表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/53

開始


皓星こうせい、受験ないからってゲームばっかりしてたらダメよー」

「夏休みくらい休んでもいいだろ」

「いいわよ。夏休みくらいゲーム休んだら?」

「それ違うから!」


 午前九時すぎ。

 結局、キャラクタークリエイトをしてしまえば他にやることもなく、仕方ないので夜はのんびりと他のMMOで遊んでいたら、遅くなった。朝食は食べておかないと、母親がうるさい。途中で邪魔をされても厄介だ。腹が減るまで出てこないから、絶対に呼ぶなと釘を刺しておいた。

 高校三年の夏休み、となると、通常は大学受験に向けて血相が変わる時期だが、オレの通う皇海学園は大学までエスカレーター式である。特に外部受験の予定もないため、夏はこのクローズドベータを満喫する予定だった。希望者は大学院まで進めるらしいが、そこまでは今のところ考えていない。ずるいとか言うなよ。その分、中学受験とかたいへんだったんだからな。

 長時間ログインしていられるように準備を整える。具体的に言うとトイレに行くことくらいだ。幻界ヴェルト・ラーイで登録する際、ちまちまと注意書きがあったのだが、その中に「生理現象の感知及び外部からの接触は即強制終了及びログインに関してペナルティ発生」という文言があった。戦闘中に落ちるとかありえないから、マジで。季節柄水分補給は欠かせないので、さすがに水分摂取量を減らすとかはやめておいた。いきなり新聞沙汰になってサービス終了になりかねない……。うわ、マジでいないだろうな、そんなやつ。何だか心配になってきた。


 午前九時五十九分から孤独にカウントダウンして、午前十時に叫ぶ。


「Start to connect!」


 表示された幻界ヴェルト・ラーイのロゴ、それに触れると、世界が変わった。

 オープニングは昨日見たせいか、ショートカットされている。あのスクリーンが現れ、キャラクタークリエイトで作成したキャラクター(アバター)が表示された。再度、「このキャラクター『シリウス』でゲームを開始しますか?」という確認が入る。ウィンドウの「はい」を選ぶと、スクリーンに映し出されていたその男(シリウス)こちらを見た(・・・・・・)。いつのまにかスクリーンではなく、それは鏡になっていたようだ。

 鏡が砕け散り、破片が襲い掛かる。思わず顔を、身を背けると、光が視界を覆って何も見えなくなった。


 ――チュートリアルを開始します。


 流暢なアナウンスが、また流れる。次いで目を開いた時には、別の場所に立っていた。

 そこは、石造りの部屋だった。かなり広めの空間に、大きな掃き出し窓から外が見える。その掃き出し窓の前に、神官服をまとった中年の男がいた。灰色の髪に灰色の目をした男は、こちらを見て口を開く。


「命の神の祝福を受けし者、その名はシリウス。相違ないか?」


 厳かな口調で問う男に、とりあえず頷く。すると、ただ確認しただけのようで、男はどこからともなく短剣を取り出した。一度、鞘から引き抜いて、刀身を見せる。そして再び鞘へと納め、短剣の柄をこちらに差し出した。


「受け取れ」


 言われるままに短剣を受け取る。そして、短剣自体を眺めると、宙にウィンドウが開いた。


 ――初心者用短剣。攻撃力六。耐久度百/百。


 そうか、これがアイテムの情報なんだな。

 素直にその内容を読み取っていると、男は頷いた。


「気になるアイテムがあれば、そのように見つめてみるがいい。そうすれば、最低限の情報はわかる。鑑定スキルを得られれば、より詳しい情報を読み取れるだろう」


 なるほど、この男がチュートリアル・キャラクターか。

 男自身をしばし眺めると、頭上に緑の幻界文字ウェンズ・ラーイが表示された。案内役、と書かれている。


「そうだ。人も魔物も道具も、見つめることによって読み取れる情報がある。そなたたち『命の神の祝福を受けし者』は名前も符号も青だ。私のように名前が緑で表示されている者は、幻界ヴェルト・ラーイの住人だな。基本的に、そなたたちに仇なす存在ではない。だが……」


 案内役は視線を掃き出し窓へと移した。誘われるがままにそちらを見ると、窓越しに虫がいた。蚊とか、蝿とか、そういうレベルではない。自分の腕よりも大きい緑色の……何かの幼虫だろうか。見つめると、赤い文字で『草虫グラス・ワーム』と表示された。


「あのように、赤で表示されている者は敵だ。倒さなければ、いずれそなたたちのみならず、我ら幻界ヴェルト・ラーイの住人にも危害を及ぼすことになるだろう」


 男は掃き出し窓を開け、口元を緩めた。


「さて、シリウスよ。そなたはこれから幻界ヴェルト・ラーイへ旅立つ。手持ちの武器はその短剣のみだ。どう戦う?」


 手の中の短剣は、体格に対して非常に小さいものに感じた。辛うじて柄を片手で握ることができる程度のサイズで、刀身に至ってはてのひらほどの長さしかない。実演してみろ、とは言われなかったので、とりあえず想像で答えた。


「……刺す?」

「そうだ。短剣の主な用途は刺すことにある。それは一応両刃ではあるが、さほど切れ味が良いわけではない。所詮初心者用のものだからな。――では、草虫グラス・ワームを突いてみろ」


 草虫グラス・ワームは、掃き出し窓のすぐ下にまで近づいていた。殆どフラットになっているので、問題なく外に出られた。短剣を引き抜くと、ぐにぐにと動くそれを見下ろし、身を屈めて突き刺す。緑色の身体のまんなかを突いたせいか、刀身は柔らかな感触を貫いた。そして、草虫グラス・ワームの身体が……砕け、散った。


「ほぅ。そこそこ力があるようだな。通常、一撃で敵は倒れてはくれぬ。最初はとにかく当てることが肝心だ。覚えておくがいい」


 ステータス値を見ながら体格を決めただけのことはあったようだ。案内役の話を聞きながら、一旦鞘へと短剣を戻す。そして、草虫グラス・ワームが砕け散った場所に手を伸ばした。そこには、小さな、本当に爪よりも小さな薄緑色の石が、地面に転がっていた。拾い上げる。


「それが、戦利品ドロップだ。拾い集めて商店で売れば、金銭カネになる」


 いきなり現金が落ちている、というゲームではないらしい。これほど小さな石だと、気づかずにスルーしそうだ。


「では、次は道具袋インベントリだな。そなたの腰帯の後ろに、それはついている」


 インベントリ?と内心繰り返すと、インベントリウィンドウが開いた。そこには今、何も入っていない。石を握ったまま腕を伸ばして、腰の当たりを触ると、そこにはウェストポーチのような袋がついていた。当然、チャックのような便利なものはなく、木の実のようなボタンで留められていた。蓋を開けるのも面倒で、指先で隙間に石を押し込む。すると、指先から石の感触が消え、インベントリウィンドウに「魔石(極小・地属性 一」と表示された。ボタンを外し、内部を漁って石を摘まんで取り出すと、インベントリウィンドウからもアイテムの表示が消える。きちんと連動しているようだ。


「初心者用装備の一つだ。さほど多くの物は入れられぬ。旅路で性能の良いものを買い求めるがいい。あと……武器の装備の仕方、だな」


 背後の声音に続き、金属音がした。

 振り向くと、案内役の名前が――赤に、変わっていた。

 灰色の目をした案内役は自分と同じ短剣をもう一本、見せつけるように持ち、鞘を腰に佩く。


「腰帯に、鞘を納めることができる。武器の大きさによっては背負う形のものも必要になるだろうが、片手で扱えるものならば問題ない」


 赤である。

 先ほど、説明を受けた「敵」がそこにいる。


 警戒しながらも、言われるままに鞘を腰帯に佩く。腰の左側に少しだけ重さを感じた。視線を戻すと、案内役は目を細めていた。


「言われたことは覚えているようだな。

 幻界の住人と言えど、そなたたちの敵に回ることもある。また、『命の神の祝福を受けし者』も同様だ。互いに守り抜かねばならぬものがあり、刃を交えることもある」


 それは、法律にも似たルールだった。

 名前が緑表示の幻界の住人(NPC)符号(ID)が青の旅行者プレイヤーを意図的に傷つけた場合、そして一般的に犯罪に該当する事項を行なった場合に、符号(ID)が黄色に、更に、人を殺めた場合には、赤へと変化するそうだ。黄色や赤の符号(ID)は罪人となり、集落を追われることになる。罪人を害そうとも、罪には当たらない。

 要するに、PKに関する注意事項である。

 プレイヤーキラーもしくはプレイヤーキリングを略されているアルファベットの組み合わせは、他のゲームでも時折聞く。だが、対人戦闘を嫌うゲームプレイヤーも多いのであまり流行らない上、禁止されているゲームも多い。幻界ヴェルト・ラーイではゲームシステムとして存在するが、許されないという位置づけらしい。

 なお、誤って罪人になっても、集落の長や兵に過ちを認めて罪を償う旨を伝えれば、浄化の試練を与えてくれるという。さしずめ、ブルークエストといったところだろうか。


 ふと、気になった。


「――死ねば、どうなる?」


 所詮ゲームである。だが、ゲームであっても、HPが存在する以上、ゲームオーバー()もまた起こり得る。

 その問いかけに、案内役は端的に答えた。


「命の癒し手がいなければ、命の神の御許へ戻ることになる。だが、そなたたちは祝福があるため、やがて大神殿で目覚めることになるだろう」


 完全にゲームオーバーというわけではなく、また幻界ヴェルト・ラーイに戻ってはこられるようだ。その点については安堵した。


「では始めようか」


 何をだ、と訊くまでもなかった。

 案内役は短剣を中腰に構え、オレの腹を貫いた。熱いのと、痛いのとで、視界が、赤に染まる。その時ようやく、視界の端にステータスバーがあると気づいた。それが一気に緑から黄色へ、そして、赤へと変わっていく。


「死を受け入れよ。新たなる目覚めが、そなたを導く」


 赤が、黒へ。

 そして、オレは――砕け散った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ