魔術師
「ジャンヴィエに結界があるなんて、気づかなかったね」
「あの様子だと、どこの集落にでもありそうだよな」
足早に西への大通りに戻りつつ、ことばを交わす。行く先が示すように、互いに同じ相手を脳裏に描いているようだ。
「まだ、戦ってるよね」
「だろうな」
ギルド出張所の前は相変わらず混雑していた。地図のおかげで、ミラの現在位置ははっきりとわかる。迷わずに進むことはできるのだが、そのさなかにも怪我人が増えていると感じた。回復薬が不足している以上、無料で癒しを得られる機会は貴重だ。誰もが順番待ちをしているようだったが、さすがに彼女をそのままにもしておけない。
『ミラ、出るぞ』
『えっ!?』
端的に促せば、困惑した声音が跳ね返ってきた。しかし、事情を口にするより早く、ミラは「ちょっと待ってね」とその場の責任者らしき神官に断りを入れ、すぐに場を離れて合流してくれた。やはり、自分のサポートキャラクターだからだろうか。
『ごめん、仕事任されてたよね』
『いえ、外に出るんですよね? それならわたしもいないと』
セルヴァの謝罪に、疲れひとつ見せずに笑顔を返す。手に持った法杖を隠すように抱き、合流する。その間に、手短に事情を説明した。ジャンヴィエの結界、の下りで、状況が理解できたようだった。
『まさか、噴水が結界の要になってたなんて……』
沈痛な表情でことばを漏らすミラにとって、結界の存在自体には驚きがないようだった。問えば、ジャンヴィエに限らず、転送門を有する集落には結界が張りめぐらされているらしい。
『噴水、壊されてるとかなかったよね』
『底に何か仕掛けでもあったんじゃないのか? あんなふうに遊んでないとさわらないような、何か……』
とはいえ、子どもが遊ぶこともあるという噴水だ。簡単な仕掛けではなかったはずだが、今それを考えても詮なきことである。
『火の魔術師、治してる時に見かけなかったか?』
『術杖を持ってたって、何の魔術師かまではわからないよ。いちいち名乗らないし、あと、ここにいるひと怪我人だからね』
要するに、怪我人をこきつかうなと言いたいらしい。その理屈でいけば、オレたちが向かう先で既に怪我人になっている可能性が高いわけだか、そこは黙る。とりあえず、ギルド出張所周辺での発見はあきらめて、西門跡へ向かうことにした。
戦場はやや北側へ移動している。門番か、衛兵か、そこかしこに遺体が転がっていた。プレイヤーであれば、死体は残らず、神殿送りとなる。心で合掌し、オレたちは命のやり取りをしている戦地へ近づいた。
疲労度は癒されていないが、今のところ怪我はない。たとえ傷を負ったとしても、ミラがすぐに癒してくれる。その期待ができる、ということ自体が、ありがたかった。
長剣を振るい、闇を纏う魔物たちを一体一体仕留めていく。そのさなかに、気づいた。
「――来たれ聖域の加護!」
あの、青い髪の神官のように、攻撃をこちらが受ける直前、防御結界がミラによって張られ、打撃を弾く。
複数の魔物から同時に攻撃を受ける時、回避できるほうを優先していたのだが、ミラのおかげで更にダメージが蓄積しにくくなった。
いつから、防御結界の神術を扱えるようになっていたのだろう。
そんな疑問がよぎるが、問う余裕はない。セルヴァの援護射撃を受けつつ、他のプレイヤーを見かけるたびに目を凝らす。
明らかに、朝よりもプレイヤーが増えていた。しかし、魔物の数が減らない。魔族の姿は今のところ見えないため、増援があったわけではなさそうだ。おそらく、全体の総量としてかなりの魔物が北西側に集中している。より北側を打ち壊すべく、進んでいるというほうが正しい。
「目的は、貴族か……!」
脳裏に、あの水色の少女が浮かぶ。偉そうな物言いだったが、その心にはジャンヴィエを守る意思があった。火の魔術師さえいれば、ということばを信じれば、未来は明るいはずだ。
「わからないな……」
神官のほうは印象深いのだが、火の魔術師のほうはさっぱり印象に残っていない。シエロに重ねてしまったせいかもしれない。ことばにできないまま顔をしかめると、弓手もまた一矢放ったところで舌打ちした。
「頭に浮かぶのが前の魔術師だからね!」
どうやら、同じらしい。
かくなる上は、と覚悟を決める。
思いっきり、息を吸い込み。
「――アシュア、どこだーっ!?」
全力で呼んでみた。
魔物の意識もこちらに向いてしまうことは百も承知だったが、それどころかプレイヤーの意識まで向けてしまった。だが、その瞬間に沈黙が走ったため、声が届いた。
「……ここにいるわよ!」
微かに聞こえたのは、確かにアシュアの声だった。
叫んだことが功を奏し、声のほうへ足を進めれば、プレイヤーは皆、道を開けてくれる。魔物の相手まで引き受けてくれたほどだ。戦場を駆け抜ける、という初めての体験に、後ろから悲鳴が上がる。
『シリウス!』
それは、セルヴァが、ミラのために発したものだった。
休みらしい休みも取れていない状況での、連続戦闘の上の駆け足である。すっかり肩で息をしているミラは、それでもかぶりを横に振った。
『いいから……っ、行って!』
本来なら。
自分が残り、弓手に先行を頼むべきだろう。だが、あの邂逅でセルヴァがアシュアの顔を覚えているかどうか、となると難しい。どうしても、疲れやら何やらで、苛立ちが火の魔術師に向き……神官である彼女のほうにまで向いていなかった気がするからだ。
『残るから、先に』
囁きは、覚悟を決めさせた。
強く頷き、ミラを任せる。周囲は乱闘状態だ。こちらから手出しをせずとも、魔物を見ればすぐに他のプレイヤーがたこなぐってくれる。その間隙程度なら、セルヴァの弓でもじゅうぶんのはずだ。
短時間であれば。
「ここってどこだよ!?」
声のしたほうへと走ったはずだが、まだ会えない。
土煙が舞う中で叫べば、耳をつんざくような音が打ち上がった。
空だ。
それは軌跡を描き、華やかに爆炎を撒き散らす。
近さに安堵するべきか、物騒だと身を震わせるべきか、悩むまでもなく走り出す。
視界が開かれていく。
紅と、青の術衣が、風にたなびいていた。
「来たぞ」
「なあに? 豪快に呼んでたみたいだけど」
こちらも息を切らした魔術師と神官のセットだった。今しがた何かを片づけたらしく、戦利品を拾い上げている。
朝に会った時よりも険しい表情に、気圧されまいと声を張り上げた。
「悪い、クエストなんだ! そっちの魔術師、火、使えるよな?」
「――むしろ、それしかできないな」
まさかジャンヴィエで求められるとは思わなかったのだろう。
苦笑混じりで、炎の魔術師は応えた。




