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後悔と割り切り


 最後のシエロの攻撃は、確かにオレを助けようとしたものだった。

 今までの行いが、たったそれだけで拭えるとは思わない。ただ、本当にどうしようもないやつだったなというだけではないのが、どこか自分に対する救いのように思えた。


 ガディードの大神殿で、今頃目覚めているのだろうか。


 転がった赤の魔石に視線を落とし、死の衝撃を溜息と共に吐き出す。空気の熱さに、肺までが焼けそうだ。

 ミラが松明に火を灯す。いつのまにやら魔力光(セヘル・フォス)が消えていたようだ。気付かなかった。

 その魔石を、セルヴァが拾い上げた。


「本当に、悪運だけは強いんだなあ」


 苦笑して、周囲を見回す。シエロのランダムドロップ品らしき貨幣が数枚、回復薬(ポーション)の小瓶がいくつかと、そしてツルハシが何故か転がっていた。貨幣のほうは銀貨のようだ。装備品や道具袋インベントリはない。

 魔石をこちらに手渡し、弓手セルヴァはそれらを拾う。ミラもまた手伝った。そして彼は最後にツルハシを担いでみせて、肩を竦めた。


「まあ、ちょうど条件もクリアっぽいし……帰るとしようか」


 指摘されて気付いた。視界に浮かぶ温度計が、既定の数値にまで下がっている。やはりあの火蜘蛛ディー・アラネアは強敵だったのだろう。お互いのレベルも上昇していたが、どうしても、祝い合える気分になれなかった。

 ひとつ頷いて立ち上がる。ドロップを集めるのをセルヴァとミラ任せにしたおかげで、座っている間に多少疲労度が回復した。少し背中がひりつくが、我慢できないほどではない。

 すると、ミラが法杖を持ったほうを先へと示した。


「あの……あそこ、光っていませんか?」


 話しかけた先はセルヴァである。弓手も自分も、その方向を見て……目を凝らした。確かに、松明の光に何かが照り返しを受けている。周囲にもはや火蜘蛛ディー・アラネアはいない。松明を受け取り、オレはそちらへと足を進めた。壁際に膝を落とし、目を凝らす。

 どことなく……小さな、小さなキラキラが壁の中に見えるような気がした。


「はい、どうぞ」


 弓手セルヴァは見事に力仕事をこちらに丸投げしてきた。

 入れ替わりに松明を任せ、剣を収めてツルハシを振るう。カーン……と甲高い音が、通路に響いた。同じ音を、洞窟に入った時も聞いたなとふと思い出す。

 ほんの数回、力任せに振るえば、壁からころりと石が転がり落ちた。剥がれ落ちた、といったほうが正しいかもしれない。その微かなキラキラを含む石を凝視すると「何かの鉱石」というとてもアバウトな説明が表示された。


「商店で鑑定してもらったり、引き取ってもらえるんだよ」

「へえ」


 壁にへばりついていた石がいくらになるのかはわからないが、拾いものと言えば拾いものである。それもまた道具袋インベントリに入れ、オレたちはあっさりとオーショードの洞窟から引き揚げた。もはや、オーショードの洞窟のボスに対峙する根性すらない。

 緊張が続いた上、打ちひしがれてもいたのだろう。身体もだが精神的も疲れがひどかった。ミラの顔色も悪く見えたので、洞窟から出てすぐの、詰所のあたりでオレたちは夜を明かした。交替で睡眠を取り、眠っている自覚もそれほどないまま、見張りの順番がやってくる。空はもう朝焼けに近い時間帯だった。そして、未だに眠たい身体を引きずるように、オレたちはジャンヴィエにまで戻――ろうとした。


 しかし。


 朝焼けの広がる中で、災厄が待ち構えていた。

 瓦礫と化したジャンヴィエの西門、その周辺に沸く黒々とした魔物……その中心に立つ、異様な存在は、遠目からでも判別がついた。

 あれは、と悪い予感が胸を占める。そして、答えなくてもいいのに、ミラが悲鳴でオレの予感を肯定した。


「――魔族!?」


 その声を、『魔族』は聞き咎めたかのように、こちらを向いた。ニィッと開いた赤い口に対して、その目は一つしかない。全身黒光する鎧を身に纏い、黒い槍を手に持っていた。そして、こうもりのような双翼を羽ばたかせた。魔物たちよりも一段高いところまで舞い上がり、睥睨する。

 その槍が、軽く振られた。その一撃が風を起こし、土埃が舞い、視界を奪う。


 それが合図だった。黒々とした魔物たちが攻撃を開始したのである。ジャンヴィエへと向かう一群が多い。だが、ほんの数匹がオレたちのほうへと襲い掛かってきた。


「夜明けまでもたせたこと、褒めてやる。餞別だ、受け取るがいい!」


 哄笑と共に、それは高く、高く、飛び上がっていく。名を確認する間もなく、魔族は姿を消した。

 ジャンヴィエの襲撃イベントだと、オレは剣を引き抜きながら理解した。そして、どういうわけか、ジャンヴィエは持ちこたえた、らしい。


「――光撃の矢(ペイル・グリッター)!」


 こちらに襲い掛かる一体へと、セルヴァの矢が届く。呆気なくそれは砕け散った。

 オーショードでレベルが上がり、現在お互い十六だ。『光撃の矢(ペイル・グリッター)』は、現時点において、セルヴァの弓術の中でもっとも攻撃力の高い単発矢である。そう考えれば、じゅうぶん自分たちの攻撃が相手に効果があると判断がつく。

 黒の魔物が近づくにつれ、それはもともと黒ではなく、闇を纏っているだけだとわかった。本来はこの周辺に生息する、ごく普通の魔物だ。見覚えがある。そのことに安堵してはいられなかったが、まったく別種よりは気が楽だ。あの闇に操られているだけなのかもしれない。


斬撃シュナイデン!」


 身体の気怠さを打ち払うように、オレは叫んだ。やはり二日連続の野宿は堪える。頭と身体が記憶した動きをなぞり、『草牛グラス・ボーズ(闇)』という名の魔物を斬り捨てる。やはり、HPは変化がないようだ。しかし、動きがやや早く感じるのと、おそらく。


「!」


 数が多すぎ、突進を回避し切れず、地面に転がる。起き上がるべく動く間に、弓手の援護射撃が入った。間一髪である。下段で剣を振り、足への一撃を入れて、身を起こす。しかし、後方への対処が遅れた。


「きゃあっ」

「ミラ!?」


 神官見習いたる彼女もまた突進を避け切れなかったようだ。同じように引き倒されたところへ、別の草牛グラス・ボーズが駆けていく。咄嗟に弓手が横合いから一矢放つ。が、その勢いは弱まらなかった。


「――来たれ聖域の加護(サンクトゥアリウム)!」


 その時。

 突如、凛と響き渡った声音に応え、光り輝く円が出現した。草牛グラス・ボーズの進路は逸れ、ミラの真横を素通りしていく。


炎の矢(ケオ・ヴェロス)!」


 続いた術句ヴェルブムは知っているものではあったが、シエロの声ではなかった。

 赤い術衣を纏った魔術師は、術杖から炎の矢を放つ。それは足を削られた草牛グラス・ボーズの背中を穿ち、そのまま光へと変えた。


「だいじょうぶー?」

「まだだ!」


 呑気な声は、先ほどの護りを発したものだった。否定は魔術師から発され、すぐ納得する。声に視線を向けると、ちょうど草牛グラス・ボーズがまた襲い掛かってくるところだった。


突斬撃インペトゥム!」


 剣技アルス・ノーミネに応え、身体が剣を振るう。その一頭を沈めたところで、ようやく魔物の一群が途切れた。しかし、黒い魔物はジャンヴィエのほうへ流れ続けている。


「へぇ、なかなか強くなったみたいね!」


 赤い長身の影で、見えなかったらしい。

 青い髪に、青い目の。


「……ああ!」


 その姿に、記憶が蘇る。

 彼女は微笑んだ。ガディードの大神殿前で見せた、あの時と同じように。


「妹さんも会えたみたいだし、ホントよかったわー」


 ミラと同じように法杖を握る姿に、神官になったのかと悟る。

 そのとなりにいる赤い魔術師は、こちらではなく、ジャンヴィエの方面を見やって眉を顰めた。


「感動の再会はいいんだが……ジャンヴィエ放置でいいのか?」

「あー……そうね」


 法杖を肩に載せ、溜息をつく。そして、再びこちらへと青のまなざしを向けた。


「結構できるみたいだし、あなたたちも一緒にどう? サクっとジャンヴィエを守ってみない?」


 まるで固焼きビスケット(ガジェータス)を食べようと誘うかのように、彼女は言い放つ。次いで、視界にPT加入要請が出た。

 どうする?と問うようにセルヴァを見ると、その表情は厳しかった。射るように赤の魔術師を睨みつけている様子に、オレはかぶりを横に振った。


「悪い。オーショードから戻ったばっかりだから、きついんだ」

「あら、残念」


 その悪意に気付かなかったのか、呆気なく断りに対してウィンドウが消える。アシュアはひらっと手を振った。


「じゃあ、また」


 そして身を翻し、駆け出す。

 一拍遅れて、赤い術衣の魔術師もまた、その後姿を追いかけていった。


「――ごめん、別人だってわかってるんだけど」

「いや? ホント、疲れててさ……ステータスにも出ない疲れって感じで」


 苦い溜息と共に、セルヴァが口を開く。気にするなと伝えたくて、ぐるっと腕を回した。凝っているような、そんな感覚がどうも抜けない。

 その一方で、ミラはふたりの背中を見送っていた。


「聖域の加護って、あんなふうに使うんだ……」


 ぽつりと呟いたことばは、どこかうれしそうで。

 神官見習いは気合いを入れ、法杖を握って目を輝かせた。


「シリウス、わたしもがんばるね!」

「お、おう」


 再会と出逢いを交えて、そしてオレたちはようやく荒れたジャンヴィエへと戻っていった。


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