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ジャンヴィエに続く道


 ジャンヴィエ。

 ガディードから丸一日をかけて街道を行けば辿りつく集落。


 その程度の情報しかなかったのだが、遠方からでも一目でわかった。ガディード同様、こちらにも街壁が築かれていたのである。山の端から徐々に太陽の光が漏れ始める中、街壁の影だけではなく、周囲の様子もはっきりと見えてきた。驚いたのは、街壁の外であるにも関わらず、民家らしき木組みの建物があったことだ。街道から細い路地を作っている家や、中には街道沿いにまで畑を作っているところもあり、青々とした葉物野菜や、変わった色合いの実が生っているのがわかる。畑自体も木製の低い柵で囲われており、その中で作業を始めている農民らしきNPCの姿もあった。街道の上であっても、ガディード周辺と同じく草虫グラス・ワーム草兎グラス・ラビットが沸いている。あれほど近くで、食われたりしないのだろうか。


 ミラが、短剣で草兎を一匹倒した。足を止め小さな魔石を拾い上げていると、畑のほうから人影がこちらへ向かってくるのが見えた。


「あんたたち、街道を夜歩いてきたんかね!? よう無事やったねえ」


 大声を張り上げるおばさんは頭も首筋も布で巻き、長袖長スカートの下にズボンと完全防備だった。まだ日射しというほどの日も出ていないのだが、日焼け対策だろうか。ふと母の念入りな化粧を思い出しながら、目元だけを出している彼女を眺める。


「あらまあ、神官さまやないの」

「はい、まだ見習いの身ですが……今日もあなたに祝福の光が射しますように」


 おばさんもまたこちらを検分していたようで、短剣を片づけたミラは命の聖印を切った。信心深いのか、おばさんもミラと同じように命の聖印を切った。


「ありがたいわあ。ついでにうちの畑にも祝福してくれんかね?」

「いいですよ。我が祈りが、豊かな土壌により多き実りをもたらしますように」


 腰から杖を取り、ミラは祈りの聖句を口にした。すると、杖の先からキラキラとした輝きが洩れ、おばさんの立っているあたりにまで流れていく。MPが若干減っているので、神術に類するものなのだろう。


「ありがとうね! いやあ、あんた、ほんまもんやね!」

「……神官見習いですが、本物ですよ?」


 両手を打って喜ぶ農婦の姿に、ミラは首を傾げた。


「最近ここいらを通る神官さま、祝福知らん人多いんよ。妙な輩も増えて、たまに畑に勝手に入るのもおって困るわ」


 農婦はそう言って畑の一角を指さした。規則正しく作られている柵の一部が壊され、畑の土が掘り起こされたり、踏まれている部分がある。勝手に、という部分で、何となく同類ではないのかと思った。RPGの基本は探索にある。いにしえより鍵のかかっていない家は情報収集先、タンスは開けるもの、ツボは割るものと相場が決まっている。そんなゲーマー思考であれば、畑を見たら、つい入りたくなるかもしれない。そしてそこに野菜が生えていたら引っこ抜きたくなり、本当に抜けたと驚き……。

 まっとうに考えてみれば犯罪行為であるため、黄色犯罪者(イエロープレイヤー)にならないためにもしない、という選択肢しかないのだが。


「そんな……ひどい。このあたりのフェンネルの収穫、まだ先ですよね」

「それがわからん連中やからね。きっと土触ったこともないんやろ。逃げもせんし、きれいな手ぇしてるから、お貴族様のお忍びかと最初は思ったんやけどねぇ」


 お貴族様にしては従者もおらず、やけに腰も低かったために、そのままジャンヴィエの門番に突き出したそうだ。南無。


「そうそう、今、うちのひとが馬車出すから乗っていき」


 おばさんのことばに合わせるかのように、横道の奥から一頭立ての荷馬車が姿を見せた。御者台にはおばさんの旦那だろうおじさんが座って手綱を取っている。街壁が見えているとはいえ、まだ距離がある。おそらく一の鐘に合わせていく荷馬車に、ありがたく同乗させてもらうことにした。


 朝市に間に合わせるため、青物は朝も暗いうちから収穫するのだと男は語った。

 荷馬車の半分ほどを占める豆類や芋から、少しだけ場所を分けてもらい腰を下ろしているのだが、相当揺れる。街道は石畳、馬車にスプリングなどという気の利いたものはなく、更にクッションのような緩衝剤も当然ない。

 ジャンヴィエに着くのが先か、尻が割れるのが先か。

 かなり真剣に悩みながら、舌を噛まないように剣を抱く。短い旅路ながらも伴がいることがうれしいようで、揺れに妨げられることなく、男は機嫌よく話を続けた。


『――歩いたほうがいい?』

『いや、これも情報収集だからね』


 顔を顰めて一言も発さないオレの様子に、PTチャット越しにミラが提案する。しかし、即、セルヴァから却下を食らった。情報収集ならジャンヴィエ着いてからでもいいだろ……と口を開くことすらできなかったオレは、敗者だった。


 おばさんの夫らしき農夫は、ジャンヴィエに初めて行くというミラのことばに嬉々としていろいろ教えてくれた。

 ジャンヴィエは、湯治の村だという。温泉が出る、という話に心が躍ったのは、決して馬車の乗り心地の悪さだけが理由ではない。

 転送門広場の北側にはお貴族様の館があるため、近寄ってはいけないという。旅行者は通常、南側の宿に泊まり、共用の湯殿に向かうそうである。温泉宿はないのかとセルヴァが訊いてみたが、農夫のほうが逆に首を傾げた。


「温泉が、寝泊まりする宿の中にある感じで……」

「宿に温泉だあ? そんなもんはお貴族様しか作れねえよ」


 配管の都合だろうか。

 朝湯は無理だなと呑気なことを考えながら、農夫の話の続きを聞く。


 湯治客が多いため、新鮮な野菜が高く売れるという。いつも朝市に出せば昼前にはすべて捌けるらしいが、最近は飛ぶように売れることが増えて、二の鐘が鳴ったころにはなくなることもあるそうだ。うちの野菜は質がいいからな!と誇らしげに語る男の肌は浅黒く、体格もいい。集落の外で生活しているのだから、ある程度腕も立つのだろう。腰には鉈のような武器を佩いていた。

 馬車が通ると、草虫や草兎は場を譲る。何の障害もなく、ジャンヴィエの門前まで着くことができた。馬車の列は、徒歩の者よりも長い。徒歩のほうが早く入れるかもしれないと言われ、そこで分かれた。


 まず、転送門広場へ行け。


 男の最後の忠告を胸に、馬車を追い越して門へ向かう。どれも荷馬車ばかりで、野菜や穀物を積んでいるように見えた。徒歩の者も若干いたが、自分たちのほかには数名だった。背中に荷を担いでいる者ばかりである。

 開門の鐘が、鳴る。

 木製の門がゆっくりと内側から外側に向けて開かれていく。軋む音と、ふたりの門番の動き。開かれた門の先にまっすぐ通りがあり……その向こうに、ガディードで見た転送門と同じものがあった。但し、不思議なもやがかかっている。

 何だろうと目を凝らすうちに、列が動き始めた。

 馬車には税がかかるようで、門番が一台ずつ声をかけていく。

 対して徒歩は通行税もないようで、そのまま通された。


 広々とした大通り、石造りの低い建物。

 一の鐘が鳴ったばかりにも関わらずNPCが忙しそうに行き来している様子に、村というよりも町と言えるほどの賑わいを感じる。

 逆に、ジャンヴィエから出ていく旅行者プレイヤーもいた。ガディードに戻るのだろうか。街道の先がこの村だったことを考えれば、ジャンヴィエの先となると別の門から出ていくことになりそうだが。


 新しい集落に、何とか無事到着したことで心が弾む。あちこちに飛ぶ思考を楽しみながら、オレたちは大通りをまっすぐ北へ歩いた。

 転送門広場へ近づくにつれて、転送門だけではない存在が目に映る。

 大きな水柱と、水煙……。

 それが噴水と、湯けむりであると気づいた時。

 盛大に湯を浴びている半裸の男女の姿に、オレはことばを失った。

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