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死のマラソン

「止まるな山田!走れっ!走り続けろ!」

 3D酔いで真っ青になった顔を歪め、大剣でゴブリン達を屠りながら疾走する山田の背に張り付くように並走しながら、後ろを振り返った。死のマラソンを開始してから既に2時間が経過したが、当初は大集団を形成していた第2集団はゴブリンの群れに飲み込まれて影も形も残っていない。

 山田の暇潰しから思い付いた死のマラソン作戦だが、ここまではうまく機能していた。山田の筋極の無駄ビルドが、この状況では最適最強のビルドに化けるのだ。目の前のゴブリンを一撃で屠るだけの攻撃力を有し、同等の攻撃力を持つ他の攻撃と比較して圧倒的に消費リソースが少ないのだ。故に倒したゴブリンの解放リソースを利用して即座に次の攻撃に繋げることができるため、このリソースが枯渇した空間で半永久機関として機能できるのだ。さらに小判鮫のように山田に張り付いた俺達3人が山田が解放したリソースを利用して、順番に攻撃を前方に放つことにより4人でゴブリンの群れの中を全力疾走している状況だ。仮想空間内のアバターなので全力で走っても息切れしないし、無限に走り続けられる。

 海で沖に向かって泳ぎ出すように危なくなったらすぐに引き返すつもりで突入したのだが、予想外に旨く行きすぎたので引き返す機会もなく走り続け、それを見た他の集団が我も続けと突入し、かの歴史有る東京シティマラソンのスタート開始直後みたいな光景になった。観衆は皆ゴブリンだけどな。

 だが、残念なことに第2集団はその先頭を引っ張る山田永久機関を装備していなかった。あれだけの大集団だから計画的に行動すれば永久機関として機能したかもしれないが、所詮は烏合の衆である。計画もへったくれもなく個々が思い付くまま攻撃でリソースを消費し、外側から溶けるように徐々に集団が小さくなって、今に至る。

「なんか、心が痛いっす」

「うん・・・、置いていかないでくれ、助けてくれって声が耳にこびりついて夢に見そう・・・」

「見捨てたからって死ぬ訳じゃないんだ。気にすんな」

 まあ、この状況が解決するまでひしめき合うゴブリンに囲まれて一切身動きができず、ログアウトもできないってのは地獄だとは思うが、旨く機能しているこの4人体制を崩すリスクは犯せない。溺れなくなかったら、一端泳ぎだしたら泳ぎ続けるしかないのだ。

「冷酷っすね」

「うん、鬼畜じゃね?」

 ふん、おまえらも同罪じゃね?


     ***


 さらに2時間ほど走り続けたところで、さすがに慣れたのか酔いを克服したかに見える先頭の山田が、ゴブリンを大剣で切り飛ばしながら叫んだ。

「あれじゃないですかっ!」

 ゴブリン達の顔が均一なテクスチャのようにひしめく風景の中で、前方やや左よりにポツンと染みのような点が見えた。

「ああ、多分そうだ。いや、ゴブリン以外のものが居るとすればキングしかねぇ。絶対そうだ!」

 終わりの見えないロードワークにうんざりしつつも立ち止まることもできず、疲れきった俺達の表情が一変した。飢えきった野獣が獲物を見つけた時のような、3日間徹夜したシステムエンジニアにプロジェクトの打ち切りを告げた時のような、突然現れたゴールをハイな渇望に歪んだ目で睨み付け、笑みに歯をぎらつかせながら俺達は遠くに見える染みに向かって舵をきった。

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