14. ダルガ ストーリー: 家族
ドーン!
大きな音とともにミライヤ屋敷の屋根が吹っ飛んだ。
「ローズ!」
ミライヤが叫びながらローズを触れようとした。けれど、彼女は何かに弾かれてしまった。
「ミライヤ! 何があった?!」
リンカが駆けつけて行った。しかし、リンカの質問を答える時間はなかった。
「ローズ! ローズ!」
ミライヤは必死に彼女を呼びかけた。魔法をかけて、なんとか彼女を触れるようになった。けれど、ローズは起きなかった。
「崩れる!」
リンカは倒れかかって来た柱が折れてしまったことを見て、急いで走った。
「バリアー!」
リンカは必死にバリアーの魔法をかけながら、ミライヤのそばに行った。
「ローズ!ローズ!しっかりして!」
ミライヤが叫んでも、ローズがびくっとも動かなかった。
ズサッ! ドーン!
屋根や壁が崩れる音がした。ホコリと破片が舞い上がり、頭の上からいろいろなものが落ちてきた。
村から帰って来たばかりのダルガが騒ぎに気づいて、駆けつけた。しかし、突然の爆発にダルガがびっくりして、急いでミライヤの屋敷に向かった。そこで彼が見たのは、リンカのバリアーによって、なんとか皆が無事だった。
けれど、ローズが意識不明となっている。ミライヤは必死にローズを呼びかけていたり、医療魔法をかけたりしてもまったく動かなかった。息はしているし、何の傷もなく、ミライヤの魔法による内部ダメージがなかったことも判明した。しかし、目を閉じたまま、眠るように、と感じがした。
とりあえず、ローズを離れの屋敷に運んでいくことにした。ここだと、いつ残った壁や屋根が崩れるのか、時間の問題だ。
モイの悲鳴と混乱した姿が半端なかった。ダルガが急いでローズを寝台に寝かせて、再び医療魔法をかけた。ダルガは医療魔法なら少しできた。けれども、ローズには効果がなかった。
ミライヤとリンカが駆けつけて行った。そして彼女が再び魔法をかけてくれた。けれど、ローズがびくっともしなかった。
モイが泣き始めた。そんなモイを見て、その気持ちが分かる、とダルガは思った。ものすごく分かる。実に言うと、ダルガだって泣きたい気分だ。
ローズはあの日の朝から初めての魔法の勉強をした。瞑想に入り、自分自身と対話することで、自然と結ぶ。自分がどんな魔法が使えるか、どのぐらい魔法が使えるか、対話することによってすべてが分かる。これは初の覚醒だという。それから、その自然の一部となる契約をする。これをやれば、大体の人が魔法ができるのだ。初めての人は大体1週間から数ヶ月間かかる長いプロセスが必要だ。瞑想なんて2-3時間で終わる。
しかし、今回は違った。あの日の朝からずっと瞑想状態になり、そしてそのまま爆発した、という。
ローズがミライヤの呼びかけにまったく応じなかった。そしていきなり声が聞こえていて、ローズが契約の言葉を口にした。
「・・・私の名前はローズだ!」
ダルガはちょうど馬屋から降りて、荷物を離れの屋敷の方に帰って来るところだった。彼がちょうどモイを手伝いに行って、いきなり大きな爆発が起きた。素早く地面に伏せ、身の安全を確保した。けれど、ローズのことを思い出し、急いで中に向かっていたらあのありさまだった。
なんとか、ローズを安全な場所に移動できた。その後、まもなく屋敷が崩れた。ついでに言うと、ミライヤとリンカは無事だった。
「どこにも悪いところもないのに、なんで起きないのですか?」
涙に溢れるモイの問いかけには答えられなかったダルガたちだった。正直に言うと、ダルガたちはどう答えれば良いのか、分からないのだ。傷もなく、内部ダメージもなく、精神ダメージも見られなかった。すべて正常だった。
「しばらく様子を見て、寝かしてやることも大事だ」
ミライヤの提案に一理あり。リンカも同意したため、ダルガたちは彼女を見守ることにした。
体を温かくして、静かに寝かせることにした。時には彼女を確認したりして、体温が下がったら、医療魔法と火属性の気を体内に注入したりした。今のダルガはそれしかできない。悔しい、と彼が思いながら、ローズを見つめている。
モイは毎日丁寧にローズの体を温かい湯で拭いて、快適な寝間着を着替えさせている。ミライヤは半壊した屋敷に戻り、書物の中に情報を調べている。
村人達が駆けつけて来て、慣れているような感じで、破片や崩れた屋敷の壁や屋根を直し始めた。話を聞くと、そういう契約を交わしたらしい。ミライヤは発明家であり、研究者でもあるから、実験に失敗して良く屋敷を壊した、という。
リンカは周囲を見張るような姿勢で外で座ってる。彼女はもちろん猫の姿でいるのだ。
モイはずっとローズの隣に座って、見守っている。ろくに食べず、飲まず、疲れが顔に表れている。このままだと倒れてしまう、とダルガが心配している。ダルガは村人に、しばらくの間に、毎日食料を運んでもらうように、と頼んだ。食べなければ、何があったら対応ができないからだ。
ローズが爆発を起こしてから2ヶ月近くが経った。
ダルガはこの状況がずっと続いているから、ダルゴダスに報告するかどうか迷っている。けれど、リンカはその報告は自分がやると言った。なので、ダルガはそれに従った。なぜなら、ダルガたちのリーダーはこの黒猫のリンカだからだ。彼女はダルガよりもずっと上にいる。彼女はレベルSの武人だ。
もうあれからどのぐらい経ったか、ダルガが数えることすら忘れて来た。毎日モイの悲しそうな顔を見て、正直言うと、とても辛い、とダルガは思った。言葉もあまり言わなくなり、とてもやつれてしまった。いくら護衛や傭兵の仕事に慣れている彼でも、この状態をみると、本当に辛かった。
ローズが何も食べないのに、まったく変わらない。やせてもなく、不思議だ。本当は、この子は何者だ、とダルガは思った。この小さな女の子、頭の上に小さなピンク色の薔薇の花がきれいに咲いている。あの爆発から、今になっても、枯れずに、美しく咲いている。花の精霊の子なのか、とダルガはローズを見つめている。ダルゴダスは詳しく言わなかっし、ダルガも深く聞こうとしなかった。依頼はミライヤの屋敷まで護衛し、1年間ぐらいともに過ごし、体を鍛えて、楽しく修業をするように、と・・。それだけだ。
これは親心だ、とダルガが思った。ダルゴダスの屋敷に起きた爆発は、ただの魔法遊びが原因だと聞いた。けれど、本当はこの爆発と同じ原因ではないか、とダルガはそう疑った。
しかし、このかわいい、小さな女の子が、そこまで強力な技を持つののは尋常でないことだ。これは異常事態だ、と考えても良い。この小さな体の中に、本当は何が起きているのか、ダルガだって知りたい。
考えても分からないから、ダルガは外に出て行った。薪を割って、落ち着けようと思った。けれど、何かの気配を感じる。
「誰だ!」
何者かの気配がした。足音が聞こえた。このぴりぴりモードで、足跡を立てないで歩く者はすべて危険分子だ、と見なされる。
「こんにちは、ダルガさん。俺は里のロッコです」
一人の若い男性が屋敷の庭から現れた。青い鱗の特徴がある。蛇人族か、と彼は思った。
「そこで止まれ。何しに来た?」
ロッコと名乗った者は足を止めた。彼はダルガの殺気を感じて、警戒した。
「えーと、ローズのお嬢ちゃんに、柳さんからの贈り物を届けに来たんです。今まずいですか、ダルガさん?」
「いや、ちょっと今は取り込み中だ」
ロッコは動かず周囲を見ている。
「その荷物は私が預かる」
後ろから女性の声が聞こえた。人の姿のリンカだ。長い髪の毛に白い肌、青い瞳で、とても美しい女性だ。服はドレスで、首から足下まですべて黒い、漆黒の黒さだ。死に至る冷たい声で、里で知らない武人がいないぐらいだ。美しい死神、黒猫のリンカだ。
「お願いします」
ロッコが包みをリンカに渡した。
「ご苦労。お気を付けて、帰るが良い」
リンカは冷たい声でロッコを帰るように命じた。
「えーと、お嬢さんはいないんですか。挨拶したい、と思って」
「その必要はない。修行中だ」
「その修業はこの屋敷の状態と関係あるんですか?」
「あれはミライヤ様は実験が失敗したことで、屋根が吹っ飛んだだけだ」
「じゃ、里に報告しても問題ないですよね」
「報告は私がする。屋敷は実験の失敗で壊れた。それだけ」
リンカはロッコの言葉に遮って、即答した。
「おつかれさん、気をつけて帰りな」
ダルガはロッコを帰らせた。これ以上リンカの機嫌を損ねたら、殺されるのだ。彼女の殺気が段々と上がっているからだ。
「分かった。じゃ、お嬢さんにごきげんようとお伝え下さい。では失礼します」
彼は背中を見せずに、後ろへ一歩ずつ下がって歩き出した。離れたところで、素早く振り向いて、足早く村の岸壁の方に走った。リンカはダルガの方へ歩いて、荷物を渡した。ダルガはそれを受け取った。
「念のため、開けますか?」
「必要ない。柳があの子のために、心込めて贈った物だ。しかし、あの暗部に手紙が読まれたでしょうけど、危険な物はない」
リンカはそう言いながら、庭先にはロッコがいないと確認している。
「あれは暗部だったのか」
「ええ、柳を監視するための暗部よ。人間関係まで見張られているのよ」
「柳さんは、ローズ様のことが気にかけているのが分かったけど、まさか男女の関係とか、じゃないんだよね」
「分からない。でも力は力と呼び合い、惹かれ合う。柳は強い、そしてあの子も強いわ。惹かれ合うのは自然なことかと」
リンカが首を振って、振り向いた。
「ローズ様は何者なんですか?」
ダルガは思わず疑問を問いかけた。
「神様からの預かり者、と今はそれを理解すれば良い」
ミライヤがそう答えながら、言った。彼女は修復中の建物から現れた。
「その贈り物はローズの頭の近くにおいてちょうだい」
「はい」
ダルガはうなずいて、その命令に従って、離れ屋敷に入った。その荷物をモイに渡して、また部屋を出た。
夕餉の時間、味のないまずいパンを口にした。モイが作ったあの時の美味しいパンが恋しい、とダルガが思った。けれど、今のモイはとても弱々しい。二人とも倒れたら、自分がはどうしたら良いんだ、とダルガは困っている。
軽く水浴びをしたら、冷える体を温めようとお茶を作ろう、と彼が思った。でも台所に入っても、モイがいつも煎れたお茶の葉っぱがない。あったのは村人が持って来たお茶の葉っぱだけだった。味はあまり美味しくないなぁ、とダルガは思った。モイのお茶が恋しい。あれはどこで買ったのか、聞こうか、と彼は家を戸締まりした。
戸締まりして、台所の火を消して、ローズの部屋に入った。モイは無言でダルガを見ている。
「まだ寝ているのか」
「はい」
元気の無い答えだ。ダルガは寝台の隣に剣をおいて、その寝台に座った。
「あ、そうだ。モイさん、聞いても良いですか?」
「はい?」
「あの花のお茶ってどこで買ったんですか?」
「買ってません。私が出したのです」
モイの答えでダルガが首を傾げた。
「出した?」
「はい」
「どうやって?」
「手のひらからです。こうやって・・」
モイは手の平から少し集中すると、ぽんぽんと花が現れてきた。
「すごいな」
「これを煎じて、毎日お花の茶を作っています」
「なるほど。モイさんって、花の精霊?」
「いいえ、草花の精霊です。植物系の精霊の中で一番身分が低いです」
モイが恥ずかしながら言うと、ダルガが微笑んだ。
「私にはどういう区別あまりよく分からないんだ」
「魔力が高いものは人型として普通の生活できるんです。でも花の精霊や木の精霊のような技や魔法が使えません」
「そうなんだ。私は見ての通り、山猫人族です。この世界に元々いなかった種族だ。精霊の区別は正直に言うと、あまりよく分からない。気に触ったら、ごめんなさい」
「いいえ、問題ありません」
かすかに微笑んでいるモイはやはりべっぴんさんだ、とダルガは見逃さなかった。もっとその笑顔が見たい。
「うう・・」
ローズは声を出した。寝言か?、とダルガが近づいた。
「ローズ様?」
ダルガはローズ様を呼びかけて見た。
「お母さん・・お父さん・・」
彼女の小さな口から親を呼び出す言葉が聞こえた。
「寝言ですか?」
「多分」
モイが心配そうな顔している。ローズはいきなり泣き出して、小さな子どものように、寝ながらしくしくと泣いている。
「大丈夫ですか?」
「分からない」
モイの質問にダルガが首を傾げた。
「お母さん・・お父さん・・」
夢を見ているのか、と彼が思った。モイはローズの手を触って、優しくなでて、よしよしとあやす。まるで母親のような・・。けれど、ダルガは体験したことがないことだ。多分そんな感じだったかもしれない。母親の愛が、心のどこかで切なく感じている。
「あの・・」
モイはダルガを見ている。
「はい?」
「失礼ことだと分かりますが・・」
「へ?」
「あの、ローズ様のために、そちらの手を優しく握って下さいますか?」
「ローズ様の?」
「はい。どうやら、夢の中で、ご両親のことが恋しく感じているようです。短時間だけでも良いんです」
「こんな感じ?」
ダルガがローズの手を握っている。
「はい。お願いします」
モイが体を落として、横になりながら、ロースを優しくなでる。ローズは泣きやんで、再び眠りについた。ダルガはそれを見て、無言になった。ローズの手がとても小さかった。普通の小さな子どもの手だ。こんなにも小さな手だ、とダルガは思った。
小さいのに、あんなに大きな力を背負っている。そして柳がこの小さな子の何かに惹かれている。でも、どう見ても、小さな子どもだ。かわいい、とダルガはまた思った。
時間が経って、モイがローズの隣で眠ってしまった。疲れがピークになったのだろう、とダルガはモイを見つめている。ダルガも少し仮眠でもしよう、と。ローズの手をにぎりながら・・。
しばらくして気配を感じた。素早く隣にある剣を片手で取って、構えた。現れたのはリンカだった。猫の姿のリンカだ。
「家族のようだね」
「ご冗談を・・」
ダルガが否定した。
「あなたは良い父親になりそうだ」
「私には、無縁の話だ」
「どうでしょう。幸せそうなあなた達の姿を、あの港町で見たわ」
リンカがそう言いながら寝台に上って、ローズを確認した。
「あ、あれは成り行きで・・って、全部見たんですか?!」
「当然よ」
「全然気づかなかった」
「ふふふ」
まいったな、とダルガは苦笑いした。リンカにすべてばれている。さすが、気配を消すのは世界一でしょう、この猫。
「ローズに医療魔法を少しあげなさい。あなたがにぎった手からでも良い。弱っている」
「はい」
ダルガがその指示に従い、手を再び握って、回復魔法を流した。
「こうみると本当に親子のようね」
「私には、親子とは、どんな感じが分からないんです」
「私も分からないわ」
リンカは寝台の上で猫の箱座りしている。
「その侍女も、すごく弱っている。このままだと消えてしまうわ」
「それ、まずいんじゃないですか」
「あなたはずっとそばにいて、気づくべきだわ」
「すみません」
「私は彼女にエネルギーをあげるわ。あなたはローズに集中しなさい」
「はい」
リンカは立ち上がって、モイの体に前足をあてた。少しずつその痩せた顔にふくらみが戻った。すごい、とダルガが見つめている。
「これでよし」
「ありがとう、リンカさん」
「問題ないわ」
リンカはローズに向かって鼻でその顔をキスした。猫のキスだ。やはり本当は猫なのか・・。
「ダルガさん、あなたは強い、ただ・・」
「ただ?」
「一つ足りない」
「力ですか?」
「いや」
リンカは再びダルガを見ている。
「依頼主以外の守るべき者がいれば、あなたはもっと強くなる。簡単に死ねなくなるからね」
「リンカさんはそういう人はいるんですか?」
「さぁ、ね」
なんかずるい、と彼が感じた。あ、そうだ、前に拾った術紙を言うのはすっかり忘れた、とダルガが思い出した。彼がポケットから出して、リンカに見せた。
「このようなものを拾ったんです」
「どこで?」
「エスコドリアの港で」
「なんで今更?」
「忘れていました。すみません」
「うむ、そういう物を口で持って運びたくないから仕方ないな・・」
リンカは寝台から降りて、猫の姿から人型になった。その術を手で拾い、部屋を出ようとして再び振り向いた。
「今夜はゆっくりと休め。見回りは私がやる。おやすみなさい」
彼女はすーと足音も立てないで、外へ出て行った。そして扉が閉まった音がした。
ダルガはローズの手を毛布に入れた。そしてモイの体にも毛布をかけた。ダルガはモイの髪の毛を触ってしまい、ぐっすりと眠っているモイの顔が見えた。きれいだ、モイさんはやはりべっぴんさんだ、とダルガは思った。
なんか、心臓の音が聞こえた。自分の心臓の音だ、とダルガは気づいた。
「調子が狂うな・・」
ダルガは部屋の外に出て、リビングの絨毯の上に転がる。
ダルガには家族というものは分からない。けれど、今のような生活も悪くない。ここでの生活は始まったばかりで、これから家族ごっこでもしよう、と彼が思った。ローズが起きて来たら、たくさんの思い出と楽しい時間を過ごそう、と彼が考えながら、寝ることにした。