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カウントダウン

 朝、パーソナルAIのモーニングコールで目を覚まし、AIキッチンが用意した朝食を食べて会社に向かう。

 通勤なんてリソースの無駄遣いとしか思えねぇが、在宅勤務によるネットワークリソースの消費と比べれば、オートメーション化された物流網の余剰を使って人間を運んだ方がAIシステム全体にとっては効率的ってぇ話だ。

 会社についたらガーベッジ発生統計情報のチェック、出動エリアの選定、メンバーを集めて午前ミーティングを行い、VR業務用スーツに着替えてVRカプセルの中へ出動って流れだ。

 ホビー用と異なり業務用VRカプセルは、VR作業中の作業員の体の管理から簡単な医療行為、果ては下の世話までしてくれる優れものだ。長時間の作業で筋肉量や骨密度が低下しないように作業者に意識させることなく軽負荷運動までさせてくれるのだから至れり尽くせりだ。

 午前が終わったら昼飯食って午後ミーティングをやって現場に出て5時になったら仕事完了、残業なんて無し、一杯やるもよし、買い物に行くもよし、デートに行くもよし、帰って飯食って寝るもよし、俺たちの日常なんてそんなもんだ。

 だから、その日もそんな風にすぎていくもんだと思ってたさ。いや、まじで。


 日常からの逸脱は突然やって来た。身の丈に合わないアバターは相変わらずだが、先日のごたごたで壁役として一皮向けた山田に群がるゴブリンを遠隔攻撃でちまちまと昇天させていると、ファンタジー世界にはそぐわないチープなアラームメロディ音が流れた。

 ちっ、このメロディは本部長通達だな、面倒な事にならなきゃいいが・・・

「山田、一旦散らせ!」

 俺の指示を受けた山田が大剣を振り回すと、ゴブリン達はあわてふためいた様に逃げ散った。まあ、逃げたと言っても無駄に大きなリソースを有している山田がしばらくおとなしくしていれば、またすぐに無意味な解体作業に群がってくるのだ。ゴブリンの解放リソースなんてたかが知れたものなのだが、なにせ数が多いし、必要なものも解体しようとするので効率中のAI神からすれば、ご推奨の業務なのだ。人間からすれば退屈極まりないのが難点なんだけどな。

 空を見上げると純白の翼を背にした美しい女神が俺達を見下ろしている。本体である本部長はハゲちらかした中年親父なので、このアバターを見るたびに俺の持つ最大級の攻撃を食らわしたくなるのだが、消費リソースがでかいので上司の許可がないと使えないし、使えたとしても査定に響くのでやるつもりはねぇ。

 ハゲ、もとい本部長神がおごそかに口を開らき、威厳にみちた美声が響き渡った。リソースの無駄遣いだな、我らがAI神に粛清されるがいい。

『全GC作業員に告げます。全GC作業員に告げます。本日現時点より強制業務命令を発動します。ログイン中の全GC作業のログアウト権限を無効化し、対象業務完了まで該当権限の行使を不可とします。』

 山田が巨体を揺らしてバタバタと走り寄ってきた。

「え、なに、ログアウト権限の無効化?どゆこと?」

「も、もしかしなくてもデスゲームじゃん?」

 佐藤も声を震わせながら空を見上げている。

 地上における庶民の動揺を他所に本部長神の宣告はつづく。

『本日、大田区エリア管理AI用仮想空間においてゴブリンキング型ガーベッジAIの発生が検知されました。緊急措置として該当空間の閉鎖および大田区管理AIに対する代替リソースの割り当てが実施されました。キングの発生により障害エリアにはゴブリンの大量発生が生じていると予測されます。よって、全GC作業員にゴブリンの殲滅およびゴブリンキングの討伐を命じます。なお、本作業に際し作業員の使用リソース制限を解除するものとします。繰り返します本業務におけるリソース制限は解除されます。最大リソースを用いて殲滅作業に従事してください。カウントダウン開始から5分後に全GC作業員のエリア転送処理を実施します。殲滅作業に備えての準備を開始してください。準備を開始してください。カウントダウン開始! 300、299、298、297・・・』

 空を見上げていた神村がひきつった顔で半笑いしながら俺の方を向いて言った。

「リソース利用の無制限許可って久しぶりっすねぇ」

「意味ねぇよ、ゴブリンで飽和状態になった閉鎖空間だぞ、リソースなんて余ってるわけないじゃないか。無限に増殖するゴブリンと余剰リソースの奪い合いなんて徹夜したって終わんねぇぞ。やってられねぇけど、首都圏内だからサブシステムに移行させて、リブートってわけにもいかねぇんだろうな」

「徹夜・・・ってことはデスゲームじゃない?」

 佐藤がほっとしたように呟いた。

「あたりまえだ、使用リソース無制限っていってたろ。ゴブリンに殺られてリソース解放に追いやられても即リソース再割り当てされて復活だよ。業務終了までログアウト禁止」

「デ、デスゲームよりひどいじゃん!」

「でもゴブリンキングとかゴブリンの大量発生ってなんです?」

「ほんとおまえらって研修受けてきたのかよ。ゴブリン型ガーベッジAIのもとになっているのは通称ワームタイプと呼ばれる自己増殖型のワーカーAIなんだよ。大規模な解体作業を行うためのAIなんで学習能力は低いがものすごい勢いで増殖する機能を持ってるんだ。ただし、増殖するためにはキングと呼ばれるワーム制御用のAIの存在が必要だし、普通イレギュラーが発生してガーベッジ化するのは数の多い末端のワーカワームAIだ。ほら、普段俺らが狩っているのは増殖しないから、大侵攻なんて発生するわけもねぇ」

「じゃ、じゃあ今回のはワーム制御用AIがガーベッジ化したってこと?」

「あぁ、神やんが新人のころにも1回あったな」

 頼りがいのある先輩の発言に後輩たちの表情が明るくなる。

「経験あるんですね、よかった」

「うんにゃ、発生エリアが過疎地域だったんでな。サブに移行させてから、リブートで殲滅しちまったんで、俺らはなんもしてねぇ」

「えぇーっ!じゃ、じゃあ準備って何をすればいいんです?!うわっ、あと2分しかないぞっ!スキルアクションの割り当て変更必要でしょっ!」

 山田はパニック、佐藤はフリーズとこんな時って性格がよく分かるよな。

「なんもせんでえぇよ、いつも通りで」

「でも、リソース制限解除されるんですよね?」

「さっき言っただろ、ゴブリンで飽和状態の閉鎖空間でリソースなんて余ってねぇよ。ある程度飽和状態が解消されるまではリソース制限の解除なんて無用の長物だよ」

「だからってなんの準備もしないなんて、なんかあるでしょ?!」

「無い、いつもやってることとなんも変わらねぇよ」

「いやっ!でも・・・あ、あ、あ、あーっ!」

 カウントダウンと同期した山田の悲痛な叫び声と共に俺達は終わりの見えない戦場へと転送された。

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