曇りのち、晴れ(2)
今日も暑い日差しの中、由衣は少々重たい気持ちを胸にいつも通り原付きバイクを走らせていた。水曜日と金曜日の授業が由衣の担当であったのだが、水曜日はまだしも金曜日はどうも気が乗らない。それは生徒にも問題があったのだが、実際由衣の気を重くしているのは同じバイト講師の柴田雄二にあった。顔はそこそこ良いのだが、その性格が問題なのである。由衣とは高校時代の同級生であり、偶然にも同じ時期からアルバイトとしてここで講師を務めている。空き地となっている駐輪場へとバイクを止め、ヘルメットを脱いだ由衣は脇に止まっている赤い車に目をやって大きなため息をついてみせた。その車はかつて新城が乗っていた車のモデルチェンジした物であった。周人が勤めているカムイモータースの最新車種、シュヴァルベR―55。通称『アールダブルファイブ』である。おそらく300万円はするだろうこの車を買ったばかりの雄二は得意げな顔をして由衣をドライブに誘ったのだが、その車と雄二に全く興味がない由衣は素っ気なく断っていた。由衣にとって良い車とは周人が所持していたあのエスペランサES―11(ダブルワン)であり、現在エスペランサシリーズの最新型であるオルタナティブにこそ興味はあったが、先日のル・マン24時間耐久レースにおいて見事入賞を遂げたエスペランサVX―11(ダブルワン)が気に入っていた。それは周人が乗っていたあのダブルワンの発展型であり、レース仕様に開発されたその機体は外見こそあのダブルワンに酷似しているものの、テレビで見たその内部はまるで違っていた。とにかく、雄二の車を見てさらに気が重くなった由衣はそれを表現するかのように重い足取りで職員室のドアを開いた。
「こんばんは・・・」
元気なくそう挨拶する由衣はパソコンへと顔を向けたまま苦笑気味に挨拶をかわす恵に対し、嬉々として挨拶をかわして近づく雄二にげんなりしながら自分の席につく。そのまままとわりつくように隣の席につく雄二を完全に無視して今日の授業の準備を進めていった。
「昨日のドラマ見た?もぉサイコーだったね」
「何のドラマか知らないけど、昨日はDVD見てたから・・・」
決して視線はおろか顔すら向けない由衣だったが、雄二はそれすら気にすることなく笑顔を絶やさない。
「そうなんだ・・・何のDVD?」
由衣は答えようともせずに1枚のプリントを手にそそくさとコピー機に向かう。そんな由衣のくびれたウエストをニヤけながら眺める雄二に恵が近づいていった。
「柴田君?今日の授業内容の事だけど・・・」
雄二は恵を苦手としているのか、緊張した顔をしながらはい、と勢いよく返事をして恵の席の前に立った。そして恵から授業内容の確認と注意事項を言い渡され、恐縮した態度で席へと向かう。もうその頃には由衣の姿はなかった。授業開始10分前の今、もうすでに教室へと向かっていたのだ。だが雄二はここでしめしめとばかりに自分も教材を手に上に向かおうとした。素っ気ない態度を取られているのは何も今に始まったことではない。高校二年生の時に同じクラスになってからずっとこの調子である。その頃から由衣を好いている雄二は上の教室で仲良くやっているところを生徒たちに見せつけ、自分たちが付き合っているような素振りを見せようと考えたのだ。おそらく由衣は必死になって否定するだろうが、生徒たちにすればそれは照れ隠しにしかならないのだ。そういった雰囲気を生徒に誤解させ、由衣の気を引こうとする浅はかな計画を立ててほくそ笑みながらそそくさと職員室を後にしようとする雄二を再度恵が呼び止めた。結局時間ぎりぎりまで恵に掴まっていた雄二はあわてて教室に駆け込む事となり、そのあさはかな計画はもろくも崩れ去ってしまうのだった。
出ていくバスを見送った恵は職員室へと向かい、由衣もその後に続こうとする。だが、不意に自分を呼び止める雄二を振り仰いだ由衣は睨むような表情をしてみせた。
「何?呼んだ?」
「オレはお前が好きなんだよ!わかってるだろ?」
雄二はいきなりそう言うと真剣な目で由衣を見つめた。だが由衣は疲れたような表情をしながら腰に手を当ててため息をつき、めんどくさそうに振り返った。
「知ってるわよ・・・・でも断ったでしょ?卒業式の日に、栄えある『四十人目』としてね・・・」
「んなもんで諦めきれるかよ!だいたい『好きな人がいる』って例の先輩だろ?でも結局お前はその先輩もフッたわけじゃん?3年間で四十人もフッたお前の心境の方がわけわかんねぇんだよ!」
「断られても諦めないあんたの心境の方がわかんないっつーの」
あきれ果てたその口調にややカチンときたのか、ツカツカと由衣に詰め寄る雄二は立ち去ろうとする由衣の前に立ちはだかった。だが臆することなく自分を睨む由衣を正面から見た途端、逆に雄二の怒りは引いていった。やはり間近で見る彼女は可愛いのだ。
「先輩のことが好きだったんじゃねぇのか?」
少し落ち着いた、うって変わった優しい口調でそう言う雄二から目を逸らすことなく、由衣は首を横に振った。
「好きだと思った時期もあったけど・・・錯覚だった・・・・今でも好きな別の人に、似てたから」
「じゃぁキスしたとかいう噂は?」
「嘘に決まってるでしょ!」
雄二を押しのけるようにして職員室に戻っていく由衣の背中を見ながらさすがに今のはまずかったと頭を掻く雄二は大きなため息をついてその後ろ姿を目で追うのだった。高校二年の時、既に十七人の男子生徒からの告白を全て断ってきた由衣がただ1人だけ親しくした1年先輩の小池洋とその仲を噂され、一時は付き合っているのではないかと言われるほど親密な状態になっていた。だが、卒業を前にしたクリスマスの日、その先輩から告白された由衣は結局それを断っていたのだ。それはその先輩が周人と同じ空気を持った人物だったせいである。結局洋に周人を重ねて見ていた自分に気付いた由衣は洋の好意を受け止めながらもそれを断っていたのだ。そんな事をぼんやり思い出しながら席に戻った由衣は小さなため息を漏らすと帰り支度を整え、まだ仕事が残っている恵に挨拶をしてさっさと職員室を出ていってしまった。その様子から外で雄二と何かあったなと感じた恵は何も聞かずにただお疲れさまとだけ返してみせる。由衣はいまだ外に立って自分を見つめる雄二を無視してバイクを走らせ、帰路に着くのだった。
生徒を送る仕事から帰ってきた康男を入れた3人は久しぶりにいつも居酒屋に向かうことになった。雄二はまだ未成年であったが、無意味な暑苦しい長髪に流行からか無精じみたアゴひげを伸ばし、目も細いその容姿はどう見ても二十歳を超えているためにいつも問題はなかった。4人掛けのテーブルに座った3人は適当にオーダーすると、とりあえず労をねぎらって乾杯をした。十八歳であるにも関わらず、雄二は勢いよくビールを飲み干していく。この3年で随分お酒に強くなった恵も美味しそうにビールを口にしていた。そしてジョッキを置いた恵はビールの味を噛みしめる雄二をため息混じりに見つめる。
「あんた、今日は彼女に何を言ったの?」
帰り際の由衣の様子からバスを見送った後に何かあったなと睨んでいた恵は雄二をねめつけるようにしてみせた。
「別に・・・何も・・・」
「あの子はあんたには興味がないんだから・・・諦めたら?」
「好きなのに諦めきれないっしょ?」
「でも1度見事に断られてるんでしょ?もう見込み無いから止めなさい・・・みっともない」
さすがに苦手とする恵にややきつい口調でそう言われた雄二はガックリと肩を落とした。桜ヶ丘高校に生まれた新たなる伝説、『四十人切りの撃墜王』、その最後にして栄光の四十番目の墜落者はうなだれるようにしてテーブルを眺めた。いつも由衣は告白をしてくれた相手を気遣い、丁寧な、優しい口調で『好きな人がいるから』と断っていた。だが、この雄二に関してははっきり『あんたが嫌いだから』と素っ気なく告げていたのだ。それでもなお由衣に迫り、あげくには偶然を装って同じ塾のバイトまで始めたのだ。もはや半分ストーカーである。
「でも、もしかしたら望みがあるかもしんないし・・・」
「無いわね」
ぴしゃりとそう言い切った恵に対し、さすがに頭に来た雄二はややきつめの口調で追加のビールを頼むと恵を睨み付ける。頭にきたとはいえ、反撃される事が目に見えているため文句は言えないのだ。康男はまるで空気となってそんな2人の様子をニヤニヤしながら見ているのみである。こういった時の康男はほとんど忍者のようだった。
「なんでそう言いきれるわけッスか?」
明らかに不満だと言わんばかりの口調に、恵はますます目を細めて睨み付ける。
「あんたはあの子の理想とは全く逆だからね・・・」
「理想って?」
「・・・本当の優しさを知ってる人」
「ならオレ、まさにそれ!」
恵は食べ終わっていた焼き鳥の串を無造作に皿から取り上げると、そのまま置いてある雄二の手の甲に突き刺した。悲鳴を上げる雄二を無視してビールを飲み干す恵は明らかに不機嫌な顔をしながら雄二を睨んだままである。やられた雄二もまた刺された手をさすりながら鬼の形相で恵を睨み返す。
「何するんだよ!」
声を張り上げる雄二をずっと睨んだままの恵は決してそれに答えようとはしないで睨み続けた。
「まぁまぁ・・・でも柴田君、吾妻さんを振り向かせる事は君では無理だよ」
ずっと黙って2人のやりとりを聞いていた康男が静かにたしなめがらそう言う。恵はビールを飲みながらそっぽを向き、雄二はそんな恵を一睨みしてから康男に顔を向けた。
「そういえば・・・南さんに聞いたんですけど・・・なんか、由衣って中学の時に好きな人とドレス来て飯食べに行ったとかって・・・・それがその人なんスか?」
付き合っているわけでも、親しくしているわけでもないのに由衣を呼び捨てにする雄二を誰もたしなめることはなかったが、康男は少し困った顔をしてみせた。恵も同じように少し悲しげな表情で遠くを見つめている。康男がセッティングし、米澤がドレスアップさせた由衣が周人に告白するべく舞台を整えたあの『最後の夜』の事は、由衣自身があまり語りたがらないせいもあって誰も詳細を知らないでいた。あの日の翌日、ドレスを返しに来た由衣にどうだったかを聞いたのだが、泣きそうな笑顔を見せながら『両想いにはなれたけど、別れました』とだけ告げたのだ。その後周人から携帯の留守電で日本を発つ事を知らされた康男はだいたいの事情を察してそれ以上は何も言わなかったし、聞かなかったのだ。それは恵も同様であり、暗黙の中で触れてはならない事柄とされていた。康男はそんな事を思い出しながらいつも持ち歩いている小さな鞄を開くと、少し古めの分厚いシステム手帳を取り出した。いろいろなメモや名刺、紙が挟み込まれたその手帳をパラパラと開いた後、おもむろに1枚の写真を取り出す。それを見て少し笑みを浮かべてみせた康男はそっとそれを雄二に差し出した。その写真を見た雄二の顔が見る見る驚きのものに変わる。そんな雄二を再び睨んだ恵は、こんなヤツに見せなくてもいいのにと思いながらビールを一気にあおるとおかわりを注文した。
「こここ、このすんげぇ可愛いのって・・・まさか・・」
「吾妻さんだ」
そう静かに答えた康男はビールを一口飲んで肘をついた。ピンクのドレスを身に纏い、はにかんだ笑みを浮かべている由衣に魅入っているニヤけ顔の雄二はあることに気が付いて顔を上げた。
「これってさっき言った中学生の時の?」
やや興奮気味の声にうなずく康男にさらに驚いた顔をしてみせた雄二は体を固まらせて写真に食いついていた。どう見ても十五歳には見えないその美しく大人びた容姿は今の由衣となんら変わりがない。まるでアイドル写真のような由衣の横では、スーツ姿の男が照れたように笑う姿が写っていた。
「こいつが?」
「木戸周人・・・・今でも吾妻さんの心の中にいる、大事な人だ」
康男は目を伏せがちにそう言うと、同じようにしている恵をチラッと見た。
「この後、吾妻さんは彼に告白して両想いになれたが、付き合うことなく別れてしまったそうだ・・・彼は今外国を転々としながら仕事をしている。どこで何をやっているかもわからない」
「先生、おしゃべりがすぎませんか?」
そっぽを向いたまま明らかに不機嫌そうにそう言う恵に苦笑し、ごめんと素直に謝った康男は確かに余計な事をしゃべりすぎたと反省した。写真を返すよう無言で手を差し出した康男に、名残惜しそうにしながらもその写真を返す雄二。
「この写真、ください!」
「ダメだ・・・いかがわしい事に使われそうだし、半分切り取って自分の写真を貼り付けそうだからな。それにこれはオレにとっても大切な物だ」
失礼な事をそうきっぱりと言われてはグゥの音も出ない雄二は渋い顔をしてみせた。それに実際そうするつもりだったのだ。
「でもこんなさえない男よりはオレの方がいいと思うんだけどなぁ」
その言葉を発した瞬間に恵は再度串で手を突き刺した。しかもさっきよりも強めに、2回も。さすがに頭に来て怒りをぶつけようとした雄二だったが、ただならぬ殺気のようなものを感じて康男の方を振り仰いだ。そこには自分を睨み付けるようにした康男の姿があり、知らず知らずのうちに雄二は背筋が冷たくなるのを感じた。その鋭い眼光に身体が動かないほどだ。
「その言葉は吾妻さんの前では決して言うな。もしそれを言えば、君は完全に吾妻さんに嫌われ、この塾にもいられなくなる」
その低い口調の言葉にゴクリと音を出して唾を飲み込む雄二は同じように殺気だった目で自分を睨む恵にも苦々しい表情を浮かべた。写真の男がどういった人物かはわからないが、少なくとも康男や恵に好かれていた事は理解できた雄二はそれ以上何も言わなかった。
火曜日、雄二はいつものように自慢の車で現れると口笛を吹きながら機嫌良く職員室のドアを開いた。だが中に座っている人物の姿に目を留めてややげんなりした表情を浮かべ、そのままそそくさと自分の席についた。
「こんばんは」
「あぁ、ども」
にこやかにしてきた挨拶すら素っ気なく返すと、そのままさっさと授業の準備を進めていった。挨拶をしてきた女性はそんな雄二の反応を見てつまらなさそうな顔をしてみせると自分も次の授業の準備を始めていく。今日は幾分か暑さがましだったせいか、この部屋に入ってきても極楽だと感じる事はなかった。だが逆に暑苦しい感じがしてならない雄二は前の方に座っている大きな体をチラリと見やった。かなり太ったその体型を見て苦い表情を浮かべる雄二は大きなため息をついてみせる。その大きな体の女性、南弥生はこの塾でバイトを始めてもう1年半になるベテランだ。元々顔から好みをより分けていく雄二にとって、弥生は恋愛における全くの対象外であった。それゆえ、目の前にいるだけでも嫌悪感を拭えない。だが彼女は由衣とは仲が良いようで、由衣に関する貴重な情報源ともなっており、そう無碍にはできないところがつらいところであった。現にあのドレスを着た写真の時の話もこの弥生を介して知ったことであり、それなりに仲良くはしているのだがどうも生理的に弥生を受け付けがたい雄二は2人きりになるのは少し遠慮したところだった。この間の居酒屋での会話は康男や恵を怒らせてしまったせいであまり情報を集めることが出来なかった雄二はそれを取り戻そうと後ろから弥生に声をかけた。
「こ、こないだ聞いた吾妻さんのドレスアップの話あったじゃん?・・・・んで、こないだ飲みに行った時に塾長からその時の写真を見せてもらったんだ・・・・いや~、びっくりしたって感じ?」
いかにも愛想笑いといった乾いた笑いを振りまく雄二に対し、嬉しそうな顔をしてみせた弥生の頬は少し赤くなっていた。
「そうなんだ・・・なんでも塾長がセッティングしてくれたそうよ。告白しやすいようにって」
「へぇ~・・・・・そうなんだ・・・」
それを聞いて何かを企んでいるような返事を返した雄二は自分を見つめる弥生から視線を外した。目も細く、頬も出っ張っているぽっちゃりしたというよりは明らかに太っていると思うその顔を見ることすら嫌な雄二はその会話を最後に顔を合わせようとはしなかった。そんな雄二に対し、悲しげな顔を見せた弥生は前を向いて黙々と授業の準備を整えていく。雄二の由衣に対する言動が全て自分本位な愛情表現である事はみんながよく知っている。だが、そんな雄二を毛嫌いしている由衣を知っているにも関わらず、この男は何度もアプローチをかけているのだ。何かをひらめいたような表情を浮かべて舌舐めずりをした雄二をチラッと振り返った弥生は、大きなため息をつくのだった。
その日は珍しく恵も弥生と一緒に送迎のバスに乗って帰宅していった。さくら谷駅より少し西に行った所のマンションに住んでいる弥生は生徒を下ろすついでに自分も自宅近くまで送ってもらっていたのだ。逆に少々離れた場所に住んでいる雄二は車で通っているせいか、帰る時間は遅い方である。いつも由衣を送っていこうといろいろ画策するのだが、たいてい由衣は原付きバイクで通勤しており、送っていく必要がないのだ。その上、自慢のこの車にすら興味がないようで全く見向きもしない。以前誕生日にやや高めのピアスをプレゼントしようとしたことがあったのだが、袋すら開けずに突き返された事がある。いつも同じイルカのピアスを着けている由衣にたまには違った物をと考えたのだが、『余計なお世話』と一蹴されていたのだ。高校の時からずっと同じピアスに腕時計をしている由衣を見て判断した事が全てあだとなっているのだ。だが、ついにつけいる隙を見つけた雄二はあの写真の男、周人こそがその隙だと考え、戻ってきた康男に神妙な面もちで相談があるともちかけたのだ。いつになく真剣な面もちの雄二はまずこの間の居酒屋での暴言を詫び、深々と頭を下げた。そんな態度すら裏に何かあると読んでいた康男もとりあえずはそれを聞き入れた。雄二は康男の目の前に腰掛けると、真剣な顔を崩すことなく話を始める。
「実は、聞いてしまったんです。あの写真の事、セッティングしたのは塾長だと」
康男はとりあえずうなずく。雄二が言う話といえば由衣がらみのネタであることは十分わかっていたため、その話題を持ち出されても何ら驚く事はない。むしろ予想の範囲内である。
「確かに、彼女は今でも例の彼の事が好きです。それはわかります・・・でも、だからといってその人を求めても仕方がないんじゃないですか?」
力強くそう言う雄二はいつもと違って芝居がかった大げさな様子はない。
「そりゃ、理想は理想です。でも、彼女が求めているのはあのシュートとかいう人そのものなんですよ。この世にその人は1人しかいないんです」
その言葉にやや心を動かされた康男は黙ってそれにうなずいた。
「誰かと遊びに行って、その人の良さを知ろうともしないあの子自体にも問題があるんじゃないですか?たしかにオレはちゃらんぽらんです・・・・でも、この心にあるあの子への愛情だけは本物なんです!」
確かに、それに関しては一理ある。それに何度あしらわれても由衣にまっすぐ向かっていく姿勢はある意味評価に値する。ただやり方が悪いせいで由衣は心を閉ざしてしまっているが、今言っている言葉はまんざら戯れ言ではない。康男は考えを巡らせるようにして目を閉じ、腕組みして深く何かを考えるような仕草を取った。
「僕にチャンスを下さい!これでダメなら、もう、きっぱりと彼女の事は諦めます・・・」
まさにきっぱりそう言いきった雄二を見つめる康男は少し考えさせてくれと言葉を発するのだった。雄二はその言葉を聞いて心の奥底で万歳しながらも、全く表情にそれを出すことはなかった。




