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前衛と後衛


 オーショードの地図(マップ)を眺めると、三つの階層フロアに分かれていることがわかる。迷宮とは異なり、壁で隔てられているのではなく、空間が枝分かれしているようだ。あくまで形がわかるのみで、そこに何が生息しているか、といった情報は描き加えられていない。攻略サイトに載せるには情報不足と言った感がある。

 魔術師シエロが持っている地図も同様らしく、彼自身も未だにオーショードを訪れてはいないそうだ。洞窟探索に必要なものをピックアップして準備する際に役立ったのは、やはりミラだった。


「あなた、魔力光セヘル・フォスは使えるんですか?」

「そりゃあ、魔術師だからね」

「……使えないんですか?」

「使えるってことだよ!」

「そうですか」


 はい・いいえではなく、シエロは胸を張って余計な答え方をした。ミラは不思議そうに首を傾げて問いを重ね、求める答えを手に入れる。

 魔力光セヘル・フォスとは、魔術師が最初に身につける初歩魔術だという。魔力を純粋な光に変えるもので、松明の代わりの光源に使えるようだ。本来であれば火力として期待すべき魔術師なのでMPを温存すべきだが、炎属性が蔓延る洞窟なのであまり期待しないほうが良い。もちろん、松明をまったく持っていかないというわけではないが、当初からの道具袋インベントリはアイテム数にして五十、容量としては五千までしか入らない。今後のことを考えると、できるだけ戦利品ドロップを持ち帰るために、ゆとりが欲しい。

 今回の準備費用はシエロ持ち、という条件にしているものの、正直誰もこいつを信用していないだろう。携帯食と回復薬、予備の松明は個人で持つ形にした。今回の携帯食は塩辛いビスケット(ガジェータス)と、蜜飴(メーロ・カンデーロ)の組み合わせだった。炎の洞窟となれば、喉が渇くに違いない。合わせて水袋も大きめのものを準備する。洞窟内では休憩のみで、睡眠は取らない。


「ツルハシがあれば、鉱石を見つけたら採掘できるよ」


 というミラのアドバイスにより、採掘用ツルハシも買った。これもシエロに持たせ、必要に応じて使うことにした。シエロは装備も新調したので、見た目としてもなかなか立派な荷物持ちになっている。術衣ローブではなく短衣チュニック脚衣ズボンなのは、彼のポリシーか、それとも……。

 結局、オレのギルドへの所属は後回しにした。オーショードへ行く準備が整ったのだ。やはり早く洞窟探索に出かけたくなるのが人情である。逆にセルヴァはギルドに加入し、ギルドでしか売られていない矢を購入するだけしてきたようだ。剣と違い、矢にはさまざまな種類がある。使いこなせるかどうかは別として、試してみたいのだろう。




 ジャンヴィエの西門を出ると、すぐにオーショードの方角はわかった。細い白の煙か何かが何本か、青い空にたなびいている。ご丁寧に街道はそちらにも続いており、周囲には灌木が茂っていた。その隙間から草虫グラス・ワーム草兎グラス・ラビットが顔を出す。炎の矢(ケオ・ヴェロス)を使ってシエロが手慰みに倒していくのだが、時折その枯れた灌木に火がついてしまい、慌てて踏み消す場面があった。このあたりは空気が乾燥しているようだ。

 初めて見る炎の魔法は物珍しく、小さな棒切れと口ずさむような術式マギア・ラティオの詠唱で発動する様子は、オレだけでなく、セルヴァも興味津々だった。このあとの戦闘に備え、矢を温存する体制に入ったらしく、シエロに戦いの場を譲っている。雑魚だし。


「同じことしたら、魔法発動しないかなあ……」

「それできたら、俺ら魔術師商売あがったりじゃね?」

「そうですよ。わたしたち神官だって、祈れば回復するって感じになっちゃいます」


 苦笑しながら、シエロは術杖で頭を掻いた。彼の場合は魔術師ギルドに所属し、初級炎魔術をスキルとして取得したからこそ、術式によって魔法が発動するのだという。ミラの言う通り神術も同様で、剣技アルス・ノーミネのように、身体が覚えるようなものではないようだ。

 魔術師らしく、シエロは既に魔力回復促進のスキルも取得していた。そのおかげで、道中の雑魚を任せても、次の遭遇までに炎の矢(ケオ・ヴェロス)分のMPならば歩いていても回復する。その分守備力が紙であることを主張していた。後衛扱いだが、バックアタックを受けた場合までは責任が取れないので、せいぜい逃げろよと思った。


 徐々に灌木すらも生えなくなり、大小の石が転がる荒野となった。その切れ目で、草牛グラス・ボースが現れた。これはさすがに目の色が変わる。肉だ肉、と久々に剣を振るう。巨体に見合い、HPは草豚グラス・ホッグよりも多い。その分攻撃は当てやすいが、体当たりの威力は段違いだろう。直前に溜めが入るので、動きを見切るのは容易かった。

 回避を意識して、後衛の位置を確認しつつ身を翻す。そこへ、炎の矢(ケオ・ヴェロス)が撃ち込まれた。溜めの動きがキャンセルされ、行動パターンが変わる。


「な……っ」


 草牛グラス・ボースの頭部が動く。ターゲットがシエロに切り替わり、そのまま突進を開始する。体当たりよりはマシだが、当たればただでは済まない。

 慌てて手首を返し、追いかけるように剣を側面へと突き立てる。草牛グラス・ボーズは止まらない。そのまま、引きずられる……!


網矢陣(フィレ・フレッチャー)!」


 セルヴァのスキルが発動する。横合いから撃ち込まれた矢の先端が爆散したかのように見えた。だが、そこから四方八方に何かが広がる。草牛グラス・ボースの巨体へと絡みついた光は、そのまま動きを封じ、転がるように横転させた。速度が落ちたのはよかったが、オレもその回転に巻き込まれ、地面に叩きつけられた。突き立てた剣先までが外れるほどの衝撃に、声も出ない。

 その身体に、やわらかな手が触れた。


「わが手に宿れ癒しの奇跡(クラシオン・リート)!」


 ミラの、神への祈りは届いた。瞬く間にHPが回復し、痛みも遠のいていく。


炎の矢(ケオ・ヴェロス)!」


 銀色の糸の中でもがき苦しむ草牛グラス・ボースへ、シエロの炎が幾筋も放たれる。どれだけ足掻こうとも動かない的だ。網ごと、草牛グラス・ボースは砕け散った。


「よぉし!」

「よくない」


 ガッツポーズをする能天気なバカ魔術師へ、弓手セルヴァは間髪入れずにツッコんだ。だよな。

 ミラまでが大きく頷いている。サポートキャラクターに「よくない」と判断されるほどひどいのか、アレ。


「回避してから打てばいいのに、何でわざわざ行動キャンセルさせるの? タゲ変わって危なかったのわからない?」

「何で後衛が回避するんだよ。前衛(まえ)がいるんだから、そっちで押さえりゃいいだろ?」

「もう次の動きが読めてるんだから、無駄な行動させたほうがこっちの余裕になるんだよ」

「こっちが回避してたら余裕も何もないじゃないか」


 予測不能な攻撃を仕掛けられるのと、予測されている攻撃を避けるのとの違いがわからないようだ。


「組んだことないのか?」


 思わず浮かんだ疑問をそのまま口から吐き出してしまった。

 コマンド入力のオンラインゲームでも、VRでも、現時点においてAIの複雑さはそれほど差がない。MMORPGのひとつでも体験していたなら、今のセルヴァの理屈はわかるはずだ。

 だが、その質問については返事がなかった。ただシエロは頬を赤くし、「うるさいな」と小声で悪態をついた。ある意味返事ではあるかもしれない。


「なら、練習しておくといいよ。後衛の火力っていうのは、前衛の犠牲の上に成り立つものじゃないからね」


 セルヴァの声音は、いつもとそれほど変わらないように聞こえた。不慣れな相手に対する、軽い注意程度の響きだ。しかし、それを聞くべき相手は、「わかった、わかった」と適当な返事をして草牛グラス・ボース戦利品ドロップを拾い上げている。


「ねえ、だいじょうぶ?」

「……ん、ああ」


 ミラの問いかけに頷きを返す。HPも緑まで戻ったので、問題ない。そういうつもりだったが、言いたいことはそうではないようだった。彼女はオレを見上げ、次いでシエロの背を睨む。


「まあ、今しかダメージ通らないかもしれないから、張り切ってみただけじゃないかな」


 かなり前向きな意見を述べると、「そうだといいけどね」と冷たく言い放たれた。

 洞窟に辿りつくまでに、この騒動だ。先が思いやられる。

 オレは剣を拾い上げ、肩に担いだ。もう、オーショードは目の前だった。


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