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みんなで食べよう


 幻界ヴェルト・ラーイという、これはゲームだ。


 焚火が風に煽られて炎を強くするのを眺めながら、オレは現状を把握しようとしていた。座り込み、膝を抱えていれば、徐々にポーションの効果によってHPは回復していく。同時に、オレンジ色に染まっていた疲労度スタミナゲージもじわじわと黄色へと戻ろうとしていた。何よりも、頭部や体に加わった衝撃の影響が、遠くなっていく。頭を殴られたことが最もよくなかったのだろう。叫び出すほどではないが、やはり倦怠感やどこか鈍痛が残っている。

 いつだったか、体験柔道で投げ飛ばされて、まともに受け身を取れなかった時にも似たような感覚だった。受け身の練習を散々させられてからの技体験にもかかわらず、本番ではとっさにできなくて、無様なものだった。

 VR……ヴァーチャル・リアリティ。

 フルダイブ型によって五感のすべてを疑似体験できるようになった今、それでも脳への情報(信号)だけでプレイヤーに想像を上回るような衝撃を与えることはできない。あくまで自身の持つ経験から引用された痛みであったり、衝撃であったり……そういったものの追体験による感覚再生の仕組みを持つことにより、疑似体験であっても本物に感じる。それでも新鮮に思うのは、条件が違うからだろう。魔物に襲われるという現実にはあり得ない状況シチュエーションが、武器を持って命を懸けて戦うという覚悟が、すべてを真新しいものに映し出す。


 無造作に、焚火へと枯れ枝が放り込まれる。小さく、炎が爆ぜた。

 戦闘を終えた体は急速に熱を失う。冷えていく身体を外から温めてくれる炎の熱に手を翳すと、温めるどころか火傷しそうになった。


「危ないよ」


 更にもう一本、薪を投げ入れようとしたミラから注意が飛ぶ。素直に手を引き、膝に戻す。


 視界には地図マップを表示している。弓手セルヴァはまだ戻らない。周囲に赤い光点(エネミー・アイコン)はなく、緑と青の光点が寄り添うのみだ。


「おなかすかない?」

「ああ」

「どっち?」


 不満げに問いが重ねられ、オレは首を傾げた。

 大丈夫だと応えたつもりだったが、実際にはどちらともわからなかったようだ。


「オレはいいや。腹減ったなら食っとけよ」

「わたしは大丈夫。シリウス、怪我ひどかったから……何か食べておけば、力になるかもって思っただけ」


 それは気遣いだった。心配げなまなざしが向けられ、その黒は炎に炙られて揺らめいている。その揺らめきが、身体だけではなく、心まであたためた。


 この幻界(ゲームシステム)内で不思議に思うことのひとつに、彼女たち(NPC)のAI《人工知能》が挙げられる。今までコマンド入力の世界にいたので、パターン化したNPCの解説には慣れていても、こういった人間にしか見えないような対応は初めてだ。ミラを筆頭に、ラムス、カルド、リリ、ラメット……誰もが意思を持っているように見える。ただ、彼らの中にシステムがちらつくのも確かだ。ことばの中に必要な情報が散りばめられ、それをこちらが拾い上げればイベントが進んでいく。


 サポートキャラクターであるミラは、おそらく死ぬまで、オレから離れない。


 一度、半ば無理やり大神殿に放置してきたにもかかわらず、全力で探し当ててきたのだ。もう一度似たようなことをしても、命ある限り、自分を追ってくることは想像できた。もちろん、もうそのつもりはないが。

 彼女の有用性は、ガディードの周辺を散策したあれだけの間にも立証されている。見習いとはいえ神官職であり、回復薬ポーションに依存せず回復神術を行使できるのはありがたい。レベルがあがれば、よりMPや回復量も増えていく。探索を続けていけば、戦利品ドロップの中に、彼女に相応しい装備もいくつか見つかるかもしれない。攻撃を自身が担い、支援をミラが担う。それは理想的な構図だった。


 今回のクローズドβテスト期間は短い。木金土に設定されている理由は、ある程度のサーバー負荷テストも兼ねていると推測できた。UIユーザー・インターフェースの使い心地に不満はないが、ストーリー的にはプレイヤーの不満が爆発しているだろうなと思う。

 クローズドβテスターにとって、ゲーム自体や利用料は無料でも、その設備投資はプレイヤー負担だ。特にVRユニットは初のフルダイブ型VRMMOの登場の謳い文句に、クローズドβテスターに当選もしていない時期から品薄になっていた。クローズドβテストの申し込み条件に、VRユニットの所有者であることを証明するため、製品番号の記載が要求されていたせいである。クローズドβテスト終了後、調整のあと、クローズドβテスターは優先的にオープンβテストを体験できる上、製品版も割引で購入できるという特典がついているので、当たった人間に損はない。当たらなかった人間には……オープンβテストの募集があると信じて、今も枕を濡らしているのではなかろうか。


 おそらく、この存在サポート・キャラクターが、より一層テスターたちの不満を増大させるだろう。

 自分が彼女に対して抱いたのは個人的な確執で、ただの八つ当たりとも同じだが……それが最初からないプレイヤーにとって、彼女たちの存在は大きなものになっていくはずだ。それが途中で死亡するだけではなく、βテストの終焉によって失われる。ただ、失われるのは彼女たちだけではなく、自分たちのアバターもまたリセットされるのだが。


「じゃあ、一緒に食べるか。さすがに一食分全部は多すぎるだろ」


 βテストである以上、終焉は必ずやってくる。

 突き放すことはやめた。呼吸するようにミラは傍にいる。

 

「うん、食べよ」


 破顔して、ミラは自身の道具袋インベントリから携帯食を取り出す。そして立ち上がり、オレのとなりへくっついて腰を下ろした。


「はい、どうぞ」


 目の前に差し出されたのはディシグァンだった。

 ぼんやりとそれを口に咥え、噛み締める。ぴこぴことディシグァンが視界で揺れた。


「――人が必死で逃げまくってたってのに、君たちねぇ……」


 背後から、唐突に呻くような声が響いた。

 揃って振り向くと、セルヴァが弓を肩に担いだまま、大きくため息をついていた。


「まあ、兄妹なんだし、仲良くなったならいいんだけどさ」

「んあ!?」


 自分が何をしていたのかに今頃気付き、オレは慌ててミラのとなりから後ずさった。そして、頭を横に振る。


「ち、ちがっ、そういうんじゃなくってだなあ!」

「同じPTでも隠蔽セグレート使ってたらアイコン表示されないのかー、覚えておこう」


 遠い目をしつつ、セルヴァはその間に座る。そして、にっこりとミラへ微笑んだ。


「僕にも分けてもらっていいかな?」

「もちろんです!」


 そして、ミラは携帯食の器ごと、セルヴァに差し出すのだった。

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