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発見


 カルドは意地の悪い雇い主ではなかった。ただ、決して甘い雇い主でもなかった。シリウス自身も気をつけているのだが、それでもテーブルの間を行き来していれば、対角線の反対側まで目が行き届かない。一方で、自分の店だからか、たとえ入り口近くの受付にいても、最奥のテーブルの状況までカルドは把握していた。


「シリウス、奥のテーブル空いたわよ!」

「わかった」


 アルバイトらしいアルバイトはしたことがない。最初、「あのテーブルにこの料理を持っていく」というだけのことでも、盆に載った料理を落としそうで、ゆっくり運んでいたら客に笑われた。リリからも「飲み物を運ぶのと、片づけのほうお願い」と言われたほどで、空いているテーブルや、ファミレスっぽく空いている皿を片づけるついでに追加注文の有無を訊く仕事に回った。記憶力には割と自信がある。ここでは伝票というものがないので、とりあえずメニューは全部覚えておいた。代金は商品との受け渡しと同時となる。商品と金銭を引き換えたら、できるだけ早く受付のカルドへと渡すことと言われていた。このやり方だと抜き取りもありそうだが、と心配したところで、新顔は自分以外いなかった。こんなところで犯罪者イエロー・プレイヤーになっている場合ではない。まだクローズドβは始まったばかりなのだ。

 盆の上に食器を片づけ、テーブルを拭く。台拭きを返して葡萄酒の染みを強く擦る。

 と。


「忙しそうだね」

「……ああ、まあな」


 こちらは夕食時の食堂という戦場で戦っているにも関わらず、呑気に現れた美貌の弓手に多少愛想がなくなるのは仕方がないというものだろう。今片づけ終わったばかりの席に、彼は椅子を引いて座った。


「あー、おなかすいたなあ」

「ご注文は?」

「――何だか、慣れてるね」

「閉門からやってたら、そりゃ慣れるだろ。わかった、おすすめなら何でもいいんだな?」

「えーっと、あと、麦酒……」

「了解」


 結局注文などろくに聞いてやらず、厨房に麦酒のつまみになりそうなものと、多少腹が膨れそうなものを言う。注文を受けた回数が多いメニューで、パッと見はモツの煮込みっぽいものと薄いパンのついた肉野菜炒めである。


「ヴィーシェラのプルメイントゥム、ルプレとレギュームのコクトゥラを一つずつ」

「あいよ」


 舌を噛みそうなネーミングである。

 厨房を取り仕切る料理人が、短く返事をする。それを聞きながら、樽から木製のジョッキへ麦酒を注ぐ。多少泡だらけになったが、セルヴァだからいいだろう。


「ほら、銅三枚」

「はい」


 きっちり、道具袋インベントリから銅三枚を出し、セルヴァは麦酒のジョッキと引き換えに支払った。未だに無一文の自分と比べて、どこか余裕である。


「そこそこ金銭カネになったのか? あの戦利品ドロップ

「うーん……まだ貨幣価値がよくわからないんだけど、たぶん?」


 セルヴァの場合、昨夜の戦闘イベントで手に入れた盾を売却したことで、かなり懐に余裕ができたらしい。盾よりは弓がいいということで、商店で買い替えたそうだ。その上に、今回の戦利品ドロップを売却したので、宿代と食費程度しか生活費がかからないとすれば、一週間は何もしなくても生活できるという。ブルジョワめ。

 どこかの王子然とした余裕の笑みで、似合わない木製のジョッキを傾ける。が、すぐに口からジョッキを離した。口元に白いちょびひげの泡をつけ、文句を言う。


「うわ、ぬるいし、これ泡ばっかりじゃないか!」

「慣れてないからな。鋭意努力中だ」


 未成年者には慣れようがない話である。

 もっとも、幻界ヴェルト・ラーイでは年齢に関係なく飲酒可能のようだ。本体には影響が出ないためだろうとは思うが、今のうちにどれだけ自分が酒に強いか、試してみたい気もする。


「シリウスー」

「っと、仕事仕事」

「ちょっと待って」


 厨房から呼ばれたのでテーブルから離れようとすると、視界にウィンドウが開いた。


『セルヴァからのフレンド要請が届いています。フレンドになりますか? はい いいえ』


 どのオンラインゲームでも、同じゲームを楽しむ間柄に知り合いがいれば攻略は有利に運ぶ。顔見知り程度であろうが親友であろうが、その登録についてはだいたい「フレンド」と相場が決まっている。どうやら、幻界におけるフレンド要請はPT申請と手順は同じだが、フレンドリストにその名とIDが記載され、ログイン、ログアウト中の表示がつくらしい。説明文にはフレンドチャットの利用も可能になるとあった。


「さっき忘れてたから」


 にっこりと微笑んだあと、セルヴァは散々文句を言っていたジョッキを再度傾けた。眉をしかめたところを見ると、やはりあまり美味しくないらしい。

 森小鬼フォレスト・ゴブリンとやりあった時にも、幻界におけるPTの重要性……誰かとの共闘の大切さは痛感していたが、セルヴァもまた同じように受け止めていたようだ。

 はい、へ拳をたたきつけると、『セルヴァとフレンドになりました』という表記にウィンドウが変わる。


「よろしくな」

「こちらこそ」


 じゃあ、仕事がんばって。

 ひらひらと手を振るセルヴァを背に、厨房へ急ぐ。飲み物の注文だろうかとカウンターの裏側へ行けば、料理人はくいっと顎で裏口を指した。


「あんたに客だよ」

「客?」


 セルヴァなら、食堂に……と視線を巡らせると、そこには白の神官服をまとった少女がいた。息を切らせた様子で、こちらを見つけた目が嬉しそうに細くなった。

 思いにもよらない登場に、ひっと喉が空気を漏らす。

 その音に、喜びの表情が、消える。


「――シリウス」


 漆黒の瞳がひたりとこちらを見据えた。祈るように握りしめられた両手に、力が入っている。一歩、その足が厨房へと踏み出そうとして。


「ちょっと! 勝手に入らないでおくれ!」

「ご、ごめんなさい!」

「ったく、兄妹喧嘩なら外でやんな。カルドには言っといてやるよ」


 料理人から注意が飛び、慌ててミラは足を止める。促されて、溜息が出た。だが、ここで揉め事を起こすわけにはいかない。

 裏口へと出ていくと、改めてミラが見上げてきた。近づくと、厨房から漏れる光で、昼前に別れた時よりも髪がぼさぼさで、服もヨレていることが見て取れる。


 ――探したのか。


 その可能性は、正直考えなかった。

 所詮NPCだ。プレイヤーの選択により、その行動も左右されるだろうと思っていた。置き去りにしたと分かれば、あきらめて元の生活に戻るだろうと。


「ごめんなさい!」


 考えが浅かったと反省していれば、逆にミラから謝られた。


「シリウスって、呼ばなかったから怒ったんだよね。わたし、ホント、あの時はいっぱいいっぱいで……ごめんね。シリウス、不安だったんだよね……」


 言っている意味がよくわからない。

 背筋に冷たい汗が伝う中、ミラはさらに言い募る。


「片っ端から門番のひとに訊いて、ようやくここにたどりつけたの。服はぼろぼろで、お金もなくて路頭に迷ってたって聞いて、わたし、わたし……っ」


 声が感極まった。うわ、と思った時には、もう漆黒の瞳は濡れて、雫を落とし始めていた。

 ミラは手の甲で涙を拭いながら、ことばを重ねる。


「夜の仕事をやったとか、外に戦いに出て、戻ってきたとか、全部、ホントなの……?」


 上目遣いに問われ、視線が泳ぐ。

 「カルドの店で、閉門から雑用」=夜の仕事。

 「外に戦いに出て、戻ってきた」=レベル上げ。

 まったく間違いではない。が、泣かれるようなことだろうか?

 だが、その反応に、ミラは衝撃を受けたようだ。大きく目を瞠り、唇を噛む。


「何で……」


 やりきれなさげに言われても。

 こちらにも生活があるわけで。

 何といってもほら、無一文だから。


 いろいろと言い訳をしようと思ったのだが、泣くミラには勝てなかった。


「あー……うん、ごめん」

「――ううん、もういいの。わたし、がんばるから」

「え?」


 いや、もうおまえ、すんごくがんばってたよな?

 夜が明けても回復がんばって倒れたんじゃなかったっけ?


 とりあえず、泣かせたことに関してだけは謝ったつもりでいたのだが、何かまた意味不明なことを言い出された。

 にらみつけるように、そのまなざしが強くなる。余りの剣幕に気圧され……ミラはその勢いのまま、こちらに突撃してきた。


「もう、絶対、シリウスから離れないからね!」


 小柄な身体が、すっぽりと両腕の中に収まった。

 細い両腕が背中に回る。

 その感触にすら懐かしさを見出して……苛立ちが脳裏を過ぎった。


「おい……っ」

「あらあ、シリウスの妹さん、ホントにそっくりねー」


 本気で怒鳴った矢先、背後からのほほんとした雇い主の声が響いた。びくりと振り返ると、浅黒い肌の男は艶やかな微笑みを見せる。


「じゃあ、連帯責任っていうことで、ふたりとも、お仕事がんばってねー♪」

「――はぁぁぁっ!?」

「わかりました!」


 何がじゃあなのかさっぱりわからない物言いに対して、元気よくミラが返事をする。

 ちょっと待て。勝手に話を進めるな。この世界(ヴェルト・ラーイ)のNPC、いろいろヤバすぎだろ。

 ことばにできない不満を渦巻かせつつ、急かされるままに、オレは仕事に戻った――。

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