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初戦闘


 南門に戻れば、あの門番が今も立っていた。少し足早になりつつ、声を掛ける。


「さっき、ありがとうございました」

「お? あー、兄ちゃんとこ、辿りつけたか?」


 兄か!

 ようやく性別がはっきりして、少し気が楽になった。

 ラムスに頷き、自身の肩口に触れる。黒の服には、宿を出る前に着替えていた。何分、初戦闘である。少しでも守備力が高いものを着ておきたい。耐久度は減っていたが、未だに守備力の数値には影響がなかった。


「服まで繕ってもらって」

「だろー? ホント器用なんだ、あのひと。

 で、今から出るのか? 『命の神の祝福を受けし者』なら、仕方ないよなあ」


 その物言いから、戦いたくてうずうずしているのは、オレだけではないとわかった。

 昨夜の戦闘は、そもそも一方的に開始して一方的に終了してしまったので、報酬は得たものの棚から牡丹餅扱いである。敵の姿すらも確認できなかったことを思えば、いったいプレイヤーの中の誰が倒したのだろうかと正直気になって仕方がないほどだ。誰もがあの時、戦闘スキルらしいスキルは持っていなかったはずなのだから。


「閉門前には戻るだろ? 森には入るなよ。かなり強いのもいるからな。街の周辺の草地なら、油断さえしなけりゃやられないだろ。怪我したらすぐ帰れよ」


 丁寧な注意事項の一つ一つが、この辺りで戦闘を行う際の重要な情報だった。

 あと五時間程度しかない。時間を無駄にせず、少しでも腕を磨かなければと気を引き締め、頷いて門をくぐった。




 それはもう、怪奇現象というか。至極当然の成り行きというか。

 門の外は、見渡す限り……『命の神の祝福を受けし者』だった。


 気味が悪いほど違う色の同じ服装をした男女が、そこらじゅうにわらわらとしているのだ。

 不意に魔物が沸く。そこにプレイヤーが殺到する。それほど強いわけではないので獲物でつつき回して即消滅。その繰り返しだ。


 何てシュールな光景なんだろう。


 どうやら魔物は即沸きのようで、どこかで倒されれば次がどこかで沸いている。沸き待ちをする者、沸きを探して走り回る者、いろいろいる。だが、これでは効率が悪すぎる。いくら即沸きであったとしても、魔物とプレイヤーは同数ではないのだ。追いかけ回して、仕留められなかったでは無駄足になる。

 ざっと見ても数百人レベルでいそうなほど、南門の周囲は学校の全校集会レベルでごった返していた。

 周囲はチュートリアルで見たような草地になっているが、少し離れたところに森が見える。南門からは一部石畳の道が続いていた。街道だろう。これはもう、次の集落を目指すほうがいいのかも、と思いはしたが、既に宿での依頼を受けてしまっている。今夜はここで過ごすしかないのであれば、どうすればこの五時間を効率的に使えるかを考えるしかない。


 とりあえず、街壁に沿って進もう。


 街を囲う壁の外を、ぐるりと歩いていく。南門前ほどひどくはなかったが、それでもプレイヤーは多い。スタートがこの街(ガディード)なのだから仕方ないのだが、この混雑ぶりを解消するようなイベントがなければ、最初でキレてしまうプレイヤーがいそうである。


 否、もういた。


「ふざけんなよ、それ俺が先に見つけたんだぞ!」

「横殴ったのはそっちだろ!」


 濃灰の服に短剣の男が、緑の服に長剣の男に食って掛かっている。どちらも見た目は良い。VRヴァーチャル・リアリティなので、やけにリアルな美形が言い合いしているように見える。戦利品ドロップをどちらが獲得する(拾う)かで揉めていた。

 まあ、ああなるよなあと悠長に眺めていられたのはそこまでだった。


 短剣の男が、長剣の男を刺したのだ。


 その瞬間、短剣の男の頭上、IDが黄色に染まる。

 長剣の男はその場にうずくまった。腹部から、赤が滴る。


「バカなやつ」


 短剣の男はそう言い捨て、戦利品ドロップの小さな魔石を拾い、走り去っていった。


 ほんの、一瞬だった。

 ひとはこれほどまでに容易く傷を受け、傷をつけてしまう。


 それを目撃したのは自分だけではなくて、周りにいたプレイヤーたちもざわめき始めた。


「何あれ」

「たかが戦利品ドロップじゃん」

「まだ最初なのに」

「バカなのあっち」

「イエローってやばくね?」


 長剣の男もまた、耳に聞こえる声に耐えきれないと言わんばかりに、立ち上がって駆け出した。すぐそばを駆け抜けていった時、そのHPは黄色にまで色を変えていたのが見えた。まだ、誰もがそれほどレベルが上がっていない。その中でのダメージである。

 これが魔物から受けたものなら、まだよかったのかもしれない。しかし、相手はプレイヤーだ。身近にいる誰かが加害者になると思えば――怖い。


 足早に、オレもまたその場を去った。できるだけ人のいないほうへ、そう思うと、自然と森に近づく羽目になった。誰もがあの門番の忠告を聞き入れているのだろう。森の縁に近づくにつれて、人影が減っていく。

 長剣ブロードソードを引き抜き、思い切って森へ入る。森、というよりも、まだ林程度の木々の密度だ。そこかしこに草地が見えるほどの穏やかさが続く。ほんの一歩入った程度なら、いきなり強敵が沸くということもないのではと期待したのだが、当たっていたようだ。地図マップが「ペリグロの森」へと切り替わっているのを確認しつつ、周囲を見る。人影は皆無である。

 そして、すぐに草虫グラス・ワームを見つけることができた。

 無造作に、重力にほぼ任せて剣を刺す。

 一撃で、草虫グラス・ワームは砕けた。初心者用の短剣ですら倒せたのだ。攻撃力も上の長剣ならば簡単に仕留められる。

 戦利品ドロップを拾い上げ、ついでにシステムログを確認すると、細かい数値や状況認識の文面がずらずらと並んでいた。さすがにこれを見ながらは戦闘しにくい。「経験値二」という無情な数字を見て、少し気が遠くなった。いったいどれくらい倒せばレベルが上がるのか。

 だが、千里の道も一歩より、だ。次の獲物を、と視線を巡らせると、草兎グラス・ラビットがその名の如く草を食んでいた。どちらもノンアクティブのようで、こちらから攻撃を仕掛けなければ、攻撃してこない。草虫より一回り大きいそれを目掛けて、剣を振るう。これもまた、一撃で砕け散った。「経験値三」と戦利品ドロップの小石を得、次を探す。

 戦闘というよりも、ただの殺戮。経験値と戦利品を得ながら、草地にいつでも戻れるような場所を歩いていく。

 だが、そんな一方的な暴力に飽く前に、それは現れた。


 草豚グラス・ホッグである。


 やや緑がかった豚の魔物は、鼻息も荒くこちらを見据えていた。

 初めて目にしたアクティブモンスターに、ようやく「戦い」を意識する。

 長剣ブロードソードを正眼に構える。両手で握れば、その分重さに振り回されることはない。相手はアクティブ、となれば先の先しかない。


「――っ……!」


 かじった程度の剣道の打ち込みは、草豚グラス・ホッグに一撃を与えられた。但し、ダメージ自体は軽かったようで、こちらへと駆け出した魔物は振り下ろした剣ごと、その体躯でオレを弾き飛ばした。背後にあった細い木に身体を叩きつけられ、息が詰まる。たった一撃であるにも関わらず、視界のHPバーがぐんと減った。何とか剣を手放さずに済んだが、草豚グラス・ホッグの荒い呼吸は近い。再度、体当たりを仕掛けてきた魔物へと今度はそのまま剣を正面に突き出した。草豚グラス・ホッグは――避けられなかった。

 両手に感じる、貫く感触が、今までの草虫や草兎とは違って重かった。光が散るのと同時に、重さが消える。


 ピロリロリン♪


 異様に軽快な音楽メロディが、レベルアップを告げた。視界には複数のアイコンが表示され、点滅している。一頭で経験値が十五も得られたようだ。確かに、これほど経験値が得られればレベルが上がるのも道理だ。逆に言えば、それほどの強敵であるわけだが。

 早速、スキルツリーに表示された剣のスキルマスタリーを得る。たった一ポイントしか増えなかったスキルポイントは、これでまた零になった。

 そして、地に落ちた戦利品ドロップを確認すると……それは葉に包れた肉の塊、だった。

 捌く必要性がなくて、何よりである。ただ、問題は――


「生で食えるのか、これ?」


 ぼそりと呟いた独り言に、森は応えてくれなかった。

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