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初めての野宿


 フィールド上の魔物の沸きには、タイミングというものがある。

 朝、開門の鐘と同時に旅立った旅行者プレイヤーだけでなく、様々なNPCが街道をジャンヴィエへと向かったのだろう。その勢いはマラソンのスタートの如く、なだらかなものであった……なら、こうはなっていない。

 ジャンヴィエに進むにつれて、戦いは激化していった。一気に街道の魔物を狩りつくして進んだ先発隊は、後続の沸きのタイミングなど考慮しない。数に任せて先を急いだ結果が、魔物の同時大量発生に繋がっている気がした。

 それでもガディードにより近い場所では、草豚グラス・ホッグの群れや草羊グラス・ペコラ程度だったが、徐々に街道を進むと魔物の種類も増えてきた。草狸グラス・ノグリ草狐グラス・ヴォスなど字面だけを追うと動物園だが、こちらもアクティブ・モンスターである。街道が草地にあるため、比較的温和な獣系が揃っているように思えた。実際には数で攻められるので、経験値と肉の塊と喜んでばかりもいられない。ただ、草狸グラス・ノグリ草狐グラス・ヴォスは毛皮も出したので、戦利品ドロップとしてもそこそこ美味しかった。取得経験値も増えたのでレベルもきれいに上がり、オレと弓手(セルヴァ)は十五になった。回復神術を駆使してバックアップに努めたミラも十二にまで上がっている。

 問題は、戦闘による時間経過だ。

 何台か馬車が追い抜いていったこともあり、魔物の沸きは次第に鎮静化していったのだが、如何せん失った時は戻らなかった。


「まあ、こうなるよなあ……」


 森の向こうに夕日が落ちていく。

 どう考えても夜のほうが魔物は出やすく、凶暴になるはずだ。夜通しでも歩いてジャンヴィエへと当初主張したのだが、焚火も作れないまま夜を迎えることのほうが怖いとミラは言い張った。幻界ヴェルト・ラーイの住人の言が採用されたのは言うまでもない。

 ジャンヴィエまでの道のりは残り三分の一行程ほどである。今は日暮れまでにと街道から離れ、森近くで薪を拾い集めているところだった。


「そういえばさ、ライターとかないよね?」

「ないな」


 セルヴァが不意に尋ねる。右手には初心者用の短剣を持ち、反対側の腕にはかなりの量の細枝と枯草が挟まれている。

 今更ながら、そういった野宿用の準備など何もしていないことに気付いた。


「木の枝でこすり合わせりゃなんとか……」

「何言ってるの? 火種ならすぐ作れるよ。あたりまえじゃない」


 原始的な弓式火おこし器を提案しようとしたのだが、呆れ返った声音でミラに突っ込まれた。できた妹である。

 何とか手元が薄暗いうちに、街道沿いの赤土が露出している場所に焚火を作ることができた。ミラは火属性の術石がはめられた木の板で、いともたやすく火を点けたのだ。これぞ、幻界ヴェルト・ラーイらしさである。


「早速携帯食が役立つとはね」

「こんなこともあろうかと、多めに買っててよかったよな」

「美味しかったから買っちゃったんでしょ。あー、甘いのうれし……」


 サクサクといけるガジェータスを食べつつ、手厳しく指摘しつつと忙しいミラである。一方でディシグァンを咥えたまま、おもむろにセルヴァは立ち上がり、弓に矢をつがえた。地図マップ上にも赤い光点アイコンが表示される。百メーコス以上は離れているが、単独のようだ。放たれた一矢は闇に吸い込まれていく。当たったのかどうかもわからないまま、光点は突如としてこちらへ動き始めた。剣を引き抜き、立ち上がる。

 しかし、セルヴァはさらに矢をつがえ、放つ。

 光点が、消滅する。


戦利品ドロップ拾ってくる」


 そして、弓を肩にかけ、ディシグァンを口の中にすべて入れてしまう。次いで焚火から火を取り、松明を手に口をもぐもぐしながら歩いていった。

 鮮やかなお手並みに、ミラは感嘆の溜息をつく。


「すごいねー。夜なのに、何で当たるの?」

「何かスキルあるのかもなあ……」


 ぽこぽこと順調にレベルアップしているので、スキル振りに関して確認はしていなかった。自分も剣だけでなく筋力にも振り、攻撃力に特化しつつある。

 しばしサクサクとごくごくとかみかみが交錯する中、今夜の予定について思い至った。


「ミラ、それ食べたら寝とけよ」

「え、逆でいいよ。わたし最初で。ふたりともずっと戦い通しだったじゃない」

「いや? オレとセルヴァで半々にするし」


 MPや疲労度スタミナゲージの回復という意味でも、彼女にはしっかり休んでもらうほうがこちら(プレイヤー)側としては都合がいい。何と言っても、魔物を発見したところで初動に攻撃を選べない上に防ぐこともままならない。自分や弓手セルヴァは、スキルを使用してもミラほどMPを消費しない。さまざまな事情から考えても、ミラに火の番を任せるという選択肢はない気がした。


「ああ、うん、そのほうがいいね。野宿、つらいかもしれないけど……眠れなくても、目を閉じて横になるだけでも違うから」


 肉の塊を手に戻ってきたセルヴァもまた同意を示した。

 そして、その碧眼がこちらを向く。


「じゃあ、僕が最初に火の番するから、一緒に寝たら?」


 こいつ何言ってるんだ。

 思わず視線が細くなってしまう。すると、機嫌が急降下したのがわかったのか、照れたように笑って言い直した。


「いや、その、くっついて寝なくてもいいんだけど……」


 言い直したほうがもっとひどかった。


「今日はそんなに寒くないから、だいじょうぶです。じゃあ、おことばに甘えて」


 セルヴァに言われると素直に聞くのか、ミラは火を背にする形で草地に横になった。杖を抱きしめる形で目を閉じる。


 ――外套マントのひとつでも買っておけばよかったな。


 その姿を見て、セルヴァがこちらへと寄ってきた。手を筒の形にするので、頭を傾ける。耳元で囁かれた内容は、割と切実だった。


「あのさ、ミラのHPがやっぱり一番低いから、遠距離攻撃受ける際に壁になれる位置で寝てくれないかな? 突撃だって先にシリウス踏まれるほうがマシだよね? 一応僕は索敵ノティーティア取ったから、それより早く気付くつもりではいるけど……」


 決してからかっているわけではなかったようだ。

 レベルアップしたとは言え、ミラは神官職である。回復神術ばかり使っていることもあり、ステータスには偏りが大きい。

 仕方ない、と溜息をつき、頷く。そして、耳慣れないことばを繰り返した。


「ノティーティア?」

「索敵スキル。まだレベル一だけど、周囲二百メーコスくらいはわかるみたいだね」


 セルヴァはそう応え、彼に見えている地図マップを転送してくれた。なるほど、かなり離れた位置にいくつか赤い光点(エネミー・アイコン)が見える。


「アクティブがこちらを察知しない限り、放置でいいかなと。今はできるだけ休んでおくほうがいいしね」

「ああ」


 なるほど、これなら確かにセルヴァに任せるのがいちばん安心という話になる。敵の動きが読めるのだから、起こすタイミングも安全圏でできる。対して、自分はというと……。


「僕は遠距離なら初手いけるけど……近接となると危ないからね。きみは近づいた魔物モンスターに気付いても即斬り捨てられるんだから、どちらにせよ対策にはなると思うよ」

「まあ、オレの時もミラの傍にセルヴァが寝ておいてくれたら、守る範囲が狭くて済むからな。頼む」


 ぼそぼそとしたやり取りのせいか、ミラが身じろぎする。ステータスに睡眠とついていないので、まだ起きているようだ。オレは腰を上げ、剣を抱く形でミラの向こう側で転がった。目を閉じているかと思えば、驚愕に見開いている。


「寝ろよ」

「う、うん」


 慌てて目を閉じるミラを確認し、自身も目を閉ざす。

 ただの草地のはずが、どこか芝生のような心地よさがある。これはきっと、野営のための幻界運営側の配慮だろうな。そんなことを思っているうちに……すとん、と眠ってしまった。


「シリウス、ミラ!」


 目覚ましは、セルヴァの鬼気迫った声だった。

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