102. スズキノヤマ帝国 パララ(8)
「ローズ様、ご注意を・・」
ハインズの一言で緊張が走る。屋根裏から下へ降りたところで、血の匂いがした。
屋敷内に何があったんだ?、とローズが思った
敵が入れなかったはずだ。なぜなら、バリアーの魔法が健在からだ。念のため、自分たちを全員にバリアー魔法更新と支援魔法もかけた。
「待っていたよ、ローズ姫」
知らない男の声がした。姿が見えないが、声からすると若い男性のようだ。
「どなたですか?」
声がある方向に問いかけてみた。男は笑いながら近づいて来たけれど、ハインズとエファインがローズの前に出て構えている。
「おや、怖い護衛官達だね。私はローズ姫と話をするために来ただけだ」
「賊の言う言葉を信用できない」
彼の言葉にハインズが即答した。彼は本気だ。あと一歩前に近づいたら迷いなく殺すのでしょう。彼の殺気はかなり強く感じる。一方、エファインは冷静に周囲を確認しているようだ。彼女の体を後ろに引きつけて、守る体制をしている。外はバリアー・シールドがある限り、敵も味方も誰一人も出入りすることができないから、逃げることもできないのだ。
「用件は何?」
ローズが彼に聞いてみた。
「ローズ様、話をしてはなりません」
エファインは静かな声で彼女を注意した。こんな声をしたエファインが初めてだ、とローズが思った。
「黙れ、平民! 私は今姫と話をしているんだ」
平民・・、この人は貴族か・・あるいはエフェルガンの兄弟か。ローズは息を呑んだ。
「ローズ姫、改めて挨拶をしよう。初めまして、私はエガールド、スズキノヤマ第8皇子だ」
「エフェルガン殿下の兄弟か?」
「そうですね。細かく言うと、彼の兄だ」
彼がそう答えた。
「なぜここに?どうやって入れた?」
「それは簡単だ。扉を開けてもらったから入れた」
彼が笑いながら、答えた。ピンチだ、とローズが思った。
「私は開けました」
侍女メイリナの声が聞こえた。彼の隣にいるようだ。
「メイリナが裏切った?」
ローズが聞くと、彼女が笑った。
「裏切り?いいえ、最初から忠誠なんていたしませんでした。私はエガールド殿下の妃になる者で、このぐらいは・・」
「黙れ、下女! 汚らわしい!」
突然違う殺気を感じた。意識を集中して、探知魔法を発動していたら、メイリナが後ろから切られたようだ。エガールドが切ったのか、とローズは息を呑んで、状況を把握した。
「エガールド様・・どう・・し・・て」
「そのような身分で私の妃になるなどの夢をみたからだ」
ローズは息絶えたメイリナの体に何度も足で蹴ったり践んだりしたエガールドに対して怒りを覚えた。いくらなんでもひどすぎて、吐き気がする。
「あ、許せ。会話が邪魔されたね。では、話を続きましょう」
「話はもうないのでは?」
「まだですよ、姫。これからですよ」
「あなたと話したくない。お帰り下さい」
「そんなことを言っても良いのか?」
エガールドの従者らしき者が一人の男性を連れてきた。血の匂いがする。あの男性はかなり怪我をしていて、大量出血をしている。この波動は・・・。
「ガレンドラ?」
「よく分かりますね、さすが龍神の姫だ」
エガールドを笑いながらガレンドラの体を蹴った。
このような人はエフェルガンの兄弟なのか、と遺伝子的に怖いけれど、きっとこれは彼のお母さんの遺伝子だ、とローズが考え直した。しかし、それよりも、ガレンドラのことが心配だ。ガレンドラに頭の中で念じてリンクをかけた。言葉なきの声を直接かけてみた。彼はうなずいて、答えた。
(ガレンドラ、返事をして)
「・・ローズ・・さ・・ま・・」
繋がった。やはり彼は大怪我をしている。エファインはローズの様子をエガールドにばれないように前に動いてくれたようだ。
「私の言うことを聞かないと、この忠実な家来の首を刎ねるよ」
「それはやめて。分かった、話を応じよう」
エガールドがガレンドラの頭を足で踏みつけている。探知魔法だとほとんど黒い影の人物しかみえないから、ガレンドラの表情や周囲がよく分からない。けれど、人物の動きがよく分かる。
「ローズ様、ダメです。応じてはなりません」
ハインズが警戒している。敵が前に動いたようだ。
(ハインズ、エファイン、大丈夫だ。ガレーを呼ぶから、私の行動に合わせて下さい。敵に気づかれないように返事をしなくても良い)
頭の中でそう伝えた。そしてガレーを呼んで、状況を簡単に説明した。ガレーは、実は自身にかかった支援魔法が更新されたことで事態を察知し、把握したと答えた。今どこかに待機をしている。
「私は殿下と話をしたら、その者の命を助けるのですか?」
時間稼ぎながら会話してみた。その間、遠距離でガレンドラに回復魔法をかけている。かなりの出血で危険な状態だ。
「姫がそう願うなら喜んでこの者を差し上げよう。まぁ、もう助からないだろうけど」
「彼を助けたい。医療師を呼んでくれる?」
「ガレーという医療師がいるはずだ」
「彼は外に出て戻って来なかったわ」
彼が笑った。
「嘘はいけないよ、姫」
「嘘ではない。外の者を倒すために彼を外に出した」
「おい、外を確認しろ!」
従者が窓の方に歩いて、のぞき込んだ。
「ほとんどの兵士が倒れた」
「何?!」
エガールドが驚いた声をしたけれど、その後また穏やかな声に戻った。
「このぐらいの人数が一人で倒したら、彼も無事でいられないはずだ」
「だから言った通りでしょう?」
「そうですね。姫と二人っきりと話したい」
「まず家臣達の解放を要求する」
「立場が分かっていないようだな」
彼の声が少し変わった。
「どういう意味?」
「我が弟は恐らく、海の藻屑となるだろう」
「なんでそう思う?」
「海賊退治の弟は力尽きて海賊に跡形もなく殺されたからだ」
「エフェルガン殿下は強いよ。そう簡単に死ねないと思う」
時間稼ぎを頑張らないといけない、とローズは思った。ガレンドラの回復をさせてあげないと・・。
「大丈夫だ。海賊がダメなら傭兵部隊がそのあと片づけてくれる」
「なんでそんなに彼を殺したいのですか?」
「あの忌々しい人は皇帝になるからだ。私よりも若いあの人は、私を抜いて皇太子などと・・」
彼がそう言うと、ローズが首を振った。
「私は権力争いに興味がない」
「興味がなくても、姫が必要だ」
「あなたもカルディースと同じことを考えているのか?」
「私はあの下品な男と同じように考えて欲しくないな」
「どこが違うのですか?」
「ローズ姫が私の妃になれば、アルハトロスを滅ぼさないと約束しよう」
彼がそう言うと、ローズが思わず笑ってしまった。
「あはは、あなたがアルハトロスを滅ぼせるとでも思うの?」
「できるよ。我が国の軍隊は最強であるからだ」
「どうなんでしょうね。我が国にも優れた武人がたくさんいるわ。鬼神もいるし、戦争するなら負けないと思います」
「戦争は数の暴力である。そのぐらいは理解していると思うが、大量の軍隊を送れば、一晩でアルハトロスが墜ちるのだろう」
「そんなに弱くありません」
ローズが言った。
「身の程知らずの小国の姫様だ」
「ええ、アルハトロスは小さいけれど、神々の国よ。これ以上アルハトロスを侮辱したら、私はあなたを許しません」
「お、怖い。許さないと何をする?目が見えない哀れのあなたは何もできない」
「私は目がみえないけれど、エフェルガンは哀れという言葉を一度も口にしたことがありません」
「あの男は人でなしだからだ」
「私は、そうは思いません」
これ以上話すには無理がある、とローズは感じる。彼女は早速と第三の目を発動した。
(ガレンドラ、自力で動けるなら指を動かして」
念のためガレンドラに聞いてみる。彼が強いとガレーが言ったから、ローズはそう信じて彼に回復魔法をかけた。自力で動けるなら、こちらも動ける。ガレンドラの手の指が動いた。
「さぁ、姫、話は終わりだ。私とともに歩むか、ここで一人ずつこの屋敷の家来を処刑するか、選んで下さい」
(ガレー、彼の従者を頼んだ)
ローズがガレーに連絡した。
(ガレンドラ、私が動き出したらあなたはそこから離れて)
そして、ガレンドラにも連絡した。
(ハインズ、エファイン、守りをよろしく!)
最後にハインズとエファインにも、連絡を入れた。これで良い、とローズが思った。
「答えは否だ。私はあなたのような男が大嫌いだ!」
「このっ・・!」
その瞬間、ローズが集中して動いた。
「バインド・ローズ!」
ズズズ、と床から刺々しいの枝が生えて、彼をつかまえた。
「放せ! あーーー!」
ローズがその人の言葉を無視した。
「ブラッディー・ローズ!」
その枝からとても鋭いトゲを彼の体を刺した。血が噴射のように床に飛び散った。でも、死なないように調整した。けれど、相当の痛みになるでしょう、とローズは思った。
ローズの攻撃魔法に合わせて、ガレンドラが横に体を転がしてエガールドから離れた。戦闘の邪魔にならないように必死に動いてくれた。
エガールドの従者達はローズを襲いかかったが、ハインズに攻撃を防がれた。エファインはローズの前に立って、盾になる構えをしている。彼らの素早い動きに感心した。またガレーは影で次々とエガールドの従者を処理した。早い時間でエガールド以外、この屋敷に入ってきた彼の従者がガレー達によって片づけられた。
「やはり・・化け物の・・姫・・だ」
痛々しい声でエガールドが言った。
「元から、私はあなたと違う生き物よ。でもこんな生き物にも、大切に思ってくれた人たちがいるわ。愛してくれている人もいる。同じ人種で差別を行っているあなたは理解ができないことでしょうけれど」
「私は貴族だ。身分が高いものとして・・ふるまって・・何が悪いんだ?」
「神の目からみると・・あなたはただの鳥の子よ」
「何?!無礼な!」
「それが現実だ。身の程知らないのはあなた自身よ」
ローズが彼の戯言を答えたら、ガレーが現れた。
「ローズ様、もうこの男を放っておきましょう」
ガレーは自分の武器をきれいにして、鞘に収めて、ローズの手を取って、近くの椅子に座らせてくれた。疲れたから、ローズは第三の目を閉じた。探知魔法も消した。
「ガレー、ありがとう。エファインもハインズも、ありがとう。助かったわ」
「いいえ、役目を果たしただけですよ」
「ガレー、ガレンドラの手当をお願いします。回復魔法を送ったけれど、多分傷がひどいと思う。あと怪我をした使用人達もお願いします」
「はい」
ガレーがそう答えながら動いている。
「ローズ様、エガールド皇子はどうされますか?今殺しますか?」
「彼のことをエフェルガンに任せるわ。ただ自害できないように口をふさいで縛って下さい」
ハインズの質問にそう答えたらハインズが了解と答えて、エガールドの口を縛ってくれた。
第三の目で遠距離支援や回復魔法がかなり魔力を消費したため、かなり疲れを感じた。けれど、エフェルガンのことが気になったが、少し休むことにした。解放された使用人達が感謝の言葉を揃って口にした。使用人達は互いの手当をしてから、床に転がった遺体も片づけた。また外のバリアー・シールドを解除して、使用人達と屋敷内にいた衛兵に眠っている敵兵全員を縛るようにと命じた。
使用人達はローズたちに白湯と軽食を持ってきた。ローズたちは縛られているエガールドを見ながら休憩して、軽食を口に入れながら、疲れを癒やす。
ローズ自身も魔力の補充中だ。傷の手当てを受けているガレンドラがあれこれと使用人たちに指示を出すと、ガレーに怒られた。手当中なんだから静かにしろ、とガレーはガミガミと怒った。やはりガレーはローズ以外の人にとって、怖い人だ。ガレンドラはガレーに怒られて、おとなしくなった。
しばらくしていたら、エトゥレとハティが帰ってきた。屋敷の状況をみて、驚いたと言って、エトゥレは疲れているのに、直ちに屋敷の周囲を隅々まで確認した。幸い敵兵はほとんど眠っている、とエトゥレは言った。ガレー印の睡眠薬にかかってしまったからだ、とローズは笑いながらエトゥレの帰りに歓迎した。
ハティとエトゥレに休むようにと命じて、ローズはエファインとハインズといっしょに寝室に入った。やはりエフェルガンのことが気になるからだ。
再び気を静めてエフェルガン達の無事を祈った。頭の中に彼らの激しい戦闘がみえている。かなり苦戦している。どうやら空軍と海軍は反乱軍に加わってなかったようだ。彼らはエフェルガンと共に戦っている。でも敵の数が多く、エフェルガン達がかなり苦戦している。怪我人もかなり多く見える。
「心配だ・・」
「殿下を信じて下さい」
ハインズが優しい声で言った。
ローズは自分が祈るしかできないのか、と悩んでしまった。何か力になるようなことができないのか。でも今向こうに飛んでも足手まといになるだけだ。祈りを捧げて、気が付いたらまた何もない空間にいる。
『どうした?龍神の娘よ』
『あ、聖龍様だ』
『また我の所に来てしまったか』
『そうみたいですね。エフェルガンのことが心配で祈ったけど、なぜここに来たか分からない』
ローズが首を振った。
『あの鳥の子のことが気になったのか?』
『うん』
『人々はくだらない理由で勝手に争って、勝手に殺し合い、滅びていく』
『うーん、そう言われたら、そうかもしれない』
『人の命が短いのに、その短い命を大切にしない』
『短いから・・精一杯生きているつもりだと思う』
ローズが言うと、聖龍が笑った。
『そなたはそう思うのか?』
『うーん。未熟な私はよく分からないけれど、私から見ると、彼らが一所懸命に生きているんだと思う』
『我がこの土地に来て、彼らをずっと見守ってきた。守り神にされ、彼らの願いを聞いてきた。しかし、矛盾が多い。国の繁栄を願いながら、殺し合うことも願う。愛を願いながら、死を願う者もいる。くだらない』
『私も色々と神殿で願ったりしたわ』
『そうだな』
『でも彼は愛を願ったことをしなかった』
『そうだったな。味方になれと言ったな、あの鳥の子は・・』
『生意気な人かもしれない、とても誠実な人よ』
ローズが言うと、聖龍が動いた。
『その鳥の子が気に入ったのか』
『私にとって・・大切な人だと思います』
『なるほど。そなたの祈りを応えて、その鳥の子を助けよう』
『ありがとうございます、聖龍様』
『さぁ、ゆくが良い、龍神の娘よ!』
ザーーーーーーーーーと、ローズがとても早い光の流れに飲み込まれて、引っ張られた。為す術もなく、彼女がその流れに身を任した。そして気が付いたら戦場のど真ん中にいる、多分、と彼女が思った。血の匂いと焼けこげたものの匂いも混ざって、漂っている。
「あれは・・」
「龍だ・・」
「なぜここに・・」
「ローズ?」
戦っていた人々の声が聞こえている。ざわめいていて、彼女の登場によって戦いが止まったそうだ。エフェルガンの声も聞こえた。しかし、ローズが何も見えない。
「あなた達の雇い主は破られたわ。もうエフェルガン殿下と戦う理由がなくなったでしょう?戦いをやめて、帰りなさい」
ローズの言葉を聴いてざわざわと聞こえている。
「龍の姫がそう告げた!退け!退けぇ!」
敵軍は退いて、場をあとにしたようだ。目が見えないから、本当はどうなっているのか、分からない。味方の兵士も静かになっている。誰一人も言葉を発する人がいなかった。
「エフェルガン、無事ですか?」
ローズがエフェルガンを尋ねた。波動でエフェルガンが後ろにいると感じた。
「無事だよ。大丈夫だ」
「良かった」
「ローズ、その姿は?」
「聖龍様がここまで連れてきてくれたんだ。これで戦いが終わったでしょう?」
「そうだ・・な・・」
戸惑っているエフェルガンの声が聞こえた。自分が今どんな姿か分からないけれど、彼が戸惑っているぐらいなのできっととても変な格好しているでしょう。
『龍神の娘よ、戻ろう』
『はい、聖龍様』
聖龍の声が聞こえて、ローズがまた光の中に入り飲み込まれた。何かどうなっているか分からない。けれど、すべてがぐちゃぐちゃに見えて、そして真っ暗闇に戻った。しばらくしたら体が重く感じる。
「ローズ様、ローズ様?!」
「あ、ガレーか・・」
「良かった。心配しました。ハインズが慌てて来たからどうしたかと思って、結界で触ることができなかった。また覚醒かと思いました」
覚醒か、とローズが思った。そうかもしれない、と彼女がうなずいた。
「うん、ごめんね。心配をかけてしまった。ハインズ、エファイン、ごめんね」
「いいえ」
ローズが謝ると、ハインズが即答した。
「大丈夫です。無事で何よりです」
エファインも優しい声で答えてくれた。
「うん、ただいま」
「どこかに行ってきたのですか?」
ガレーがローズの体を支えながら、寝台に運んだ。
「ちょっとね」
「少し休みましょう」
「うん。でもエフェルガンがもうすぐ帰ってくるんです。お出向かえをしないと」
「大丈夫ですよ。お出向かえは私たちがやりましょう」
「はい、お願いします」
ガレーはローズを寝台に寝かして、毛布をかけた。ガレーの指示でエトゥレと使用人がガレーのカバンと白湯を持ってきてくれた。ローズはまたあの苦くて美味しくない薬を飲まされた。
「ガレー、この薬は美味しくない」
「申し訳ない、今手元に甘いものがないのです」
「うん、分かっている。ごめんね、いつも困らせてしまって」
「いいえ、ローズ様はとても素直な方です。今度はもっと味が美味しい薬を調合してみます」
「いや、大丈夫です。薬が美味しいと、必要がないのに薬を飲みたくなる・・どこの殿下のように・・」
「ははは、そうですね」
「うん・・そ・・」
何を言おうと思ったけれど、ローズは途轍もない眠気に襲われた。




