シュナイデン
「――斬撃!」
幾度めかもわからないほど、技名を繰り返す。
発声する度に身体は自動的に動き、森小鬼を切り裂いた。今もまた、太い枝を棍棒のように持ち、旅行者を殴打する森小鬼の背に、深い傷をつける。悲鳴と共に、振り向きざまに棍棒がこちらを襲う。まともに打ち合えば先ほどのように腕が痺れる。地面を蹴りつけて、後ろに下がった。棍棒は空を切る。その間に、地面を這うように殴られていた旅行者が逃げようともがく。完全に背中を向けた男に森小鬼は気づき、再度棍棒を振ろうと腕に力を込めた。
「させるかっ」
声を上げたのは、こちらに意識を向けさせるためだ。
短絡的な森小鬼は、その程度の挑発であっさりと引きつけられる。他の旅行者が男の腕を引き、距離を取らせた。
振り下ろした形になっていた長剣を跳ね上げると、こちらへと妙な姿勢で振り向いていた森小鬼の腕が落ちた。奇声が上がる。それは新たなる森小鬼を呼ぶ代物だ。とどめを、と思った時、一本の矢が飛来した。口の中へと吸い込まれていったそれは、呆気なく森小鬼を砕く。
「ごめん、黙らせたくて」
「――いや、助かった」
パッと見た瞬間、すぐ反応できなかったのは、申し訳なさそうに表情を陰らせた弓使いの見た目が、あまりにも凄かったせいだ。まあ、綺麗すぎた。それはちょっと嫌味じゃないか?と思ってしまうほど、調整の利いた容貌である。薄い金髪に碧眼って、どこの王子様だ。色褪せたような緑の短衣に、もっと濃い色合いの緑の脚衣をまとっているのがやけに似合っていた。上下別の色指定もできたのかと今更ながら気づく。もっとも、どうせ選ぶ色など黒しかない。
視線を奪われたせいか、セルヴァ、という名とIDが頭上に浮かぶ。それを見ている間にも、弓使いは矢を番え、更に放つ。短い悲鳴が背後で上がった。いい腕前だ。柔らかな喉の真下、胸との境目を狙って射抜いている。致命傷どころか、それは即死判定となったようで、即座に喉元に矢を生やした森小鬼は光へ還った。
「やっぱり目立つかな」
小さく溜息をつく横顔が、また物憂げで絵になる。
面白いなあと眺めていると、碧眼がこちらを睨んだ。
「来るよ」
そのことばに振り向く。木々の隙間から、また新たな森小鬼が姿を見せた。
またか。
最初に出現した森小鬼の群れは、旅行者の数が多いこともあり、ほぼタコ殴るような形で全滅させた。しかし、その悲鳴が更に新たな群れを呼ぶ。かれこれ二十以上は倒しているはずだが、まだ増えている。
周辺では「ピロリロリン♪」とレベルアップ音が相次ぎ、その度に「レベルアップおめでとう!」と互いに言い合う光景が見られた。声の掛け合いは馴れ合いにも思えたが、意外と気持ちを高揚させ、チームのような連帯感を持たせたようで、徐々に殲滅のスピードは上がっていた。
その一方で、森小鬼の持つ棍棒で打たれ、身体の痛みに身動きが取れなくなってしまった者もいた。後方まで連れて行きたいのはやまやまだが、そもそも森小鬼を草地にまで引っ張り出してしまった責は自分にある。その気持ちが、後退を選択できずにいた。その時も、先ほどのように、気持ちに余裕のある旅行者が激化していく戦場から下げてくれたので助かった。あれくらい身動きが取れない者がいるのなら、ひょっとしたら、神殿帰りした者もいたかもしれない。痕跡を見出す余裕もないので、そこまではまだわからなかった。
「――斬撃!」
技を発動させる。ことばによって身体が動きを辿る。繰り返すうちに、身体も頭もその技の特性を理解していく。斬撃は剣速を瞬間的に高める技である。予備動作として斬る前提の動きが必要だ。ちょっとした剣の動きを読み取るのだが、斬撃の発動の際の動きは意外と簡単だった。とある瞬間に、手首の下のほうへ力が入るのである。
これ、連続とかいけるんじゃ……。
技の癖を把握し、なぞるように動く。横に、左下へ、真上へ。それぞれ斬る際に、力を込める。技名は口にせずとも、その瞬間だけ斬撃となった。素早い剣撃は新たに出現した森小鬼を、叫びすら上げさせずに砕け散らせる。
「いいね」
感嘆の声が上がる。思わずニヤリと口元が緩む。
こいつ、いいやつだなあと、我ながら単純に褒め言葉を受け取ってしまった。どのゲームであれ、腕を褒められるのはうれしいものだ。そういう弓使いもまた、技名を口にせず、着々と矢を射続けている。適当にではない。一本一本が着実に当たっている。側にいるせいか、遠射でダメージをある程度与え、近寄った森小鬼を斬り捨てるという流れ作業に、自然と切り替わった。
また、レベルがあがった。
森小鬼は経験値が美味しい部類のようだ。森の中から沸いているので、草地よりも獲得経験値が多いのは当然だとしても、驚くべきことはPTも組まず、一般的にはただの横殴りが発生している状態で、それでも獲得経験値が多いということだった。通常、PTを組んだ者同士で敵に相対し、倒せば、貢献によって経験値の分配が行なわれると同時にPTボーナスが得られる。今は誰ともPTを組んでいないので、まったくボーナスはない状態、横殴りは貢献に応じての経験値が分配になるだけで、単純な割り算だ。
「レベルアップおめでとう!」
「そっちもな! おめでとうっ!」
お互い成人しているような容貌なのに、「誕生日おめでとう」のノリで言い合う。
また一体、森小鬼を光に還しながら、その楽しさを剣の勢いに乗せた。
騒ぎを聞きつけた旅行者たちが、更に集まってくる。
数の暴力に対して、更なる数の暴力が上回り、森小鬼が打ち止めになったのは――太陽が西の空に落ちかかるころだった。
レベルは何と十にまで上がり、技も「斬撃」だけではなく、「突撃」も覚えた。戦闘中に気になった動きも幾つかあり、おそらく将来身につけられる技名の何かだろうと思う。
「いつの間に拾ってたんだよ」
「生活かかってるからね。きみ、全然拾わないからいらないのかと思った」
次々に沸く森小鬼にばかり気を取られていたので、戦利品を拾うところまで余裕はなかった。というよりも、引っ張ってしまった以上、全力で倒さなければならないと思っていたので、そこまで手が回らなかったというのが正直なところだ。
セルヴァは苦笑しながら、戦利品をざっくり半分、分けてくれた。森小鬼の爪や棍棒、何故か小銅貨などの貨幣まで混ざっている。
こいつ、ムチャクチャいいやつだな。
我ながら現金なもので、またひとつ、弓使いの評価を上げた。PTではないのだから、周囲のように「おつかれー」と言いながら町へ戻ってもよかったのだ。
見た目も中身もいいって王子様プレイとかだろうか。MMORPGでたまに見かける、なりきりを楽しむタイプ?
「さすがに疲れたねー。まあ、稼げてよかった」
「ああ、回復薬ナシってきついな」
あまりにも疲労度が赤に近づき過ぎたので、戦闘中に体力のスキルマスタリーにもスキルポイントを振った。おかげで、HPも疲労度も濃い黄色のまま、何とか生き永らえている。MPはそれほど消費しないようで、緑のままだった。
街壁沿いに南門へ向かう道すがら、草兎を見かけた。もう今となっては追いかけて倒す気も起こらない。だが、すぐにそれを追いかけて狩る旅行者はやはりいて、しかも幾度か短剣を振り下ろしている様子に、レベル差を感じた。セルヴァも何も言わず、その旅行者をちらりと見るだけだった。同じことを感じているのかもしれない。
森小鬼は危険な分だけ、美味しい獲物だったということだろう。さすがにこのβオープン初日のお祭り騒ぎに乗じてでなければ、死に戻りしていたと思う。この気のいい弓手が傍にいたことも、僥倖だった。
閉門も近い。カルドの店に戻らなければ。
その時、街壁にへばりつくように、白い小花が咲いているのに気付いた。近寄って、初心者用の短剣を引き抜き、束になるよう切り取る。
「花? 売るの?」
「いや、頼まれたんだよ。そういや、宿、決まってるのか?」
「まさか!」
「じゃあ、いいとこ紹介するよ」
「花売りの店は困るなあ」
「売らないって」
微妙に噛み合わない会話をしながら、オレたちは南門へと足を早めた。
カルドの店に着いてすぐ、「汚いから着替えて!」と悲鳴交じりに叫ばれたのは余談である。




