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レベルアップ


 また一体、振るった長剣ブロードソードは難なく草兎グラス・ラビットを切り裂いた。HPが零となり、小さな魔物は砕け散る。

 未だに門前の草地には旅行者プレイヤーが多い。ミラのおかげで昼食の用意もあるため、少し離れたところで狩りをすることにして、オレたちは街道を南へ進んでいる。まだ低レベル帯であることと、VR故に安全を優先する者も多いようで、小一時間も歩き続けると人影がだいぶ少なくなった。その分、草兎グラス・ラビット草虫グラス・ワーム、時折|草豚(グラス・ホッグ)も沸くようになり、道行きでは索敵せずとも穏やかな狩りが続いている。


「このくらいだと、もうレベル上げにならないな」


 抜き身のままの剣を、肩に担ぐ。草虫グラス・ワームを同じように一矢で倒した弓手セルヴァも、戦利品ドロップを拾い上げながら頷いた。


「そうだねー。森が騒がしいっていう話だから……そっちのほうが沸きがいいのかもしれないね。人手があるなら行ってもいいんだけど」


 意外と好戦的な意見である。昨日の戦利品ドロップと経験値の旨みを思い出せば、あの森小鬼フォレスト・ゴブリンラッシュも悪くないのだが、今は三人しかいない。しかも、うち一人は攻撃力ゼロである。数の暴力で押し負けること請け合いだ。弓手セルヴァも難しいということはわかっているようで、ちらりとミラを見て、とりあえず顔色を窺っていた。

 当の神官見習いは、法杖を強く握りしめたまま、真剣な表情をしてひたすらついてくるだけだ。最早危ないことなど何もない雑魚相手にも関わらず、気合いが入りまくっている。これはあれだ。


「そんなに力入れるなよ。疲れるぞ」

「う、うん」


 まさかの初陣らしい。

 ガディードの外に出たこともない箱入りかと訊けばそうではないようで、魔族がこれほど台頭してくるまでは兄と共に野山を駆け回っていたそうだ。その際にも彼女の兄が拾った棒で小さな魔物を狩ったり、ふたりで木の実を拾ったりして家計を助けていたとか。

 ちなみに、兄とはシリウス(オレ)のことだ。いつもながら、身に覚えがない思い出話である。

 周囲を見回していたセルヴァが、ふと尋ねた。


「魔族かー……どこかに国とかあるの?」

「わかりません。ある日いきなり攻めてきて、焼き払ったり壊したりしたら立ち去るのを繰り返しています。いつも単独行動で、それも同じ魔族とは限らないので、一体倒せば終わるわけでもなくて……」


 話からすると、先日のように魔族を倒せることもあるようだ。常に一方的な防戦というわけではないという点に、救いがある気がするが……魔族を倒せる人材を各集落が確保できなければ、いきなり詰む。ガディードだけは大神殿の存在により常に人材を供給できる立場にあり、安定しているということはわかるが、正直、旅行者プレイヤーに何をさせたいのかがわからない。とりあえずレベル上げをして次の町へ、が定番だが、今の話では安易に他の集落に行くことも危険すぎる。自分たちだけであれば「死んでも神殿戻り」で済むのだが、今は違うからだ。


草豚グラス・ホッグくらいでしたら、町の者でも狩れますので大丈夫なんですが、森小鬼フォレスト・ゴブリン森狼フォレスト・ウルフが群れで襲いかかってくると、太刀打ちできません。ですから、『命の神の祝福を受けし者』となることは誉れであると……言い伝えられているんです」


 ミラの漆黒のまなざしが、こちらを向く。

 ある意味ミラは、自分()を奪われた被害者、とも言える。プレイヤーたる自分がいなければ、シリウスもミラも存在していなかった可能性が高いので、自分がいなければ彼女たちがしあわせに暮らせたという仮定は虚しい。逆に、自分がいなければ、ミラが兄を失う(こんな)目に遭わなかった可能性のほうは否定できなかった。最初から何もなければ、何を感じることもない。ただ、それがしあわせだとは……まだ、思えなかった。

 視線を逸らした先で、また一匹、草虫グラス・ワームを見つけた。もぞもぞ動く様子に、ミラを振り向く。


「やってみるか?」

「え?」

「その法杖でも、どつくことくらいできるだろ?」


 草虫はノンアクティブだ。こちらから攻撃するまでは攻撃してこない。ミラの攻撃では一撃で落とすことはできないが、オレが追撃すれば、草虫が反撃するより早く倒せる。


「命の神に仕える神官って、命奪っちゃダメとかあるの?」

「それ、ごはん食べられなくなりますから……」


 宗教的なことを気遣った弓手のことばだったが、苦笑してミラはかぶりを横に振った。

 確かにその通りだ。命あるものは何も動物に限らない。


「合わせるから、やってみろよ」

「うーん……でも、法杖はやっぱり、祈りに使うものだから」

「じゃあこっちで」


 血で汚したくない、というニュアンスを受け取り、初心者用の短剣を出す。杖をベルトに挟み、ミラはそれを受け取った。自分には少し小さめだったが、彼女にはちょうど良さそうだ。両手で柄を握り締めている。

 ミラは短剣を振りかぶった。そして、こちらに視線を向ける。長剣を構え、頷く。


「――っ!」


 フォームも何もあったものではない。ただ振り下ろすだけだ。

 それでも、刀身は草虫に食い込んだ。カシュカシュという不可思議な悲鳴が上がり、繊毛のような牙をもつ口がミラを狙う。その口に、長剣を食わせてやった。あっさりと草虫は砕け散る。


 ピロリロリン♪


 今日初めての、軽快なメロディが鳴る。

 ミラのレベルアップだ。ステータスバーにくっついている数字が、レベル二を示していた。


「レベルアップ、おめでとう!」

「おめでとう」


 うれしそうなセルヴァの声に合わせて、祝福する。

 ミラは驚いた顔をしていたが、自身でもステータスが確認できたのだろう。ようやく実感できたのか、破顔した。


「ありがとう、ございます……!」

「祈らないで済むあいだは、そうやって戦っててもいいかもな。それ、やるよ」


 ベルトから鞘を外し、差し出す。礼を繰り返して、ミラはそれを自身のベルトにつける。


「それにしても、レベル上がるの遅かったね。単に組んでるだけじゃダメってことかなあ」


 今までミラはただついてきているだけだった。治癒が必要な場面もなく、神官見習いとしては当然だと思う。特に不満もないのだが、こうして直接攻撃をすればすぐに上がるところを見ると、どうやらPTの経験値配分に戦闘への何らかの関与が必要なようだ。


「となると、支援職少なくなりそうだな」


 ここまでのミラのように攻撃を選ばなければ、雑魚相手では戦闘に参加できない。それでは、レベル上げにも支障が出てしまう。ただ、自分やセルヴァが単独で一体を倒しても、経験値はそれぞれに分配されていた。となれば、他にも条件がある。そのシステムを理解すれば、支援職も経験値を得られやすくなるだろう。


「ちょっと経験値がそっちにも入るやり方、調べたいんだけど……イヤじゃないなら、少しこれでやってみていいか?」

「うん、大丈夫」


 自分でも役に立てる、ということがうれしいようで、ミラは短剣を握り直した。そして、率先して草虫を見つけ、オレに声を掛けてはほぼ同時に攻撃を繰り返す。それが十回を越えた時、またミラのレベルがあがった。また祝福と礼が飛び交い、そして。


「ふふ、草虫グラス・ワームなら任せて!」


 ミラは草虫の体液で光る短剣を持ち、気合いを入れて声を上げた。目の色が違う。敵を倒すという行為がそのまま自信につながったようだ。オレはまた一つ、小さな魔石を拾う。


 ――あれだけ喜ぶなら、もっといい短剣、買ってもいいかもな。


 そんな思考が生まれるほど、彼女がそこにいることを受け入れていた。

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