サポートキャラクター
疲労度が濃い橙から殆ど赤にまで近づいている。本当に疲れたなあと、数値的にも感じてしまう。
夜も更け、多くの客が捌けたころ、ようやく仕事をあがって夕食である。仕事前にパンを一つ食べたきりだったので、空腹度もかなり減少していた。疲労度と空腹度は、ある一定のラインからは相乗効果で減少が早くなるようだ。気をつけなければならない。
同じくとは言わないが、日中の戦闘で疲れているだろうにセルヴァもまだ起きていた。というよりも、半分寝ているのではなかろうか、頭が船を漕いでいる。黙って同じテーブルにつくと、その頭がビクンと跳ねた。
「――お疲れ様?」
「ああ」
口元を拭う仕草に、かなりマジ寝だったと知る。いただきます、と手を合わせていると、同じく夕食を持ったミラが寄ってきた。
「……一緒に食べてもいい?」
もともと座っていたセルヴァにではなく、オレに訊く。
一日が長すぎたので、心底どうでもよかった。できればイラつきたくないので、どこかに行ってほしいとは思うが、それを言えばまた長くなる。返事をするのも面倒で、ちらりと隣を見た。
既に食堂内をちょこまかと動き回り、オレよりも料理を上手に運んでいるミラである。事情は察してくれたのか、セルヴァはあっさりと頷いた。
「どうぞどうぞ。そっか、シリウスは妹だったんだね。助かる道もあったのか……」
そのことばが引っかかった。
「セルヴァは違ったのか?」
「弟だったよ。昨夜、死んじゃったけどね」
苦笑交じりではあったがいともあっさりと言い放たれ、ミラの表情が変わる。そして胸の前で指先を交差させ、何かぼそぼそと祈りを捧げていた。鎮魂だろう。
NPCに聞かせていい話だろうか。
いや、逆に、これから先、NPCとどのように関わっていけばいいのか、指標になる。
ミラを試すことに決めて、セルヴァへ問いかけを重ねた。
「他の家族は?」
「いなかった。家はあったんだけど、あの戦闘で全壊。たぶん、ほとんどみんなそうじゃない?」
確かに、東側の街壁のあたりには、まともに家が残っていなかった。プレイヤーのチュートリアルにはランダム要素があるようだが、基本的な路線は同じらしい。
「弟は家の下敷きになっちゃって、ダメだった。
まあ、奇跡の生還って感じで僕は無傷でね。瓦礫から這い出たら、白い髪のひとが魔族と戦ってたのは見えたよ」
「白い髪?」
夜とは言え、闇に慣れた目は白い影を映す。長い、白い髪は印象的だったが、それ以外はわからなかったとセルヴァは答えた。
いくつもの魔法が打ち出され、爆破が起こり……気が付けば倒されていたという。
プレイヤー? それとも、勇者とか英雄の類のNPC?
チュートリアルイベントでの討伐ができるなど、普通ではない。あの時、こちらの装備は初心者用の短剣だけだった。
ミラは痛ましい表情で、セルヴァを見ている。
「冷めるよ?」
セルヴァに促され、飛んでいきそうな意識を呼び戻す。
改めて口にした食事はあたたかく、美味しかった。匙の運びが自然と早くなる。ミラもまた、こちらを気にしながらも食事を始めていた。どこか甘い野菜がたくさん入ったとろみのある緑色のスープは、舌触りにジャガイモのようなざらざら感があった。パンはもう冷えていて、少し乾燥しているのか堅かったので、スープに浸しながら食べる。味がちゃんとついていて、しかも濃いめだったので、疲れた体にちょうどよかった。
「で、一緒に行くの?」
ちょっとパンを多く頬張りすぎたと思いつつ、水を飲んでいると、いきなり軽いジャブが来た。
口に食べ物が入っている時に、おしゃべりをしてはいけませんという母親の教えに従い、冷たいまなざしで応える。しかし、ミラは勝手に返事をしていた。
「そのつもりです」
「そっか」
何が「そっか」だ!
羨ましげに聞こえる声音に、自然と視線が更に冷たくなる。セルヴァはそれを見返すと、甘い容貌を針のように尖らせた。
「僕の弟は、もういないからね」
途端、複雑な心境に耐えられず、口から謝罪が漏れた。
「ごめん」
「いや? 言ってみたかっただけ」
かなり真剣に謝ったのだが、相手は悪戯っぽく笑って切り返した。個人的な感情で無神経なことをしたと自覚している。大人の対応だなあと感心しながら、もう一度かぶりを振った。
「悪かった、気をつける」
「いいって。それより、妹さんの職種、回復職?」
「神官見習いです」
「大当たりじゃないか!」
まるでガチャでSSRを引いたかのように、喜んでいる。
回復職ってそんなに珍しいのだろうか。神殿にはうじゃうじゃいた気がするが、サポートキャラクターに限定するとそれほどいないのかもしれない。
「とりあえず、明日はもうちょっとレベル上げする? その前に、あれだね。商店で戦利品処分、かな」
「ああ」
セルヴァの提案に頷くと、服の裾を引かれた。ミラが揺れるまなざしでこちらを見ている。不安げにも見えるその様子に、胸が痛む。
「わたしも行く」
もう勝手にしろと、まだ言えなかった。
小さく息をつき、食事を続ける。いつのまにか料理が冷めていて、緑色のスープの舌触りが油めいて感じられた。
「そうだね、一緒に行こう。ミラがいるなら、MP回復薬とかもあったほうがいいかもね。ポーション類、結構高かったから、お財布と相談しないと」
セルヴァが愛想よく相手をしてくれる。正当な回復職NPCを活かす提案に、ひとつ頷いた。その同意に、ミラの表情が明るくなる。疲れた体と頭が、拒絶ではなく、素直に気持ちをうれしくさせて……驚いた。
「あら、まだ食べてるの? 疲れてるんだから、早く休みなさい。
ミラちゃんはシリウスのとなりの部屋を使ってね」
サービスだと手早く香草茶を並べ、カルドはミラに鍵を手渡してテーブルから離れていく。
カップが三つあるのは、本当に気の利いたことだ。口の中の油っぽさを流し込んでくれるあたたかさに、ほっとする。
セルヴァもうれしそうにカップを傾け、一息に飲み干した。そして、椅子から立ち上がり、背伸びをする。
「とりあえず、また明日ってことにしようか」
「ああ、開門の鐘あたりには起きる」
「睡眠ついでにいったんログアウトするといいよ。二十分くらいは休憩できるから。タイミング合わなかったら連絡して」
手の中の鍵を弄ぶように鳴らし、彼は微笑んだ。
すると、ミラも微笑みを返す。
「おやすみなさい」
「うん、おやすみー」
お互いに他意はない。
そうわかっていても、どこかふたりが仲良く見えて、気に入らなかった。
これが兄心というものなのだろうか。
パンの最後のひとかけらを口に放り込み、香草茶で飲み下す。
「片づけちゃうね」
手際よく、ミラがテーブルの空の食器を重ね、盆に置く。それを横取りすると、不思議そうにこちらを見上げてきた。
「運んでおくから」
「――ありがとう。じゃあ、おやすみなさい」
先ほどと同じように微笑んで挨拶を口にし、ミラは階段のほうへ足を向ける。
回復職のNPCは便利だ。
そう割り切れたら楽なのに――割り切れよ。
眠気を飛ばすように頭を振り、オレは盆を手に取った。
三つのカップのうち、一つの縁が少し欠けているのに気付く。カルドに伝えなければ。この世界では、この程度のものなら使うのだろうか、それとも、捨ててしまうのだろうか。
些細な疑問が自分を異質であると思い知らせる。
幻界で生きることが、今はまだ少し難しく感じた。




