将来への道筋
学園祭の時期になり、皇海学園と言えども周囲の空気が変わってきた。
高校三年。外部受験組は共通テストに向けて模試の結果に将来を見据え、内部進学組も希望の学部に進めるかどうかが、二学期の期末考査までの評定平均値にかかっている。
既に指定校推薦枠を獲得してはいるものの、オレもここで成績を落としたり、何らかの問題を発生させると、指定校推薦の取り消しもあり得るという約束をさせられている。指定校推薦は通常、学校の代表という立場にあるのだから当然ではあるが、三月末まで私生活でも気を抜けないのだから、下手な受験生よりも気が休まらないのではなかろうかと、今ごろになって悟ったところだ。もっとも、特に問題を起こさなければいいだけだともいう。
中等部高等部の学園祭に引き続き、大学の学園祭がある。指定校推薦やAO入試で合格を決めた者には特に参加が呼び掛けられたが、強制ではない。もちろん、在校生も合否問わずに参加可能だが、高校三年の秋に気晴らしができる者は限られている。その気遣いを考えるだけで気が滅入った。
どうせ行くなら、と従妹のことを思い出したが……あっちもまた受験生だからとまた断られる。そんな先が見えて、誘うことばすら口から出せなかった。
指定校推薦を受けた者と声を掛け合って、ということは考えなかった。指定校推薦は各学部学科において一名のみだ。同じ学部でなければ、見たいモノも異なる。結果、ひとりで回ることにした。
受付で配布していたパンフレットは、二択になっていた。分厚い、印刷物たるパンフレットか、もしくはパンフレットのPDFへつながるQRコードである。見本の一冊を手に取ったが、重いだけあって、ぎっしりとコンテンツが詰まっていた。どのページも大学らしいノリと企業レベルの案内が混沌と化している。だが、さすがに持ち歩くには重すぎる。看板のコードを読み取り、自分の携帯電話で見ることにした。
中学・高校の学園祭とは異なり、大学のそれは土日の丸二日続く。混み合う中、まずは自身の学部に関する展示は一通り目を通していった。中庭や低層の講義棟では羽目を外しすぎている感のある部分も目につくが、逆に展示が集中している上層では背広組が多く見られた。教授にしてはやけに数が多いと首を傾げていれば、会話の端々から学外の人間だとわかった。待ち受ける側はラフな格好で、その質問を受け付けている。上層階の展示は、単なる発表会などという甘いものではなく、企業向けの展示会が実情のようだった。理工系故に、使えるものがあれば学会の発表よりも早く拾い上げたいという外部の意識もあるのだろう。
その様子を見ながら、入学前から先を考えて心が躍るような気がした。指定校推薦の面接で、課題についても質疑応答があったが、その担当教授のゼミでは多少なりとも先輩方と話せた。この一件は、自分なりに大きな成果だと感じている。研究室への出入りまで許可されたので、三学期から通うことになりそうだ。少々癇に障ること……一応受験の終わった受験生なのだが、ゼミ生の一部からは「妙に背伸びをしている中学生かと思った」とか言われた……もあったが、自作マシンを触らせてくれたことでチャラにしておく。
真面目にひとつひとつを見ていけば、おそらく二日では足りなくなる。ある程度は斜めに見ていく中で、その声は不意に響いた。
「よっ、そこのおにーさん、寄ってかない!? 今流行りのVRゲーム、おひとりさま十分限定の体験会だよー!」
内容に振り向く。
VRユニットを頭につけた呼び込みは、にきびだらけの顔でニッと笑った。
「お、興味アリ? よっしゃっ、おひとりさま、ご案内~♪」
「やったあ! じゃあ、まとめてログインしてもらっちゃおーっ」
小講義室の入り口から、同じくVRユニットをかぶった何かのファンタジー系なコスプレ姿の女の子が姿を見せた。おいでおいでと手招きしているのを見ていると、呼び込みの男に背中を押される。
「ほらほらっ、無料なんだから怯えるなって!」
無料なら余計に怖いだろ。
口元がひきつるのを抑えきれず、腰が引けるのを自分でも感じながら部屋へ押し込まれた。エアーベッドが幾つも転がり、その枕元にはVRユニットと接続したミニタワー型のパソコンが鎮座していた。
ゲームタイトルは「まぼろしの自分」と、プロジェクターででかでかと飾り文字が表示されていた。複数のキャラクターがくるくると表示され、それぞれが決めポーズをして、消えていく。リアルな服装から、ファンタジーなもの、和風なもの、エキゾチックなものとバリエーションは豊富に見えた。
手前のベッドの上では、先客がVRユニットを頭部へとかぶるところだった。
分厚い眼鏡を掛けているという共通点、それよりも長い黒髪が目についた。しかし、女性らしさよりも不格好なチェック柄の男物のシャツと、少しも色あせていないジーンズが違和感をおぼえさせる。見慣れた女性が母たちや結名、そしてクラスメイト故だろう。ここまで不気味さを感じさせるような対象は……ちょっと考えたくらいでは、覚えがなかった。
その女性はちらりとこちらを見て、そのまま構うことなくベッドへ横たわった。
「へっへっへ、何にも怖いこたあ、ないんだぜ?」
「アンタの物言いが怖いんだってば」
内心のツッコミを、コスプレの女の子が代弁してくれた。しかし、体験させることに使命でもあるのか、ぐいぐいと手をエアーベッドのほうへと引っ張っていく。
「じゃあ、きみはこっちね。そうそう。横になって。あれ? VRユニットかぶりなれてる感じ?」
「あ……うち、あるんで」
「そうなんだー!」
なら、体験いらないねとは言われなかった。
「このゲーム、あたしたちが作ったんだー。楽しんでってね!」
押し倒されるように、ベッドに身体を寝かされる。
既に電源は入っていた。
「キーワードは、『目覚めよ、新たなる自分!』だよ!」
こっぱずかしいキーワード設定に、呼吸がヒュッと鳴った。
だが、小さな……低い女性の声音が、そのことばを呟くのが、聞こえた。
どこか聞き覚えのあるような響きに、オレもまた、同じ音を繰り返していた。但し、同じように、小さな声で。
意識が落ちていく。流れる旋律は妙に柔らかで。
始まるオープニング・ムービーはどこか……あの世界に、似ていた。




