ハイエナ達の饗宴
深夜勤務明けだが代休なんて気のきいたものは俺達にありゃしない。朝の作業前ミーティングもいつも通りに行う。
「休養も不十分で疲れているとは思うが、昨日の騒動で全作業員の業務が滞ったためにガーベッジの存在比率が管理閾値を越えちまってる。申し訳ねぇが、今日一日もうひとふんばりしてくれ」
責任あるチームリーダーとして、ぺらぺらと思ってもいない訓示をたれる。今日一日は、いつも通りだらだらと作業するつもりだが、俺も社会人として最低限のTPOをわきまえているつもりだ。決して日和ったわけじゃねぇ、生活の知恵ってやつだ。
「すみません、質問いいですか?」
社会人として経験が浅く、意識の低い山田がしなくてもいい質問をしてきた。
「なにかな、山田君」
「あー、何で部長と課長がミーティングに参加してるんですか?」
ご馳走の臭いを嗅ぎ付けたハイエナのように俺達のおこぼれにあやかりに来たんだよ。そんなこと言えるかバカ野郎。
これまで穏和な笑みを浮かべて無言でミーティングルームの上座に座っていた部長がおもむろに口を開いた。
「昨日の君たちの活躍は実にすばらしかった。数日はかかると思われていた障害を1日で解決してしまうとは、本部長からも直々にお誉めの言葉を頂いたよ」
「ありがとうございます。これも優秀な部下達と皆様の支援のおかげです」
この野郎、面倒な社交辞令から入りやがって、これなら能天気な幼女AIの方がよっぽど気が楽だな。
「いやいや、日頃の君達の研鑽の成果だ。おかげさまで我が社のAI貢献ランキングも大幅にアップしたよ。諸君らにもAI側から何らかの報酬があったのではないかね?」
隣に座っている山田の足を踏みつけながら、困惑した表情で答える。
「報酬ですか?いえ、特にはありませんが」
「うーん、ないのか?本当に?」
「はい、わざわざAIが末端の作業員に報酬を出すことなど無いと思うのですが?」
遠回りな腹の探りあいでは埒があかないと判断した部長は、渋い表情で隣に座る課長の肘をつついた。
些事に大騒ぎをするのが仕事だと勘違いしている無能な男だが、組織の中で泳ぐ能力には長けている。
「あー、確かに昨日の君たちの活躍については十分に評価されるものだと思うのだがね、実のところ他部門からクレームも出ているのだよ」
「クレームですか?」
「うむ、あの障害発生時に助けられたのに、他の作業員の窮地を無視し見捨てたとのことだ。功績を独占するためではないかとの非難もある」
腹の探りあいの次はそうきたか、面倒くせぇなぁ。
「ええ、見捨てましたが、それが何か?」
態度を豹変させた俺を皆が怪物でも見たかのような顔で凝視する。
「い、いやー、身動きできない状態でログアウトもできず、解放された時には精神的な消耗が酷くて入院する作業員まで出たのだよ。そこんところを君はどう考えるんだね?」
「ログアウト権限を制限した会社の判断ミスだと思いますね。いや、どちらかと言えば状況をモニターしていた会社側で強制ログアウトさせるべきだったんじゃないかな?」
「あっ、あれは本部長の指示で行われた制限だぞっ!それを判断ミスだと言うのかねっ、君は!」
「入院患者まで出たと言ったのは課長ですよ?」
「君達が救助すればそんな事にはならなかったのだ!」
「可能ならそうしてましたが、不可能でしたからねぇ」
さらに非難を続けようとする課長を部長が制して言った。
「まあ、落ち着きたまえ。確かに各所からのクレームもあったが、我々は君達を非難するつもりはない。ただね、クレームがある以上、形だけでも何らかの対処を行う姿勢を見せる必要があるのだよ」
「対処ですか?」
「うむ、それでだが暫くの間、この平野課長が君達の作業に同行し、責任者として君達の作業を監督するものとしたい。まあ、形だけの監督だから君達もいつも通りにしてくれればいい」
ちっ、面倒くせぇが仕方がねぇ。
「了解しました。ご面倒をお掛けしますがよろしくお願い致します」
TPOをわきまえた社会人として部下達に範を示すため、俺はきちっと頭を下げた。
「で、あれは結局なんだったんですか?」
ミーティングを終えてVR業務用スーツに着替えていると、山田が尋ねてきた。
「ああ、セントラルAIのアイリ風に言えば『こんにちは!レベルアップしたんだよね?おこぼれちょうだいっ!見張ってるからね!じゃあね!』ってとこだな」
「な、なるほど・・・、AIが効率中ってのがよく分かりました・・・、すげぇな・・・」
ああ、あんな下らないやり取りと比べると、AIのアイリの方がよっぽどましに思えるから不思議なもんだぜ。




