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夏の夜


 空に、花が打ち上がる。空気が揺らぎ、その重さを感じさせた。

 幼いころにはよく駆け巡った裏山の広場と、その向こうの山にある高校のグラウンドが花火の打ち上げ場所になっているため、自宅のマンションからはよく見える。

 皇海川の河川敷ならばスターマインが直近で見られたり、仕掛け花火も堪能できると聞くが、打ち上げ花火だけなら自宅のテラスから人込みもなしに堪能できるという好立地のため、足を向けたことは未だに一度もなかった。


「――お肉、もう食べないの?」


 毎年、この日はバーベキューと決まっている。

 空になった皿を手に、ぼーっと花火を眺め過ぎたようだ。かなりの量を食べたので、正直、もう眠いくらいだった。夜風は涼しく、心地よい。

 キャンプ用の椅子に深々と腰かけたまま、オレはかぶりを振り、ため息交じりに応えた。


「さんざん食ったって」

「何言ってるのーっ! もっと食べなさい! まだ一キロくらい残ってるんだから!」

「買いすぎ」


 未だに肉を焼き続けている母からその単位を聞くと、余計にもう食べる気がしない。焼いてばかりかというと、焼きながら叔母としゃべりつつ、自分の口にもちゃんと放り込んでいる。女性というものは本当にマルチタスクに特化していると、あの働きぶりを見ると痛感する。しっかりとこちらの様子まで把握しているのだから、侮れない。結名も先ほどまではその母たちの傍で箸を進めていたはずだが、さすがに食べ飽きたようだ。

 なお、父たちは揃ってビールを傾け、歓談している。オレは父たちと母たちの間を行き来し、肉運びをまずは買って出ていたのだが、時折一皿二皿と片づけながらだったため、すっかり満腹になってしまった。もう幾皿食べたのかは覚えていない。

 座る前に取ってきたはずの冷えた炭酸水は、もうぬるくなっている。そのペットボトルを傾けて喉を潤していると、結名はもう一度同じように皿を差し出した。


「はい」

「自分で食えばいいのに」

「んー……もうおなかいっぱい」


 受け取ってやれば、となりの椅子に座り、布の背もたれで大きく伸びをする。が、すぐに起き上がった。邪魔そうにポニーテールをほどく。夜風に舞う髪はほんの一瞬で、すぐに再び同じ位置へと結び直された。


「暑……」

「涼しいけどな」

「さっきまでコンロのそばにいたからかな」


 なら、こっちに来ればよかったのに。

 内心のことばはそのまま、肉ごと咀嚼した。

 焼肉のたれにバリエーションを求める主義の母のおかげで、一皿一皿の味が違うのは確かに楽しい。満腹であっても、多少の苦しさと共に食べられそうだ。決して別腹というわけではない。

 打ち上がる大輪の花火は、赤白黄緑青桃と色鮮やかに変わっていく。終わる時に枝垂柳のようにさぁっと光が落ちる姿に、目を奪われた。


「ねえ」

「ん」

「最近、プロトポロス、あんまり来てないんじゃない?」


 重い音が、あとから響いた。


 プロトポロス・オンライン。

 ユーザー登録数三百万を越えるビッグタイトルのゲームである。正式サービスが開始して二年目がすぎた、コマンド入力で戦う世界のものだ。同じギルドに入り、フレンド登録をしている間柄故に、互いのログイン状況もわかる。

 幻界ヴェルト・ラーイのβテストがあんな形で終了して以降、何となく日課以外にクエストをする気になれず、真面目に課題に取り組んでいた。とはいえ、学校の宿題ではない。内部進学希望者の中から、更にAO入試や指定校推薦など先取り合格を果たしたい者に対して、個々の希望学部より課題が出されている。その提出は夏休み明けなのだが、今まではゲームばかりに勤しんでおり、あまり手をつけていなかった。そして、課題の作品制作をやり始めたら止まらなくなり……おそらく向いているのだろうなと、自分でも自覚し始めたところだった。

 口の中に肉があるから、というのを理由に、返事を滞らせていると、結名は頬をふくらませた。


幻界(ヴェルト・ラーイ)?」


 その表情が、花火の閃光に照らされる。

 受験生のくせに、ひとがログインしていないことを把握するくらいゲームしてていいのかよ。と悪態をつきたくなった。もちろん、自分のことは棚上げである。

 もう一度炭酸水で喉を潤し、ようやくオレは口を開いた。


「βは終わったってば。β2は未定だけど、やりたいのか?」

「ううん」


 光の欠片が無惨に散る。

 連なる花の輪が夜に融けていくさまは……心に光を残した、あの子を思い出させた。

 ただひたすら、まっすぐに。

 サポートキャラクターとしてふさわしい生き様を見せた少女の面影が浮かぶ。


「まあ、気が向いたらやってみれば……」

「ずっと講習ばっかりだから、これから新しいのに費やす労力はないよ」


 その理屈はわかる。

 新しいゲームを始めるとなれば、他者と肩を並べて戦えるようになるために、レベル上げだけではなく、金策を始めとしてやらなければならないことは山ほどある。その点、幻界(ヴェルト・ラーイ)のバランスはよかった。金策を意識させずに、戦い続けていても生活が可能だったからだ。あのまま続けば、いずれ装備的な意味合いで金策に走らなければならなかったかもしれないが。


 ただ、それよりも。

 吐き捨てるような言い方が、癇に障った。


 受験生だから。


 そのひとことで片が付くような、ほんのちょっとしたストレスの発露が一気に膨らみ、苛立ちに繋がる。


「そうだよな。まあ、がんばれよ」


 空になった皿を手に立ち上がり、母の近くにあった汚れ物ごとダイニングへと運ぶ。簡単に汚れを落とし、食洗機に放り込んだ。

 そして。

 そのまま、部屋に戻った。




 ここから、ゲーム内でしか、結名とはあまり話さなくなった。

 短い夏の、出来事だった。




 高三の夏は、瞬く間に終わりを告げた。

 皇海学園高等部において、外部の大学ではなく、エスカレーター式に内部進学を希望する生徒は、この時期に最終の希望調査票を提出する。共通テストによる外部進学を希望する者は若干名にすぎない。

 課題の作品も無事提出し、出来もよかったようだ。

 にこやかに担任から呼び出しを受け、一学期までの成績と合わせて、皇海学園大学への希望する学科への指定校推薦が叶ったと伝えられた。


 あのままβが続いていれば。

 これほど、熱心に課題に取り組んでいただろうか。


 逆に、せめて期間内だけでもしっかりとゲームを続けられていたなら、もっと遠くへ……魔族にも一太刀浴びせられていたのではないか。


 いくつもの仮定が通り過ぎ、過去に思いを馳せる虚しさが溜息となって零れ落ちる。あと半年も着用しない制服のシャツの首筋が、やけに苦しく感じた。


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