転送門
大神殿前の広場には、以前、多くの天幕が張られていた。施療院の寝台が足らず、神官たちが総出で治療にあたっていたのを思い出す。魔族襲来によって失われた幻界の住人の命は戻らないが、その傷跡は人の手によって癒されていく。それを物語るように、医療用の天幕は姿を消し、今は人が行き交うのみだった。特に町の東へ向かう馬車が目立つのは、復興が進んでいる証左と思われる。
転送門広場と地図上に表記された場所――その中央には、その名の通り「転送門」が鎮座していた。台座の上、階段を幾つか上がった先に巨大な石造りの門がある。閉門まで幾らか時間を残して、オレたちはまず、この門を訪れていた。幾度も前を通り過ぎていたのだが、すぐに実用できるとは考えておらず、調べようとも思わなかった。そもそも、最初は自宅へ帰る時で、その次はあの魔族襲来の直後、ミラを大神殿へ運ぶさなかである。それどころではなかったというほうが正しい。
天幕一つない風通しの良い広場は、南門から大通りを歩いているあいだもよく見えた。時折光を帯びていたので、それがおそらく、転送門が使用されている合図だ。
転送門の台座の上り口には、門番と同じく兵が立っていた。ラムスと異なり、それほど愛想がよいわけではないようだ。こちらを一瞥するだけで、口を開くことはない。似たようなことをする旅行者も多いのだろう。まあ、俗にいう観光だ。調査ですらない。
「転送門かぁ……まあ、行動範囲が広くなれば、それだけ移動時間短縮は必須だよね。ログインできる時間にも限界があるし」
弓手が感慨深げに一人頷きながら、階段を上がっていく。
入れ替わるように、反対側の階段を誰かが下りていく姿がちらりと見えた。転送門自体は光らなかったので、自分たちと同じ観光目当てだろうか。
南北に階段があるが、馬車が通れるように東西にはスロープもついている。門とは言っても、肝心の門扉はない。向こう側が完全に見えている。今は南側から昇ったので、反対側には大神殿への大階段が見えていた。
「ミラは使ったこと、ないんだよね?」
「高価いですし、どこにも行くあてなんてありませんから」
弓手の問いかけに、ミラは硬い口調で返事をした。確かに、あの自宅といい、神官見習いという立場といい、ミラにそのようなゆとりがあるはずもない。まして、兄がいるのであれば、なおさらだ。
転送門の門柱には、幻界文字の刻まれた石版が嵌め込まれていた。
――旅立つ者に祝福を。
その文言に口元が緩む。使用方法や金額が書かれている説明書きはないのだろうかと転送門自体を凝視していると、ヘルプ・ウィンドウが開いた。
転送門は、街道沿いの集落ごとに設置されている。ガディードの転送門のみ、最初から使用可能である。その他の転送門に関しては、特別な状況を除き、プレイヤーの誰かが最初に集落の転送門開放クエストをクリアすることにより、プレイヤー全体が当該集落の転送門を使用可能となる。但し、当該集落の転送門開放クエストをクリアしていないプレイヤーの場合、利用料は非常に高価となる。逆に、転送門開放クエストをクリアした者は格安で使用可能である。利用料は距離に応じて異なる――。
ウィンドウの表示だけでなく、滑らかなアナウンスが脳裏に流れていく。
解説が終わると、ウィンドウにスクロールが現れた。指先をフリックすると、次いでガディードの転送門の利用料が表示される。既に誰かが開放済みのようで、ジャンヴィエへは転送が可能のようだった。問題は、対価である。
「たっけー……」
銀貨一枚、とそこには無情に書かれていた。草豚や草羊を相手にできた分だけ昨日の稼ぎよりも今日のほうが多いが、それでも一人分になるかどうかというレベルだ。恐ろしい。
「移動することはできても、向こうの宿代とか食費がどれくらいかかるかわからないし……すっからかんってわけにはいかないよね。
それにしても、もう次の集落に到達して、転送門開放クエストをクリアしちゃってるひとがいる、ってことか……すごいな」
使えない門など、ただの張りぼても同然である。
あっさりと三人は身を翻し、本日の戦利品を換金すべく商店へ急いだ。顔見知りのほうが良いだろうと、今朝と同じ店を目指す。日はオレンジ色に変わりつつあり、夕暮れ時が近かった。
何故か、昨日よりも中古品が増えていた。
そろそろ動き出したという者も多いのか、南門に近いという立地条件もあるだろうが、中古装備に関してだけは品揃えが充実してきているようだった。逆に、HP系の回復薬類はついに底をついている。朝方、すっからかんになっても買っておいて正解だった。ミラに合わせてぬるいレべル上げをしていたのだが、昼食を準備していたこともあって遠出できたので、その分だけ効率はよかった。肉類はカルドに卸すことにして、それ以外を売却する。やはり、大した金額にはならなかった。昨日は拾えなかったが、今日は全部拾っていったこともあり、しかも魔石の質が良いものが多く量もあるのだが……それでも全部で銀一枚である。肉類を売却すればもう少し稼いだことになるが、今これを割るとなれば、やはり装備の新調は厳しい。
そう考えていると、弓手は「お金は三人で割りたいから、小銀貨で下さい」と言い出した。
「ミラだって頑張ってたんだし、頭数に入れないと」
「いえ、あの、わたし……ただ突っついてたり、ちょっと回復したくらいなので……」
「回復薬、一個も使わずに済んだからね。助かったよ」
碧眼が穏やかに笑み、次いで中古装備へと向く。
――なるほど、買ってやれってことか。
弓手の意を汲み、ありがたくミラに三分の一の金額を渡すことにした。一応自身のサポート・キャラクターであることを踏まえて、彼には小銀貨四枚を渡す。苦笑しながら、それでもセルヴァは受け取ってくれた。
中古品、とはいえ、ほぼ新品である。小銀貨三枚で買える、最も攻撃力の高い短剣を選ぼうとしたのだが……なんと、ミラは拒否した。
「お金がもったいないよ。これとか、いいんじゃない?」
小銀貨三枚の革の胸当てを指さす。お金がもったいないという話はどこに消えたんだろうか。しかも、どう見ても。
「これ、男用だろ。でかいんじゃないか?」
「ちょうどいいと思うけど」
ミラは軽々と持ち上げ、オレの身体にあてた。
……そうか、オレのか。
話を理解して、視線を逸らす。
すると、クックッと後ろのほうからセルヴァの堪えきれない笑い声が聞こえた。いっそのこと大声で笑ってほしいものである。
前衛として、確かに守備力を上げておくのは悪いことではない。致命的なダメージを受けなければ、その分戦い続けられる。後ろを守れる。
そう判断し、ミラの小銀貨三枚はMP回復薬に化け、オレの小銀貨三枚はミラの選んだ革の胸当てへと化けたのだった。




