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石畳を踏みしめて


 一の鐘が鳴る前だというのに、食堂は賑わっていた。食事を摂ったらすぐ出られるくらいの時間と思いながら起きたのだが、階下に降りると、入れ替わるように宿を出ていく者たちを見かける。その中に、旅行者プレイヤーらしき人影があった。服は色が違うが初心者用装備のままの集団だ。肩に掛けた槍や、腰に佩いた剣がやけに真新しいように見えた。声を掛け合うような距離でもない。彼らはそのまま、旅立っていく。

 オフラインではないのだから当たり前のことなのだが、他の旅行者プレイヤーにもこの宿を使う者がいるという事実は、改めて他者の存在を意識させた。この二日間、ガディードの外ではともかく、セルヴァ以外の旅行者プレイヤーをカルドの宿で見なかったせいだろう。幻界(ヴェルト・ラーイ)においてやはり個別に発生するクエストといい、多少高めに肉を買い取ってもらえたり、安く携帯食を卸してもらえる恩恵といい、早い者勝ちや見つけた者だけが受けられる面が多大にあるようだ。となれば、これから行く先のジャンヴィエもおそらく……。


「おはよ、準備できてるよ。……本当に行っちゃうんだね」


 手近な空きテーブルに座ると、すぐにリリがやってきた。当初よりも表情が柔らかい気がするのは、気のせいだろうか。寂しげに付け加えられたことばに、セルヴァはすぐ答えた。


「うん。でもまたガディードに戻ってきたら、必ずここに泊まるよ。その時はよろしくね」

「――ん、待ってる」


 優しい受け答えに口元を引き結び、リリは朝食の注文を受けて厨房へと向かった。

 カルドは受付で旅立つ者たちへの応対をしている。旅行者プレイヤーは先ほどの集団以外に見られないが、他のNPCもまた開門と同時に旅立つのだろう。街道が賑わいそうだ。

 そんなふうに考えているあいだにも、リリの手によって朝食が並べられていく。商売上手というよりも気遣いだろう。昼食は携帯食ではないものをどうかと先に訊いてくれたので、甘えることにした。


「ちょっと時間ずらしたほうがいいかもな」

「どうして?」

「あれだけの人数が一気に街道に流れるんだぜ? 先に掃除しておいてもらうほうが楽だろ」


 移動という目的を思えば、街道が一足先に片づけられているのは好条件である。できるだけ戦闘は回避して、先を急ぎたい。まずはジャンヴィエ到着が第一目標だ。オレの提案にミラは首を傾げたが、セルヴァは同意を示した。


「確かにそうだね。レベル上げにはならないけど、多少タイムラグを置くほうが歩きやすいかも」

「だろ?」


 一の鐘に合わせて出るつもりだったが、二の鐘まで待つ必要はないにしても、多少はずらすほうがよさそうだ。


「ただ、まあタイミングだよね。沸きの周期がわからないからなあ」

「あー」

「ガディードの周りはそこそこ即沸きっぽかったけど、何か調整入ってるといいよね」

「沸き? 調整?」


 更に首を傾げるミラに、セルヴァがことばを選びつつ説明し始める。


「魔物の出現周期って言えばいいのかな……」


 フィールド・モンスターは一定周期で現れる。一昨日の草虫グラス・ワーム草兎グラス・ラビットに対するプレイヤーの追いかけっぷりを見るに、出現数もまた一定のような気がする。プレイヤーの数に対して、魔物の数が足りない状態……これは言わば平和なわけだが、幻界ヴェルト・ラーイはあくまでプレイヤーにとってゲームでしかない。レベル上げの素材が足りなければ、不満が募る。ある程度レベル上げの終わった者は次の集落ステージに進むわけだが、その情報さえも制限されていた感は否めない。

 ジャンヴィエに移動するプレイヤーがどれだけいるのかはわからないが、既に情報を得てクリアしているプレイヤーがいる以上、今後増える一方だろう。移動しながらの狩りとなれば、固定狩りとは異なり、即沸きや出現数は気にしなくてもよい。もっとも、自分たちは移動を主体とするつもりだが。まずはジャンヴィエに到着し、宿を取らなければ自分たちの転送門開放クエストが始まらない。


「わたしも、魔物が多いとは思っていましたけど……『命の神の祝福を受けし者』が増えたら、魔物も増えるっていうことでしょうか」

「僕たちのような『命の神の祝福を受けし者』がいたら、レベル上げ……強くなるために戦うだろうから、それほど危険はないと思うよ。かえって町とか村の周りは安全になるんじゃないかな」


 ミラの青ざめた表情を見て、ものの見方の違いに気付く。

 幻界の住人は、戦う職業でなければ、レベル上げのために魔物に挑むという考えはない。ミラも今は神官見習いとして戦場へ出ているために、レベル上げの概念がわかる。しかし、自分の信仰のために敵を倒すということはこれまでしていなかった。命の神の僕なのだから当然と言えば当然だ。だが、本来は、魔物がいるから倒すのだ。それがこちらの生活を脅かす存在だからこそ、倒さざるを得ない。となれば、さぞかし魔物を探し求めるオレたちの姿は、ミラにとって奇異に映っただろう。


「特に、強敵はいなくなるだろうな。そのために、旅行者(オレたち)がいるんだから」


 フィールドボスと対峙したことはないが、チュートリアルのさなかのクエストボスならば既に倒されている。魔族という存在があり、それが命を奪う者であるならば、次また現れたとしても、確実に討伐対象となる。そう言った意味合いで口にすれば、ミラはその漆黒の瞳を大きく見開いて、両手で命の聖印を刻んだ。


「神よ、感謝いたします……!」


 何故。

 突拍子もないミラの行動に凍りついていると、カルドがにこやかにテーブルへ寄ってきた。その手には、何か植物で編まれた籠が三つある。


「携帯食の準備ができたから、持ってきたわよー。って、何? 今頃食事のお祈りしてるの? 冷めるじゃないの。早く食べなさい」

「あ、ああ」


 代金と引き換えに、ガジェータスとディシグァンの詰め合わせを受け取る。三人分を三つの籠に分けて入れてくれたようだ。思ったよりも軽量で、ありがたい。籠代はカルドの趣味で作ったため、サービスという。

 パンと、温野菜と腸詰が入ったスープの朝食だ。あたたかさを堪能しつつ、口に運ぶ。すると、カルドが未だにこちらを見ていることに気付いた。目が合うと、照れたように彼は頬に手を当てた。


「ふふ、うちの料理人、腕いいでしょ? だからまた食べにいらっしゃい」

「……また来るよ、必ず」


 名残惜しいと思ってくれている、と感じるのは驕りだろうか。

 食事を終え、昼食の分と手渡してくれるリリもまたこちらを見つめて微笑んでくれた。ほんの数日の間に、ただのNPCであるはずの彼らと、これほど打ち解けられるとは思わなかった。

 朝の冷え込みの中、通りを南に向かう。南門をくぐる際に、ラムスを見つけることができた。


「お、行くのか。気をつけてな」


 覚えていてくれたようで、顔を見た瞬間に声を掛けられた。どう返事をすればいいのかわからず、ただ頷く。

 誰にも「さようなら」は言わなかった。誰もが「また」と口にした。

 始まりのガディードと、オレはこうして別れを告げたのである。






 ガディードからジャンヴィエへの街道は、当初、草地を横断する穏やかな道のりだった。足元にはやや灰色がかった石畳が敷かれており、そこから離れさえしなければ迷うこともない。また、僅かながらも段差があるため、小さな草虫グラス・ワームは上がってこないという利点もあった。ミラはがっかりしていたが、今日は移動がメインとなる。余計な戦闘はできるだけ避け、閉門までに辿りつきたかった。

 のだが。


「――何これ……っ」

「沸きのタイミングに綺麗にハマったって感じかな!」

「ミラ、下がれ!」


 人通りもまばらになった、石畳の上には――何故か、多くの草豚グラス・ホッグがひしめいていたのである。一頭ずつ、弓矢でセルヴァが仕留める間にも、距離を詰められる。立て続けに斬撃シュナイデンを駆使し、それらを落としていく。さすがに体が覚えた技は、発動が早い。

 背に神官見習い(ミラ)を庇いながら、前に出ていく。その視界の端から、突撃を仕掛けてくる草豚グラス・ホッグが見えた。ぎりぎりまで引きつけ、半歩下がって突撃の勢いを利用し斬り捨てる。


「すごい……」

戦利品ドロップ、拾っていってくれると助かるんだけど、攻撃には気をつけて!」

「はい!」


 呆然と呟くミラに、セルヴァがいう。そのさなかも弓を引き絞り、射掛けているのはさすがだ。昨日のレベルアップの恩恵の、スキルアップとステータスアップがなかなか効いている。

 二十は越える数に相対しながらも、オレは負ける気がしなかった。HPはじわじわと削られていくが、それを癒す祈りが耳に届く。癒しを受けて、更に前に出る。

 草豚グラス・ホッグが全部肉の塊に変わるまで、それほど時間はかからなかった。

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