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蓄積


 ミラの協力と、周りが雑魚ばかりなこともあって、様々な条件付けの下に確認してみたところ、直接であれ間接であれ、戦闘に何らかの影響が与えられた場合に、経験値分配の対象となることが判った。

 それは連続性があればよく、例えば、オレが一撃で草虫グラス・ワームを倒し、その次の瞬間にセルヴァが弓で草兎グラス・ラビットを倒しても、それぞれに草虫と草兎の経験値が入るわけではなく、草虫と草兎の合計の経験値を二で割った値が入る。ミラが草虫を攻撃し、オレが追撃に入り、別の一匹をセルヴァが倒すと、二匹分の草虫の経験値が三人に分配され、最も貢献度の高い者にはボーナスが上積みされる。試しに草豚グラス・ホッグをセルヴァとふたりで倒し、互いに草豚の経験値が半々入ったのを確認したあと、草豚から受けた傷を癒してもらうと、ボーナスという形で草豚の経験値の半分の数値がミラにも入った。

 ミラの神術は消費MP量の調整ができる。厳密に言えば、望む結果に対してどれだけのMPを捧げるかという神術の仕組みのようだが、とにかく、ほんの少ししか回復しない程度の神術を使用するだけでも、ボーナス経験値は受け取れる。徒歩でもMPは自動回復していくので、草豚以上の魔物が出た場合には、ボーナス目当てに回復してもらうことにした。草虫レベルならミラが目を輝かせて突撃し始めたので、ファーストアタックは相変わらず任せている。

 システムログを見ながらの実験結果は良好だった。


「このやり方なら、ミラもガンガンレベル上げられるな」

「うんうん、効率って大事だよね」


 セルヴァも理系なのか、このようなシステムの確認作業は楽しいようだ。

 一方で、宙に指先を走らせてはセルヴァと相談し、地道にあれやれこれやれと指示されまくりのミラは、やや疲れを見せ始めていた。もっとも、ステータスバーとしては問題ない数値である。


「魔物を倒すのに効率なんて……」

「でも、レベル上がるのうれしいだろ?」

「う」


 既にその「効率」の恩恵を受け、レベル八にまで上がっているミラである。ボーナス値が美味しすぎる。そして、昨日よりもややレベルアップのスピードが速い気がした。神官職故かもしれない。前衛職とは異なり、それだけ経験値を得るタイミングが少ないと判断され、優遇されている可能性がある。

 そういう自分たちも、レベル十二にまで上がっていた。南門から離れたのがよかったようで、そこそこの数はこなしている。草豚グラス・ホッグ草羊グラス・ペコラも見られるようになり、戦利品ドロップの肉類も充実してきた。


 天頂から、陽が傾き始める。疲労度と空腹度が黄色に染まりかかったところで、休憩を取った。

 街道には時折NPCだけではなく、馬車も走る。石畳の上のほうが楽とはいえ、いきなり跳ねられるのはいただけない。街道沿いの草地に平らな岩があったので、そこをテーブル代わりにすることにした。見晴らしがよいので、何かが沸いてもすぐに対処できる。


「僕までご相伴に与るなんて、申し訳ないね」

「じゃあ、昼食代払うか?」

「シリウス!」


 平らなパンに肉野菜炒めが挟んである、サンドウィッチのようなハンバーガーのような代物を手に、セルヴァが少しも申し訳なさそうではない顔で言う。おなかが空いている時に美味しそうなものが目の前にあれば、誰でもうれしくなるものだろう。自分自身も自腹なわけではないが、気にするならと口にすれば、ミラのほうから叱責が飛んできた。


「PTなんだから、一緒にごはん食べるのあたりまえでしょ。意地悪言わないの!

 どうぞ遠慮なく、召し上がって下さいね。あ、わたしが作ったものじゃないけど……」


 肩を竦めて、「いただきます」と食べ始める。普通に呼べるようになったようで何よりだが、何故かそれにも違和感がある。複雑だな、と我ながら情けない気持ちになりつつ、もう一口頬張った。

 ゲームの世界のくせに、ちゃんと喉の渇きもある。喉が渇いたところで、脱水症状を起こすわけではないようだが、やはり水を飲むと楽になる気がした。カルドのサービスなのか、ランチセットに水筒までつけてくれていて、有難い限りである。竹筒のようで、竹っぽくない木製の水筒は三本入っており、この後も再利用できそうだった。


 また一台、馬車が走る。ガディードに向かうもので、何かの大袋を大量に積んでいた。小麦粉だろうか。とそれを見送っていると、セルヴァが口を開いた。


「基本、平和なところだよね、ここ」

「……だよなあ」


 魔族の襲来はさておけば、人里近くにはノンアクティブな魔物が徘徊する程度だ。森に入れば森小鬼フォレスト・ゴブリンの集落程度はありそうだが、互いに棲み分けをしてしまえば、関わることも少ないのではないかと思われた。


「やっぱり、魔族退治が最終目的なのかな?」

「この前、もうあっさりぶち倒してたやついたけどな」


 セルヴァが気になっている部分は、自身の懸念とかぶる。

 RPGロール・プレイング・ゲームでありきたりなものは、まず魔物を倒して経験値を稼ぎ、行動範囲を広げ、強敵を倒すという筋書きだ。なので、MMORPGでは次から次へとバージョンアップごとにボスモンスターが増え、この世界って何人魔王がいるんだよ状態になる。最初のころに出るボスモンスターがそもそも三下扱いで、徐々に位階が上がっていくのがセオリーだ。

 ボスモンスターが、チュートリアル中に出てきてプレイヤーをいたぶり、NPCを殺す。これもまたよくあることだ。特筆すべきことなどない。問題は……そのチュートリアル中に、ボスではなかったのだろうかと思しき魔族を、どことも知れないプレイヤーが倒してしまった現状にある。


「まあ……他にもいるって話だから、あれでオシマイってことはないよね」

「だろうな。それと、運営も織り込み済みっていう可能性もあるだろ」


 勇者・英雄という役割を意図的に運営がプレイヤーの誰かに与え、ボス討伐をチュートリアル中のイベントにした可能性だ。だが、自分で言っておきながら、その可能性は否定したかった。運次第の結果であろうとも、努力とは無縁のところでスタートラインが異なれば、不平不満は募る。実際、サポートキャラクターを生存させたかどうかだけでも、これほど狩りの効率は違うのだから。

 視線を向けた先で、ミラはようやく、食事を食べ終えていた。パンは少し大きめだったので、食べにくかったようだ。水筒を傾けて喉を潤している。その動作を眺めていると、視線が合った。


「シリウスは……ガディードから離れるの?」


 それまで食事故の沈黙を続けていただけだったらしい。そのミラの問いかけに、オレ自身も訊き返したくなった。


「いつかはそうなるんだろうけど……付いてくるのか?」

「うん。もう大神殿には、修行の旅に出ますって申請しちゃったし」

「はあ?」

「だから、へーき」


 あっけらかんと告げられた事実に、唖然とした。

 神官見習いが、そうそう簡単に大神殿を離れていいものなのだろうか。(オレ)から離れないとは言っていたが、せいぜいガディードの中にいるあいだ、初心者ルーキーのうちは追いかけられる程度だろうと思っていたのに。

 いや、そもそも、修行の旅に出た神官見習いが同じ町の宿で給仕をしていたら破門されないか?

 そんな心配をよそに、ミラはにこやかに口を開いた。


「行くなら、次はジャンヴィエだよね。あそこにも転送門あるし」

「転送門?」


 ガディードの地図マップを開いた時、どこかに載っていた名前である。ワープポイントとは思っていたが、それが最初から使えるとも思わなかったので、気にしていなかった。


「うん、転送門を使えば、どれだけ遠い場所でも一瞬でたどり着けるんだって。すっごくお金かかるから、お金持ちしか使えないんだけどね。その集落の長に認めてもらえたら、破格で利用できるって聞いたことあるよ」


 ジャンヴィエ、ということばに、セルヴァの手が宙を舞う。

 同じように地図マップを開き、拡大していく。ガディードの西、街道的に言えば次の集落の名前だ。


「なるほど、クエストだな」

「うん、クエストだね」


 セルヴァとまなざしを交錯させ、頷き合う。そして、草地から立ち上がり、埃を払った。


「よし、とっとと戻って旅支度しようぜ。ミラがこのタイミングで言ったってことは、他の面子もきっと、同じように情報を得たってことになるからな」

「急ごうか」


 サポートキャラクターの発言は重要である。口にした本人はまさかこれほどふたりに影響を与えることになるとは思わず、不思議そうに瞬きをしていた。


「ほら、行くぞ」

「あ、うん!」


 あわてて食事の包みを片づけ、道具袋インベントリに仕舞う。水筒は個人で持つことにして、オレたちはその場を離れた。時計を見る。ここから一時間でどれほど歩けるか、確認しなければならない。

 そうして明日の旅路を思い、オレは口元を緩めたのだった。

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