原因と、過程と
大混雑の大学祭では、それ以降、あのひとを見つけることはできなかった。二日目もトライしてみたものの、成果はなく。
時はただ、過ぎていく。
幻界からのクローズドβ2案内は未だ来ず。
ただ、記憶の中に残されていたものすらも、徐々に遠ざかっていく気がした。
それでも、忘れようにも忘れられない面影を追って、大学の研究室に行くついでに大学構内をさまよった。あの日だけにいたのか、どうにも見つからない。リアルな名前は知らない。見た目だけで言うのもはばかられ、誰にどう問うこともできなかった。ただ、黙したまま、視線を流していく。
楽しげに笑い合う女子大生は目にも華やかな群ればかりで――どこを見ても、行き交う姿の中に、あのひとはいない。
「片桐、今日も来てるのか」
「……どうも」
体育会系とは程遠い、理系故にというべきか。
ひとことあいさつついでに少し頭を下げれば、見知った院生は驚きの表情を苦笑に変えた。勝手知ったる進学先、とばかりに、オレは教授の研究室で資料漁りである。見た目は、ただパソコンを叩いているだけだが。
「さっきさ、講義棟前にいなかったか?」
思い当たる節を指摘されたものの。
何を説明することもできず、オレはただ彼を見返した。
「教授なら、休みだぜ?」
「まあ、ルサールカにアクセスしたいだけなので」
皇海学園のメインサーバーは、学園に所属する者に発行されるアカウントを利用すれば、全国各地から利用できる。しかし、何故か学内と学外では、厳然たるスピードの相違があった。特に、ダウンロードが大違いだ。オレの自宅は二Gの契約だが、それよりも学内のほうが早い。回線の安定感は言わずもがなだが、マシンの性能を追い越してもなお、学内のほうが早いのである。
資料の中にはソフトウェア等もあり、実際に走らせてみても、学内のほうが演算結果が早く得られた。このことからも、学内からのアクセスが如何に有効なのかをわかる。イライラする時間が皆無というのは、たいへんしあわせなことだ。
「片桐、もう人魚姫にお熱なのか」
「くっくっく、貴様も人魚姫の下僕に……」
奥のほうの端末を使い、目の下に隈を浮かばせた修士論文作成中の院生たちがこちらを嘲笑う。いっそ気の毒になってくる光景だが、先のことを考えると他人事にも思えない。
その時、携帯電話が蠢いた。フリックして、通話に切り替える。
「ん、何? ……だいじょうぶだよ」
場所柄、このまま通話はできない。
片手を挙げて詫びを示し、そのまま廊下へと出る。電話の内容は、このあとの予定の確認だった。肯定を返せば、彼女はうれしそうに通話を終了した。思ったよりも時間が近づいていたようで、もう待ち合わせの場所の近くに来ているそうだ。
「まさかっ、片桐……!?」
研究室に戻るとすぐ、先ほど教授の予定について教えてくれた院生が、驚愕の声を上げた。
「おまえ、今日はクリスマスイブだぞ!? 予定があるんじゃないだろうな!!?」
「ありますよ」
予定があってもまったくおかしくない日だと思うのだが、どうやらこの研究室では異なるようだ。院生のうちのひとりは頭を掻きむしり始め、もうひとりは壁に頭を叩きつけている。怖い。
そして、目の前の院生は、呻きながらオレを呪った。
「爆ぜろ」
「ひど……」
思いやりあふれる空間である。
季節が移り、短い秋は冬へと様相を変え、街中が赤や緑に彩られたころ、その選択肢が呈示された。
「ねえ、彼女いないんでしょ? ――なら、私と付き合って」
それは、ある放課後の出来事だった。
最初の問いかけへの肯定を受け、明るい髪を揺らして、クラスメイトは微笑んだ。二年の時、一年間女王の国へ留学していたためか、英語の授業で発音を聞く度に楽しかったことはおぼえている。
「彼女」「付き合って」ということばに、恋愛色を感じたものの、まずは反発をおぼえてしまう。
「……受験生?」
「私も、片桐君も、合格してるでしょ?」
AO入試で神陵大学への進学が決まっていると、クラスメイトは告げた。関西の大学だ。微妙な話に、首を傾げる。すると、説明があった。
「遠距離恋愛はする気ないんだよね。だから、卒業まででどうかな? クリスマスに彼氏ナシって寂しくてさ」
その、価値観の違いに驚いた。
たったひとりをずっと思っていた自分にとって、異質に感じるもの。
ドラマや物語の中ではありうるような選択肢ではあったが、まさか自分に降りかかるとは思っていなかった。
どうにもならないことを、ぐずぐずと考えている自分でも。
誰かと付き合えるのだと、知った。
自分を肯定してくれる存在は、貴重なのだろう。
かっこいい。優しいね。好き。一緒にいてね。
ゲームや身内から遠ざかり、甘いだけの会話を交わして。
ただ、何となく今も続いている。
彼女が、大学内のカフェの入り口で手を振っている。
クリスマスシーズンのため、この時期限定のスイーツがあるらしい。オレが大学内に通っていることを知って、嬉々としてねだってきたのだが。
まさか、この日を選ばれるとも思わず、正直なところオレも驚いていた。明日は明日で、イルミネーションで知られた公園に出掛ける予定だ。むしろ、このあとそのまま行ってもいいのではと、思っていたその時。
「はあ? ロー、暇なの? 私は忙しいんだけど」
その声が、聞こえた。




