130. スズキノヤマ帝国 ファリズ
メラープ村の戦争は終わった。
犠牲になった兵士達のお葬式が行われた。エフェルガンの騎士団の者が3人も亡くなった。悔しながら、エフェルガンはそれぞれの名前を呼んで酒を墓に注いだ。エフェルガンは自分の部下の名前を全部把握していて、それぞれの好物まで知っている。このような主の下で働いている者って幸せでしょう。怪我人は多数いるけれど、護衛部隊の全員は無事だ。
ローズがガレーと村の医療師とともに怪我人の看病をしている間に、エフェルガンはケルゼックやパルージョに指示を出している。ファリズはリンカとオレファと会話しながら食事を楽しんでいる。また子どもたちもファリズと会話したりして、もの珍しい鬼神のオーラに触れたりしている。ファリズは意外と子ども好きで、笑いながら村の子どもたちの話の相手をしている。
仕事が一段楽になったエフェルガンはファリズととても和やかな雰囲気で会話している。
食事を用意しているリンカと村の女性達はかなり大変だ。ハティやオレファ、そして護衛官らはこの戦闘の英雄であるファリズのために食事を運んだりしている。ローズは、彼らがどんな会話をしているか分からないけれど、エフェルガンの顔がとても嬉しそうだった。皇帝の前で、自分の兄弟に向かって、そのような顔をしたことがなかったのに、ファリズの前で本当の兄弟のような感じだった。
夕餉の時間になり、食事が整えられ、皆で勝利を祝いながら祝杯をした。村にあるものだけでの食事だけれど、格別に美味しく感じた。リンカは近くの森で狩った猪や鹿を丸焼きにして、豪華なご馳走を作った。敵の情報を探っていたエトゥレも帰ってきて、エフェルガンに報告をした。
パルージョはパララの国軍基地に兵士一人を送った。その兵士のために、リンカはお弁当を作って、持たせた。他の兵士がそのパララへ行った兵士にうらやましがっている、とオレファが言ったものの、本当はオレファもうらやましかったでしょう、とローズは笑いながら思った。リンカが料理している姿は、本当に家庭的なイメージがある。しかし戦闘姿になると、敵も味方も目を疑うほどの強さで、恐れられている。その美しい死神に目を奪われた兵士たちは今厨房の手伝いを頑張っている。オレファもその一人だ。
今夜は全員この村で泊まることになった。エフェルガンは村長にファリズのために簡単な服を作ってくれるように頼んだ。なぜなら、ファリズの身なりはかなりぼろぼろだ。その原因は、彼が無一文で旅をしているからだ。
村の女性たちは早速ファリズの体のサイズを測った。その後、彼は村の避難所の風呂に入って、散髪して、ひげを整えると、ローズが目を疑った。なぜなら、ファリズは意外と結構ハンサムで顔も整えているだからだ。ダルゴダスにちょっとだけ似ているけれど、多分母君の方に良く似ているのでしょう、とローズは思った。その避難所にいる衣服問屋の服を一着買ってもらって、今夜それで過ごすようにした。明日は別の服にすると村長が言った。
しかし、ファリズは相変わらず子どもたちによく囲まれている。村の子どもたちは大人と違って怖い者知らずだからだ。オーラ出しっぱなしの鬼神でもまったく恐れずに、子供たちは近づいて口から出ている牙に触ったりしたけれど、ファリズは笑っただけだった。
慌ただしい兵士達と違って、比較的に暇なローズは怪我人の看病した後、寝る場所の準備の手伝った。基本は雑魚寝だ。けれど、村長はローズとエフェルガンのために、避難所の個室を使わせている。ファリズはガレー達と一緒に寝るそうだ。本当は、せっかくファリズが泊まってくれるので、ふかふかな寝台で休ませてあげたかった。けれども、今回は皆で雑魚寝でしかできずに、申し訳ない気持ちだった、とローズが思った。
しかし、まだ建物の中で寝られるから良い方だ。兵士達はテントで寝ている。ひんやりした夜なので、疲れた戦争の後、かなり体に響くんじゃないかと心配して言ったら、ガレーは笑っただけだった。兵士達はそのための訓練を受けた、と答えられた。
休みの時間になって、エフェルガンが疲れていたので、すぐに眠った。彼の体のあちらこちらに切り傷が多かったけれど、ローズの治療を拒んで、塗り薬だけを使った。エフェルガンはローズに気遣ってあまり魔力を使わせない。
ぐっすりと寝ているエフェルガンと違って、ローズがなかなか眠れない。衣服を整えて、部屋の外に出たら、皆寝ている。疲れているのでしょう、と彼女が思った。水場に行って、少し顔を洗ったら、外で歌声が聞こえた。水場から出ると、避難所の前に焚き火で芋を焼いているファリズがいる。
「ローズか。眠れないのか?」
「うん。兄さんこそ、何をしているの?」
「芋を焼いている」
「うーん、見れば分かる」
ローズが言うと、ファリズが笑った。
「ははは、そうだな。これがこの近くで見つけたんだ。焼いたらうまいかもしれないと思ってな」
「そうか。食料に敏感だね」
「食料を買う金がないからな」
「うむ」
「喰うか?」
「じゃ、頂きます」
ファリズが芋一本をローズに渡した。食べてみたら、結構美味しい、と彼女が思った。
「どうだ?」
「美味しい」
「良かった」
ファリズも芋を食べている。
「兄さんっていつも素手で戦っているの?」
「そうだな。昔はそれなりに武器を使ったけど、この世界に来てからほとんど素手になった」
「そうか。腰に短剣があるのに?」
「これは調理器具だ」
「へぇ?」
ローズがその短剣を見て、うなずいた。
「おかしい?」
「ううん。納得した」
ファリズが笑って、また芋を焼き始めた。
「ローズの目が良くなったね」
「うん」
「良かった」
「ありがとう」
ローズが芋を食べながら、うなずいた。しばらくローズが静かに芋を味わっている。
「聞いても良いなら、お兄さんはなぜこの世界に来た?父上と一緒に旅をしたかったの?」
兄さんは答えず、芋を棒で突いている。
「あちらにいても、辛い記憶しかなかったんだ。俺はすべてから逃げたかった」
「そうなんだ。聞いてごめんなさい」
「良いさ。ローズだって色々な体験しているんだろう?俺よりもずっと若いけど、それでも辛いという思いの一つ二つはあるんだろう」
「うん」
「俺さ、本当はなんで旅をしているのか、自分でも分からないときもあるんだ」
「そうなんだ。世界をみたいという願望だけじゃなかったの?」
「いや、それもあるけど。でも本当はただ逃げたかっただけかもしれない」
「何から?」
「自分の思い出からさ」
「そんなに辛い記憶だったの?」
お兄さんはまた芋をひっくり返した。ちゃんと焼けているかどうか確認している。
「ローズってさ、家族になったあの鳥の人・・誰だっけ?」
「鳥ではなく鳥人族で、名前はエフェルガンだよ」
「そう、エフェルガンだ。名前が難しいな・・、覚えないと」
「あはは」
「その人はかなりの身分だな」
「分かるの?」
「分かるさ。皇子だろう?」
「うん。皇太子殿下だよ」
「そうか。じゃ、ローズはそのエフェルガンの妻なのか?」
「うん」
「皇太子妃か」
「うん」
ローズがうなずいた。
「父上に報告した?」
「まだだよ。色々な事情があって、今はまだ里に帰れないんだ」
「そうか。俺が言っても問題になるだけだから、言わないことにするよ」
「うん。自分で言うの」
「その立場になると、大変だけど、ガンバレよ」
「うん」
ローズがうなずいた。優しい兄で良かった、と彼女が思った。
「俺さ、権力には無関心と前に言ったっけ?」
「ごめん、覚えてない」
ローズが首を振った。二人がしばらく静かになった。
「そうだな。俺は普通の生活が好きなんだ。妻と子どもに囲まれて狩りした獲物を喰って、歌って踊って笑って、それで十分だと思った」
「うん」
「父上が王座から引退して、異世界に行くと言った時は、俺は家族を連れて行こうと思ったんだ。権力争いから辞退したけどさ・・」
「うん」
「俺の兄弟はそれさえ許さなかった。関係ない俺の妻と子を・・殺してまでな」
「そんな・・」
ローズが驚いて、ファリズを見つめている。
「俺は怒りに狂い、俺たちを攻撃した全員を殺した。でも気づいたら、そいつらは全員俺の兄弟だったんだ」
「・・・」
「それからな、父上は俺を連れてこの世界に来た。柳が産まれて、また新しい兄弟ができた。嬉しいことと同時に悲しさがよみがえった」
「うん」
ローズが彼を見て、うなずいた。
「俺は父上に旅に出ると言った。父上は反対しなかった。ただ、たまに帰ってこいと、兄弟の顔や名前ぐらい覚えておけ、と」
「父上らしいね」
「そうだな。だから帰ってきた時に、柳も、欅も、百合も、菫も、薔薇・・ローズも、産まれた時に、ちゃんとあって覚えた」
「そうか」
「今はエフェルガンという人も俺の弟になったか」
「うん」
ローズがうなずいた。
「あいつは良い配下持っているな」
「ん?」
「ちゃんとローズの護衛に努めている。こんな焚き火で芋を喰ってる時でさえ、抜かりのない護衛官だな」
周りを見ると、さりげなく、ハインズとエファインがいる。彼らは疲れているのに・・、とローズが気づいた。
「俺は自分の家族を守ることができなかった。でもその皇子ならローズを守ることができそうだな」
「彼も色々と大変だけどね」
「想像が付く。暗殺者に狙われているんだろう?」
「うん」
「こちらでも権力争いがあるんだな」
「うん。多分同じぐらいひどい」
ローズが言うと、彼が彼女を見ている。
「だったらここにいると、危ないんじゃ・・」
「ううん。私はどこに行っても狙われるから、お互い狙われているエフェルガンと一緒にいた方が守り合うことができる」
「そして敵も一緒になって攻めてきたわけか」
「うむ」
ファリズはまた芋をひっくりかえした。焼けたようだ。その芋をローズに差し出したが、彼女は首を振った。
「兄上、その芋を頂いても良いですか?」
エフェルガンは建物の中から現れた。そしてローズの隣に座った。自分の肩かけの布をローズの肩にかけた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
ファリズは芋一本をエフェルガンに差し出した。エフェルガンはそれを食べ始めた。
「どうだ?」
「美味しいです」
「良かった」
ファリズはまた次の芋を焚き火の中に入れた。
「兄上」
「なんだ、弟」
「僕は兄上のように強くなりたいです。ローズを守るために、今のままでは、僕は力不足だと分かっています」
いつもえらそうなエフェルガンが丁寧な言葉を使うと違和感がある、とローズがエフェルガンを見て、瞬いた。
「その強さのため、すべてを失った俺はどう反応すれば良いんだ」
「僕が聞いていることを、気づいていたのですか?」
「そうだな。ずっとそこで俺たちの会話を聞いていたんだろう?」
「はい。失礼しました」
「良いさ。ローズを心配したからだろう?」
「はい」
エフェルガンがうなずいた。
「強くなりたいのか。一人で戦場をひっくり返すぐらいの強さが欲しいのか?」
「兄上のような強さ・・できるならそうなりたい。しかし、僕はとにかくローズを守りたい。昼間のような見苦しいところはできるだけなくしたいと思います」
「見苦しいか。確かに無様だったな。あれが貴殿の全力だとしたら、間違いなく父上からみれば、ローズの結婚相手にしては相応しくない」
「・・・」
ファリズがズバリと言ってしまった。エフェルガンが一番聞きたくないことだった。彼の心に、何かが、痛い。
「俺は言葉がきついだろうけど、嘘はつかない」
ファリズがそれを察して、言った。
「はい」
「でもあちらに行くまでまだ時間があるんだろう?なら、まだ間に合う」
「はい」
「一つ尋ねよう。なぜ俺を信じる?」
エフェルガンはまっすぐにファリズを見つめている。
「勘です」
「それは確信のない答えだ」
ファリズは芋をひっくり返しながら即答した。
「僕の勘は当たるんです。小さい頃から他人を信用せず育てられて、人を疑うように生きてきた。自分の兄弟でさえ、僕を殺そうとしているから、なおさらです。信用できる者をそばに置いて、身の回りをかためた。だが、ローズと出会ってから、すべてが変わった。新しい出会い、そして生まれて初めて、心から幸せという気持ちを感じた」
「ふ~む」
「でも、初めて兄上と出会った時、なぜか、とても気持ち良く感じた」
「俺は獲物横取りした張本人だぜ?」
「ははは、それは問題ではなかった。美味しい丸焼きも頂いたし」
エフェルガンが微笑みながらうなずいた。
「それで?」
「僕はファリズ殿のような兄上を持ったら、幸せだなと感じた。あくまでも僕の身勝手な願望だろうが、心から慕いたいと思った」
「貴殿は兄弟愛に飢えているからか?」
「そうかもしれません」
「なるほど。でも俺は貴殿のような弟なら好きだぜ。第一、俺の妹を、命がけで守ってる人は悪い人じゃない」
「ありがとうございます」
「不思議だな・・」
「何がですか?」
「俺たちは、会ったのは今回で2回目だろう?」
「はい」
エフェルガンが芋を食べながら答えた。美味しい、と彼が思った。
「昔から知っているかのような感覚だな」
「はい。僕もそう感じています」
「名前は難しいけどな・・ははは。誰だっけ?エフェルガンだっけ?」
「はい。エフェルガンです」
「覚えておこう」
「はい」
ファリズが微笑んで、芋をひっくり返した。
「俺の身の上の話を聞いて、どう思う?」
ファリズが聞くと、エフェルガンは芋を手に持ったまま、しばらく静かに考えている。
「兄上は、・・妻子を失った苦しみ以上に、ご自身への罰で苦しんでいます」
「ほう?」
「でも、もし僕が兄上と同じ立場であるなら、僕は兄上のような長く生きられません」
「それはなぜだ?」
「僕にとって、ローズがいない世界なんて考えられません」
エフェルガンがそう言いながら、まっすぐとファリズを見ている。
「そこまで俺の妹が好きなのか?」
「はい」
「なら強く生きろ!生きて、守り抜け!貴殿に何かあったら、ローズも悲しむ。それに貴殿がいなくなったら、誰がローズを守るんだ?」
「はい。だから強くなりたいと・・」
「そうだな」
ファリズがうなずいた。
「僕は弱い。ひよこです。でも努力を惜しまない・・ローズを守るためなら・・」
「そこまで言うなら、俺はしばらくここに居よう」
「兄上!本当にですか?」
エフェルガンが嬉しそうに彼を見ている。
「ダルゴダス家にとって、相応しい婿殿にするぞ」
「はい!よろしくお願いします」
「ただし、俺は厳しい。弱音吐いたら、そこで修業が終わりだ」
「はい」
「また俺はかなり大食いだから、食料のことが心配なら・・」
「食料は問題ありません。ローズも大食いですから、それなりの予算があります」
エフェルガンがそういうと、ファリズが笑い出した。目に涙が出ていたぐらいだった。自分が大食いだと言われて、なんだか恥ずかしい、とローズは思った。
「そうか。ローズも大食いか」
「うむ」
エフェルガンはローズの肩を抱いて、自分に寄せた。
「お兄さん、私も修業に参加しても良い?」
「なぜローズも?」
「私も強くなりたい」
「ローズは武人になるのか?」
「ううん。父上が鑑定してくれないもの」
「ならそこまでしなくても良いんだろう?」
「でも・・」
「見るならかまわん。愛しい男がどこまで俺の修業に耐えられるかその目で確かめれば良し。でも特別にローズの修業はやらん」
「うむ」
「大体、覇気を出せる女性が夫婦喧嘩したら、子どもにとって悪夢しかない」
ファリズが言うと、ローズが眉をひそめた。
「もしかすると、兄さんの母君はお強い?」
「強いどころではなかったぞ。父上と互角に戦える人だった。俺の弟を産んだ時に死んでしまったけどな。弟もその数日後、死んださ」
「そうか。ごめんなさい」
「良いさ。それは運命だから仕方がなかった」
ファリズが言った。
「そうか」
「ローズが武人なら教えるけど、武人でないなら教えない」
「けち」
「なんだって言え」
「けち」
「はい、芋を喰え」
ファリズが笑いながら芋を差し出した。ローズはそれを受け取って、素直に食べた。美味しい、と。
「じゃ、もう遅い。そろそろ寝ろ。護衛の者を休ませろ」
「はい。では、おやすみなさい」
エフェルガンは頭を下げて、ローズの体を起こして、手を引いた。
「お兄さんも、お休みなさい」
ファリズは何も言わずに、ただ手を振っただけだった。




