無限地獄
異様な光景が目前に広がっていた、床以外何もない広大な空間が広がっており、その床には閉鎖エリアを示す白線が左右にどこまでも伸びている。遠くに行くにしたがって僅かに湾曲しているように見えるので、おそらく閉鎖エリアは巨大な円形なのだろう。
なぜ閉鎖エリアと分かるかと言えば、こちら側に群れなすGC作業員の前、白線を挟んだ反対側には数えるのもおこがましい数のゴブリン達が身動きもできないほどぎゅうぎゅう詰めになって立っていたからだ。
「なんかすっげぇー気持ち悪いんですが、なんであいつら動かないんです?」
山田がゴブリン達に視線を向けたまま質問してきた。
「たぶん、白線からこちら側へのアクセス権限が一切ないんだろうな。で、閉鎖エリア内で増殖して飽和しちまったもんだからシステムリソースが枯渇して動くことすらできないんだろう」
「まさか、この中に入るって言わないよね」
佐藤が普段のおちゃらけた態度ではなく真剣な表情で言った。
「入らないわけに如何ねぇだろ、仕事だからな」
「でも、無策に飛び込めないっす。アバターが行動可能なレベルのシステムリソース確保しないと、ゴブリン達といっしょに立ち尽くす羽目になるっす」
ためしに弓に矢をつがえて目の前のゴブリンに向けて放つと、普通に白線を越えてゴブリンに刺さった。
「こちら側からのアクセス権は普通にあるみたいだな。とりあえずこちら側から遠隔攻撃で削ってみようぜ」
「リソース制限無しでど派手に打ちまくっていいんすよね」
「いいんじゃねぇ?ヒーラーの出番ねぇから佐藤も適当に攻撃しろ」
「えっ、俺はどうすれば・・・」
山田が大剣を抱えておろおろしている。
「遠隔攻撃の無いおまえに出番はねぇなぁ」
「そんなぁ、酷いよぉ」
「3D酔いで使い物にならねぇくせに、そんな片寄ったビルドにしてっからだろうが。まあ、いずれにせよまだまだ序盤戦だ。閉鎖エリアのリソースに余裕ができれば活躍の機会もあるさ。さぁ、ぼちぼち始めようぜ」
俺のリソース最大消費技であるシャイニングアローにつぎ込める上限のリソースを込めてゴブリン達に向けて打ち放った。
***
「なんか、全然終わる気がしないんだけどっ!。これってやってる意味ないんじゃん?!」
これまで無言で作業してきた佐藤が切れ気味に叫んだ。
口火を切った俺達に続くように他のGC作業員達も様々な攻撃をゴブリンの群れに6時間以上も打ち込んできたが、目の前の風景にこれと言った変化は見られない。唯一動くものと言えば攻撃により瞬間的にできたリソース解放空間に走り込んでは、即座に増殖して空間を埋めてしまうゴブリンを切り捨てながら戻ってくる暇人山田ぐらいなものだ。3D酔いによる気持ち悪さより退屈の方が勝ったらしい。
「意味は有るはずなんだが、このままじゃ何日かかるか分かったもんじゃねぇなぁ」
「なんも変わってないじゃん!」
「ゴブリンの増殖が早いからそう見えるだけで、システム側のリソース回収も働いてるから元の数の半分くらいしか増えてねぇと思うぞ」
「でも、なんも変わってないじゃん!」
佐藤が駄々っ子になってしまった。
「いや、少しずつだが閉鎖エリアが小さくなってるんだよ」
「でも、なんも変わってないじゃんかっ!」
佐藤はもう聞く耳を持たないようだ。
ちっ、しょうがねぇなぁ。確かにこのままじゃ何日かかるか分かったもんじゃねぇ、リスクもあるがちょっとやってみるか。
「おい山田、暇こいてないでちょっとこっちにこい。作戦変えるぞ、山田、おまえの無駄ビルドが日の目を見るときが来たんだ。気合い入れろよ」
うん、失敗したら地獄だな。




