絡が入った。
「魔法陣?もし飛行船の上に乗ったら、それが発動するの?」
(そうみたいんだね)
「やっかいだ」
(壊さないと、空軍が全滅するぞ)
「分かった」
術を破壊しなければならない。
「エフェルガン、飛行船の上に術式が描かれているの。誰か乗ったら、発動するそうで、破壊する必要がある」
(分かった)
エフェルガンはファリズと何か話し合った。そしてエフェルガンが再び呪文を唱えた。けれども、飛行船が射程内に入ったからか、攻撃し始めた。無数の高熱線が連合軍を狙っている。当たって落ちた兵士もいた。これはまずい。
「バリアー・シールド!」
ちょうどど真ん中の位置にいるジャタユ王子の目を借りて、広い範囲の魔法の盾を展開した。
リンカは急いで次のパンとハムを差し出した。すると、ローズは急いで食べて魔力の補充をした。急いで食べたから喉に詰まって、白湯を飲んだ。お行儀が悪いこの姫に後ろの貴族の誰かに声をかけようとしたが、皇帝に止められた。
敵の攻撃が盾の魔法に弾かれた間に、なんとかエフェルガンが呪文を唱え終わったようだ。そして魔法陣は広い範囲で敵飛行船軍を包みながら、下へゆっくりと降りている。パチパチの音が鮮明に聞こえている。
ダルセッタは急に高く飛んで飛行船の真上に旋回している。その目からはっきりとみえて、飛行船の真上に描かれている魔法陣が消えた。
「消えたわ。今だ」
(了解)
エフェルガンもジャタユ王子も各部隊に合図を送った。
「バリアー・シールド解除!」
魔法の盾を解除したら、スズキノヤマ空軍の兵士達がフクロウを乗り捨てて、自分の翼で上へ飛んでいった。乗り捨てられたフクロウを急いで回収した兵士もいて、飛行船の高熱線を交わしながら上手に回収している。やはり2-3回の経験があると、全体的に動きがとても鮮やかで、無駄がない。皇帝も後ろで貴族達に説明しながら、兵士達の戦いを見守っている。エフェルガンもファリズも下へ降りて行くと、今度はすべてダルセッタの目から見えた映像に注目している。ずっと上でぐるぐると飛んでいるダルセッタは、エフェルガン達の戦いを見せてくれている。激しい戦いで、飛行船の上にモルグ人剣士か兵士か上がってきて、飛行船の上に乗っている連合軍を攻撃する。エフェルガンとファリズは彼らの攻撃に応戦している。
と、そのとき、何かが見えている。
「エグバドール軍だ! 東側辺りから出現した!」
ローズが言うと、エフェルガンは見て確認した。けれども、彼らは味方ではなさそうだ。というか・・全員モルグ人で、軍用フクロウに乗って攻撃を構えている。
(キュルルルル)
ダルセッタも危険を知らせてくれた。
「ファリズ、ダルセッタに乗れますか?」
(良いけどよ、遠いんだよ)
確かに。ならば・・。
「ダルセッタ、兄さんを迎えにきて、そしてそれらの飛行部隊の上に飛んで」
(キュルルルルルル)
ダルセッタが理解している。すごいな・・、とローズは思った。やはりガルーダは普通の鳥ではない、と彼女が確信した。
ダルセッタは猛スピードでファリズの近くまで飛んできた。ファリズはダルセッタの上に飛び込んで、それに合わせてダルセッタは再び上昇した。
「ダルセッタに金のバリアー!速度増加エンチャント!」
飛行船の光線に当たったけれど、バリアー魔法のおかげで怪我がなかった。でも少しは痛かったようだ。
「ダルセッタ、大丈夫?ごめんね」
(キュルルルル)
「ダルセッタにヒール!」
(キュル、キュル)
なんかかわいい。くすぐったいか、とローズは思わず微笑んだ。
(こいつはかわいいな。おっと、ポポに聞こえたらまた突かれるな)
「あはは、そうだね・・。でもダルセッタはやはりかわいくて、頭が良いよね」
(同感だ。さて、こいつらを全員殺せば良いのか?)
「できる?」
(冗談だと聞こえるか?)
「ううん。兄さんなら簡単だと思うけど」
(ここは空中だぜ?)
「怖いの?」
(はっ!俺に怖いなど・・いや、父上が怖いな)
「なら平気。私がそこにいれば、こいつらを一人で倒すよ」
(生意気な妹だ。戦い方って、どんなもんか、教えてやるぜ)
「おお!期待してるよ、兄さん!」
(ふん、調子が良い妹だ。弟は苦労するぜ)
「もうすでに苦労しているから、このぐらいの苦労なんて、比べられないほど軽いと思うよ」
(ばはははははははは!・・・さて、征くぜ!)
ローズとファリズの会話を聞いたハインズとエファインは苦笑いした。皇帝もつられて笑った。
ダルセッタからの目だとファリズが敵の鳥の上に飛び込んで、そして一気に・・。
「ガアアアアアアアアアアアアアアア!」




