売却と購入
「あら、もう出るの? 今夜も働く?」
食事を終え、リリからミラの報酬である昼食セットも受け取ると、言葉少なに三人は立ち上がった。
そして、鍵を返して宿を出る旨をカルドに伝えたのだが……戻る前提の問いかけに、オレは思わず背後を振り向いた。セルヴァもミラも、そこまで考えていなかったと言わんばかりに互いを見る。
よって、素直に答えた。
「とりあえず、戦利品換金して……それから、ちょっとまた外に出るよ。ガディードで宿取るならここにするから、その時はよろしく。あ、でも働くのはナシで」
昨日の稼ぎだけでも、宿代と食費にはなるはずだ。疲れが残った状態でクエストなどやってられない。まして、ミラは神官職である。MPの回復速度にも影響が出る可能性があると思えば、念押しが必要だった。背後を気にするように言えば、カルドは愛想よく了承してくれた。
「いいわよー。宿として使ってくれるだけでもありがたいんだから。
あ、そうそう。外行くなら、お肉とか木の実とか、戦利品で出たら持ってきて。商店よりは高く買い取るわよ」
「あー……これとか?」
すぐに思い至る物があった。草豚の肉である。
道具袋を漁り、受付へ二つの肉の塊を置く。「まぁっ!」と驚く口調だけが相変わらず女性めいている。
「何でこれ昨日出さなかったの!? 夕食に使ってあげたのに……」
「ここで引き取ってくれるとは思わなかったんだよ」
カルドは文句を言いながらも、何と大銅貨二枚で引き取ってくれた。昨日食堂で働いているあいだも、ずっと銅で金銭のやりとりをしていたので、いきなり金持ちになった気分だ。余程うれしいのか、次も手に入れたら宿に売ることをカルドに約束させられた。
「ふふ、気をつけてね」
「いってらっしゃい」
いつのまにやら、食堂中を歩き回っていたはずのリリまでが受付に来ていた。帰ることを見越してのことばに、口元が緩む。
「行ってきます」
「僕も食料系はここで引き取ってもらおう……」
小さく手を振るミラのとなりで、うらやましげにセルヴァが言う。
踵を返し、宿を出ながら話を聞くと、商店での売却価格は本当に安いそうだ。肉二つで大銅貨一枚程度らしい。カルドは将来性も踏まえて、良い値段で買ってくれたのだろう。その他の小さな魔石も、一つ銅一枚だそうだ。
「森小鬼の爪が銅二枚だからね。マージンどれだけ取られてるんだか」
肩を竦める弓手を見ながら、首を傾げた。肉や木の実は食用と判断できるが、森小鬼の爪の利用方法のほうがわからない。
「何に使うんだ? あんなの」
「魔石はそのまま燃料にしちゃう場合もあるけど、術式の触媒として使うなら合成が必要だし……魔物の戦利品って何がしかの素材になるんだけど、同じように数が要るから買い取り価格が安いの」
またもや「何にも覚えてないのね」的まなざしを向けられつつ、ミラの話を聞く。初耳なのだから仕方ないではないか。久々のサポートキャラクターらしい発言に、ふむふむなるほどと素直に頷いた。
「まあ、最初の町だし、レベルだってまだ低いんだから仕方ないよね」
弓手は苦笑しつつ、先に立つ。昨日世話になった商店へ、案内してくれるようだ。二の鐘が近いこともあり、道端には多くの旅行者も、幻界の住民も行き交っている。足早に進むと、思ったより近くにその店はあった。大通り沿いにあり、軒先に看板が出ている。
「昨日、閉門前に分かれてここにきてさ、ホント並んだよ……」
今は並んでいる者どころか、店内にも客の姿はない。何故か棚のほうには空きがいくつも見えるのに、店の主が座る前のあたり……言うなればレジ近くは、服が吊られていたり、武器が並んでいたりと賑やかになっていた。
「いらっしゃい。早いね、お客さん」
「おはようございます、ラメットさん」
レジカウンターの上で複数の魔石を転がしたまま、店主はこちらを見た。セルヴァのあいさつに彼の顔を見つめ……思い出したように笑う。
「ああ、あんた、昨日来てたよなあ。毎度!」
「今日は友人が売却に来たんですよ。昨日は来られなかったので」
「へえ、そりゃあ……残念かもなあ」
「かも」どころか、心底残念と言ったように、ラメットの声は響いた。しかし、すぐにカウンターの上の戦利品を皮袋に詰めなおし、場所を空ける。
「何かあったんですか?」
「あんた、神官ならわかるだろ? 昨日やけに外に出るやつが多くて、このあたりの商店はみぃんな鑑定にてんてこまいだったんだよ。その買い取り分がたっぷりあるから、今日、同じものは少し買い取り価格を下げねえと……他に流せなくなりそうでね」
ミラの問いかけに、店主は彼女の服装を見て答えた。実際には、ミラは昨日街の外へ出ていないのだが、サポートキャラクターの神官職が旅行者と連れ立って動いているという例がほかにもあるのだろう。そもそも、街の南側は無傷のため、東側の襲撃による直接的な被害よりも旅行者の動きのほうが目立つようだ。
昨夜、セルヴァも戻るのが遅かった。この値動きは予測するべきだったと反省する。
店主の話を聞きながら嘆息しつつ、シリウスは買い取ってほしいものをカウンターに並べた。
「何か食べられるものはありそうかね?」
「いや、もう売った」
「そりゃ惜しいな」
逆に、襲撃があったために食堂やら露店で食事を摂る者が増え、食料の需要は高まっているという。よって、今後は食料系の戦利品が値上がりするだろうと言われた。試しに草豚の肉について尋ねてみたが、一つ銅貨六枚と言う。やはり食料系の買い取り価格はカルドのほうが高い。次回以降もカルドに売却しようと心に決めた。
「そうさなあ……いいとこ小銀貨一枚ってとこかな」
視界にウィンドウが開き、個別の評価額と計が現れる。『あー、やっぱり低いねー』と残念そうにセルヴァがPTチャットで呟いた。ほぼ同じ量を売却したはずの弓手は、小銀貨一枚に大銅貨が一枚ついたそうだ。最も、肉代込みなので、結果はそれほど変わらない。
――同一PTの場合、売却に関する情報も共有されるのか。
仕様を把握しつつ、売却するかどうかの選択肢をタップする。当然、売る。
「ポーション、品薄なんですか?」
「ああ、商売繁盛なのはありがたいが、そっちも値上がりしそうだなあ」
「シリウス、少し買っとくほうがいいよ」
空きの多い棚が、その回復薬の棚のようだった。相当買い漁られていて、在庫が殆どない。促進薬のほうが安く、即効性のある回復薬は倍の値段だ。それでもHP回復促進薬でさえ一本、銅貨六枚もする。何故かMP回復促進薬も同じ価格で、首を傾げた。しかも、そちらのほうは……殆ど残っている。品薄なのは疲労度とHP回復系のようだ。
「MPを活用する職が少ないってことか?」
「そういえば、魔術師とか見なかったね」
確かに、セルヴァの言う通りだった。魔術師という職を見かけなかった。ついでに言うなら、神官もである。皆、手に武器を取り、切ったり突いたり射たりしていたのだ。斬撃ではMPは殆ど消費しない。疲労度の蓄積のほうが厳しいほどだ。技名と、術式の違いだろう。
神官見習いであるミラへ視線を向け、回復神術について訊こうとして……やめた。
思い出せたのだ。昨日の朝まで、ひたすら使いまくっていたではないか。自身のMPを意識しての調整も、見事だった。
よって、HPとMP回復促進薬をそれぞれ三本ずつ、そしてHP回復薬は一本購入し、HP回復促進薬以外はすべて、いざというときのためにミラに持たせた。
とてもうれしそうに、ミラは微笑んだ。
「……大事に使うね」
「いや、構わないからMP切れる前に使えよ」
ポーションを大事にされて、命を粗末にしていては本末転倒過ぎる。一応、ミラも道具袋を持っているようで、そちらに片づけていた。
これで殆どの現金を使い切った。この状況ではなかなか装備まで行き着かないなと思いつつ、カウンター前へ視線を巡らせる。例の襲撃イベントでの戦利品だろう。杖や、鎧などの防具が目立つ。
「安いんだけど、必要かどうかって言われると怪しいよね」
「だな」
ついている値札を見ても、小銀貨程度で立派な装備が買えてしまうのだ。しかし、長剣がある以上、余分な装備を購入して回復をおろそかにするほうが怖い。ポーションを使わなくても、そこそこ戦い続けられるようになれば、自然と金銭も貯まるだろう。
ここは、あきらめるほうが賢明である。
「魔族の襲来で、森が騒がしくなってるらしいからな。狩るならほどほどにがんばれよ」
ラメットの注意を受け、それで森小鬼があれだけ沸いたのかと気づいた。その忠告は、昨日のうちに聞きたかった……。
苦笑する弓手も同じことを考えたようだ。礼を言い、商店を後にする。
すると、先に店から出ていたミラが、やけに強く、法杖を握り締めて空に掲げていた。大神殿が見える方角だ。法杖が少し光を帯びている様子に、祈りと悟る。
法杖を下ろした妹に、何事かと尋ねる。
「どうした?」
「ん……無事、戻ってこられますようにって」
命の聖印を刻みながら、彼女は寂しげに応えた。
それが誰の身を案じてのことなのか、分かっていたはずなのに。
この時オレはただ、「そうか」としか相槌を打てなかった。




