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中途半端なリセット


 キャラクター・クリエイトは再作成するかどうか、選択可能だった。但し、名前を含めて再作成の場合は、キャラクターが完全にリセットされる。既存のキャラクターを使用する場合には経験値やスキルポイントは以前の物が引き継がれるが、レベルは新たなる経験値テーブルをもとに計算され直し、スキルは同じく、新たなるスキルツリーによって再振りとなる。

 フレンドリストはもちろん、金銭やアイテムも本来はリセット対象となるべき部分だが、今回はβ2ということもあってそのまま引き継がれることになったようだ。要するに、オレはほぼすっからかんから始まるというわけだ。

 ネット上から公式サイトで、アカウント内のある程度の情報は確認できた。そのさなか、パソコンがソフトウェアのアップデートの完了を告げる。

 そして、オレはまた、幻界(ヴェルト・ラーイ)へと旅立った。


 チュートリアルの内容が様変わりし、中年の神官は旅行者(オレ)を殺しはしなかった。既に初心者(ビギナー)は脱しているのだが、おそらくは苦情対策でスタートをここに設定しているのだろう。命脈の泉はことばで語られるのみ、素直に祭壇のある広間に転送された。

 礼拝堂、と呼ぶべきだろうか。

 まるで教会のように、左右には木製の椅子が並んでいる。しかし、その前の空間と、通路にあたる部分がやけにリアルよりは広々として見える。かつてのβでは立ち入らなかった場所だ。

 背後から、靴音が鳴った。

 振り返れば、あの神官が立っている。促すように、光あふれる扉の向こうを指し、朗々とした声を響かせた。


「行くがいい、『命の神の祝福を受けし者』よ。そなたの旅路により多くの祝福があらんことを……」


 あの時は、ひとりじゃなかったのに。


 脳裏に浮かぶのは、ただひとりの妹だ。

 まとわりついてきた感触が、困惑した表情が、あの声が、見覚えのある通路を進む足を速めさせる。


 ホールを出ると、そこにはいつかに似た光景が広がっていた。崩れ落ちていない、無事なガディードがある。

 いつのまにやら階段上にはプレイヤーが多く、再会を喜ぶ声とは真逆に、足早に転送門へと向かう人影もあった。あの時は夕暮れだったのに、今は朝と言ってもいい時間帯だ。


 ああ、だから、まったく同じじゃないのか。

 それでも、今も、おぼえている。


 オレは心の向くまま、階段を駆け下りた。


 地図(マップ)は同じだ。

 魔族によって壊されていないガディードなら、まだあるはずだ。


 オレたちの、家が。


 軽快な音が、メールの着信を告げる。

 それに応えるより先に、東の地区へ入る。幾つもの角を曲がった。記憶を頼りにとは言え、殆どうろ覚えになっていた路地を通り、それでも何とか、小さな木造の家まで、オレはたどりつけた。

 きれいではない。古びたそれは、確か。

 扉に手を掛けるだけで、簡単にそれは、開いた。

 

「――あんた、何をしてんだい? 盗人かい?」


 途端。

 しわがれた声が、オレを呼び止めた。


 年配の女性だ。


 その顔に見覚えがあった。そう、あいつが意識を失う直前に――足を痛めていた、ひとだ。

 感謝の微笑みで送り出してくれた、その記憶とはうらはらに、今の彼女は怪訝そうにを通り越して、不審者を見る目つきでこちらを睨んでいた。


「そこにはもう、誰もいないよ」

「――誰も?」

「ああ。昔、狩人の親子がいたんだけどねえ……空き家だけど、使うなら区長の許可がいるよ」


 あんたはいるのに?

 誰もいない?


 言いたいことは言い終えた。そう言わんばかりに、年配の女性は背を向ける。曲がった背に、大事そうに持った手の籠。ひとつ向こうの角で、それらはまとめて姿を消した。


 オレは振り返った。

 変わらず、古びた家はそこにある。


 なのに、もう、ミラはいないんだ。


 佩いた長剣が金属音を立てる。

 スキルすら振り直すことなく走り始めると、瞬く間に疲労度(スタミナゲージ)が減少を始めた。それでも、どうしても行きたい場所があった。




「あら、いらっしゃい」


 野太い声が、あの時と同じように、歓迎してくれた。

 肌の浅黒さは記憶のままで、ただどこか、微笑むその表情に違和感があった。


「好きなところへどうぞ。今、お水を……」

「カルド」


 名を呼べば、驚きに目を瞠る。


「あら、俺のこと、知ってるの?」


 薄い色合いの短髪の下で、片耳ピアスが揺れる。

 こちらを検分するように上から下まで視線を向けたが、カルドは頬に手をやり、小さく溜息を洩らした。


「ごめんなさいね。お客さんなら忘れるはずはないんだけど、いやあね、トシかしら……あ、リリ、ねえちょっと」


 奥へ行こうとした、小柄な少女をカルドが呼び止める。もちろん、彼女も知っている。その時に渡した花も、あの甘い匂いも。

 しかし、リリもまた、こちらを不思議そうに見ると、小さくかぶりを振った。


「あら、そう……って、あ、お客さん!?」


 行きたかった場所だった。

 なつかしい、場所のはずだった。


 なのに。


 カルドはいる。リリもいる。

 門番のラムスのそばを通りながら、もうオレは彼を見ることもできなかった。ただ、オレは門をくぐり、長剣を抜いた。


「――ぁあああああああああああっ!!!!!」


 苛立ちをぶつける、相手を探して。




 もう、どこにも、いないんだ。

 あいつも、そして、あのひとたちが知っていたはずの、オレも。



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