世界の中心でAIを屠る
2メートル近い巨体とその体躯に見合った大剣と大盾を駆使し、3体のオーク型ガーベッジを相手に前衛として最前線を維持していた山田がオークのこん棒の一撃を大盾で振り払うと、大きく踏み込んで力任せに大剣を振り抜いた。
防御から攻勢に転じた山田の動きに、後方から弓でちまちまと攻撃していた俺はあわてて叫んだ。
「おい!ばか、やめろ!」
しかし、一旦攻勢に動き出した山田の動きは止まらない。歯を食い縛り、鬼の様な形相で3体のオークと互角に切り結んで行く。
「あーあ、山田の奴気短いっすからねぇ」
緊急事態にも関わらず常にマイペースの神村がその手にファイヤーボールを生成しつつ、のんびりとした口調でコメントする。
「ちっ、まあ、山田が辛抱しきれなくなるのは何時ものことだな。おい佐藤、ヒールの準備しと・・・、あれ?」
リソース回収効率が悪いBBQ攻撃への戦術変更を指示するため、後ろに振り替えった俺は、異常事態に気がついた。チームの紅一点でヒーラーでもある佐藤が無表情に呆然と立ち尽くしていた。あわてて視界隅に表示されている現在時刻を確認する。
「うわっ!やばいぞ!」
「山田もそろそろヤバイっすねぇ。酔っちゃったみたいっす」
あわてて前に視線を戻すと先程まで果敢に攻め込んでいた山田が、オークにタコ殴りされながら3D酔いに青ざめた表情でふらふらと膝をつく姿が目についた。
「昼休み3分ほど回ってやがる!佐藤の野郎無断で落ちやがった!」
「社食の麺類数少ないんですぐ売れ切れちゃうっすからねぇ」
「そーゆう問題じゃねぇだろ!どうすんだこれ!」
ヒーラーの回復もない状態で3体のオークにタコ殴りされている山田のリソースがものすごい勢いで減っていく。
生成したファイヤーボールの解放処理を行いつつ神村が言った。
「どうしようもないんじゃないっすか?」
山田の尊くもない自業自得な犠牲のもと、俺と神村は無事にログアウトした。
***
解体すべきガーベッジAIに逆に解体されてしまい、マイナス査定と言う名のデスペナがついた山田が午後のミーティングで吠えた。
「酷いじゃないですか!なんで見捨てたんです?!」
自分で勝手につっこんで自滅しといてなに言ってんだ、しょうがねぇ野郎だな。
「馬鹿かお前は、大体チビのお前が巨体のアバターで動き回れば3D酔いするに決まってんだろ。おとなしく壁役をやってるか、体に合ったアバターを使うかどっちかにしろ。今月に入ってもう3回もガーベッジAIにやられてんだ。リソース回収効率が落ちてチームの査定にも響くんだよ」
なにを隠そうって見たまんまそのまま山田は160センチそこそこのチビなのだが、なぜが巨体のアバターを使いたがる。視点が普段と30センチ近くも高い状態で動き回れば3D酔いするのはあたりまえだ。だから一部の特殊な性癖をもった方々とこの馬鹿以外は、自分の体型に合わせてアバターを設定する。
「い、いや、でもヒーラーの佐藤が落ちてなきゃ問題なかったはずですよね?!」
こいつは一体研修で何を教わってきたんだ?なんもわかっちゃいねぇ。神村はマイペースだが入社年数は俺についで長いから大丈夫だが、新人の佐藤もあぶねぇな。今も他人事のような顔で座ってやがる。
「おまえ、俺たちの仕事が何なのかきちんと理解してんのか?」
「そりゃ、ガーベッジコレクターですよね?ガーベッジAIのリソースを回収するのが仕事です」
そう、日々様々な作業用AIが産み出される中で、その作業が完了しているのに終了せず回収不能になってしまったAIを強制的に終了させて、システムが利用可能なリソースに戻すことが、俺たちガーベッジ・コレクターの仕事だ。
一見するとファンタジー風のVRロールプレイングゲームで遊んでいるように見える。しかし、それは会社が作業用仮想空間としてそれを採用しているからだ。数えきれないほどのAIが稼働する広大なシステム空間で、専門家ではない人間が作業するためには人間が五感で解釈可能な仮想空間が必要不可欠なのだ。
「言葉だけ分かってても中身を理解してなきゃ意味が無ぇんだよ。今や社会の全てがAIによって制御されんだ。金融、運輸、エネルギー、製造、人の生活に関わる全てがAIとその制御下にあるロボットによって行われてんだぞ」
「そ、それは知ってますが・・・」
「人間が生活する上で必要とする様々な資源はAIが最適化管理をしてっから人々が生活のために労働する必要がねぇし、今や人類の黄金時代ってやつだ」
空気を読むつもりのない新人類猿佐藤が手を上げてお馬鹿な質問を放つ。
「でも、みんな働いてるじゃん?」
「おまえの無断ログアウトの件は忘れたわけじゃないからな。しばらくの間おまえのログアウト権限は剥奪して、俺が管理する」
「えー、ログアウト不能ってデスゲームじゃん!」
「あほ、落ちる5分前に報告するってルールを忘れてるおまえが悪いんだろうが」
「あぁ、社食のラーメンが・・・」
「さっきの話に戻すが、端的に言うと俺たちは働いてるんじゃない」
山田が目を丸くして叫んだ。
「いやいや、働いてますよね?確かにやってる内容はRPGゲームみたいだけど、それで給料貰ってるし」
「言い方が悪かったな、正確には自分達の生活のため働いてるんじゃねぇってことだ。人間が働かなくてもAIが勝手に経済を回してくれる。俺たちがやってるのはAI様が気持ちよく働けるように、お手伝いしてるだけさ」
「いや・・・、確かにAI関連の仕事しか無いですけど・・・、でも結局は自分の生活のためですよね?」
ちっ、伝わらねぇか。
「人間が働かなくても良いってことの意味をよく考えてみるんだな。さあ時間だ午後の作業を開始するぞ」