118. スズキノヤマ帝国 ダナ(6)
ケルゼックは屋敷内の使用人や侍女を全員集めて、指示を与える。この屋敷から去りたいという人がいれば、止めない、と彼は言った。また残りたい人はエフェルガンに従うという契約に同意してもらうことになる。死体だらけの広間を見て、気を失った使用人もいる。それで仕事を辞めた者はかなりいる。それでも残るという者もいる。様々だ。
エフェルガンはエトゥレの報告を聞きながら、外を見ている。エフェルガンの頭の中にきっと今色々なことが絡まっているのでしょう、とローズは思った。ローズはそんな仕事モードのエフェルガンを後にして、ローズとリンカは領主の執務室に近い部屋を使うことにした。
この屋敷には部屋がたくさんある。しかし、レデナ達3人以外、ほとんど使われていなかった。しかも、全室がとても良い状態にあって、毎日ちゃんと掃除されているようだ。贅沢に作られた屋敷に目を疑うほどの美しい内装だ。さすが35代目まで続いていた権力と財力だ。その名門貴族が、こんな形で終わってしまったのが残念だとローズは思った。なぜなら、謀叛をした以上、一家は取り潰しになるからだ、とエファインが言った。
各部屋にトイレとシャワーとお風呂があって、スズキノヤマではとても珍しい作りになっている。一般的な城や宮殿にはシャワーとトイレがあっても、お風呂は大体別だ。湯殿と呼ばれるところにお風呂がある。男女別々のお風呂と混浴風呂がある。公衆風呂はほとんど混浴風呂だ。
ローズはこの屋敷の部屋を一つ選んで、使うことにした。エフェルガンの命令でローズたちが滞在する間に、使用人や侍女に誰一人もこの区域を近づくことが許されない。許可なしで、近づく者は暗殺者と見なし、その場で切り捨てられることになる。とても厳しい新主である。
この区域に入る前に、ローズは侍女に彼女たちの着替えときれいなタオルを頼んで用意してもらった。それを受け取ったら、ローズとリンカとオレファ3人で各部屋の前に一部ずつ置いた。使用人が入れないから自分たちでやるしかない、とリンカが言った。オレファも賛成して、手伝っている。
一段楽したら、ローズは暖かいシャワーを浴びて、体中のホコリを落とした。髪の毛や体に染みついた血のにおいがやっと取れた。そして先に作っておいたお風呂に入るととても良い気分になった。
ヒスイ城やパララの屋敷にも各部屋にお風呂があれば良いのにな・・、とローズは思いながら風呂を楽しんだ。
風呂の後、ローズは髪の毛を乾かして、着替えたら、眠気に襲われて、ゆらゆらしながら部屋を出ていった。まだご飯を食べてないから、このまま寝てしまったら、生命維持モードになってしまう。ご飯が必要だ・・。
「ローズ様?」
ハティの治療に終えたガレーはそんなゆらゆらしたローズに気づいて、近づいた。様子が変だと判断したガレーは素早くローズを抱きかかえて、部屋まで運んだ。
「ダメだ、ガレー。ご飯を食べないと、長く寝てしまう」
「ですが、とても辛そうで・・」
「ご飯が必要だ。食べないとまた長く寝てしまうんだ。今度はいつ起きられるか分からない。ものすごく眠いの。眠くてたまらないんだ」
「分かりました。ちょっと待って下さい」
ガレーはカバンの中からハチミツを出して、ローズにそれを与えた。甘い・・とても甘い。
「しばらくこれを食べて下さい。今から食事を頼んできます」
「これは貴重なハチミツでしょう?大丈夫?」
「問題ありません。また調達してきますから、全部食べても構いません」
「ありがとう」
ガレーは心配した顔で見つめて、そして部屋を出て行った。
途中で部屋の近くのハインズを呼んでローズの部屋に行くように頼んでくれた。やはり一人にするのが心配だったのかもしれない。ハインズは開いた扉から入り、ローズの寝台の前にある椅子に座って話をかけてくれた。とにかく眠らないように、ローズが必死に目を開けようとしている。しばらくしたらエフェルガンが来た。エフェルガンが来たので、ハインズが出て行って、扉を閉めた。
「ガレーに知らされて、急いで来たのだが・・大丈夫か?」
「眠いんです・・」
「疲れが出たのか」
「うん・・多分・・すー・・」
「まだ寝てはいけない。ご飯食べてからにしよう」
「・・うん。おなかが空いた」
「ハチミツを食べよう・・」
「甘いよ・・エフェルガンも・・すー、すー」
「ローズ、起きて」
一瞬で寝てしまったかもしれない。エフェルガンはハチミツをローズの口の中に入れた。
「うううう。甘い」
「起きた」
「うーん。眠い」
「はい。ハチミツだ。口をあけて」
またハチミツが口の中に突っ込まれている。
「甘い・・」
「そうだな。これは美味しいハチミツだ」
「美味しくないハチミツってあるの?」
「知らない。ははは、おかしか?」
「うん・・あはは・・すー・・」
また口の中にハチミツの味がした。
「は!」
「起きた」
「あなたって強引だね」
「また長く寝てしまうと心配だからだ」
「ありがとう」
またハチミツが口に入れられた。さすがの甘さに頭痛がした。目を開けるのももう限界に近い。その時扉が開いて、リンカとガレーはソーセージやハムやパンなど持ってきた。オレファもスープと白湯を運んでくれた。スープはリンカが作ったものだったから問題がないとガレーが判断した。ちなみに毒を盛られないように、スープ一鍋を厨房に置きっぱなしをしないで、オレファは鍋ごとを運んでくれた。食器やコップもまとめて運んだ。ケルゼックとエトゥレも来てくれて、とりあえずハティ以外、全員ローズの部屋で軽い食事をした。ハティは傷の具合が悪いため、大事をとって、部屋で休んでいる。ガレーから薬も処方されて、今夜はゆっくりと休むようにと指示された。エフェルガンはゆっくりとスープを飲ましてくれた。干し肉が少し入っていてちょうど良いの塩加減のスープだ。美味しい。ハムをパンにはさんで食べたら、少し元気が出てきた。リンカとガレーありだけの保存食品を台所の保管室からごっそりと持ってきたから、腹ぺこのエファインとハインズも安心してたくさん食べることができた。彼らは美味しそうに食べている。エフェルガンもローズの隣で食べていて、時には白湯を差し出してくれた。リンカの暖かいスープにちょっと硬いパンとハムだ。シンプルの食事だが、皆で食べるから格別に美味しく感じた。そしてあんなにたくさんの食料が、ローズたちだけで、全部食べ尽くされた。明日の分は明日で仕入れるとリンカが言った。
リンカ、頼りにしている!、とローズが微笑みながら頬張っている。
食事の後、ガレーの苦い薬が登場した。当然、ハインズとエファインにも処方されている。特別にエフェルガンにも処方されたが、甘い物を作る暇がなかったから、今日は甘い物がないとガレーが言ったら、エフェルガンの顔色が変わった。彼は苦い薬が苦手なんだ、とローズは気づいた。ローズは残ったハチミツをエフェルガンに差し出したら、彼の顔に笑顔が表れた。このような素直な彼の顔って、知っている人が少ないでしょう。
楽しい食事の時間が終わって、ガレーは脈と熱を測って、回復魔法をかけた。そしてガレーはハティの具合を確認するために退室した。ハインズとエファインもそれぞれの部屋に戻り休む。リンカとオレファは食器を片づけて厨房に行った。エトゥレとケルゼックは再び屋敷や警備について領主の執務室で話し合うことになる。
「エフェルガンはまだお風呂に入ってない?」
「まだだ。これからしようと思うが、ローズを一人にするのが心配だ」
「心配なら私の風呂に入ったら良いよ。着替えは部屋の前に置いたけど」
「部屋に風呂があると便利だな」
「うん。ぜひこのような部屋を作って欲しい。豪華じゃなくても良いの。ただ水場とお風呂があれば・・小さくても良いかな」
「考えておこう。でも僕はローズと一緒に入れる大浴場も好きだ」
「男女別々の湯殿だと一緒に入れないよ」
「そうだな・・それは・・そうだな・・」
「何を想像しているの?」
エフェルガンは何も答えず、そのオレンジ色の瞳でローズを見つめている。
「今夜ここで寝ても良いか?」
「それはリンカに聞かないと分からない」
「ローズを一人にしたくない」
「うむ」
「一人にしたら、明日起きない気がする」
「ご飯を食べたからもう大丈夫だよ」
「それでも心配だ」
「大丈夫よ。まだ串焼きを食べてないなんだから、長い眠りになってしまったら損してしまう」
「ははは、そうだな」
ローズの言葉にエフェルガンが笑った。彼はとても優しい目をしている。彼の優しさに応えることができれば・・どれほど幸せなことか。
「どうした?」
「ううん。お風呂にいっておいで。お湯がまだ温かいうちに」
「分かった。着替えをとってくる。すぐ戻るから」
「うん」
エフェルガンは素早く部屋の外へ置かれた着替えを取ってきた。そしてローズの部屋にあるお風呂に入った。
エフェルガンがお風呂から上がった時に、ガレーの薬が効いているか、ローズがとても眠くなってしまった。エフェルガンの暖かい体に石鹸の匂いがして・・そして唇に口づけを感じた後、眠気の我慢ができなく、そのまま眠った。
目が覚めたら朝だった。隣にエフェルガンが寝ている。そしてローズの足下に猫姿のリンカが寝ている。寝台の向かい側にあるソファにオレファが寝ている。何なんだこの状況は・・、とローズが瞬いて、しばらく彼らをみている。
「うむ」
ローズが起きたと気づいたリンカは猫のストレッチをした。大きなあくびをして・・かわいい、とローズは思った。
「おはよう」
「おはよう、リンカ。これは・・なんでオレファもここに?」
「ローズの隣に、そこの殿下もガレーの薬でぐっすりと眠っていることを発見したからだよ」
「あはは。そうか」
「私たちがここに一緒にいれば変な噂も流れないでしょう」
「確かに」
ローズとリンカの会話を聞いて、オレファが起きた。
「おはようございます」
「おはよう、オレファ」
「殿下はまだぐっすりですか」
「うん。多分疲れているんだと思う」
「ですね。しばらくここで、そのままにしても良いですか?」
「良いけど。もう朝だし、多分そろそろ起きると思う」
「はい。そろそろ朝餉の準備にしようと思いましてね。リンカと朝市に買い物でもしようと思います」
「はい。行っていらっしゃい」
リンカ達は外に出ると、エフェルガンの目蓋が動いた。眠そうな顔をしている。
「おはよう」
「うーーん、ローズ、おはよう」
「まだ、眠い?」
「うん」
「もう少し寝ても良いんだよ」
「ローズはもう起きるのか?」
「うん、ちょっと水場にいきたい」
ローズが風呂場に行ったら、もう風呂場がきれいに掃除されていた。誰か掃除したか分からないけれど、ありがたい。これで湯をすぐに準備できるようになった。お湯を準備してから、一旦寝室に戻るとエフェルガンはまた二度寝している。部屋の机の上に彼女の着替えとエフェルガンの着替えとタオルが準備されていたことに気づいた。白湯も置かれていた。多分リンカとオレファが用意したのでしょう、とローズは思った。
お風呂の準備ができて、先にお風呂に入ってから着替えた。髪の毛を乾かして、エフェルガンを起こすと、彼は素直に起きてお風呂に入った。風呂上がりに白湯を渡した。エフェルガンは白湯を飲みながら窓を開けて外をみている。まだ太陽が登ってない暗い朝だ。彼は今日一日大変忙しくなりそうだ。
「昨夜お風呂のあと、ローズが眠むそうだったから、寝かしたら、僕も眠ってしまったようだ」
「うん」
「一緒に寝たのに、記憶にない・・」
「あはは。ガレーの薬が効いたからね」
「残念だ」
「うむ」
「しかもオレファもリンカもここにいたとは・・」
「気づいたの?」
「そうだね。会話が聞こえてきたから、ずっと寝たふりしたよ」
「起きれば良いのに」
「あの二人に怒られそうだからな・・」
「気にしているんだ」
「そうだな。僕はオレファとガレーに勝てないからな・・何しろ親代わりみたいな感じだから」
エフェルガンが微笑みながら言った。
「そうか。じゃ、寝たふりしたことを秘密にするよ」
「ははは、頼む。今度堂々とリンカの許可を取ってからローズと共に一夜を過ごしたいな」
「許可してくれないと思うけどね」
「厳しいな」
ローズは返事をせず白湯を飲んだ。エフェルガンは隣に座って、魔法瓶から白湯を入れて、飲んだ。
「でも僕は今幸せを感じるんだ。朝起きて、隣にローズがいると、今日は頑張れそうだ」
「今日は大変な一日になりそうだね」
「そうだな・・。考えるだけでもどこかに遠くへ逃げて行きたい気分だ」
エフェルガンがため息して、白湯を飲んだ。
「あなたにも、そのような気持ちがあるんだ?」
「それはあるよ。特にこのような面倒なことが連続して起きると、本当に疲れるからね」
「うん」
「ローズは今日一日ゆっくりと休むと良い」
「うーん、メラープ村に行ってはいけない?」
「護衛官二人が倒れたままじゃいけないよ」
「そうだね・・」
「メラープ村にはガレーとオレファが行く。ローズはここにいるハティ達の看病を頼みたい」
「分かった」
「重要な仕事だ。大変だろうけど、彼らを頼む」
「はい」
エフェルガンがローズを見て、うなずいた。
「串焼きは少し落ち着いてから必ずご馳走してあげる」
そして、彼は微笑みながら、目の前にいるローズを見つめている。
「はい」
「まだしばらく苦労をかける。許せ」
「大丈夫よ」
「ありがとう」
扉がノックされた音がして、返事をしたらオレファが現れた。食事はダイニングルームで用意されていることを知らせた。またエファインとハインズも食堂まで歩けるようになった。ハティが熱を出してしまったから、ガレーは別メニューを用意して寝室まで食事を運んで、ハティの看病をしている。
食堂でリンカが用意してくれた朝餉に狂ったように食事の奪い合いをしたのはやはりハインズとエファインとエフェルガンの三人だった。旅の間に食卓にて上下がないというルールが適用されている。だからエファインもハインズもエフェルガンに遠慮せず食べている。エトゥレは笑いながら自分のお皿に盛り上げた料理を食べている。あとから来たガレーもこの三人の元気な食べっぷりに呆れて苦笑いした。やはり食事は皆でするととても楽しい。
食事の後、エトゥレは早速ダナの東にある国軍基地にエフェルガンの命令書をもって出発した。しばらくこの屋敷の警備とメラープ村の支援を国軍で補うつもりだそうだ。
エフェルガンはローズたちを攻撃したダナ地方部隊は周りに置くつもりがないらしい。全員解雇されて、すべて新しく作り直すと言った。もちろんそのために退職金を出すと彼が言った。しかし、新地方部隊に再入隊希望者に対して厳しい審査を通らなければいけない。
ガレーはローズに細かい指示を書いてくれた。薬のリストと量と薬の内容も事細かく書いてくれた。ローズの分の薬も書かれている。必ず飲むようにと下に線を引いて書かれている。またハティの熱のことも事細かく記録されていて、食事と薬も書かれている。ハインズとエファインの傷薬を再び塗って、この二人の薬の分もある。エフェルガンには別の物が処方された。それはハーブティーだ。ガレーは仕事によるストレスを予測して、エフェルガンのために、ストレスを軽減するためのハーブティーを調合している。
朝餉の後、全員がそれぞれの役目に就く。ガレーとオレファはメラープ村へ出発した。薬草買い占めの件も調べないといけない、とガレーは出発する前に言った。ケルゼックはエフェルガンの補佐に一連の事件を調べている。ハインズとエファインは怪我人だけれど、部屋の掃除を手伝ってくれた。また洗い物も全部まとめて区域の外にいる使用人に渡して洗濯してもらう。掃除のあと、ローズはハティの部屋に入って、ハティの熱を確認して、記録した。熱が少し下がって良かった。けれども、まだ休みが必要だ、とローズが言った。ちなみ、ローズは回復魔法の使用が禁止されている。まだ魔法はダメだ、とガレーに言われた。
ローズもリンカと一緒に怪我した地方兵士らの手当もした。ほとんど切り傷だった。後はエフェルガンの魔法に当たって、やけどした者も結構いた。ローズたちの反撃によって怪我した兵士らだけれど、仕方ないと言えば仕方がないけれど、やはりかわいそうだ、とローズが思った。
リンカが一緒に医療部屋に入った時に震えてしまった者もいたけれど、普通の女性服で現れたリンカはやはり美しい。ぎくしゃくした雰囲気はあっという間に変わって、リンカへの握手会になった。
ローズたちに切られて死んでしまった者もたくさんいたけれど、怪我した兵士にちゃんとした医療を受けさせている。元気になるまで手当も出る。基本的に全員解雇されてしまったけれど、退職金もあるから、その辺りは彼らにとってさほど問題にならないらしい。
大変だったのが亡くなってしまった人たちの家族だ。エフェルガンは彼らを殉職扱いにして、特別の手当を家族に送ることを決めた。財源はすべて没収されたダナ家の財産で賄っている。考えてみたら、自分を殺そうとした兵士らに、そこまでするのか、とローズは思った。
その疑問を口にしたら、エフェルガンは一般の地方兵士らが上の命令に従うだけだから、仕方がないことだと説明した。ちなみに襲ってくる暗殺者の場合、エフェルガンは情けをかけず、全員処刑した。
昼餉の時間に、リンカは料理をした。シンプルな肉のソテーのような料理だったけれど、これは絶品だった。エフェルガン達が我を忘れてしまうほどの食べっぷりだった。やっと熱が下がったハティは残念ながら別メニューだったけれど、リンカが作ったお粥とスープを完食した。全員食事してから、薬の配布と体の状態のチェックもして記録した。ローズも自分の薬を飲んでから一休みをした。
暇だから、歌を歌ったりした。ローズは本当に楽器の才能がないのかと思われるぐらい、下手だった。それでも歌いたい時には楽器を弾いて、歌う。
しばらくして国軍部隊を連れてきたエトゥレが帰ってきた。とても慌ただしく騒がしい。エフェルガンと国軍隊長が話している様子がベランダから見える。ローズが見ていると気づいたエフェルガンは手を振ってくれて再び仕事に戻った。
国軍の兵士達は屋敷のあちらこちらで配置されて、物々しい雰囲気になった。しかし、これで一安心だ、とリンカは言った。厨房でリンカが忙しく夕餉の準備をしている間に、ローズはエフェルガンのためにハーブティーを煎じて用意した。執務室まで運んでいたら、エフェルガンはエトゥレの報告を聞いている最中だった。
「そうなると、ダナ家は薬草の買い取りに関わらないというのか」
「はい。ましてや、ダナ家がなくなった今この辺りの勢力の入れ替わりが活発になり、これからどうなるか分かりません」
「暴動や内戦の可能性は?」
「あります」
エフェルガンとエトゥレの会話を聞いてしまった。なんか大変な実態に発展してしまったのか。
「・・・」
エフェルガンは扉で固まったローズに気づいた。
「ローズか。どうした?」
「ハーブティーを持ってきました。邪魔しているかな」
「大丈夫だ。話を聞いたのか?」
「うん、ちょっとね」
ローズは机の上にハーブティーをおいて、カップに注いでエフェルガンに差し出した。エフェルガンはそれを飲んでため息をついた。
「心配をかけたくないが、隠すのも難しいな」
「・・・」
「聞いたのと通り、状況が良くない。ダナ家が謀叛を起こし、転覆したという噂が流れて、特にこの辺りの地方ではダナ家の勢力と対立していた勢力があって、一気に動き出している」
「国としては?」
「無論放置することができない。が、ダナ家は古くから高位貴族の位置にあり、たくさんの貴族と繋がりがある」
「他の貴族も動くの?」
「表向き動いたところもあるが、ほとんどの貴族は見守る姿勢・・または裏で動いているところもある」
「裏・・」
エフェルガンがまたお茶を飲んで、ため息ついた。
「裏取引・・最悪の場合、暗殺」
「皇帝陛下は?」
「分からん、明日ぐらい返事が来ると思うが、今はこの勢力でなんとかするしかなさそうだ」
「厳しいのか?」
「極めて厳しい」
「私にできることがあれば・・」
「ローズはまず面倒なことに巻き込まれないようにできるだけ僕のそばから離れないでくれ」
「うん」
「ダナ家と似たような理由でローズを亡き者にしようと思う者もいるからだ」
「うむ・・エフェルガンが縁談を応じなかったから?」
そこが問題だ、とローズが思った。しかしエフェルガンがそれが悪いのだと感じていないようだ。
「そうだ、でもほとんどあまり記憶にない。言われたら、あったかもしれない・・それだけだったんだ。興味がないからほとんど縁談話になると相手にしない」
「うむ、モテモテですね」
「そう言われてもな・・」
エトゥレは困ったエフェルガンの様子をみて苦笑いした。
「殿下の眼中にローズ様しかいませんからね」
それを聞いたエフェルガンは笑いながら、またハーブティーを飲んだ。
「その通りだ。例え国中の令嬢や姫君が集まっても、僕の興味はローズ一人だけだからな」
「うむ」
「というか、彼女達の目的は権力だ。純粋に僕のことが好きだとか、興味があるだとか、誰一人もいないだろう。言ったと思うが、僕はこういう人間関係が嫌いでね、しかも敏感なんだ。分かるよ、笑顔の裏にある嘘ぐらいは・・。会った瞬間で見抜いてしまう」
エフェルガンがまたお茶を飲んだ。
「そこがエフェルガンの怖い所だね」
ローズが言うと、エフェルガンが笑った。
「ははは。逆に言うと、何を考えているか分からないローズの方が面白くてたまらないんだ」
「えっ・・?」
意外なエフェルガンの意見に驚いたローズを見て、エトゥレは一所懸命笑いを堪えている。エフェルガンも笑った。
「私って・・そんなに変?」
「いや、変じゃない。でも普通だ、という枠内でもないな。宝石よりも短剣や試験管を欲しがる姫君はローズ以外はいないだろう。絹や金品よりも串焼きをねだる姫君なんて、ローズしかいないだろう。あとは・・そうだな・・村人や暗部や護衛官達のために命をかけるまで戦う姫君は、ローズ以外は思いつかない。エトゥレもそう思うだろう?」
エフェルガンがエトゥレを見て、聞いた。エトゥレがうなずいた。
「はい。そうですね。殿下のお気持ちに同感です」
エトゥレにそう言われると、エフェルガンは笑った。
「だから、僕にとって、ローズ一人で十分だ。だが、これは貴族達にとって面白くない話でもある。ローズを亡き者にするか、モルグ人に売り飛ばすか、あるいは僕の兄弟のどちらかのものにするか、くだらないことを考える者もいる。逆にローズを触れることができないなら、すべての原因である僕を殺せば済む話になる」
「なんかいやな流れだね」
「だな。迷惑だ」
「うむ」
「だから、頼む、僕のそばから離れないでくれ。話がますます面倒になってしまうからだ」
「うん」
エフェルガンがお茶を飲み干して、カップをローズの前に置いた。
「お茶ありがとう。夕餉の時間になったら食堂に行くよ。またその時に話そう。今は少しエトゥレと話がある」
「はい。では、失礼しますね」
ローズはエフェルガンが飲み干したハーブティーの容器を持って、退室した。それにしても、穏やかな話ではなかった。暴動や内戦が起きるなんて、あまり良い気分ではない。
夕餉の時間になって、メラープ村へ出かけているオレファとガレー以外、全員食堂に集まっている。ハティは熱が下がったので、食堂で食べたいと言ったので、ハインズに手伝ってもらって食堂に来た。オレファ達が帰ってこないので、リンカは彼らの分を少し分けておいてから夕餉を出した。
食事の最中にエフェルガンはあまり細かい話をしなかったけれど、元気になってきたハティを見て喜んでいる。相変わらずの料理の奪い合いが終わり、全員満足した顔でお茶を飲んでいる。薬の時間だからハティがいやいやしながらガレーの苦い薬を飲んだ。あと片づけはハインズとエファインが手伝っている。
片づけが終わって、部屋に入ってお風呂などを終わらせた。オレファとガレーがまだ帰ってこない。ローズはこんなに遅くまでメラープ村にいる予定がないと思うけれど、心配になってきた。
しばらくすると、扉がノックされた。ローズが返事をすると、エフェルガンは入ってきた。オレファとガレーのことが心配だと彼女が言うと、エフェルガンは微笑みながら心配無用だと答えた。しかし、彼が何かを隠している、とローズは感じた。
「あの二人は本当に大丈夫なの?」
「ああ・・大丈夫だと思う」
「そんな感じがしない。何を隠しているの?」
「なぜそう思う?」
エフェルガンが逆に聞いた。
「あなたは・・何か大変なことが起きた時に、冷静すぎるから・・そんな感じがした」
「ローズに心配をかけたくないからだ」
「でも私が知らないと余計に心配になる。あなたのことだから、いつも一人で背負うつもりでしょうけれど、・・ダメです。私の痛みの半分を受けてくれたなんだから、あなたの苦悩を半分下さい」
ローズの言葉を聞いたエフェルガンが、彼女を見つめている。
「宝石や権力よりも・・僕の苦悩が欲しいのか?」
「はい」
「苦悩か・・」
エフェルガンはローズを抱きしめた。ため息を混じりながら、目を閉じてぎゅっと抱きしめた。
「分かった。僕の苦悩が分かってしまったら、もうローズを手放さなくなるよ。相手が誰であろうと・・ローズは僕のそばから離さない。そのつもりで覚悟して欲しい」
「どういう意味ですか?」
「国にとって重要な機密事項だからだ。それでも僕の苦悩の半分を受け取ってくれるのか?」
「はい」
「ではローズに・・スズキノヤマの国籍を与える。今から、戸籍上、ローズは僕の妻となる」
「え?」
ローズが耳を疑った。しかし、エフェルガンが変わらない顔で彼女を見つめている。
「では、苦悩を分けよう」
「はい」
ローズがうなずいた。
「これから、大掃除をしなければいけないんだ。高位貴族の半分以上、相手にしなければいけない」
「相手って・・どのように・・」
「暗殺と戦争だ」




