129. スズキノヤマ帝国 メラープ村の戦争(2)
ローズは軍人ではない。武人ですらない。普通の女性だ。
一応、彼女が小さいころから戦闘訓練を受けていたけれど、自分の魔力を制御するためのと、身を守るためにやっていた。だが運の悪さというか、運命というか、彼女がよく戦闘に巻き込まれてしまった。
そして、今、彼女は戦場にいる。細かくいうと、敵に囲まれて、ど真ん中にいる。
正直にいうと、あまり良い気分ではない、とローズは思った。なぜなら、敵が武器を構えて、こちらを見ている。
敵の狙いはローズとその夫エフェルガンだ。ローズを生きたままモルグ人に渡そうという敵の企みは、想像が付く。エフェルガンと結婚したローズの政治利用価値はもうこの国の輩にとってないに等しい。けれども、モルグ人は生きたままのローズが欲しがっている。莫大の賞金も用意されているそうだ。恐らく捕らえられたら、ローズの最終場所は魔石の中になるでしょう。電池のように使い捨ての運命になるのがいやだから、ローズは必死に抵抗しようとしている。
ローズはエフェルガンと別々のフクロウに乗っている。彼女の後ろにエファインがいて、エフェルガンの前はジョルグがいる。ケルゼックとオレファはエフェルガンの周りにいる。ハインズはローズの近くにいる。他の護衛官達はローズたちを囲んで360度配置されている。また騎士団や国軍部隊は護衛官らの前で飛行している。逃げ道がない、周りも敵しかいない。いきなりピンチだ。どうやって乗り越えればいけないのか、とローズが考えている。
「敵を減らさないといけないわ」
ローズがいうとエフェルガンもうなずいた。
「魔法で減らせるけど、後ろから矢が飛んできそうだ」
確かに、弓を持っている敵軍が多い。
「矢をなんとか防ぐから、最初の攻撃は耐えられるわ」
「じゃ、それをローズに任せる」
「はい!」
ローズもエフェルガンも第三の目を発動した。エフェルガンの額の印は鮮やかに光っている。敵は弓の構えをしている。当然、弓以外にも投げやりや魔法も飛んでくる。ローズは彼らを見ながら、攻撃が放たれた瞬間を待つ!
「バリアー・シールド!」
強力なバリアーはすべての攻撃をはじけた。エフェルガンは直ちに反撃の魔法を放った。同時に数十人に当たり地上に落下した。地上で落下した敵をとどめを刺す地方部隊が待機していて、仕事をこなしている。けれども、敵もまだ周りにたくさんいる。動きながらこちらの動きを伺っている。しかし、敵は近接戦を避けているようだ。やはり遠距離攻撃でことを済ましたいようだが、そうなるとこちらはかなり不利だ。なぜなら、エフェルガンの主な戦力である騎士団は近接特化型が多いからだ。
「弓攻撃準備!」
パルージョの合図で国軍兵士は弓で構えている。バリアーを解くタイミングが大事だ。
「マルチロック!攻撃力増加エンチャント!バリアー解除!」
「撃って!」
大量の矢が放たれた、支援がかかったいる攻撃だから数が少なくても、命中率が上がるはずだ。しかも破壊力も上がる。かなりの数に敵に当たっている。しかし、敵の魔法師からの攻撃が入ってしまい、数人の国軍兵士にあたり、落下した。しかし、下で待機したリンカとガレーが素早く落下した者を救出した。
(火の輪)
リンカの低い声が聞こえた。そして下から敵の魔法師軍団に向かって火属性の攻撃が放たれた。恐ろしい悲鳴と共に彼らはフクロウごと地上へ落下した。
「燃えた所からかかれ!」
エフェルガンの号令でこちら側も一気に動いた。ど真ん中になると身動きがとれないからだ。急に動き出したローズたちに対して敵も左右をはさむように動き出した。けれど、ここでエフェルガンのマルチロックの魔法が効いた。数十人の敵に命中して、騎士団達の割り込みが成功した。
「マルチロック!速度増加エンチャント!攻撃力増加エンチャント!風属性エンチャント!」
味方の部隊に支援魔法を送った。初めて支援を受けた兵士達が一瞬で驚いたけれど、みなぎった力で一気に戦意があがった。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
「前を進め!」
号令とともに兵士らは真ん中の位置から少しずつ敵の輪から脱出できてきた。矢も投げやりも放たれたけれど、こちら側が大したダメージにならなかった。怪我した兵士に直ちに回復魔法を送った。
「マルチロック! ヒール!」
少しきつくなり始めた。けれど、まだなんとかなる。ローズは出陣する前にリンカからもらってきたソーセージを口に入れながら魔力補充をしている。
近接戦闘ができるようになった今、状況がよくなった。武器と武器のぶつかり合いが空中で起きて激しい斬り合いが起きている。敵も味方も地上へ落下した者が多くなっているが、地上から地方部隊とリンカ達のサポートにより、かなりスムーズな連携がとれている。
「進め!敵の後ろへ回り込め!」
エフェルガンの声が聞こえた。部隊が敵の後衛部隊の後ろに回り込み、激しく激突している。反対側にある敵の前衛が突っ込んできたけれど、電気が走ってきた武器を持っている兵士達と騎士団の者たちが応戦し、かなりの成果を見せてくれた。
(火の輪)
またリンカの低い声が頭に聞こえた。そしてまた地上から放たれた魔法により、敵の部隊が大きく崩れている。
エフェルガンはそれを見逃さず、前に突っ込むようにと号令した。一番前にいるジャワラが大暴れしてエフェルガンの位置を確保した。これで敵が分断された。それでも、まだ数が多い。かなり減らしたのに、まだたくさんいる。
突然いやな予感がした。ふっとみると飛行船から高エネルギー反応があって、次の瞬間・・!
バーン!
レーザーのような攻撃がこちらに向かって放たれて命中した。複数の兵士と騎士団の者がそれにあたって落下した。
「バリアー・シールド!」
バーン!
遅かったけれど、二発目は防げた。
「まずいな。これじゃ、動けない」
エフェルガンはその飛行船をみて考え込んだ。遠くにあるから魔法が届かないからだ。反撃する術がない。分断された敵が集結して動き始めた。次々と攻撃を受けて、魔法の盾でただ耐えているだけになった。神様、良い方法がないのか。
(山)
突然ローズの頭の中に声が聞こえた。
「ん?」
ローズはキョロキョロするとエファインが気づいた。
「どうされましたか?」
「なんか言った?」
「いいえ」
「そうか」
ローズは山を見渡すと・・何かある。赤いオーラを纏いながら走っている誰かが・・。
「お兄さんだ!」
間違いない。お兄さんだ!、とローズが嬉しそうにその人影を見ている。
「エフェルガン、ちょっとここを耐えてきて。助っ人と拾ってくる!」
「どこへ行くんだ?ローズ!」
「兄さんを迎えに・・!」
エファインに山へ向かって急いで行くように指示した。訳が分からないエファインがローズ指示に従って、山の付近まで降下すると、やはりいる。
「ファリズ兄さん!」
「お! ローズか!」
ファリズは足を止めた。ローズがフクロウの上から降りてファリズの前に降りると彼はローズをつかまえた。懐かしい鬼神のオーラだ。
「兄さん、何をしているの?」
「海を目指して走ったが、迷子になった。ははは」
「うむ。ここは戦場だよ」
「戦場?ローズこそ、戦場で何をしているんだ?」
「敵に狙われているのよ。モルグ人に引き渡すって。ほら、あそこに空を飛ぶ船があるでしょう?あの船で、モルグの人々が私をつかまえようとしたの。魔石にされると困るから、エフェルガン達は必死に私を守って戦っているの」
「それは聞き捨てならない。俺の妹になんてことをしてくれるんだ」
ぐ~~~~~~~~~~
ファリズのおなかからおなかが空いた音が聞こえた。
「ははは。もう三日間も食事をしてないから、かなり腹ぺこだ」
「ちょっと避難所まで行こう。ご飯ならあるわ」
「ほい」
ローズは再びフクロウに乗って、ファリズを避難所まで案内した。ファリズを確認したリンカはバリアーを解き、ローズを受け入れた。なんと避難所に商人達とともに帰ってきた串焼きのおじさんもいて、肉を焼いてくれている。さっそくローズとファリズの分を差し出した。避難所にいる人々は見たことがない鬼神の姿を恐る恐ると見つめている。体が大きく、赤いオーラに鮮やかな赤い瞳で、牙があって、肌がダークブラウンのファリズの姿はやはり周りと違う。ファリズは父ダルゴダスと同じく純粋な鬼神だ。ただダルゴダスは日頃鬼神のオーラを出してないと違って、ファリズは出しっぱなしにしている。
「これはうまいな」
「うん。このおじさんの串焼きはとても美味しいの。私は大好きだよ」
褒められたおじさんは大きな笑みをしながら一所懸命肉を焼いてくれた。できたものをお皿においてまた差し出した。
「今戦争中だからあまりものがなくて、ごめんね、兄さん」
「(もぐもぐ)十分だ。自分たちが苦しいのに、俺のために食料を分けてくれたことに感謝するよ」
「大丈夫よ。もっと食べて良いよ」
「そうかい。じゃ、言葉に甘えて」
ファリズは美味しそうに串焼きとリンカのパンを食べている。上では激しい戦いの音が聞こえているが、なんとか皆が耐えて欲しい、とローズが祈った。
「兄さん、もっと話したいけど、私はそろそろ戦場に戻らないといけないわ」
「そこは危ないよ?」
「でも私のために命をかけている者達が怪我をして、死んでしまった人もいるの。危ないと分かっていても、やはり私も戦うべきよ」
ローズが言うと、ファリズが少し考え込んだ。
「そうだな。妹がモルグ人に捕らわれてしまったら、俺は何もしないですると、父上にばれたら、絶対殺される」
「あはは」
ローズが笑った。確かに、父は怒るでしょう、とローズは思った。
「分かった。何とかしてやろう」
「ありがとう、兄さん」
ファリズは立ち上がって準備運動する。リンカは猫に変化した。というか、その大きさは虎サイズで、大きな黒猫だ。
「ファリズ、上まで案内するよ」
リンカの言葉にファリズはうなずいた。ローズはエファインと一緒に再びフクロウに乗ってエフェルガン達と合流した。リンカは踏み台の魔法を唱えながら、素早く上がって、前に進んだ。異様なものを目にした敵軍は後ろに下がった。
「ファリズ兄上!」
エフェルガンは嬉しそうな声で言った。ファリズは頭を傾げた。
「誰だ?いつから俺が鳥族の弟を持った?」
ファリズは頭をぼりぼりしながらエフェルガンをみている。
「エフェルガンよ。あのゲオという島で会ったんでしょう?」
「ああ、そうだね。でもなんで俺の弟になったんだ?」
「エフェルガンは私の家族になったからよ。だからお兄さんとエフェルガンも兄弟になるの。細かいことは後で話すから、今は生き延びるのが先ね」
ローズが言うと、ファリズは豪快に笑った。
「ははは、そうだな。よろしくな、弟」
ファリズは笑いながら、エフェルガンに向かって言った。エフェルガンは大きな笑みをした。疲れた顔をしているけれど、ファリズがみえた途端、エフェルガンの表情が変わった。
「さて、あれは敵なのか?あの飛んでる機械みたいなものも敵なんだな?」
「うん・・でも気をつけて、あれは光を放ち攻撃をするの」
「そうだな。リンカ、敵のぎりぎり近くまで、連れて行ってくれ」
「あいよ」
「あ、そうだ。鳥たちを下げた方が良いぜ。俺の気に当たったら、失神するからな」
覇気だ。今はまだ全力してないというのか。
「エフェルガン、全軍降下へ命じて!今すぐに!」
「了解!」
エフェルガンは全軍にリンカ達よりも下にいるようにと命じた。
「ローズ、この踏み台をおいておくわ。ファリズが突っ込んだ後、突撃をすると良いよ」
リンカはそう言って大きな魔法陣を展開した。ローズはうなずきながら、その魔法陣に移動したらエフェルガンもケルゼック達も移動した。フクロウ達はこの下で待機している。
「行くぜ!」
ファリズは構えた。素手で突っ込むつもりか?!、とローズがびっくりして、彼らを見つめている。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
ファリズは大きく吠えて、気を高める。恐ろしいほどの気を放ち・・・シーン!・・と周りが一瞬で時が止まったかのように感じた。そして、広い範囲で、敵も味方も気を失って落下した。これは覇気が放たれた瞬間だ。
エフェルガンも跪いたぐらいの圧倒的な強さだった。オレファもケルゼックも立ち上がれないほどの気だった。
「ファリズにリンク開始!」
「ハアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
ファリズは力を解放した。
「ファリズにバリアー!速度増加エンチャント!攻撃力増加エンチャント!」
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
これぞ、純粋な鬼神の戦闘姿だ。エフェルガンはファリズをじっと見つめていて、突撃タイミングを計った。ファリズは前に踏み出すと、リンカは次々と魔法陣を展開して前に進んで敵に向かって一直線!
「ガアアアアアアアアアアアアア!俺の妹に指一本を触れさせんぞ!」
大きな声をしながらそのオーラで敵を次々と散らかしていく。鬼神のオーラを触れただけで気を失って、そのまま落下した敵が多いなか、敵の大将であるゲメラとガローも落ちていく。
「パルージョ!ゲメラとガローを生きたまま捕らえよ!」
エフェルガンの命令でパルージョが動き国軍兵士を動かした。気を失ったゲメラとガローを捕らえに向かった。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
ファリズ兄さんはリンカが用意した魔法陣の上に次々と飛び移り敵を素手で散らかした。パニックになった敵が逃げようと動きし始めた。
「突撃!」
エフェルガンの号令で騎士団と国軍兵士が一斉に動き始めた。エフェルガンはジョルグが乗ってきたフクロウに飛び移り移り前に進む。飛行船がまた攻撃したが、今度はリンカのバリアー魔法で攻撃を防いだ。
「ガアアアアアアアアアアアアア!小賢しいモルグ人め・・・!」
「ファリズ、上に行くよ!」
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
リンカの言葉でファリズがまた吠えた!
怖いな、でもこれは鬼神の戦闘だ、とローズが思った。柳も父もこんな感じで戦っていた。リンカは盾の魔法を展開しながら、次々の踏み台の魔法陣を展開した。やはりリンカが獣姿ですると走りが早い。あっという間に飛行船の所まで届いた。そしてファリズはその飛行船の上に乗って、素手で破壊しまくった。空中で原型が分からなくなった形になった飛行船が炎に包まれて爆発して地上へ落下した。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
ファリズはまた吠えた。鬼神が味方になったと一気に元気が出た国軍の兵士らも大きな声を出した。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
敵の中からモルグ人剣士らしき者が反撃してきた。彼らはリンカがファリズのために用意した魔法陣の上に乗り込んで攻撃している。彼らを見たエフェルガンはフクロウの上から飛び降りて応戦した。またファリズを攻撃した者もいた。しかし、力を解放した状態のファリズはほぼ無敵だ。元から高いスピードも攻撃力も支援かかった状態でいるから、ますます強くなった。素手で相手の攻撃を封じて、敵の剣を粉々にした。そして敵の頭をつかんで、破壊した。恐ろしい素手技だ、とローズが息を呑んで彼を見ている。
「弟!さっさとそれを倒せ!」
「はい!兄上!」
エフェルガンが楽しそうに返事した。血を分けた兄弟に恵まれていない人なのに、ローズの兄であるファリズとは本当の兄弟のように喜びを感じたのでしょうか、と誰もがそう思ってしまう。激しい斬り合いの末、エフェルガンはモルグ人剣士を倒した。
柳が倒せなかったモルグ人剣士だ。日頃の訓練が実った!、とローズが喜んで、手を叩いた。
「良くやったぜ、弟!」
「はい!兄上!ありがとうございます」
「名前は誰だっけ?」
「エフェルガンです」
「ははは、そうだった、弟」
ファリズは豪快に笑って、ローズが待っているリンカの魔法陣に着いた。ローズはファリズを見て、走って、飛び込んで、抱きついた。
「兄さん!ありがとう!」
「ははは。これで安心だな、ローズ!」
「うん!」
「またはら減ったけど、食い物があるか?」
「あるよ。ご馳走してあげる!今夜泊まって、いっぱい話したいことがあるの」
「そうだな。今夜世話になるか」
「わーい。ありがとう、兄さん!」
こんなほのぼのな会話しながら抱き合っているローズたちだけれど、向こう側ではエフェルガン達がまだ戦闘をし続けている。けれども、敵の数はかなり減った。
というか、鬼神の圧倒的な強さを見て、ほとんど敵兵は戦意を失っている。モルグ人の飛行船も破壊されて、爆発して地上へ落下した。また大将の二人も捕らえられた。要であるモルグ人剣士達も倒された。残った兵士達に勝つ見込みがほぼない。
一方、戦意が高まっているエフェルガン側の部隊はもう止められない。彼らは凄まじい勢いで敵を次々と倒し、勝利を収めた。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!勝ったぞおおおお!」
エフェルガンが吠えると、兵士達が、全員、勝利に喜んで、一斉に吠えた。やはり戦場は命のやり取りの場所であるためか、皆、興奮している、とローズは見ている。
エフェルガンが村に戻ってきた時、ローズたちはすでに村で美味しく串焼きを食べている時であった。口の周りにスパイスだらけのローズを見て、エフェルガンは笑いながらローズを抱きしめた。
「勝ったよ、ローズ!」
「うん! おかえりなさい!」
エフェルガンが喜んで、うなずいた。
「ローズのおかげだ。兄上に礼を言わないといけないな」
「今夜泊まってくれるって。ご飯をご馳走すると約束したんだけど、良いかな?」
「もちろん!歓迎するよ」
「ありがとう!」
エフェルガンはケルゼック達に指示を出した後、ファリズの隣に座り、一緒にくし焼きを食べながら勝利を祝った。




