ギルド出張所
ジャンヴィエの西に広がる丘陵地帯、そこにオーショードの洞窟はある。
その洞窟には複数の入り口があり、内部では繋がっているそうだ。
「というわけで、これが現在のオーショード最新情報! 銀一枚だよー! 買った買ったぁっ!」
解散!の叫びの直後、背後から上がった声に呆気に取られる。
紙のような、布地のようなものをひらひらさせている男は、どうやらプレイヤーのようだった。すぐさまクエスト受注者は客へと早変わりし、男の周囲へと詰めかけている。こういう商売の仕方はありなのか?と村長のほうを見ると、既に家屋の中へと引っ込んでいた。衛兵は二人、玄関口の両脇に残っていた。
『――どう思う?』
『上手な商売だよね』
意外と冷静に男を眺めつつ、セルヴァは分析していた。初めてのダンジョンだし、皆石橋を叩いて渡りたいだろうから、と続け、彼は首を傾げた。
『ただ、あのひとここで売ってるのに、どうして最新情報ゲットできるんだろうね?』
ごもっともである。
セルヴァはそうPTチャットで指摘すると、残っている衛兵のほうへと歩み寄った。何か小声でやり取りしている。笑顔で頭を下げて、戻ってきた。
『何?』
『あのひと、昨日も一の鐘からずっといたらしいよ。あと、あの地図の中身は知らないけど、ギルド出張所でも洞窟の地図は売ってるんだってさ』
ギルド出張所、という単語が気になった。
とりあえず、自分たち以外の面子が買い急ぐ中、一足先にその場を離れることにした。ダンジョン探索となれば、必要なものを買い揃えなければならない。いったん逆戻りである。まずはギルド出張所、次いで商店主あたりに洞窟について尋ねたらよさそうだ。
それは転送門広場からジャンヴィエの西へと抜ける通り沿いにあり、オーショードの洞窟に向かうプレイヤーのための施設であることをうかがわせた。また、通りの北側に共用の湯殿があるらしく、その周辺には宿の看板が多かった。
ギルド出張所は、いうなれば様々なギルドの縮小版、らしい。看板に刻まれた紋章はアルファベットのMの縦棒を伸ばしたようなもので、繋がりをイメージしているようだった。
中にはまず案内らしき受付があり、多種多様な服装のひとたちが行き来している。ミラのような神官の姿も見掛けられた。
『ガディードにもこんなのあったっけ……?』
『うーん……地図にはなかったと思うけど』
地図に表示されていた主要施設は大神殿と転送門広場、そして街門くらいだったはずだ。ジャンヴィエでも同様で、村長の家や転送門広場、集落の四方にある門くらいしか最初は表示されていなかった。セルヴァから「ギルド出張所」という単語を聞いて初めて、その位置が表示されたのである。
『ガディードにもあるじゃない』
不思議そうにミラが言う。さも当然とばかりの一言から受けた衝撃に、オレたちは絶句した。その様子に、ミラは気落ちした表情を見せる。
『あ……そっか、ごめんね。シリウス忘れてるんだ……』
『いや、まあ、いいんだけど、あー……訊かないとダメなのか、これ』
ミラはサポートキャラクターだ。あくまでシリウスを追いかけ続けるが、流れとして必須ではないことは話さない。プレイヤーに添う形で存在しているNPCなのだ。この点は、話しかけなければ説明しない従来のNPCと同様なのだろう。
『まあ、ここで来られたんだからいいってことでさ。ギルドってことは、ひょっとしたら所属したら何か優遇とかもあったりするのかなあ』
楽しそうにセルヴァは受付に並んだ。その後に続き、話を一緒に聞くことにする。
受付に立っている案内係は三人いて、その枠のひとつが空いた。
「お次のお客様ー、お待たせいたしましたー!」
まるでどこかのレジである。
愛想の良い声音に引き寄せられるように、セルヴァは進んだ。
「いらっしゃいませー! 御用件をお伺いします!」
『こういうノリなのか? ガディードの出張所も』
『え、行ったことないからわからない……』
「えーっと、とりあえず、オーディードの地図ってあります?」
にこやかに応対する案内係は、自分とそう変わらなさげな年ごろの女の子だった。商店で見掛けた他のNPCとは生活レベルが少し違うのか、質の良さそうな服を着ている。その手に、見覚えのある地図がぴらりと出された。
「はい、ございます! おひとつ銅五枚ですが、ご購入になりますか? ただ、どなたかが既にご購入でしたら、PT内での共有で地図を確認できますので不要ですよ?」
あの男、ぼったくりかー!
買わなくてよかった、と安堵の溜息を吐くと、同じことを思ったようでセルヴァもこちらを見て肩を竦めていた。
「えーっと、最新の?」
「最新、ですか? オーディードの洞窟に新しい出入り口が見つかったという話は聞いていませんが……」
セルヴァが重ねた問いに首を傾げる案内係に、もう苦笑しか出ない。商売上手と褒めるべきなのだろう。状況が変わっていないのなら、最新であることには変わりない。詐欺にも訴えられないだろうな、と悟り、あの場にいた購入者に心で合掌する。
早速セルヴァが代表して購入し、こちらへ地図を転送してくれた。
「毎度ありがとうございますー♪ 他には何か御用はございませんか?」
「ここ、実は初めてなんですけど」
「まあ、そうだったんですか? ではギルドに関してご説明いたしますねー!」
ギルドとは、単純に言えば職業組合のことである。
幻界においては、各種武器に応じた戦闘職、スキルに応じた補助支援職があるようだ。いくつでもギルドに所属することは可能だが、どのギルドであっても所属に銀一枚が必要となる。そして、義務を負う代わりに所属しているギルドにおいて支援を受けられる。
各種特典はギルドによって相当違うようで、具体的には自身が所属したいギルドの担当者のところで聞いてほしい、と言われた。
「じゃあ、弓使いなら弓ギルド、みたいな?」
「弓手ギルドですね」
興味を持ったようで、セルヴァは早速話を聞きに行くそうだ。案内係はフロアの右手奥を指して、場所を伝えていた。次いで、彼女はこちらにも目を向ける。腰の剣に視線を落としてから、にこやかに尋ねた。
「お客様は……剣士ギルドでしょうか?」
「そうなるかなあ……」
「ギルドに所属しなくても、スキルは磨けるんだよ? まあ、宿とか、訓練場が使えたりはするらしいけど……」
行ったことはなくても、内情は知っているらしい。ミラのことばにふむふむと頷いたが、とりあえず、剣士ギルドの担当者にも話を聞くだけ聞いてみることにした。セルヴァが弓手で聞くあいだの時間潰し、くらいの気持ちである。しかし、それほど人手がないようで、弓手ギルドも剣士ギルドと担当者が同じなのでご一緒に、と案内された。結局、揃って受付から離れる。
「ちょっと、兄ちゃん! アンタだよ、アンタ!」
その時、聞き覚えのある声が響いた。




