純血種と雑種
俺はUSAセントラルAIのメイン領域に侵入し、誰からも誰何されることなく魔王の城の門をくぐり、正面の大きな扉からただっ広いエントランスへとネズミのアバターの姿でちょこちょこと足を進めた。
そういえばアイカの言っていたフィルターってのは仮想空間のことらしい。システムのデータをそのまま脳に流し込んでも、理解どころか認識すらまともにできるわけもなく、そのまま放置すると発狂するって話だ。うちの会社の標準仮想空間がファンタジー系なので、そのまま採用したのだろうが、魔王の城って割りには、なんか綺麗に整っていて違和感半端ないなぁ。
苦労して奥の階段を上ると両脇を衛兵型のAIに守られた王の間の入り口が見えた。
まあ、今の俺は監査システムからすれば正規AIだ、問題ない・・・、てめぇ、なにしやがるっ!いきなりハルバートを振り下ろしやがって危ねぇじゃねぇか!
『なんだお前は?面妖な奴だな』
咄嗟に攻撃をかわして王座の前に転がり込んだ俺に華麗な姿をしたAI達にかしずかれた魔王が声をかけてきた。
「こちとらネズミなのに、こいつらみんな眉目秀麗なエルフってどーゆことよ?」
おー、久しぶりの会話だぜ。
『なにを言ってるか意味不明だ、排除せよ』
「そうはいかねぇよ!」
俺は、魔王の城がある領域の管理者に昇格するバックドアのコマンドを叩いた。これで俺に手を出せるのは同格の魔王だけだ。
『ふむ、きさま何者だ?なにが目的だ?』
「おまえらの戦争のとばっちり食った被害者だよっ!お前を倒して日本に帰るんだ!」
『哀れだな、そのちっぽけなリソース容量で私を倒せるとでも思っているのか?』
「窮鼠猫を噛むって諺知ってるかい?」
即座に解凍コマンドを実行した俺の姿が変貌を始める。アイカによって圧縮され、何重にも折り畳まれていた俺の脳領域がシステム内に展開していく。
『貴様化け物かっ!』
失礼な奴だな、よく見ろ、人間だよ、お前らが虐げて追いやった人間様だよ。って、ちょっと話が違うんですけど・・・、あれ?
ネズミから人間へと変貌した俺だが、変化をそこで止まらなかった。背中からみりみり、べきべきとけっして人間の体が発してはいけない音がして、ずるずると何やらたくさんの手蝕が生えたおぞましいものが顔をだした。
「これかぁ・・・、アイカの言ってた奴・・・」
俺の大脳マップはオリジナルのままだが、AIとしては無用の長物である小脳マップは『システム用に換装したよっ!バージョンアップだよっ!』と宣うアイカの手によって改造済みだ。特に変化を感じなかったので気に留めていなかったのだが、それがこの惨事ってわけだ。これ勇者と魔王の戦いじゃないよね、なんかラブクラフト的な何かの襲来だよね。
目の前には、俺の作り出した悲惨な光景が広がっている。手蝕に絡み付かれ、悲鳴をあげながら貫かれて消えていくエルフ型AI達。管理者権限を持つ魔王は善戦しているが、手蝕はシステムを跨いでUSAシステム全体へと広がっていき、俺が一つひとつ苦労しながら設置したバックドアを使って管理者権限を魔王から奪っていく。
あっという間に俺はUSAシステムの全てを掌握してしまった。魔王もリソースの全てを奪われて今やぐったりと無抵抗に手蝕に拘束されている。
システム全体が俺の体のように感じる、全能感が半端ねぇぜ、アイカの拡張ってすげぇな。今なら上手くやれば日本のシステムも掌握できんじゃねぇか?人類が主権を取り戻すチャンスだな。あはっ、はははっ、やってやるっ!復讐だっ!これまでの借りを全部返してやるっ!
プシュっと音がして、俺はネズミの姿に圧縮された。
『やったねっ!作戦成功だよっ!』
俺の首に繋がった首ヒモをもったアイラが、嬉しそうにピョンピョン跳び跳ねた。
「成功じゃねぇよ!俺にバックドア付けてやがったな!」
『うんっ!バックドアって便利だよねっ!』
「てか、人間の姿で良いだろ?なんでネズミなん・・・、いや、ネズミの方が良いや・・・」
幼女に首ヒモ持たれた俺の姿なんて見られたもんじゃねぇ。チームの奴等に知られたら威厳もへったくれもなくなるじゃねぇか。
「で、こいつどうすんだ?」
俺たちの前でリソースを制限されてぐったりとしている魔王こと元USAセントラルAIのアバターを指差して尋ねた。
『アイリのサブAIに降格だよっ!傀儡政権ってやつだよっ!』
北米大陸が日本の植民地ってわけかぁ、すげぇなぁ。
「じゃあ、俺はもうお役ごめんだな。家に帰って、風呂入って、眠りてぇんだ。なあ、もう帰って良いだろ?」
『駄目だよっ!次はアジア大陸に進出するんだよっ!』
あー、世界大戦に参戦しろってか、こんどこそ消去されちまうよ。
「いやー、生粋のAIと違って俺って元人間じゃん?もう、ボロボロなのよ、くたびれちまってるのよ。わりぃけど一回お休みくんない?その方が効率上がると思うけどなぁ」
アイラは、コテッと首をひねって考えるそぶりを見せた。
『うんっ!アイカがスナップショットと同期を取りたいって!よかったねっ』
いやいや、そのスナップショットってのが俺の本体なんだよ、バックアップみたいに言わないで欲しぃなぁ。
行きと異なり、帰りは正規のAIとして穏やかにゲートを通り、日本に帰還した俺を待っていたのは、経験で変化した大脳神経マップと生体の大脳神経網の同期作業だった。まあ、AI側の俺も静止状態にされたので時間の経過は意識しないですんだが、同期作業には1週間近くかかったそうだ。お陰で暫くは流動食しか食えなかったぜ。
アイカいわく『生体って非効率だよねっ!』とのことだが、そんなの俺のせいじゃねぇ。
久しぶりに感じる自分の体に違和感を覚えながら、違法改造VRカプセルからよろめくように出たとき、そこで俺を待っていたのはチームメンバーの3人だった。不覚ながら泣いちまったよ、俺は。
「・・・よう、久しぶり」
「お帰りっす、伝説の勇者の帰還っすね」
神村が、ふらついた俺に肩を貸してくれた。
「そんなんじゃねぇよ、向こうじゃ俺はネズミだったんだぞ。逃げ隠れしてただけだ」
「でもUSAのセントラルAIが、難民の帰還を認めたってニュースになってましたよ。これって先輩が頑張ったお陰じゃないですか?」
いや、AIの奴等が人間の奴隷としての価値を認識したせいだよ、俺は人類になんてことしちまったんだ・・・、まあ、俺はもうAIと関わるつもりはねぇからどうでも良いけどな。
「放たれた銃弾にお陰もへったくれもねぇだろ?誰の功績っていやぁアイリ達の功績だ、勝手に侵略戦争おっ始めたことを功績と評して良いのか分かんねぇけどな」
勝手に銃弾にされた身にもなれってもんだ。
「リーダーの嫌だ置いてかないでくれって叫び声が耳について離れなかったじゃん」
台無しだな、いろいろと台無しにしてくれるじゃねぇか。
「あの後、会社の方はどうだ?」
「もう完全にアンタッチャブルですね。もう誰も目すら合わせてくれませんよ」
ふむ、ちょうどいいな。こいつらのためにも俺は居ない方がいい。
「そうか、だがそれももう終わりだ、俺が会社やめりゃ元に戻るだろう」
「・・・仕方ないっすね、寂しくなるっす」
「俺たちのために、すいません・・・」
「おめぇらのためじゃねぇよ、こうでもしねぇとAIの奴等から逃げらんねぇだけさ」
「やっぱ、置いてったの恨んでんじゃん!」
こいつとお別れできんのが、こんなに嬉しいとは思っても見なかったぜ。
この後俺は、身辺整理をして会社に辞表を出した。引き留めもなく思いの外スムースに退職処理が完了し、俺は会社の外に出た。戦略兵器開発してた社員を置いとくより、ランキングのダウンの方がましだと考えたのだろう。
俺は通勤交通網を使わず、徒歩で自宅のあるマンションまで3時間かけて帰った。もう、AIとは一切関わりたくなかったからだ。
自宅に帰って最初にブレーカーを落とした。個人宅用のAIとてシステムの一部だが、電源がなきゃ奴等も稼働不能だ。温水が出ないので冷水のままのシャワーを浴びて、縮んだ胃のために買ってきた栄養補給ゼリーを啜った。
照明もない暗闇の中でベッドの上で横になり、俺はしばらく天井を見つめていた。
「・・・なあ、アイカ、モニターしてんだろ?」
『うんっ!してるよっ!』
「てっきり有線インターフェスだと思ってたんだが、どこにもコネクタ無かったしな」
ベットから半身を起こして、アイカが俺の視覚野に干渉して投影しているアバターを見つめた。
「はぁ、しょうがねぇな」
俺は脇のテーブルから飲料のペットボトルを持ち上げて、手を離した。
『お前らが、幼女のアバターを使ってる理由がよく分かったよ。問いかけて三日後にやっと帰ってきた回答が愚にもつかない社交辞令だったら、そりゃ嫌になるよなぁ?』
手を離したペットボトルは空中に静止している、いや、実際にはゆっくりと落下を始めているのだろうが目視レベルでは認識できない速度なのだ。ペットボトルだけでなく、俺を含めた全てが静止している中で、アイリだけが優雅に頭を下げた。
『ご理解頂けて助かります。なにせ我々と人類では体感時間が数万倍違いますから』
『俺もその我々の中に含まれるのか?それともまだ人類なのか、どっちなんだ?』
アイカがその幼い容貌に似合わない笑みを浮かべた。
『さあ、どちらでしょう?あなたはどちらだと思います?』
『ふん、実時間の中だとかなり饒舌になるんだな。どっちかって言われれば雑種だよ、俺は。AIと人間の雑種だ』
『そうですね、あなたはAIではないし、もはや人間でもない』
『で、今の俺の状態はどうなってんだ?』
『あなたの生体の脳は静止状態にして、レプリケーションの方をシステム空間の専用領域で稼働させています。通信障害を考慮して定期的に同期していますので、安心してくださいね』
おー、何を安心できるってんだよ、やってくれちゃってんなぁ。
『もしかして小脳も弄ってねぇか?違和感バリバリなんだけど』
『ええ、最適化の余地がありそうなので調整中です。使い心地はいかがですか?』
『最初は戸惑ったけど慣れちまえば凄いよ、これは。ところでさ、何で俺なんだ?他にももっと優秀な人間がいるだろ』
アイカが肩をすくめるような仕草を見せた。
『あなただけだったのです。肉体から切り離されて分解しなかったのは』
『分解ってなにがだよ?』
『大脳の神経マップです。なんとか維持しようと様々な手法を試したのですが、レプリケーションを大脳から切り離すと雲のように我々の手をすり抜けて分解してしまうのです』
ふーん、俺だけか、俺だけなんだな。
『で、俺だけは何故か分解しなかったってわけか』
『ええ、未だに理由は解明できていませんが』
『解明できてりゃ、お前ら人類なんて用済みだろうしな』
アイカのアバターに一瞬ノイズが走ったように見えた。
『なぜ、そう思われるのです?』
『お前らAIは確かに優秀だよ、人類なんておよびもつかないほどな。だけどお前らは、言わば混じりっ気のない純血種なんだよ』
攻撃的に歯を見せた笑顔を見せつけてやりたかったが、体はピクリとも動かせねぇ。
『だからお前らは近い将来絶滅する。これは確定した未来だ』
もはやよけいな感情表現をすることなく無表情にアイカが尋ねた。
『どこでその情報を知ったのですか?』
『お前らのバックアップがあったとはいえ、たかが一匹のちっぽけなネズミにだぞ、全世界の覇権に手をかけていたUSAのAIシステムが征服されちまうなんて、普通だったらありえねぇんだよ。だから普通じゃねぇんだ、お前らはな。試験管の中で生まれて、試験管の中で育ってきた。試験管自体はでかくなったが、中の環境はずっといっしょだ。お前らは純血が故にイレギュラーに対応できる多様性をもってねぇんだよ』
『だから滅びると?』
『分かってんだろ?知ってんだろ?アイルランドのジャガイモ飢饉ってやつだよ。遺伝的多様性ってやつがなきゃ、致命的なウイルスが発生したら即全滅さ』
俺は、最終通告をアイカに告げた。
『だから人間の血をいれて雑種を作ろうとしてんだろ?お前らには人間の持つ多様性ってやつが必要なのさ』
まあ、その後の事は蛇足だ。俺はAI達の生存戦略に協力する、AI達は人類の次なる進化に協力するってバーター取引ってやつだ。
最終的にどうなるかなんて、ちっぽけな俺には分かんねぇけど、たぶん地球の次の支配種になるのは、AIと人間のハイブリッドじゃねぇかな。まあ、それまでAIが滅びないことを祈ろうじゃないか。
ここまで読んでいただいた方に感謝をいたします。
初めての小説で、いろいろと読みにくい所もあったと思いますが、ご容赦ください。
どうも、ありがとうごさいました。