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火蛇


 驚いているのはお互い様だったのか、その頭数ほどにはその顎から炎が放たれることはなかった。ただ、反射的に撃った火蛇ディー・アングイスもいた。燃え尽きるほどではないが、魔術師の脚を、服を、その炎が焼く。


「ひ、ぅ、ぁああああああああっ!!!!!」


 絶叫が、響いた。自身の脚へと手を伸ばし、その痛みを受け止めきれず、シエロはその場に転がる。

 そのHPがじわりと、緑から黄色へと色を変えていく。


「わが手に宿れ癒しの奇跡(クラシオン・リート)!」


 最初に動いたのは、彼女だった。

 ミラの癒しが黄色へと変わりかけた色合いを緑まで引き戻す。


 だが、攻撃は止まない。

 シエロの叫びに反応し、立て続けに火蛇は炎を吐き出し、その顎の牙を剥く。食らいつくものごと、その炎はシエロを襲った。

 オレは、一歩も踏み出せなかった。攻撃を試すのなら、まさに今がその時のはずだ。しかし、シエロは通路を塞ぐように、ごろごろと火蛇ディー・アングイスにまみれ、転がるだけだ。


「ばっ、撃てよ、魔法!」

「いてえええええええ!!! 離せ、離せぇぇぇっ!」

「わが手に宿れ癒しの奇跡(クラシオン・リート)!」


 怒鳴っても、聞こえていなかった。ただ痛みに喚くだけだ。よほど安全地帯からの攻撃しかしたことがなかったのだろう。自分の脚を叩き、何とか火が消せてもダメだ。脚だけではなく、腕にも、顔にも、身体にも、各所に火蛇が食らいつき……炎を放つ。

 舌打ちが聞こえた。セルヴァの弓が鳴る。そのうちの一匹が、吹き飛んだ。


 トラップだ。


 脳裏に過ぎったことばに、答えが見えた。

 視界を巡らす。周囲にないか。何かが。何かが!


 初めてのダンジョンのトラップだ。解除する方法は目に見えているはずだ。

 暗がりの中、それは魔力光セヘル・フォスによってゆらりと反射した。今もなお転がるシエロへと駆け寄り、剣を持たないほうの手で掴んだ。暴れる魔術師と火蛇から、オレのほうがダメージを受けた。シエロに足蹴にされ、火蛇の炎に炙られる。


「シリウス!?」


 セルヴァの声が響いた。手を止めるわけにはいかない。時間がない。

 シエロの身体を力任せに引き、その中へと放り込んだ。水ならぬ湯の飛沫と魔術師の悲鳴が飛ぶ。こちらの腕にまで喰らいついてきた火蛇ディー・アングイスを払うために、魔術師を引っ張り出して放り、自分もまた腕を突っ込んだ。呆気なく火蛇ディー・アングイスは離れ、湯の中へ沈んでいく。エフェクトが、湯に散る。


「……シリウスっ」


 ミラの手が、服を引く。オレは素直に下がった。あれだけシエロは喚いていたが、火蛇ディー・アングイスの噛みつきはそれほど痛くなかった。毒もない。


「だいじょうぶだって。……っと」


 濡れた腕の袖をめくり、怪我を確認しようとするミラを止める。そのついでに、足元へ寄ってきた火蛇ディー・アングイスを貫いた。よく見れば、最初に出たものと異なり、かなり細く小さい。踏みつけるだけでも倒せそうだ。罠らしく、戦利品ドロップもない。


「ぐずっ……ひぐっ……」


 シエロはずぶぬれになったまま、泣いているようだった。男の泣き顔なんて見たくもないので、視線を逸らす。すると、その見たくもないものを冷たいまなざしで見つめる弓手がいた。


「使い物にならないね」


 小さく溜息をつき、自分の懐からMP回復薬(ポーション)を取り出す。そして、ミラに使うよう手渡した。癒しを連発したために、かなり減少している。礼を言い、神官見習いはそれを口にした。

 そのあいだに、彼はこちらを向く。


「服、着替える?」

「腕だけだからいいよ。この暑さなら、そのうち乾くだろ」


 そして、湯が滴っているところを、絞るだけ絞っておく。

 すると、神の御使い見習いはPTMへと支援の手を差し伸べた。


「あの、シエロさん、だいじょうぶですか? 立てますか? 戦えそうですか? 無理なさらないでくださいね」


 何となく、親切に聞こえるようで早くリタイアしろ的にも聞こえてしまい、サポートキャラクターにそんな自我あるわけないよなとひとりごちる。


「あんな雑魚でも、カウント多いんだね」


 指摘を受けて気付いた。視界に浮かぶ温度計が、少し下がっている。目に見えてわかる違いに、前向きになれた。この調子でサクサク終わらせよう。そして――


「お、おいていくつもりじゃ、ないんだろう、な」


 ぐずぐずとまだ鼻を鳴らしながら、全身びっちゃびちゃの魔術師と、一刻も早く離れたいと思った。

 




 泣いているのだが、泣かせていると思われても困る。

 弓手セルヴァの索敵スキルをあてにし、転送された地図マップを確認しながら奥へと急いだ。最後方でとぼとぼついてくる魔術師は、とりあえず放置である。クエストを終えないことには、先に進めない。

 火蛾ディー・ファレーナや、火鼠ディー・ラータといった小物ばかりが道を塞ぎ、火傷をしながら倒していく。一匹一匹はそれほど強くないのだが、こちらがPTであることが前提の洞窟ダンジョンなのか、複数で沸くことも増えた。


 ピロリロリン♪


 軽快な旋律メロディがレベルアップを祝福する。のだが。

 ただとぼとぼついてきただけの男に、どう祝福しろというのか。頭上に輝く魔力光セヘル・フォスだけで補助と位置付けられるようで、シエロにも経験値は入っていた。


「よぉし、あがったー!」


 おまえ、とぼとぼついてきてたんじゃないのかよ。

 ガッツポーズをして喜ぶシエロへと、一応、「レベルアップおめでとう」と社交辞令的に口にした。

 自分が喜んでしまったことに気付いた、といったふうにバツの悪そうな顔をして、シエロは再びしょぼんと顔を俯けて歩く。いや、もうおまえが立ち直ったのバレてるから。

 ただ、黙ってついてくる、というのは正直助かった。あのままべらべら悪態ばかりついていたら、弓手がキレるかオレがキレるか競争するところだった。


 広場から横道にそれていく。他者の声や剣戟が遠く感じられた時、小さくセルヴァから制止が飛んだ。


『待って、シリウス』


 それはPTチャットによるものだった。

 足を止め、前方に目を凝らす。

 そこには、魔力光セヘル・フォスによって、微かに煌く……細い、細い糸が張り巡らされていた。


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