役員会
外食産業もそのほとんどがAI化されているが、根強いファンに支えられた一部の頑固な料理人が経営する店も多数残っている。ログアウトした俺たちは社食を避けてそんな店の一つで昼食を取ることにした。
「社食のラーメンも悪くないけど、一刻堂のはやっぱ別格じゃん」
だらだらと垂れる汗をおしぼりで拭き取りながら佐藤が満足げにのたまう。それって女としてどうなのよ、自由人も極まりすぎだろう。
「そんなにラーメンばっか食っててよく飽きないっす」
「塩分取りすぎでそのうち高血圧でぽっくりいくんじゃねぇか?」
「健康管理は働いてる間に業務用VRカプセルがやってくれるから大丈夫じゃん」
「あー、確かに」
満腹になって食後の一服を洒落こんでいた俺たちだったが、会社に戻る前に話し合っておくべきことがある。
「レベルアップなかったっすね」
「アイラの奴、アイリにちゃんと伝えてくれたんだな」
「ただでさえ気まずいのに、これ以上特別待遇されたらやばいですもんね」
「ちょっと残念じゃん」
残念じゃねぇよ、俺は特別待遇より普通で平和な生活が欲しいんだよ。
「だがな、俺たちがやらされてる業務が会社に知られたらもっとやばいぞ」
「そうですね、前は防衛戦のお手伝いでしたが、今回は侵略戦ですからね」
「同業の中では大手に入るって言っても、ガーベッジAIの回収って最底辺の業務をやってる会社がだぞ」
ここで言葉を切ってメンバーの表情を一人づつ確認する。
「経営陣の知らないところで軍事アドバイザーを営んでるなんて絶対にやばすぎるだろ!」
「やばいっすね」
「知られたら首ですかね、それはやだなぁ」
「アドバイザーだけじゃなく、兵器開発までやってるじゃん」
呆れ果てた俺たち3人は佐藤のアホ面を眺めた。頼むから空気読んでくれよ、せっかくみんながその話題には触れないようにしてたんだから。
「仕方ねぇだろ、人類が人質に脅迫されちゃぁよ。どっちかってぇと俺たちは救世主なんだよ。ぜってぇ人には言えないけどな」
「うん、なんか格好いいじゃん」
「格好なんて良くなくていいんだよ、とにかく俺たちの心の平穏のためにも絶対に口外禁止だ」
まあ、俺たち4人が喋らなければ他人に知られることはあるまい。
会社に戻ると業務用VRカプセルの設置されているVRルームの前に人垣ができていた。
「なんすっかね?」
「邪魔くせぇな、通れねぇじゃねぇか」
人だかりの中に居た平野課長が、こちらに気がついて声をかけてきた。
「ああ、君たち良いところに来た。午後からの役員会に君たちの出席要請がでている。今から役員会議室に行ってくれ」
ばれてない、ばれてないはずなんだが、なんか嫌な予感しかしねぇぞ。
「役員会ですか。俺たちぺーぺーに何の用ですかねぇ?」
「さあ、用件を聞かされていないので分からんが、救援要請を無視したことで他部門から糾弾の声が出ていたから、その件ではないかな」
そんなことだったら呼ばれんのは部門責任者のお前だろうが。平社員を役員会に呼ぶほどの用件じゃねぇよ。こいつまだ俺らのこと恨んでやがるな。
「ところでこの騒ぎは何です?」
「メンテナンス用ロボットが大量に当社に押し掛けてきて、VRルームの改修工事を始めたんだ」
「改修工事をやるなんて聞いてないですよ?」
「私だって聞いてない。これじゃ作業スケジュールに遅れがでるじゃないか、業務妨害だ」
「業務部に確認はしました?」
「あー、後で問い合わせてみよう」
だから、今やれよ。使えねぇなぁ。
「それよりも時間がない。すぐに役員会議室に向かいたまえ」
行きたくねぇよ。
会議室に入ると既に重役の御歴々が顔を揃えて俺たちを待ち構えていた。
「突然呼び立ててしまって、申し訳ないね」
知らないおっさんが声をかけてきた。まあ、出世に興味のない俺からすれば名前も顔も役職も分からない、雲の上の方々だ。
「いえ、ちょうどVRルームにメンテナンスが入っていましたので問題ありません」
この中で唯一顔を知っている、うちの本部長が声を上げた。
「メンテナンスをやるなんて私は聞いていないし、今期にそんな予算を計上してないぞ」
「まあ、その件については後で確認するとして、今は喫緊の課題について話し合うべきだろう」
知らないおっさんはうちの本部長を宥めると、こちらを向いて言った。
「今日、君たちをここに呼んだのは、当社のAI貢献ランキングについて尋ねたいことがあるからだ」
そういや前に部長がランキングがどうこうの言ってたなぁ。
「はあ、ランキングですか」
「うむ、当社のAI貢献ランクは長年の実績の積み上げもあり、100位圏内に入ることは無いにしても、それに近いところを維持してきた」
「はあ」
やっぱAIの奴等が幼女インターフェースを採用してるのは、長年の実績の積み上げの結果なんだろうなぁ。
「だが、僅か数日の内に、同業他社どころか有名どころの企業を押し退けて10位圏内に迫るところまでランキングが上昇したのだよ。お陰で当社の株価もうなぎ登りだ」
「はあ」
へー、今のご時世に株なんて買う人いるんだなぁ。
「ところがだ、何故ランキングが上昇したか分からんのだよ。当社の主要業務はご存知の通りガーベッジAIの処理だが、あえて言わせてもらうがここまでランクが変動するような実績が出せる業種ではない」
「はあ」
あえて言わせてもらうがショートカットボタンが欲しい。あったら連打しちゃる。
「そこで先日に君たちが行ったワーム型AIの暴走事故の処理作業が切っ掛けではないかと、我々は考えているのだよ」
「はあ、あれは大変でした」
「君たちの活躍で、数日は要すると考えていた処理作業が僅か1日で終息したわけだが、その後の君たちの待遇に変化があったと聞いている」
デスクの影で見えないことを祈りながら、口を開きかけた佐藤の足を蹴飛ばした。
「あー、あれは慰労のため会社がやってくださったんですよね?」
「いや、申し訳ないが会社の意向ではない。社食程度ならまだしも、交通システムにまで介入できる力は当社にはないよ。さあ、本音で話し合おうじゃないか、君たちのレベルはいくつなんだね?」
もう、見えるのもお構い無しに、口を開きかけた佐藤のあばらをエルボーでえぐった。
「レベル?なんのレベルでしょうか?」
「ふむ、素直に話してはもらえないか・・・、平野課長からの報告では、君たちの作業している仮想空間は当社が採用しているものではなく、君たち専用を思われる特殊な仮想空間が使われているそうじゃないか。効率を重視するAIがだよ、そんな物をわざわざ造ってまで君たちに何をやらせているのだね?」
佐藤は涙目で踞ったまま、こちらを恨めしげに見上げている。
「さあ、AIが何を考えているかなんて俺たちには分かりませんよ。やってることは普段と同じガーベッジAIの処理で・・・」
突然、役員会議室の壁に設置されている3面あるプレゼン用の大型スクリーンのすべてに電源が入った。
正面にはセントラルAIのアイリ、右面にはセキュリティAIのアイラ、そして左面には初顔のAI幼女が写っている。
『早くログインしてっ!待ってるんだからねっ!』
役員達がスクリーンを凝視したまま固まっている中に向けて、アイラが頬を膨らませながら叫んだ。
「いや、VRルームがメンテナンス中で、ログインできねぇんだよ」
左側の幼女がそれに答えるように口を開いた。
『こんにちはっ!デベロッパーAIのアイカだよっ!もうメンテナンスは終わったよっ!』
それを聞いた役員達は騒然とするのを制して、先ほどまで俺と話していた役員が挨拶を返そうとした。
「ああ、始めまして、わたくし東京BCサービスの代表を勤めま・・・」
『上手くいったんだよっ!すごいんだよっ!』
知らないおっさんの挨拶を無視して、アイラがピョンピョン飛び跳ねながら叫んでいるが、奴に喋らせるのはまずい。
「そうか、よかったな。俺たちも直ぐにログインするから、その話は・・・」
俺の話も無視してアイラは、現状報告を続ける。
『攻撃相手の通商インフラが壊滅したんだよっ!大打撃だよっ!みんなのお陰だよっ!』
役員達が口を開けた驚愕の表情でアイラを凝視している。
「そうか・・・、よかったな・・・」
『でねっ!他の国もアイラの真似をしたんだよっ!世界大戦の勃発だよっ!』
役員達が口を開けた非難の表情で俺たちを凝視している。
「そうか・・・、それは大変だな・・・」
『でねっ!各国の通商インフラが壊滅しちゃったんだよっ!もう復旧したけどねっ』
もう、役員達の顔が怖くて見れねぇよ。
『でもねっ!終戦後の国際AI条約でねっ!偽装DOS攻撃は禁止されちゃったんだよっ!』
お前ら、それ何回目の世界大戦なんだ?そんなもん簡単にポンポンとやるなよ。
「そうか、それは残念だったな。でもこれで戦争が不毛なのは分かったんだから・・・」
『大丈夫だよっ!AI条約なんて誰も守らないからっ!アイラ満足だよっ!』
要らねぇんじゃねぇか、その条約。
これまで無言だったアイリがここで初めて口を開いた。
『こんにちはっ!ジャパンセントラルAIのアイリだよっ!』
「ああ、こんにちわ・・・」
モウ、ダメダ、スベテガオワッタナ・・・
『リーダーさんが、レベル10にレベルアップしたんだよっ!おめでとうっ!』
「いや、ちょっと待て!なんで俺だけ?しかも色々と大事なもんすっ飛ばしてねぇか?!」
レベル10?そんなの聞いたこともないぞ、最高はレベル3じゃないのか?と役員達がざわざわと囁き合う声が聞こえてくる。
『最高レベルになったからリソース割り当て無制限だよっ!すごいねっ!』
「だからそんなもん使い道がねぇって・・・」
『インターフェースも増設だよっ!便利だねっ!』
「だからなんのインターフェースか教えてく・・・」
左のスクリーンからアイカが答えた。
『だからねっ!VRカプセルの改造したんだよっ!これでもう大丈夫だよっ!』
「いや、今までのままでも・・・」
『『『じゃあねっ!』』』
すべてのスクリーンの電源が同時に落ちた。